クライメイトキャラぐるみのいる日常

Ｃｌｉｍａｔｅ １ 眺めてびっくり！ 智晴お手製世界の気候擬人化ぬいぐるみ

プロの作品の出来には及ばないけど、売り物になりそうな気もするなぁ。

英晴は気候擬人化キャラぐるみをいろんな方向から眺めつつ、私服に着替えて一段ベッドに腰掛けて、

設定資料集はどんな感じなんだろ？

一息つくと、最初に『Ｃｌｉｍａｔｅ　Ｇｉｒｌｓ砂漠気候』というタイトルが付けられ、表紙にその気候を擬人化したキャラが描かれた設定資料集を捲ってみた。

「おう！」　

　思わず声を上げる。一ページ目に、対応するキャラクターの全身カラーイラストと、プロフィールが載せられていたのだ。

このカナートって名前の女の子が砂漠気候の特徴を解説してくれるってわけか。

　わくわくしながら次以降のページをパラパラ捲ってみた。

　カナートというキャラのカラーイラストが砂漠の背景やラクダなどと共に、いろんなポーズや衣装で十数通りに描き分けられていて、

イラストの方は同人誌どころか商業作品としてでも通用しそうなクオリティだな。固定ファン付きそう。オアシスで全裸で水浴びしてるイラスト、エロくて特にいいな。ぬいぐるみよりイラストで描かれた方が可愛く見えるぞ。

　不覚にも、変態だと見なしている妹のことをほんのちょっと見直してしまった英晴は、続いて高山気候の擬人化キャラ設定資料集もパラパラ捲って確認してみる。

こっちの子もエスニック風でぬいぐるみ以上になかなかかわいいぞ。リャマとかアルパカとかコンドルとか、民族衣装のイラストもやっぱ上手いなぁ。　

感心気味に眺めていると、予期せぬ出来事が――。

「あ～、よく寝た♪　そろそろ日没だね」

　どこからか、聞きなれぬ女の子の声が聞こえて来たのだ。

「何だ？　今の声」

　英晴は不思議に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。

耳元で聞こえた気がするんだけど、誰もいないよな？

　少しドキッとしながらそう思った直後、

「うっ、うわわわわわぁ！」

　英晴はあっと驚き、口を縦に大きく開けて絶叫した。弾みで手に持っていた高山気候擬人化キャラ設定資料集も床に放り投げてしまう。

　突如、砂漠気候擬人化キャラぐるみが可動化し巨大化して来たのだ。

チャドルと呼ばれる顔以外全身黒ずくめの民族衣装を身に纏い、つぶらなグレーの瞳ですらりとした体つき、背は英晴より少し高く、一六〇センチ台後半に見えた。

「アッサラームアライクム、フルササイーダ。ワタシ、日本にはない砂漠気候のカナートだよ。ヒデハルくんと同じ十五歳、高校一年生なの♪」

　その女の子は太陽のような爽やかな笑顔を浮かべ、微妙な発音のアラビア語も交えて挨拶した。そのあと英晴の手を握り締めて来た。　

ようするに、ぬいぐるみの時の姿形のまま頭身を上げて人間化したわけである。

「あっ、暑い」　

　英晴の全身から汗が噴き出してくる。実際、この部屋の温度は急上昇し湿度は急低下していた。

「アナアーシファ、ヒデハルくん、ワタシの体質なの」

　そんな彼を見て、カナートは嬉しそうににこにこ微笑む。

続いて、冷帯・寒帯気候擬人化キャラぐるみの子が――。人間化したと同時に室温は急低下した。

「さむっ！」

　英晴はブルルッと震える。

「こんばんは。ヒュヴァーイルター。ドーブルイヴィエーチル。グクヴェル。ミナ達の作者、西風智晴さんのお兄さんの英晴さん。ミナは冷帯寒帯気候のフィヨルドと申します。智晴さんと同学年の中学二年生です。今後、末永くよろしくお願い致します」

