大抵の弟は子供の頃は姉にベッタリですよ

カフェラテを手に家路を急ぐ途中、携帯が鳴った。

 誰からだろうと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出しディスプレイを見ると、そこには「七森 あやめ」と表示してある。

「もしもし ?」

「あっ、ヤス、聞きたいんだけど、そっちって駅の近くにお店とかあるの ?」

「はっ ? 急に何言ってんの姉ちゃん」

「ばあちゃんから電話があったの。明後日、ばあちゃんの家で花見するから来ないかって」

 花見 ?? そんな話、初めて聞いたぞ。


「しらねーよ花見なんて。てか来るの?こっちに」

「行くわよ、誘われたんだから。それで荷物纏めてたんだけど、余計な物はそっちで買おうと思ったから、近くにお店があるか教えて欲しかったの」

 なるほど、そういう事ね。確かに余計な荷物は重いし持ちたくないな。

「駅の近くには店はなかったよ。コンビニはあるけど。スマホあんだから自分で調べればいいじゃねーか」

「本当、生意気な弟ね。昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんってベッタリだったくせに」

「あーはいはい、大抵の弟は子供の頃は姉にベッタリですよ、用はそれだけ ?」

 そういってカフェラテをズズズーと啜る。ああ、コンビニのお姉さんの温もりを感じる。


「ちょっと、あんた今、何か飲んでるでしょ。人と電話する時に食べたり飲んだりするのは失礼よ」

「うるせーな、用はそれだけ ?もう切るからね」

「あっ、ちょっと待ちなさい、まだ話す事・・・・」

 姉ちゃんが何か言っていたが通話終了のボタンを押した。

 すると、ピコーンと携帯が鳴る。

 今度はメッセージ送信アプリに、メッセージが届いたようだ。


 メッセージを開いてみると姉ちゃんからで、猫のキャラクターが激オコしているスタンプが表示された。

 三秒ほど、それを眺めた後、ヨシと言って携帯をズボンのポケットにしまう。当然返信などしない。

 そして再び歩き出した。


 家に帰ると、庭にじいちゃんの軽トラックが出ていた。

「おう、ヤス帰ったか。言ってなかったが明後日花見するぞ、近所の人とか呼ばって」

「ああっ、なんかさっき姉ちゃんから電話きて聞いた、姉ちゃんも来るって言ってたよ」

 なら話が早いとばかりにじいちゃんが話を続ける。


「それでよ、花見の買出し頼みてーんだがいいか? 本当なら俺が行こうと思ったんだが剛蔵たけぞうの奴が雨漏り直してる際に、屋根から落ちたらしくて代わりに修理頼まれたんだ。料理の仕込みもあるから、今日中に行って来いってばーさんが言うからよ」

「別にいいよ。暇だし」

 この後、特に予定もないので引き受ける事にした。

「ただ、量が多くてよ。ヤス、お前、原付の免許持ってたよな ?」

「持ってるよ」

 すると、じいちゃんはちょっと付いて来いと言い、農機具等が置かれている小屋の方へと歩いて行った。


「こいつさ乗って行って来い」

 じいちゃんに付いて行くと、そこには一台のバイクが置かれていた。よく田舎でじいさん連中が乗っている様なやつだ。

 タンクの両サイドにはYAMAHAと書かれたエンブレムが貼られており、シートの後ろには大きな籠が付いている。

「これ原付免許で乗れるの ?」

「原付なんだから乗れるべ」


 試しに左のブレーキレバーを握ってみた。

「・・・・・・じいちゃん、大変だ。このバイク左側のブレーキ壊れてる」

 握ったレバーの柔らかさに驚愕する。この、じじぃ、こんな危険なバイクで俺に買い物に行けと言うのか ??

「おめぇ、何言ってんだ ? それクラッチだぞぅ」

「えっ ??」

 クラッチ ? 何それ ? 何の為に使うの ?


「まさかクラッチもしらねぇのかぁ ? 最近のわけーやずは」

 すると、じいちゃんはバイクに跨り、ハンドルの左側にある摘みを動かす。

 そして、キックペダルを蹴る、すると。

 ボボボボボボボ、っという排気音と共にバイクのエンジンが掛かった。

 しかし、やたらと白い煙が出ている。


「じいちゃん、なんか、やたらと白い煙出てねぇ ? これ壊れてんじゃねーの ?」

「クラッチも知らなければ、ツーストと、フォーストの違いもわからねぇのがぁ ?」

 なにその業界用語 ? 今流行のスマホゲームの親戚かなにか ??

