第13話 ラーテルの教訓


 ドラゴンを倒した事によってベルム・ホムには幸せな空間が広がっていた。

 命がけで戦った兵士達は心をこめた看護により傷を癒され、あちこちで談笑の花が咲いていた。


  ただ、その最大の功労者、ドラゴンスレイヤー ナガマサの周囲だけは新たな戦いが始まっていた。


「ナガマサはね、ウチの弟が面倒みてんの!ウチの人間だからね!」

「そうだよ!ドラゴンスレイヤーになれる手柄立てられるのって、あんたら土ゴブリンが独占してるもん。精鋭ってみんな土ゴブリンだもん!」


 それを聞いた土ゴブリン三人娘は馬鹿にして笑う。


「笑うよね。コネで選ばれてるって思ってるんだ」

「選ばれるのは実力だよ。美女も戦士も土ゴブリンが優れているから選ばれるの」

「その証拠にほら」

 と突然、三人娘の真ん中がヤンスを指差す。

「おたくの弟さんの目線、私達に釘付けじゃない?」


 確かにヤンスはがっつり観賞中だ。

 そして、戦線はヤンスも巻き込んで拡大していく。



 ナガマサはそんな不毛な争いに背を向けてドラゴンの羽毛を愛でていた。

 羽毛とは空を飛ぶ為ではなく、体温保持の為に進化したという学説がある。

 ナガマサはそんな学説の存在すら知らないが、彼の心はドラゴンの羽毛で暖められ癒されていた。言うまでもなく逃避行動なのだが、ついでに自分がへし折ったドラゴンの頚椎も修復していた。

 

 この異世界の医学生同様、ナガマサも豚や羊で解剖実習をしては魔法で修復、解剖してはまた修復と何度も鍛錬を積んでいる。死体の修復はお手の物なのだ。


 ナガマサが自分だけの世界に逃げ込んで、ドラゴンの治療をしているとガヤガヤとした気配と共にゴブリンの一団がやってきた。


「ナガマサ、でかしたぞ!見事ドラゴンスレイヤーになったのう!」

 大声の主はラーテルだ。決着が付いたので戦後処理にやってきたのだ。

 そして、隣に大婆を連れている。彼女は頭に布と冠、手に杖を持っている。


「あ、ラーテル、、、さん。珍しい取り合わせだね。ですね」


「なんじゃ?変な喋り方じゃのう?」


「ナガマサありがとう。あなたにお礼を言いたくてラーテルに付いて来たのです」

 大婆は女ゴブリンのトップなのでベルム・ホムの外には滅多に出ない。また、男ゴブリンと連れ立って歩くなど、まずないことなのだ。


「ドラゴン狩りは一大事ですからね。女達の差配を取る為に私も出てくるのですよ。談笑くらいならいいですが、毎回行き過ぎる者が出るのです」

 お目付け役も大婆の仕事であるらしい。確かに彼女の目があれば調子に乗るものも少ないだろう。ちなみに大婆という名前だが役職の名称で、別に凄い年寄りではない。杖も持っているだけで足は悪くないのです。


 ナガマサは大婆の話を聞き終えると腰の剣を外し、ラーテルに返しながら今までの不遜な態度を謝った。


「すいませんでした。俺、いや僕が調子乗ってました」


「ナガマサよ。調子に乗って何が悪い?」


「え?」


「ワシはな、お前の不遜な態度を大いに買っておる。若者が不遜であると何か問題があるのか?不遜だと言わせないほどの手柄を立てればよいだけよ!」


「いや、だって恨まれるし。礼儀正しく手柄を立てたって良いよね?」


「ナガマサ周りをよく見てみい」


 うん?ナガマサはよく分からないまま、周りを見て周辺把握する。

 ベルム・ホム一の美女の座を争う女ゴブリンたち。

 それを見て楽しむヤンスや他の男ゴブリンたち。

 そして、ナガマサに向けられた嫉妬に視線。それはかなり多く、ケアン一人ではない。

 あ。遠くで人間の子供達がドラゴンを見てはしゃいでるな。


「どうじゃ。お主を妬む者共がいるじゃろう?あれはお主が不遜だからではないぞ」


「そうなの、かな?でも、礼儀正しければ妬みは減るよね?」


「減らん。ワシが経験済みじゃ。あれはなワシらのような勇者が常に受ける恨みなんじゃ。お主もこれから、常に受けるぞ。必ずじゃ。お主の尋常では無い魔力がある限りそれは終わらん」


「いや、だって炎上するのって、態度悪い奴らばっかだし」


「炎上? よくわからんが、お行儀の良くても同じじゃ。お主は皆が欲しい者を無数に手にいれるからじゃ。あの女どもを見てみろ」

 ラーテルは、大婆が来てもいがみ合っている女ゴブリン達を指し示した。ラーテルも大婆も事情を聞かない所を見ると、これは例年の光景なのだろう。


「あの女共はベルム・ホム指折りの美女どもじゃ。お主はそれを独占できる立場にあるぞ。恨まれて当然じゃろう?礼儀正しければ妬まれない?そんな馬鹿な考えは捨てるんじゃ。」

 

