新陽通り商店街ワルツ

深水千世

序章

別れのとき

『今年もいよいよ残すところあと五分!』


 テレビの向こうで芸能人たちがにこやかな顔をしている。俺はコンビニの惣菜とビールが並ぶテーブルから天井に視線を移し、大きなため息をついた。


「俺、今年一年、何をしてたんだろ」


 一人暮らしも六年目になると独り言が当たり前になる。

 思えば、北海道から上京してからずっと、職場の写真スタジオとアパートの往復だった。趣味もなければ友達もろくにいないんだから、自然とそうなる。


 けれど、今年はいつもとちょっと違うと思ってたんだ。だって、毎週木曜日の夜は彼女と会っていたから。

 もっとも、彼女とはいっても、堂々と親に紹介できる間柄じゃない。美月さんは俺が勤めるスタジオの女社長で、夫がいる。世間で言うところの不倫だ。


 先週の木曜日、彼女はベッドから起き上がって下着を身につけながらこう言った。


「憲史、来週の木曜なんだけど」


「あぁ、さすがに会えないですよね。大晦日だもん」


 ベッドに寝っ転がったままの俺に、美月さんはちょっと困った顔をした。


「うん、それもあるんだけど、来年になってもあなたのアパートにはもう来ないわ」


「どうして? 旦那さんにばれた?」


 ぎょっとした俺のそばに腰掛け、彼女が「ごめんね」と言った。


「私、旦那との子を妊娠したの。だから、あなたとはおしまい」


 頭が真っ白になって何も言えなかった。そして彼女は俺の沈黙を了承とみなし、帰って行った。


「女って嘘つき」


 旦那とはセックスレスだって言ってたくせに。やることやってんじゃん。

 鳴らない携帯電話を手にし、彼女からの最後のメッセージを見る。


『好きだったわ。さようなら』


 もう何度見たかわからない。そして彼女に何を言うべきだったかもわからなかった。


 愛人の自殺が多いのは年末年始だって聞いたことがあるけど、誰が言ってたんだっけ。そんなことを思って、「バカバカしい」と呟いた。


「二十八で死んでたまるかよ」


 携帯電話から彼女に一週間ぶりのメッセージを送る。


『俺、仕事辞めます。辞表は年明けに提出しますね。さようなら』


 そして今度は北海道の母親に電話をかけた。大晦日だけに起きていたのだろう、母親はすぐに電話に出た。


「憲史、どうしたの? あんたが連絡してくるなんて何年ぶりかね」


 そうだね、上京してから一度も帰ってない親不孝な息子だからな。


「あのさ、仕事辞めるから実家に戻るよ。部屋掃除しといて」


「はぁ?」


 それから母親がわあわあ喚きだしたが、「じゃ、よろしくね」と通話終了ボタンを押す。電源を切った携帯電話をベッドの上に放り投げた瞬間、テレビからカウントダウンの声がし始めた。


『五、四、三、二、一、あけましておめでとうございます!』


 おめでとう、おめでとう。仕事と不倫の生活に終止符を打って、新しい毎日におめでとう。


 そして、さようなら、東京。さようなら、カメラマンの仕事。さようなら……結構、本気で好きだった人。

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