田舎のコンビニに行くといい事があるかもしれません。

 美咲さんと別れた俺は、散歩を始める事にした。

 家から少し歩くが、畑や田んぼが多い。

 民家なども数件あるが、家と家との間が開いており都会のような密集した感じはない。

 中には、七森家や、宮鈴家のように密接した作りの住宅もあるが、ほんの一握りだ。


「土地も広いけど、家もでけーな」

 昔からこの地に住んでいる人が多い為か、古く大きな建物が目立つ。

 暫く歩くと、新幹線の高架が見えた。

「おっ」

 高架沿いには、小さな小川が流れている。

 よく見るとその小川は、何箇所かで分岐して別の流を作っていた。その流はさらに数箇所で分岐して地域の畑や田んぼへと繋がっている事がわかる。


 その中の一つの分岐した流れを覗いてみたところ、メダカや、ザリガニ、ドジョウといった生物が生息していた。

 近くでは子供達が、網を持って何か捕まえようとしている。

「フナ捕まえた、見ろよ、でけぇ」

「ええっ、いいなー俺も欲しい」

 フナ?そんなのまでいるの??

 気になった俺は、子供たちに近づいて声を掛ける。

「少年達よ、何捕ってるの?ちょっと俺にも見せてくれよ」

 すると一人の少年が、いいよと言いながらバケツの中を見せてくれた。


 バケツの中には体長10センチ以上のフナが1匹と、さほど大きくはないザリガニが2匹入っていた。

 本当にフナだ。しかも、でかい・・・・

「俺のザリガニも見てよ」

 そういってもう一人の少年が持っていたバケツの中を見せてくる。

 そちらのバケツの中には、赤黒く大きな鋏を持った、これまたでかいアメリカザリガニが入っていた。

「マジか、こんなのいるんだ・・・・」

 正直、魚捕りをしている少年達がいる事にも驚いたが、こんなに大きなフナやザリガニがいる事にも驚いた。


「にいちゃん、ザリガニ触ってみなよ」

 ザリガニを持った少年が親切心から余計な事を進めてくる。

「えっ、いや、俺はそういうのいいや」

 見るからに凶暴なあの鋏でギュウってやられたら笑えない。挟まれて笑えるのは、芸人が鼻を挟まれているのをテレビで見ている時くらいだ。

「兄ちゃん、怖いの ??」

 そう言って少年二人が、ニヤニヤと笑っている。

「はっ ? 何言ってんの ? 全然怖くねーし。そんなの余裕だし」

 少年に馬鹿にされたせいか、心にもない事を言ってしまった。正直、絶対触りたくなかったが馬鹿にされたままっていうのも、何か癪だ・・・・いいだろう、その誘い乗ってやる。


