第10話 村の返還

 ここは、橋本への道中である。

「お主とは、ゆっくり話をしたかったのだ」

「話?」

「どうじゃ、結城は」

「あー、生活には慣れてきたよ。でも、俺、殿に向いてないみたい。みんな、俺が殿だから、世話してくれてるんだよね。俺を慕ってるからじゃなくて、それが仕事だから、ああしてるだけるなんだよね」

「そうか? 隅田や原なんかは、お主のことを褒めておったぞ」

「あー、毎日報告しにいってるみたいだね」

「知っておったのか」

「これでも上に立つ立場。家臣の行動くらいみてるつもり」

「ならば、殿に向いておるということではないか」

「でも、向いてないよ。城下のことは、自分でもよくやったって思ってるよ。みんな喜んでくれて嬉しかったし。けれど、こうやって迷惑かけてる。昔からなんだよね……」

「昔から?」

「……小さいころ、両親が事故で死んでから施設で育ったんだ。つまんなくて、夜中に抜け出して怒られてさ。あるときね、たまたまなんだけど、テストで100点取ったの。そうしたら、施設の人がすごい褒めてくれて、俺、嬉しかった。それから勉強頑張って、大学入って、就職した。でも、上手くいかなかった。施設の人には、今でも心配かけてるんだ。……わがままなんだよね、俺。自分の思うことをして、成功して、でも絶対どこか抜けてるんだ。詰めが甘いっていうの。今回も、そうなんだよね」

秀和殿が黙っているのを見るに、広和殿は思いつめる。

「分かんないでしょ? 何言ってんのか。家臣たちも、分かんないみたい」

「――分かるぞ」

秀和殿は、そう言った。

「父と母が死に、お主は養子として育ったのだろう? 活発な子で、夜な夜な家を出て叱られた。あるとき、知識が富んでおり褒められたのを機に、精一杯勉学に励んだ。そして大人になり、城下を発展させたものの、こういう事態を生んでしまった。だろう?」