「あー説明するの面倒だから省略するが、このバイクはツーストって種類のバイクになるんだぁ、ツーストってのは、こんな風に煙が出るのが正常なんだぁ。だから気にするな」

 煙が出て正常とか・・・・不安だ。


「うーん、にしてもクラッチもわからねーんじゃ、こいつに乗って行くのは無理だなぁ。しゃーない、自転車で行って来い」

「乗れないって決めつけんなよ。乗れるかもしれないだろ」

 何でも出来ないって決め付けるのはよくないと思う。誰だって最初は初めてなわけだし。

 とりあえずバイクを跨いで見る。

 スタンドを外し、いつでも準備万端だ。


 ゆっくりとアクセルを開ける。

 ボーボボボボ、ボーーーーーーーーーーーーーー


「・・・・進まない」

 どこまでアクセルを開けてもバイクは一向に進まず、回転数ばかりが上がっていく。

「クラッチ握ってギア入れなかったら進まねぇーべよ」

 じいちゃんが、呆れ顔で説明してくれる。

 俺はとりあえず、クラッチを握り、ギアってどこ ?? と、じいちゃんに尋ねた。

「左足のところにあるだろ、そいつを下に踏むんだ。一回踏むと一速、二回踏むと二速に入る。そのバイクは四速まで入るぞ。その後はニュートラルに入るからな。ギアを下げる場合は、その後ろのほうにあるペダルを踏めば、四速から三速、二速、一速って戻す事が出来る」


 なるほど、要領はわかった。ギアを一回踏むとガコンっと音が鳴った。ギアが一速に入ったようだ。そしてクラッチを離した。

 グンッとバイクが前に押し出され、エンジンが止まった。

「・・・・クラッチを一気に離す馬鹿がどこさいる、少しずつ離していって、バイクが動きそうになったらアクセルを入れるんだぁ。ちょっと貸してみろ」


 俺からバイクを奪い取るじいちゃん。そしてもう一度エンジンを掛けると。

「いいか、良く見ておけ。まずは左手でクラッチを緩める。」

 何故かじいちゃんは、バイクには座らず、地面に足をつけたままクラッチを緩めている。

 すると、じいちゃんの手がクラッチを半分くらい緩めたあたりから、アクセルを開けたわけでもないのにバイクが動き出した。

「この状態がクラッチが繋がった状態だ。座った状態だと俺の体重でクラッチを離しただけではバイクが動かねーがら、あえて体重が掛かってない状態で見せたんだぁ」

 なるほど、そういうことか。

 次にじいちゃんは、バイクに座って走らせるから見てろと言う。


「さっき見せたクラッチが繋がった状態の時にアクセルを開ける」

 今度はバイクが進みだし、走り出した。

「いつまでも一速だと、回転ばっかあがっから、ここでクラッチを握ってギアを上げるんだ」

 クラッチを握ると、バイクのギアを一段踏んだ。

 ガコンという音と共に、ギアが二速に入る。

 家の敷地をぐるりと回ると、じいちゃんが俺の前まで戻ってきて、ギアをニュートラルに入れバイクを停めた


「乗れそうが ??」

「・・・・たぶん乗れるとは思う」

「乗った事ねーのに急に乗れって言うのはひどいべ、大人しく自転車で行げぇ。バイクは練習してから乗れ」

「うん、なんかその方が安全な気がする」

 俺は、じいちゃんの言う事に従い自転車で買い物へ行くことにした。


「ばあちゃん、じいちゃんが花見の買い物して来いって言ってたんだけど、「買うものは、ばーさんに聞けって」何買ってこればいいの ??」

 家の中に入り、台所で何かの料理をしていた、ばあちゃんに声を掛ける。

「ああ、悪いね。今メモ書くからちょっと待っといで」

 へーいと言いながら居間の畳に転がる。畳ってやっぱいーな。

「ヤス、唐揚げは好きかい」

「ああ、から揚げ好きだよ。胸肉なら」

 そうかい、じゃあ胸肉を多めに買ってきてもらおうかね、と、言ってメモを書くばあちゃん。

「ほい、じゃあ、これお願いするよ」

「りょーかーい」


 ばあちゃんからメモを受け取った俺は、先ほどの小屋へと向かい自転車を引っ張り出す。

 この自転車は、これから学校へ通学する為にも使う。いわば俺の愛車だ。

 ばあちゃんの話では駅の近くに大きなスーパーがあるから、そこで買い物をしろとの事だ。

 この町に着いた時、辺りを見回したがそんな物は無かったが ?? まあ、行ってみればわかるだろう。

 こうして俺は、[はじめてのおつかい]へと出かけた。

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