　北欧の少数民族サーミの色鮮やかな民族衣装『コルト』姿だった。グリーンの瞳に黒縁の丸眼鏡をかけ、胸の辺りまで伸びた雪のように真っ白な髪をモミの葉っぱ付きりぼんで飾り、背丈は一五〇センチ台前半くらい。英晴に向かってフィンランド語、ロシア語に加え、ノルウェー語かスウェーデン語かも交えておっとりとした口調で挨拶して来た。

さらにもう一体、高山気候の擬人化キャラぐるみも。

「なんか、息苦しくなって来た」

　と英晴は感じる。実際、気圧は急低下していた。

「Ｂｕｅｎａｓ　ｎｏｃｈｅｓ！　英晴君。わたくし、高山気候のクスコ。高校二年生、十七歳よ。ちなみに富士山頂は高山気候じゃなくてＥＴツンドラ気候に分類されるそうよ」

　背丈は一六〇センチくらい。小麦色の肌、面長でつぶらな鳶色の瞳、ほんのり栗色な髪をポニーテールに束ね、色鮮やかなアンデスの民族衣装ポンチョを身に纏っていた。

「えっ、あっ、どっ、どうも。おっ、俺、とうとうアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなってしまったのか？」

　英晴は当然のように戸惑う。

「アニメの世界じゃないよ。現実だよ」

「アロハ～♪」

　背後からまた聞きなれぬ二人の女の子の声がした。と同時にこの部屋は薄手の長袖長ズボン姿な英晴にとって程よい温度と気圧と湿度になった。

「温帯気候のテラロッサです。小学四年生、九歳です。これからよろしくね、英晴お兄ちゃん。英晴お兄ちゃんの住んでる町の気候はＣｆａ温暖湿潤気候だね。あたしの名前はＣｓ地中海性気候区に広く分布する赤色土壌と同じだよ」

　この子はおかっぱ頭にした緑色の髪を、オリーブとぶどうとオレンジ、合わせて三つのチャームを付けたダブルりぼんで飾り付けていた。丸っこいお顔とくりくりしたつぶらな瞳。背丈は一三〇センチくらい。和風な桜柄の浴衣姿だった。

「Ｓｅｌａｍａｔ　ｂｅｒｔｅｍｕ．アタシ、熱帯気候のセルバなのだ。中学一年生、十二歳。よろしくね♪　Ｍａｓ・ヒデハル」　

　こちらの子は南国育ちらしい褐色の肌。縮れ毛の黒髪をハイビスカスのお花チャーム付きりぼんでパイナップル風に束ね、四角顔で茶色い瞳、背丈は一四〇センチ台後半くらい。バナナの葉っぱで胸と恥部を覆っただけの非常に露出度の高い姿だった。

「うわぉっ！」　

　振り返った英晴はセルバの身なりを目にし、反射的に視線を床に背ける。ぬいぐるみ状態の時はじっくり眺めてしまっていたものの、人間化した姿は直視出来なかったようだ。

「英晴君、その反応、さすが年頃の男の子ね。セルバちゃん、ちょうど都合良くいいのがあったわ」　

　クスコは学習机の本立てに並べられてあった、英晴が学校で使用している地図帳を手に取りパラッと捲る。続いて開かれたページに手を添えると、なんと波打つ水面のように揺らいだのだ。三秒ほどのち、クスコは何かを掴み上げた。

「これを着なさい」

それをセルバに投げ渡す。

「分かった。これも熱帯地域の民族衣装だしね」

クスコが先ほど取り出した物の正体は、ベトナムの民族衣装アオザイだった。色は純白で花柄の刺繍も施されていた。

「ベトナムでも首都のハノイはＣｗ、温暖冬期少雨気候またの名を温帯夏雨気候だから、冬に旅行する時は服装に要注意だよ。１０℃以下まで下がる日もあるよ」

　テラロッサは穏やかな笑顔で警告する。

なっ、なんでこんなことが、起こってるんだ？

　英晴は目の前で次々と起こった超常現象にただただ唖然とするばかり。

「絶対、夢だよな？」

　とりあえず右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いってぇっ！」

　痛かった。現実……だったらしい。

「嘘だろ？」

まだ英晴は、この状況を信じられなかった。

「どないしたんよ英晴お兄さん？　すごい大声出して」

　ガチャリと部屋の扉が開かれる。智晴が入って来たわけだ。

「ちっ、ちっ、智晴っ！　さっ、さっき、この智晴が作ったぬいぐるみが、巨大化して、動き出して喋り出したんだ。本物の人間みたいに。あの気候擬人化した。ほらここにっ……あっ、あれ？」