 俺は、ザリガニが入ったバケツの中に手を伸ばし、そっと胴体を掴んで持ち上げた。

「どうよ、余裕だね」

 おおっ、っと歓声があがる。どれ、コレくらいにしておくか

 そっと、ザリガニをバケツに戻そうとした時

「あっ、やべ」

 ツルっと手が滑り、ザリガニを地面に落してしまった。


「なにやってんだよ、兄ちゃん」

「わりぃ、わりぃ、今拾うから」

 焦った俺は、急いでザリガニを拾おうとしてしゃがみ込んだ。

 だが、地面に落された恨みか、奴は復讐の機会を狙っていたらしい。

 手を伸ばした俺の指をあろう事か、凶悪な鋏で挟み込んできた。

「いっつてーぇええええええぇぇ」

 思わず俺は叫んだ。それを、腹を抱えて笑う少年達。


 今日の教訓・・・・見栄を張ろうとせず謙虚に生きる・・・・


「あー、痛てぇ」

 その後、少年達と別れた俺は散歩を再開した。

 ザリガニに挟まれた指は未だに痛い。

 道路をとぼとぼ歩いていると、異様な光景を見付けた。

 青い看板のコンビニだ。

 コンビニ自体は全国展開もされており、さほど珍しいものでもないがコンビニがある場所が異様なのだ。

「・・・・店、田んぼのど真中にあるじゃん」

 広い駐車場に普通のコンビニより若干大きいな店構え。

 コンビニ周辺は田んぼで囲まれており、車が二台ほどすれ違えるであろう入り口。


 この町に来てから初めてのコンビニだ。

 そういえば今週号のマンガ雑誌を読んでいなかった、折角なので立ち読みしていこう。

 コンビニの入り口までくると、そこは二重ドアになっていた。

 まず始めに、自分でガラガラと横に開けるタイプの扉があり、その後、自動ドアがある仕組みだ。

 そういえば、こっちは冬寒いって言ってたな、雪も結構降るらしいし。

 ピコピコピコピコー

 自動ドアを通ると、お出迎えの音が流れた。


「いらっしゃいませー」

 女性定員が挨拶してくれる。はい、いらっしゃいました。

 えーと、マンガ、マンガっと

 店内を見回してみると、入り口の直ぐ左側、店の窓側に雑誌が置いてあるのがわかった。

 右側には、テーブルや椅子が幾らかあり、買ったもの等を飲食する為のスペースが設けられている。

 雑誌コーナーへ移動し、お目当てのマンガを探す・・・・

「ない・・・・だと !!」

 そんな、まさか、売り切れてしまったというのか・・・・


 田舎のコンビニだけあって、そんなに用意してないという事なのだろうか ??

 毎週楽しみにしているというのに・・・・立ち読み限定だけど。

 あまりのショックに、俺は膝から崩れ落ちた。

「あのー何かお探しですか ??」

「えっ・・・・ ?」

 絶望に打ち拉がれた俺に女性の店員が話しかけてきた。


 涙で潤んだ瞳で見上げた先には、一房に編んだ髪をサイドに流した綺麗な女性がいた。

「もし良ければお探ししましょうか ?」

「えっ、あっ、いや」

 急に綺麗な女性に話かけられたものだから、返す言葉が直ぐには出てこず、どもってしまった。

 一旦落ち着こう、さっき美咲さんと話した時は大丈夫だったじゃないか。


「えっとですね、少年ブレイクをさがしてたんですが・・・・」

 とてもじゃないけど、立ち読みするだけですけどね、なんて言えない。

「ああ、それでしたら売り切れてしまって・・・・申し訳ありません」

 女性店員はそういうと深々と頭を下げた。

 やめて !! 元々買う予定じゃなかったのにそんな、俺のなけなしの良心が痛むから・・・・

「あっ、大丈夫ですよ。あったらいいなー程度で寄ったので。全然気にしないで下さい」


 そう言って、足早に店を立ち去ろうとした時だ。

「待って、もし良ければ、また明日お店に来て頂けませんか ? 用意しておきますので」

 店員のお姉さんがそう言って、俺を引き止めた。

 少年ブレイクの発売日は毎週月曜日だ。今日は金曜日・・・・

 三日後には、最新号が販売するというのに準備出来るのだろうか ?


「いや、大変ですよね ? 気にしないで下さい。本当言うと立ち読みするつもりだったので」

「立ち読みだけでも結構ですよ。私、明日は今日と同じ時間に出てますので是非いらして下さい」

 そこまで言われては、来ないのは失礼な気がしてきた。

「それじゃあ、今くらいの時間にまた来ます」

「はい、お待ちしていますね」

 素敵な笑顔をくれながら、お姉さんは、そう言った。

 この笑顔、スマイルを提供しているお店の店員にも見習って欲しいものだ。


 素敵な笑顔を見せられたせいか、何か買わないと申し訳ない気分になる。

 丁度喉も渇いていたので、お店で淹れてくれるタイプの飲み物でも買おうか・・・・

「折角なんで注文いいですか ?」

「いいですよ」

 そう言ってレジに戻って行くお姉さん。

 俺はレジまで行き、飲み物を頼む。


「すみません、ホットカフェラテ一つ下さい」

「畏まりました、150円になります。お砂糖はどうなさいますか ?」

「入れてください」

 お姉さんが出来たばかりのカフェラテに砂糖を入れ掻き混ぜてくれる。

 会計を済ませそれを受け取る。


「お熱いのでお気をつけ下さい」

「ありがとうございます」

 何だろう、この店員さん。こんな親切な店員さんもいるんだな。

 しかも綺麗だし。

 それじゃあ、また明日来ますといってコンビニを出た。ありがとうございました、と言うお姉さんの挨拶が聞こえてきた。

 コンビニに入っただけなのに何か幸せな気持ちになれた。

 いいな、こういう店。

 明日、必ずまた来ようと誓い店を後にした。 

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