 他の女ゴブリン達が来ないところを見るとラーテルの指摘は正しいのだろうと、ナガマサは判断した。それに、よほどの自信がなければできる行動でもないだろう。                 


 

「うん、確かにそうかも」


「そうなんじゃ!お主のような力が有る者は、これからもデカイ事をやればよいだけじゃ!不遜おおいに結構じゃ」


「ありがとう。ラーテルのおかげで気が楽になった」


「うむ、言葉遣いも戻ったのう」

 巨大飛竜の討ち取りに始まり、数々の武勲を立てた老ゴブリンの言葉はナガマサの心に染みた。

 彼は、能力に見合った仕事をしろと言ってくれたのだ。

 正確に言うと、お前は妬まれ続ける。力を見せ付けて黙らせろ である。



「それはそうと、ナガマサそろそろ決めてあげなさい」

 大婆が話がひと段落ついたと見てナガマサに話す。


「え?何を」


「もちろん、今年の名誉です。美女一位を選ぶのはあなたですよ、ナガマサ」

 大婆の静かな声は良く通る。大して大きな声じゃないのに喧嘩していた5人の女ゴブリンたちは争いをやめる。そして、ギラギラとした10個の視線がナガマサをねめつける。その目は獲物を狙う野獣のそれである。


「では、一人づつ紹介してあげましょう。手前の3人が機織部の所属で手前から、トリノ、カウナス、ラム。次が女官のタナナ。最後が給仕のスーレルです。誰を選らんでも皆が納得するメンバーですよ」


 大婆は優しい声でナガマサを追い詰める。 

 いくら傲慢たれ。と言われてもこの場面で誰かを選ぶなんてできないナガマサである。正直にゴブリンは無理です とも言えない。そこまで無神経には到底なれないナガマサだ。


「あのさ、俺が選ぶのはちょっと違う気がするんだよ。調子に乗りすぎっていうかさ。俺は世話になっている客人だろ?」


「まだ、そんな事を言っとるのか?お主の好みでいいんじゃ。やりたい娘を言え!」


「んん?今、なんて?」

 

「じゃから、若いうちは生意気なくらいで丁度良い」


「いや、その後だ」


「ああ、お主知らなんだか?ドラゴンスレイヤーになれば、ベルム・ホム一番の美女を一夜の妻にできるんじゃ」


「き、聞いてないんだけど?」

 ナガマサはヤンスの方を見る。


「だって、ナガマサ様は参戦予定じゃなかったっすよ。どうしても参加するって、ナガマサ様が決めたんすよ。説明する暇なかったっす」


 確かに参戦を決めたのはナガマサ自身だ。

 だが、ナガマサは強く願う。

 ゴブリン女子で童貞を捨てるのは避けたいと。

 色々と世話になってて、口にはできないが。


「それは決まってるのかな?俺はゴブリンじゃないし、娘さん達も嫌がるんじゃないかな?」


「決まっておる。それに娘達に否などない。ずっと争っておったろう」

 

 ラーテルの言葉通り、この風習はドラゴン来襲から始まっているのでベルム・ホムでは既に70年以上の歴史がある。

 この風習があるからこそ、兵士達は命がけで戦うのだ。そして、ドラゴンを仕留めてドラゴンスレイヤーのチャンスが多い精鋭兵士になる為に若者たちは死ぬほど鍛錬する。

 それは、このベルム・ホムの戦力の底上げになっており、欠かせない習慣となっているのだ。

 なにより、男女分断社会を強いられているゴブリン達にとって、貴重な恋愛の場でもある。

 

 その説明を受けたナガマサは、またドラゴンのふわふわの羽毛をなでる。先ほどから身にまとっている本気の魔力が収まりそうなので、消え去る前に魔力を使う。

 ドラゴンの死体に魔力を行き渡らせたのだ。それは水属性の医療魔法。

 ナガマサはこの魔法がかなり得意なのだ。

 だが、それは全く意味の無い行為。

 死体に治療しても何の効果も期待できないからだ。

 完全なる逃避行動である。


「ナガマサ様何してるんすか?」


「なにも、、、」

 意味など無い。

 無いはずだったのだが。


「きゅおん」


 ナガマサの変な音、いや彼は瞬時に異変を悟った。


「離れろ!」

 同時に事態を理解したラーテルは身近に居た大婆を抱きかかえて素早く移動する。とても老人とは思えない動きをみせる。

「まだ、ドラゴンが生きておる。止めを刺せ!!」

 ラーテルの下知と同時に周囲は大混乱になった。

 逃げ出す娘達とヤンス。

 見物していた兵士達は慌てて武器を取る。


 そして、ドラゴンはその巨体を再び起こした。


 だが、一番近くにいるナガマサは動かない。

 彼だけが事態を正確に把握していたからだ。


「大丈夫だ!慌てて動くな!こいつは死んでる!!」


 そう叫んだナガマサに後ろ上空からドラゴンの顎が迫る。

 だが、ドラゴンはナガマサを噛み砕こうとはしない。


「コイツはドラゴンゾンビになったんだよ!!」


 ドラゴンはその巨大な頭をナガマサの身体にスリスリしてきていた。




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