　英晴は強張った表情で声をやや震わせながら伝えたものの、

「ぬいぐるみのままやん」

智晴にきょとんとした表情で突っ込まれてしまう。

「いや、さっき人間だったんだけど、おっかしいな」

　英晴は机上の五体のぬいぐるみを、訝しげな表情を浮かべて見つめる。

「英晴お兄さんったら、ぬいぐるみが巨大化して本物の人間みたいに動き出して喋るなんてマジあり得んし。アニメの世界と現実の世界との区別はちゃんと付けなきゃダメだよー。うち、英晴お兄さんより遥かにアニメの世界にどっぷり嵌っとるけど、現実の世界との区別はちゃーんとついとるで」

　智晴はくすくす笑ってくる。

「いや、俺もちゃんとついてるんだけど」

「確かにお○ん○んはちゃんとついとるよね」

「……今そういう話じゃないんだけど」

　英晴が困惑顔でこう言った直後、

「英晴ぅー、智晴ぅー、夕飯出来たでー」

　階段下から母の叫び声が聞こえてくる。

「今行くぅー。英晴お兄さんもはよおいでよ」

　智晴はすぐにこの部屋から出て、ダイニングの方へ向かっていった。

「やっぱ、気のせい、だよな？」

　英晴はこう呟いてハハハッと笑う。次の瞬間、

「気のせいではありませんよ、英晴さん」

　フィヨルドがまた人間の姿に戻った。

「うわぁっ！」

　英晴は反射的に仰け反る。

「また驚かせて申し訳ありません。というか、こんなになまら驚かれるとは思いませんでした」

　フィヨルドはてへりと笑う。

「驚くに決まってるだろ」

　英晴はごもっともな意見を述べた。他の四人も先ほどの姿へ。

「お部屋の様子を見て、ヒデハルくんは萌え系のアニメが大好きな男の子なんだなぁって判断したの。これならワタシ達が巨大化して、動いて喋り出すって現象を起こしてもごく普通に受け入れてくれるかなぁと思って♪」

　カナートはにこにこ顔で伝えた。

「英晴さんの妹さんは、妄想空想癖は酷いようですが一応常識的なお方のようですし、ミナ達の人間での姿を見たら腰を抜かすかと思いまして、とっさにぬいぐるみに戻りました」