「そう、なのか? ……そう、なのか」

「わしはな、お主が好きじゃ」

秀和殿は、突然楽しそうにそう言う。

「は?」

「清丸は、よく笑うておった。面白いことに、清丸が笑うと、皆が笑うのじゃ。お主も、よく笑うておるな。家臣が誰一人も笑うてないのに、ひとりで笑うておる」

「すみませんね……」

「しかし、――民は笑うておった。お主の言葉が、民には伝わっておるのじゃ。きっと、家臣たちにも伝わるであろう」

「でも、俺、うつけなんでしょ?」

「うつけでよいではないか。うつけはうつけらしく、笑うておれ」

それは、広和殿を励まそうとしているのか、秀和殿は妙に陽気であった。

「よいか。民がいてこその国じゃ。民の笑顔なしに、国は潤わぬ。民の笑顔を作るのは、お主の役割なのじゃ。だから、笑うておれ」

その言葉に、広和殿は、小さく微笑んだ。


 橋本の屋敷に着くなり、広間に通されたふたりのもとに、橋本永常が現れた。

「面をあげよ」

そこには、人質ふたりが縛られていた。

「その娘たちは、結城の民じゃ。どうか、その縄をほどいてくれぬだろうか」

「それでは、この娘たちを人質にした意味がなかろう」

「何を、望んでおるのじゃ?」

「先の戦で結城が奪取した領地じゃ」

「ほう。あの地のことか」

秀和殿の思っていた通りであった。

「地をやることで怒りが収まるのならば、そうしたいのじゃが」

「なんだ?」

「果たして、民はどう思うておるのじゃろか」

「民だと? もともとは、橋本領であったのだぞ。結城なんぞに支配されることを望む民がおるわけない」

「まあよい。こちらは地を差し出すと申しておるのじゃ。その女子たちを、返してくれるな」

橋本の望み通り、結城は地を差し出すと言っている。橋本としては、人質を解放しなければならない。

「いけ」

その言葉とともに、女子2人は、秀和殿の後ろに下がった。


 秀和殿らの立ち去りを見ながら、橋本は考えていた。

「簡単すぎるな。何を目論んでおるのだ」


 広和殿も、あまりにも簡単に地を差し出すと言った秀和殿を不思議がっていた。

「ねえ、あの地やっちゃっていいの?」

「仕方ないであろう。民を殺されるよりはよい」

「ふーん」

同行していた坂本が口を出す。

「殿、川辺村を差し出すとは、まことなのですか?」

「ああ。あの地を差し出す」

「しかし、それでは戦で死んでいった者たちが浮かばれませぬ」

「ああ。しかと拝んでいこう。川辺村は、こっちじゃ」


 一行は、城に戻る途中、川辺村に立ち寄った。

 一行を見るなり、村人たちは、

「殿ー」

と手を振る。

「やはりお主、ここにも来ておったのか」

「俺のせいで、この村、敵国になっちゃうんでしょ? せめて謝りたかっただけ」

殿のもとに、村人たちが寄ってくる。

「殿、昨日教えていただきました料理、まことにおいしゅうございました」

「でしょ? たまには違う料理も食べたほうが、楽しいでしょ?」

「ええ。子どもたちも喜んで食べておりました」

 殿たちは、馬を降りた。そこに、子どもたちが寄ってきた。

「殿。これから鮎を取りに行きませぬか?」

「おー。いいねー。あ……」

広和殿は、秀和殿を見た。

「わしも参ろうかのう」

「え?」

坂本は、驚きを隠せなかった。鮎をとるということは、川へ入ることである。まさか、冗談であると思った。

 

 川に着くと、広和殿は着物をまくり、さっさと川へ入っていった。

「仕掛けあるじゃん」

「そうです。この前、作ったのです」

その仕掛けを手に取ってみる。

「いないなー」

「こちらもいません」

すると、子どもたちが手づかみで鮎を取ろうとし始めた。それに次いで、広和殿も鮎を追いかけはじめた。

「わしもやろうかのう」

「え? 殿!」

本当に鮎を取ろうとする秀和殿を、坂本は止めようとしたが、やめた。それは、殿の目が輝いていたからである。

「坂本。お主も手伝うのじゃ」

「はっ」

こうして、秀和殿と坂本も川に入り、鮎の手づかみ合戦が始まった。


 童心に戻ったように、秀和殿はたいそう喜んでおった。

「また逃げられてしまった」

「難しいですな」

広和殿は、その横でポンポンとつかんでいた。

「殿ー。上手にございます」

「人数分とったら焼いて食べようか」

「はーい」

「広和。なかなか捕まえられんぞ」

「動きすぎなんだよ。じっと待って、いざというときに、さっと捕まえる」

「ほう。じっと待ってか……」

秀和殿は、言うとおり身を固くし、寄ってくる鮎に狙いを定め、パッと手をのばした。

「とれたぞ!」

それは、見事な大きな鮎であった。

「殿、見事であります」

そんな楽しそうな殿を見ているうちに、坂本も楽しむようになっていた。


 村では、とれた鮎を串焼きにした。また、その火を皆で囲み、濡れた着物を乾かしていた。

 広和殿は、その火をじーっと見つめていた。

「殿」

そんな殿に、村長が話しかける。

「そんなに思いつめないでください。我々は、少しでも結城の民となることができ、光栄にございました」

近くにいた村人も言う。

「殿ともあろうお方が、こんな廃れた村にいらっしゃるだけで、私たちは嬉しゅうのです」

「今まで口にしたこともない、おいしゅう料理も知ることができました」

「そんなに、私たちのことを心配なさらないでください」

「そうですぞ。我々は、強く生きていきます」

広和殿は、そう声をかけてくれる村人たちに、笑顔を見せた。

「そっか」

 秀和殿と坂本は、その様子を静かに眺めていた。


 翌日、橋本が川辺村を奪還しにやってきた。

 川辺村と結城領の狭間には、壁がつくられた。これから、川辺村はまた橋本領となる。そんな気持ちを胸に、村人たちは結城との思い出を懐かしんでいた。

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