クライメイトキャラぐるみのいる日常

明石竜　

「トムヤムクンとグリーンカレーかぁ。英晴くん、やっぱり辛いの食べるんだね」

「うん、俺、熱帯地域の料理ではタイ料理のこの二つが特に好きだな。雪乃ちゃんはサークー・ガティとブコパイと、ハウピアとオンデオンデ一個ずつだけ選んだんだね。それだけだと少なくない？　食後のデザート分くらいの量しかないし」　

「じゅうぶん足りるよ♪　熱帯は憧れの場所だよね。フルーツいろんな種類採れるし、ヤシの木とかハイビスカスとかガジュマルとか、植物も魅力的なの多いし、海もエメラルドグリーンですごくきれいだし。年中蒸し暑いことと虫が多いのは嫌だけど」

「俺は熱帯の昆虫も魅力的に感じるけどね。コーカサスオオカブトとかハナカマキリとかジンメンカメムシとか」

「私もジンメンカメムシさんは見てて楽しいなって思えるけど……」

　五月最終水曜日。北摂のとある府立進学校、豊根塚高校のお昼休み。ハワイ＆東南アジアトロピカルフェア開催中の学食にて一年三組の西風英晴は同じクラスの幼馴染、光久雪乃と仲睦まじく会話を弾ませていた。面長ぱっちり垂れ目、ほんのり栗色ミディアムストレートヘア。背丈は一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。三軒隣に住んでいて、学校がある日は毎朝八時頃に英晴を迎えに来てくれる。つまり登校もいっしょにしてくれているわけだ。帰りはお互い同性友達同士で行動することが多いので大抵別だけど。

☆　

　メニューのおまけについて来た、ハイビスカスの髪飾りをつけた雪乃の可愛らしい姿も見られて、いつもよりちょっと楽しいことがあった英晴は放課後、親友二人と本屋などに寄り道して別れたあと、閑静な高級住宅街に佇む自宅に向かって独りで朗らかな気分で歩き進んでいく。

夕方六時頃に帰宅すると、

「おかえり英晴お兄さん、うち、美少女擬人化キャラぐるみ作ってん♪　うちの部屋に展示しとるから見に来て」

「いつもイラストばっかり描いてる智晴（ちはる）が手芸もやるなんて珍しいな。何を擬人化したんだよ？」

階段横で中二の妹、智晴からいきなりこんなことを伝えられ少々不思議に思った。

「世界の気候やで♪」

「そうか。歴史あまり興味なし地理好きな智晴らしいね。今日、雪乃ちゃんと熱帯地域の話しただけにタイムリーだな」

「そりゃちょうどええやん。さあ、うちの部屋へカモーン」

「分かった、分かった。すぐに行くから」

　智晴に腕をぐいぐい引っ張られ、英晴は快く二階にある智晴の自室へ。しょっちゅうべったり懐いてくる智晴のことを英晴はちょっぴり鬱陶しいなと感じることはありつつも、可愛らしく感じているようだ。

そんな智晴は重度のアニメオタクでもある。とは言え小学生の頃からサブカル趣味にのめり込みながらも学業優秀で、昨春合格を果たした近隣のわりと難関な私立女子中高一貫校においても成績上位層だ。ちなみに小学校ではまんが部、中学では漫研に所属。小学校時代までは黒髪お団子結び、丸顔丸眼鏡、一文字眉ぱっちり垂れ目な見た目が地味系眼鏡っ娘って感じだったけど中学入学を機に、髪型はおしゃれなリボンで二つ結びにプチイメージチェンジした。幼児期からの趣味の絵もかなり上手く、将来の夢は漫画家。他にイラストレーター、声優、ラノベ作家にもなりたいなぁっとも思い描いてるみたい。

まだまだ夢見る少女な智晴の自室はフローリング仕様で広さは七帖。窓際の学習机の上は学用品、おしゃれなデザインのノートパソコンが勉強しやすいようきれいに整理整頓されていて几帳面さが窺えた。机棚にはチョコやケーキ、ドーナッツなどを模ったスイーツアクセサリーやシロクマ、ウサギ、リス、ネコ、オオサンショウウオといった可愛らしい動物のぬいぐるみもたくさん飾られ、普通の女の子らしいお部屋だな。と思われるだろう。だが、机以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせるグッズが所狭しと。

本棚には計三百冊を越える少年・少女・青年コミックやラノベ、アニメ・マンガ・声優雑誌に加え、先輩から譲って貰ったのか１８禁含む男の娘・百合同人誌まで。アニソンＣＤやアニメブルーレイもいくつか所有し専用の収納ケースに並べられていた。クローゼットの中には普段着の他、猫耳メイド・巫女・魔法少女・ナース・チアガールなどのコスプレ衣装やゴスロリ衣装も揃えられ、本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみがバリエーション豊富に飾られてある。さらに壁全面と天井を覆うように人気女性声優や、萌え系アニメのポスターが多数貼られてあるのだ。女の子ながら、男性キャラがメインの腐向けアニメはさほど好きではないらしい。ベッド上にはロリ美少女キャラの抱き枕まであった。

「じゃ～ん♪　これやで」

智晴は学習机の上に置かれた五体の手作りぬいぐるみを得意げに見せびらかす。熱帯、温帯、砂漠、冷帯寒帯、高山。計五つの気候を一つにつき一キャラずつ一体ずつ、可愛らしい女の子達に擬人化し、ぬいぐるみ化したのだ。全てお座り姿で二頭身くらい。高さは二〇センチから二五センチくらいあった。

「けっこうかわいいな。ちょっと歪だけど、初めて作ったにしては上出来だと思う」

英晴は不覚にも興味を示してしまった。

「サーンキュ♪　今度は英晴お兄さんのぬいぐるみ作ったげるわ。丹精込めて」

「いらねえ。絶対やめてくれよ」

「もう、嫌がらんでも。この子達、キャラ名もその気候に関する用語を元に命名したよ。五人合わせてクライメイトガールズだよ。あと、これは設定資料集。イラスト化したこの子達が対応の気候の特徴を詳しく解説してくれる仕様になってるの。セリフ考えたんはうちやけどね。この薄い本も英晴お兄さんにプレゼント♪　よかったらおかずに使ってね。うちの今までの人生で一番気合い込めて製作したで」

　智晴はやや興奮気味に伝え、計五冊の設定資料集も併せて手渡してくる。

「一通り拝見してやるか」

　英晴は五体のぬいぐるみ、五冊の設定資料集を両手で受け取ると、この部屋から出て行き斜め向かいの自室へ。学習机の上はきれいに整理されていて、智晴同様勉強しやすい環境になっていた。さらに飾られてあるアニメグッズもよく似た系統なのだ。智晴にはインパクトでかなり劣るものの。この手のアニメに小三の頃から嵌っていた智晴に影響されて、当初「女の子が見るアニメだから」と毛嫌いしていた英晴も小六の夏休みには嵌るようになってしまったわけである。