　フィヨルドはゆったりとした口調で語る。

「俺だって相当驚いたよ」

「まあまあＭａｓ・ヒデハル、ジャングルの中では日本に住んでる人にとっては非日常的な光景が広がってることだし、素直に受け入れなよ」

　セルバはにこにこ笑いながら言った。

「受け入れろと言われても……」

「ワタシ達みんな気候は違うけど、五人姉妹だってデザイナーのチハルちゃんは設定してくれたよ」

　カナートはにこにこ顔で語る。

「……それにしても、ぬいぐるみが人間化するって、現代の科学技術的にあり得ないだろ」

「それが出来てしまったんだから、そう突っ込まれると反応に困っちゃうな」

　クスコはちょっぴり困惑気味だ。

「まだ現実とは思えない」

　英晴は半信半疑な面持ちで呟く。

「ヒデハルくん、これは現実、ハキーカなんだよ」

　カナートはにこっと微笑む。

「あの、カナートちゃん、俺、これが現実だってこと実感したいから、体、触っていいか？」

「ハサナン。でも、胸は変な気持ちになっちゃうからラー！　だよ」

「分かった。頭にするよ」

　英晴が恐る恐る、チャドルのスカーフを外して露になった、カナートのセミロングウェーブな茶髪に手を触れようとしたら、

「英晴ぅー、いい加減夕飯食べやぁー。冷めてまうやろっ！」

　母に扉を開けられた。

「わっ、分かったよ」

　英晴はビクッと反応し、周囲を見渡す。

　またもみんなぬいぐるみに戻っていた。

やっぱ、夢だよな？

　英晴は首をかしげながら電気を消して部屋を出て、ダイニングへと向かっていった。

「英晴、智晴の作ったぬいぐるみの迫力に圧倒させられたみたいだな」

　高校物理教師を務める父は楽しそうに微笑む。

「うん、まあ。かなりリアルだったし」

　英晴は苦笑いで答え、

　絶対俺の見間違えだ。

　心の中でこう確信して椅子に腰掛けた。

「うちの作った気候擬人化キャラぐるみ、英晴お兄さんにウケてくれたみたいでうち、めっちゃ嬉しかったわ～」

　向かいに座る智晴は上機嫌でかぼちゃコロッケを頬張っていたのだった。

「地理で習う世界の気候の分野、父さんも大好きだったな」

父は上機嫌で高野豆腐を頬張りながら呟く。智晴の趣味もジャ○ーズやＥ○ＩＬＥなんかに嵌るよりは健全だろうってことで快く容認してくれている寛容で心優しいお方なのだ。

　　　　　　　　　　＊

　英晴は夕食後は自室には戻らず、まっすぐお風呂場へ。洗面所兼脱衣場で服を脱ぐと、ハンドタオルを手に取って、いつもと変わらず大事な部分は隠さずにすっぽんぽんで浴室に入る。続いて風呂椅子に腰掛けて、シャンプーを押し出した。

　髪の毛をゴシゴシこすっている最中だった。

「やっほー、Ｍａｓ・ヒデハル！」

　突然そんな声がしたと思ったら、湯船がバシャァァァーッと飛沫を上げ、中からセルバが飛び出して来たのだ。

「ぅおわあああぁぁーっ！」

　英晴はびっくりして思わず仰け反る。もう少しで後ろのタイル壁に後頭部をぶつけるところだった。

「遊びに来ちゃった♪」

　セルバは舌をぺろりと出して、てへっと笑う。

「どっ、どうやって、入って来たの？」

　英晴は当然のように驚き顔。慌ててタオルで大事な部分を隠したのち質問してみた。

「ツェツェバエに変身してここまで浮遊して来たあと、ピラニアの稚魚に変身してお湯の中に隠れてたのだ。ピラニアでもこの湯の温度はさすがにきつかったぜ」

「そっ、そんな能力まで、使えるのか？」

「うんっ！　五人の中で、変身能力を使える設定なのは熱帯気候のこのアタシだけなんだぜ。えっへん！」

　セルバは自慢げに、嬉しそうに答える。

「そっ、そうなのか……っていうか、せめてタオルは巻いてっ！」

　英晴はセルバがすっぽんぽんだったことに今頃気付き、とっさに目を覆った。

「Ｍａｓ・ヒデハル、アタシ、アレはもう来てるけど、まだまだお子様体型だから全然問題ないのに。Ｍａｓ・ヒデハル照れ屋さんだな。じゃあこうするよ。Ｍａｓ・ヒデハル、前隠したから手をのけてみて」

「ほっ、本当？」

　言われるままに、英晴は手をゆっくりと目から離した。

　緑色の葉っぱがセルバの肩の辺りから膝の上くらいにかけてしっかり巻かれていた。

「どう？　似合う？」

「うっ、うん。それより、どうやって一瞬で？」

「さっきはアタシの体の一部をバナナの葉っぱに変化させたのだ」

「そっ、そういうことか」

「ツェツェバエに変身したのもそうだけど、普通はこんなこと起り得ないでしょ。でもアタシ、熱帯関連の物に限るけど物質の化学的性質とか質量保存の法則とかは完全無視して自由自在に変身出来るという設定になってるから。アタシ、当然のようにこんなのにも変身出来るのだ」

