春が嫌いな僕に人生の春がきました

ピューレラ

第1話

僕は春が嫌いだ。大嫌いな夏が来る前触れだから。何故に春や夏が嫌いかというと虫が苦手だからだ。


お花見だって行きたくない。今までに何度、頭の上に毛虫が降ってきたことやら。


そうやって春が嫌いな僕にも人生においては『春』というやつがきた。


告白されたのだ、何年も前から顔見知りの若い女性に。


彼女はいつも通勤で利用する電車のホームで見かける女子高生だった。

四月になって見かけなくなったので卒業したのだろうと思っていたら制服では無い姿で、うっすらと化粧もした彼女が先月までと同じようにホームに居たのだ。


「ああ、彼女も大学生か社会人になったんだな」

ぐらいの事を考えていたら僕がホームに降りてきたところで、彼女と目が合った。

すると彼女はそのまま僕に向かって歩いてきたのだ。


いやきっと僕じゃない。僕の後ろにいるだろう、彼女の知り合い目指して歩いてきているのだと思い込もうとしながら僕はポーカーフェースで階段を降り切った。


けれど彼女の目当ては本当に僕だったらしく

「突然すみません。これ読んで下さい」

と手紙を渡された。


困惑する僕に彼女は

「これからお仕事ですよね。通勤途中にお邪魔してすみません。良かったらそれだけ後で読んでくれると嬉しいです」

それだけ言うと少し、はにかんでホームから上がって行った。


その時渡された手紙には、僕に対する好意と彼女の連絡先が書かれていた。


高校を卒業したばかりの女の子に告白され、連絡先を教えられても、すぐには素直に喜べない。

イタズラなのでは?と考えてしまう。


それでもメールで返信ぐらいはいいかと、まずは告白してくれたお礼を送ってみた。


僕が騙される事より、勇気を出した女の子の気持ちを大事にしたい。(本当ならば)


そしてすぐに返事がきた。

それだけでなく次の日も、いつものホームに彼女は現れて

「ありがとうございます。イタズラと思われるんじゃないかと怖かった。すぐに連絡くれただけで嬉しいです。告白に対する返事は急がなくていいです」


とまくしたてた彼女は、ちょっぴり恥ずかしがりながら目をそらして昨日のように帰ろうとした。


そんな彼女の姿に僕はたまらなくなって

「待って!返事はOKです、あ、いや僕も君の事を気になってました。付き合ってください」

と叫ぶように応えていた。


朝の混雑している駅のホームでは、そうでもしないと、帰ろうと僕から三、四メートル離れた彼女に声を届けられないと思ったからだ。


声は彼女に届いた。驚いた顔の彼女。

そして彼女以外の周りの人たちから突き刺さる視線。


えーい、もうどうにでもなれ!ともう一度大声で

「またすぐにメールするから」と叫びながらホームに入ってきた、僕が乗車するつもりの電車を指差す。


これ乗らないとヤバイから行くけど、君の事をちゃんと考えているから、という僕なりの意思表示のつもりだ。


彼女は、うんうんと大きくうなずいてくれた。


そうして僕たちは付き合う事になった。

「僕のどこを好きになってくれたの?」

しばらくして彼女に尋ねたら


「一年ぐらい前に、ホームにハエがいた事があったでしょう?あの時、ハエをまるでスズメバチを怖がるかのように怯えて逃げ惑う姿が可愛かったから」

と彼女は答えた。


「それだけ?」

「私も同じだから。みんなにはハエでしょとバカにされるけれど私は虫全般が怖いから」

「そうそう。ハエだって刺さなくたって怖いよね。けど男の僕が怖がってる姿、カッコ悪くない?可愛かったなんて……」


「カッコ悪くなんてないよ。自分と同じ感覚の人がいて、それが男性なのに人前でも堂々と怖かってたんだもん」


「堂々って……怖いから人前だろうと平気なフリできないよ」

と僕が微笑んだら


「そっか、でもそれが好きななったキッカケだったんだもん。強かりさんじゃなくて良かった。それに『好き』ってそういう事でしょう?素敵な部分だけじゃなくてダメなとこも『好き』やっぱり可愛いと思っちゃったんだもん」

という言葉の後に僕たちは笑い合った。


そんな事を言ってもらえるなんて恥ずかしい思いをした甲斐があったものだ。


良かったのは僕の方だよ。

春も夏も虫のせいで嫌いだったけれど、その虫嫌いのおかげで彼女に好かれたのだから。


僕はたち冬が待ち遠しい。寒いけれど、その分二人で寄り添い合える。

そして何より虫がいない。僕たちの一番好きな季節だ。



おわり

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春が嫌いな僕に人生の春がきました ピューレラ @natusiiko2

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