　そう告げるとセルバはパッと姿を消して、次の瞬間体長一メートルくらいの熱帯魚に変身した。そして湯船の中にポチャンッと落下する。

「手を突っ込んだら感電させられそうだな」

　英晴は苦笑いで突っ込む。デンキウナギだった。

「次はこいつになるよ」

　人間の姿に戻るや今度は熱帯植物に変身し、床に落下した。

「くっさぁっ～。こんなにおいがするのか。セルバちゃん、早く元の姿に戻って」

　腐った肉のような悪臭が立ち込め、英晴は思わず鼻を押さえる。

　かの有名なラフレシアだった。

「次はこいつになるよ♪」

「うわわわぁっ！」

　次に変身した動物の姿を見て、英晴は壁際へ逃げて怯える。

　ジャガーだった。グァーッと鳴き声を上げ、英晴に容赦なく牙を向け威嚇して来た。

「Ｍａｓ・ヒデハル、変身しても強さは人間の時と変わらないからびびる必要ないぜ。アタシ、変身以外にもこんな能力も使えるよ」

　その一秒後には再び人間の姿に戻ったセルバは、口からフゥゥゥーッと息を吐き出す。

それはたちまち黒い雲の形へと変化した。その直後、ドゴォォォーンッ！　と耳をつんざくような雷鳴を轟かせ、滝のような雨を英晴の頭上に降らせて来た。

「うをわぁぁぁーっ！」

　英晴はさっき以上に大きく仰け反る。

　――ゴツンッ！

「いってぇぇぇーっ！」

　後頭部を後ろ壁にぶつけてしまった。

「スコールを再現してみたよ♪　なかなか迫力あったでしょ？」

　セルバはにっこり笑顔で問う。

「危険過ぎるだろ」

　ずぶ濡れにされた英晴は迷惑顔だ。

「雲量は少なかったし、安全性にはほとんど問題なかったと思うんだけどな。気候特有の気象現象再現能力はアタシ達みんな持ってるよ」

セルバが無邪気な表情で伝えた直後、

「英晴ぅ、やけに騒がしいけど何かあったの？」

　母が浴室扉のすぐそばまで迫ってくる。

「なっ、なんでもないよ」

　英晴は慌てて返事した。

「そう？　ならええけど」

　母はちょっぴり不思議そうし、リビングへと戻っていく。

「入って来なくてよかったぜ。まあ入って来たところで瞬時に小さな熱帯の虫になれるけどな。そんじゃあＭａｓ・ヒデハル、アタシ、先にお部屋戻っておくね」

　セルバはそう告げてウィンクし、体長一センチほどのツェツェバエに変身するとちょうど開かれている窓から外へ出て行った。

ツェツェバエって、俺やばくないか？　アフリカ睡眠病引き起こすハエだろ。まあ、刺されてないから問題ないだろうけど。

ともあれ彼はいつもように湯船に浸かってゆったりくつろぐ。

その最中、浴室扉がガラガラッと開かれ、

「英晴お兄さん、おじゃまするね♪」

　智晴がすっぽんぽんで入り込んで来た。

「智晴、入って来るなよ」

　英晴は呆れ顔で智晴の顔面目掛けて湯船のお湯をバシャッと食らわす。

「あつぅ！　もう。ぶっかけるなんてひどいな、英晴お兄さん」

智晴はぷくぅとふくれた。

「早く出て行って」

ばっちり彼の目に映った智晴の発育中なふくらんだおっぱいと、薄っすら生えている恥部からはすぐに目を背けた。智晴が小六になった夏頃からは実の妹ながら全裸姿や下着・水着姿にほんのちょっと性的意識が芽生えるようになってしまっていたのだ。

「今入ったばっかりやのにそれはないやろ。英晴お兄さん、あのキャラ気に入ってくれたお礼に、うちの全裸姿じっくり観察していいよ。おっぱいも触っていいよ」

　智晴は仁王立ちして、にっこり笑顔で言う。

「……」

　英晴は呆れ顔でハンドタオルを手に取り、あの部分に巻くと湯船から出て床に視線を向けたまま智晴の横を通り過ぎ、浴室から出て行こうとするも、

「ほんまは触りたいくせに。見栄張らんでも」

　背後からガシッと抱き着かれ、両腕ごと動きを封じられてしまった。智晴のおっぱいのむにゅっとした感触が英晴の背中にじかに伝わってくる。恥部のもさっとした毛の感触も太もも裏にじかに伝わって来た。

「見栄なんか張ってないぞ」

「英晴お兄さんの嘘つき。ここ硬くなって来てるやん」

さらにあの部分をタオル越しだが右手で握り締められ、揉み揉みされてしまった。

「それは智晴が触ってるからだろ。早く離せっ！」

　英晴は焦り顔で体を捻って抵抗するも逃れられず。

「英晴お兄さん、豊高の授業もついていくのめっちゃ大変やろ？　気分展開に今度の土曜、うちとＵＳＪでデートせえへん？」

　智晴はウィンクをまじえて誘ってくる。

「嫌に決まってるだろ。いい加減離せって！」

「予想通りの反応やね。もう行っちゃっていいよ」

　これにてようやく解放してもらえると、英晴は駆け足で脱衣場へ移動し浴室扉をピシャッと閉めた。

　……智晴の変態行為には困ったものだな。

　一呼吸置いたのち、洗濯籠に入った智晴脱ぎたての下着類からは目を逸らしてバスタオルで体を拭いていく。

「英晴お兄さん、うち今、ルノワールの『岩に座る浴女』のポーズ取ってるの。覗いてもええよ」

「……」

　最中に智晴から誘惑されるも英晴は無視。

もう一度、冷静に考えてみよう。さっき起きたことって、本当に、現実なのか？　あり得ないだろ。ぬいぐるみが人間化したなんて。

　そのあとパジャマを着込みながら、思い直してみる。

人間になってるわけ、ないよな？

　二階に上がると、恐る恐る、自屋の扉を開けてみた。

「Ｓｅｌａｍａｔ　ｄａｔａｎｇ　ｋｅｍｂａｌｉ．Ｍａｓ・ヒデハル」

「英晴君、湯加減どうだった？」

「英晴さん、火照り具合から推測するとサウナは使ってないようですね」

「ヒデハルくん、オアシス気分味わえたかな？」

「さっきセルバお姉ちゃんから聞いたんだけど、英晴お兄ちゃんちのお風呂の湯船って針葉樹の檜じゃないんだね」

　――気候擬人化キャラ達の人間化した姿が、しっかりと英晴の目に映った。消していったはずの電気もついていた。

「……あのう、俺、今日は疲れてるみたいだから、もう寝るね」

英晴は若干引き攣った表情で気候擬人化キャラ達に向かってこう伝えると電気を消してベッドに上がり、布団にしっかりと潜り込んだ。

「ありゃまっ、もう寝るのか？　Ｍａｓ・ヒデハル」

「英晴お兄ちゃんともっとお話したいのに。でもあたしももう眠いし、寝よう。おやすみ英晴お兄ちゃん」

「英晴君、わたくし達が人間化したせいで、急な環境変化に順応出来ず体調崩しちゃったのかしら？」

「そうかもしれませんよ、クスコさん。今宵はゆっくり寝させてあげましょう」

「ヒデハルくん、ティスバフアラヘール！　明日からはワタシ達といっぱい遊ぼうね」

　こうして気候擬人化キャラ達は、ぬいぐるみに戻っていく。

……あれは、幻覚に違いないっ！　

英晴はそう思い込むことにした。

　　　　　　☆

真夜中、三時頃。

「ねーえ、英晴お兄ちゃぁん」

　どこからか、とろけるような声が聞こえてくる。

「――っ！」

　英晴はハッと目を覚まし、ガバッと勢いよく上体を起こした。

「ん？」

　瞬間、英晴は妙な気分を味わう。左腕に、何か違和感があったのだ。

「英晴お兄ちゃん」

「この、声は？」

　英晴は恐る恐るゆっくりと、顔を横に向けてみた。

「うわぉっ！」

　思わず声を漏らす。

彼のすぐ隣、しかも同じベッド同じ布団の中に、テラロッサがいたのだ。

「おしっこしたいから、付いて来て」

　テラロッサは頬を赤らめて、英晴の左袖を引っ張りながら照れくさそうに要求してくる。

「あっ、あの……」

　俺は今、夢を見ているんだ。きっとそうだ、それ以外あり得ない。

　英晴は自分自身にこう言い聞かせる。

「英晴お兄ちゃぁん、あたし、ゲリラ豪雨になって漏れそう。もう我慢出来ないぃぃ」

　テラロッサは今にも泣き出しそうな表情になり、全身をプルプル震わせた。

これは夢だ、これは夢だ、夢に違いないっ！

　けれども英晴は無視することに決めた。心の中でこう呟いて、再び布団に潜り込む。

ほどなく彼は二度目の眠りに付いた。

　　　　　　　☆　　☆　　☆

朝、七時四〇分頃。

「うわあああああああーっ。うっ、嘘だろ……」

　萌えキャライラスト入り目覚まし時計のとろけるようなボイスアラームと共に目覚めた英晴は、起き上がった直後に絶叫した。　

　布団とシーツが、おしっこまみれになっていたのだ。

「こっ、これって……」

　英晴は布団とシーツを見下ろす。彼の着ているパジャマも、おしっこまみれだった。ちょうどズボンの前の部分が黄色いシミになっていた。もちろんにおいも併せて漂う。

どう、処理しよう。

　冷や汗を流し、深刻そうな表情で悩んでいたその時、

「英晴、どうしたの？　朝からご近所迷惑な大声出して」

「うわっ、かっ、かっ、母さぁん！！」

　折悪しく、ガチャリと扉が開かれ母が部屋に入り込んで来た。

「ん？　何これ？　英晴、ひょっとして、おねしょしたのぉ？」

　母は英晴のズボン前をじーっと見つめながら、にんまり顔で問い詰めてくる。

「ちっ、違う！　断じて違うんだ母さん。これは、真夜中に、智晴の作ったぬいぐるみの小学生の女の子が俺の布団に入り込んで来てそれで、その……」

　英晴は必死に言い訳しようとする。

「英晴、アニメの世界と現実の世界を混合するんじゃないの」

　母はくすっと笑った。

「ほっ、本当なんだって。その、あの智晴のぬいぐるみが、人間化して」

　英晴は机の上に置かれたテラロッサのぬいぐるみを指差しながら訴えてみた。

「はいはい、いいからはよ着替えなさい。雪乃ちゃんもうすぐ来ちゃうわよ」

　けれどもやはり無駄だった。母はにやにや笑いながら命令してくる。

「信じてくれよぉー」

英晴は悲しげな表情を浮かべながらパジャマを脱ぎ、下着も替えた。そして制服に着替え始める。

「英晴、それ、お母さんに貸しなさい」

「いいって！　俺があとで持っていくから」

「まあまあ英晴、遠慮せずに」

「あっ！」

　あっという間に、パジャマ一式と下着を奪われてしまった。

「早めに洗濯しなきゃ、汚れ落ちにくくなるやろ」

　母は穏やかな口調でそう告げて部屋から出て、意気揚々と階段を下りていく。

　今、時刻は七時四七分。

まだ大丈夫だな。

　英晴がそう思った直後、

ピンポーン♪　玄関チャイムが鳴ってしまった。

「おはようございまーす、英晴くん、おば様、智晴ちゃん。今日は昨晩お祖母ちゃんちから届いたお野菜果物と水羊羹の詰め合わせをお裾分けするために、少し早めに来ちゃいました」

いつもより十分以上も早く、雪乃が迎えに来たのだ。しかも雪乃が玄関扉を開けたのと、母が階段を降り切って玄関前に差し掛かったのとが同じタイミングだった。

「おはよう雪乃ちゃん、今朝英晴ね。おねしょしちゃったのよ。これを見て」

　母は嬉しそうに、雪乃の目の前に黄色く変色した英晴のパジャマをかざした。

「あらまぁ」

　雪乃は段ボール箱を両手に抱えたままやや前かがみになり、興味深そうにそれをじっと見つめる。

「どわああああああああっ、えっ、冤罪だぁぁぁーっ！」

　英晴は慌てて階段を駆け下りながら、弁明する。

「英晴くん、恥ずかしがらなくても。たまにはこういうこともあるよ」

　雪乃は柔和な笑顔でフォローしてあげた。

「あの、雪乃ちゃぁん、俺、やってないから。本当に」

　知られてしまった英晴は、かなり沈んだ気分になる。

「英晴、はよ顔洗って朝ごはん食べて、学校行く準備しなさい」

　母はにこにこ笑いながら命令する。

「わっ、分かったよ」

　英晴はしょんぼりしながら洗面所へ向かっていった。

父は今日もいつも通り七時半前には既に家を出ていた。

　英晴が顔を洗っている最中、

「おはよう英晴お兄さん、おねしょしたんやってね。まあ気にせんとき。思春期っていうのは男の子も女の子も気を付けてても下着汚しちゃうことはよくあるからね。うちも最近よく汚すよ」

　半袖ブラウス＆ベージュチェック柄プリーツスカートの夏用制服姿な智晴は、背後からにやにや笑いかけてくる。

「俺はおねしょしてないから。智晴だけは信じて欲しい」

　英晴は悲しげな表情で訴える。

「うちは、信じてあげるよ」

　智晴は彼の心境を察したのか、爽やか笑顔でこう言ってくれた。

こんなちょっとしたハプニングがあったためか、普段より三分ほど遅れて雪乃と英晴は家を出た。制服は今週いっぱいまで移行期間だが、雪乃も今週初めより冬用セーラー服から完全夏用半袖ポロシャツ＆夏用セーラースカートに衣替えしていた。伝統校らしく制服は男女とも古めかしいのだ。

智晴は中学入学後はこの二人よりも少し早めに家を出ている。電車通学なのだ。

もし昨日の出来事が本当のことであれば、俺はおねしょをしていない。もし夢の中の出来事であったならば、俺はおねしょをしたことになってしまう。どっちがいいんだ？　この場合。

　英晴は通学路を早足で歩きながら葛藤する。

「あの、英晴くん。元気出して。おねしょのことはもう忘れちゃおう」

　雪乃に優しく励まされ、

「うん、そうだね」

　英晴は穴があったら入りたい気分になった。

「そういえば英晴くん、昨日、智晴ちゃんが気候をかわいい女の子に擬人化した手作りのぬいぐるみとその子達のイラスト付き設定資料集プレゼントしてくれたんでしょ。今日学校終わったら、英晴くんの部屋におじゃまするから見せてね。智晴ちゃんそのぬいぐるみのお写真とイラストの画像一部送ってくれたんだけど、全部実物で見たいよ」　

「……うん。分かった」　

　あのぬいぐるみが巨大化して生身の人間になって喋り出したこと、雪乃ちゃんに言っても信じてくれないだろうな。大丈夫？　最近疲れてない？　って心配されそう。実際俺、高校受かってからますます夜更かしすることが増えて平均睡眠時間減ってるし。

　そんな理由から、英晴はこの件は伝えないことにしておいた。

同じ頃、英晴のお部屋ではカナート、テラロッサ、クスコ、フィヨルドが人間化して、部屋の中央付近に集まっていた。セルバだけはまだぬいぐるみ状態で睡眠中だ。

「テラロッサちゃん、ヒデハルくんのベッドをオアシスにしちゃったんだね」

「ごめんなさい。暗くて、おばけが怖くて行けなかったの。英晴お兄ちゃんが帰って来たら謝らなきゃ」

　しゅーんとなっていたテラロッサを、カナートは優しく慰めてあげる。

「テラロッサちゃん、今夜からは、おトイレ行く時わたくしが付いていってあげるからね」

「ありがとう、クスコお姉ちゃん」

　テラロッサはクスコの胸元にぎゅっと抱きついた。甘えん坊さんなようだ。

「寝小便を垂らしてしょんぼりするテラロッサさん、なまらめんこいです」

　フィヨルドは我が子を見守るようにその様子を微笑ましく眺めていた。