第14話 限定魔術「冥界法」
ナガマサは初めてこの異世界に来た日を思い出していた。
そこで会ったばかりのクリスとイザベラは最初はまともに話せない亡者であった。ただただ、ナガマサに接近して、まとわりつく亡者だ。
そして、今ドラゴン同じようにアンデットとなってナガマサに懐いていた。
大きな頭をナガマサにスリスリしてくる。ナガマサがその動く姿を間近で見てみると首部分は1.5メートルよりかなり長そうだ。頚椎の部分が羽毛に覆われて胴体だと思ったのか、胸椎の部分が頚椎ような働きをしているのか? そこまでは分からない。
「ナガマサ様、この子は私達と同じですね。懐いてると可愛いです」
「ナガマサ様、この竜も仲間にするのですか?」
イザベラとクリスが同時に質問してきた。
ほぼ同時なのに会話内容を理解できたのは、ナガマサの成長なのだろう。
「仲間っていうか、偶然なんだけどね」
「あれ?今、ナガマサ様が使い魔にしたんじゃないんですか?」
「・・・・・・」
イザベラは言葉で、クリスは無言でナガマサに尋ねる。
確かに、さっきナガマサは逃避行動で訳の分からない動きをしていた。ドラゴンの頚椎を治し、本気モードの莫大な魔力の残りを使ってドラゴンの全身に魔力を注いでいる。
そういう意味では、このドラゴンはクリスやイザベラとも違う。
生前とは全く違うドラゴンの態度であり、ナガマサへの懐きようである。
「いや、おれ使い魔とか知らないよ」
だが、ナガマサには思い当たる節もある。
ナガマサがレダから聞いた話。
一章最後の『前夜』での話である。
☆
「その通りや。あとなちょっと言いにくいんやけど、死人がメッチャ寄って来るで。ゾンビとか幽霊とかな」
中略
「いやいや、メッチャ慕われるんよ。周りにゾンビやら死霊が付き従うようになるらしいわ。それで結果的に代償なしで亡者を使役できるようになんねん。だから、この指輪を俺らは『亡者の指輪』って呼んでるんよ。ある意味凄いチートアイテムやで」
☆
ナガマサはレダから聞いた話であるが、少し腑に落ちない気もしていたのだ。
ナガマサがクリスやイザベラと会ったのは偶然ではあるが、滅多に人が来ない場所だ。アンデットが居ても誰も気に留めないだろう。
だが、ネビロスが生活していたのは街中のはずだ。死体が街中に転がっているはずがない。
と、ナガマサは思っていたが、それは自分の考え足らずだと知った。
魔王ネビロスは元医師だ。つまり、出来立てほやほやの死体に最も対面する立場にある。そして、彼は患者の命を救うべく全力で治療魔法を使っていたはずだ。
時には、救命できず遺体となった患者にも全力で魔法を使っていただろう。彼は全盲でもあったから、そのへんの判断は難しかったかもしれない。日本でも心臓が止まった患者を蘇生させたりしてるから、尚更手を緩める事はできなかったろう。
そして、ナガマサの目の前にはメッチャ甘えてくるドラゴンがいる。
つまり、これが亡者の指輪の効果だ。
ある程度の条件が分かった。ナガマサが死体に治療魔法を施せばその死体をアンデットにして使役できるのだ。
クリスやイザベラとは違う点。仲間も何もこのドラゴンをゾンビにしてしまったのはナガマサだ。彼がドラゴンをクラスチェンジさせてしまった。
それがナガマサには理解できた。
「しかし、ドラゴンもゾンビになるんだな」
ゲームではよく見るドラゴンゾンビだが、まさか自分が作成するとは夢にも思わなかったナガマサである。
「知らなかったんすか?生き物なら何でもゾンビにできるっすよ。よく魔道師が鳥のゾンビを使い魔にして冥界法使ってるじゃないっすか。」
使い魔とは、一日に千里を駆けるという冥界法を使うもの。生者相手では扱えない魔法なので、小動物のゾンビを使ってメッセージなどの連絡に使う古風な魔法。
現在は魔法技術の発達により、人間の魔導師はあまり使わない。
「つか、ヤンス、何時の間に戻ってきてたんだ?」
「おいらは、いつもナガマサ様のお傍にいるっすよ!」
「うそ~。ヤンスちゃん調子いいよ~」
ドラゴンが動き出した瞬間に凄まじい判断の速さでナガマサの傍を離脱していたのを、ナガマサもイザベラも見ていた。
「まあ、いいか。それにしても冥界っていう何かは本当にあるんだな」
冥界と名づけられた生者が生息できない何かがあり、それをこの異世界の魔導師たちの多くが利用しています。
「おいおい!ドラゴン生きてるんじゃねーか!」
突然、ケアンが大声を上げた。
ヤンスが戻ってきたように、周囲にゴブリン兵士たちが戻ってきていた。
「これじゃドラゴンスレイヤーとは言えないよな!!」
ケアンは周りの同意を得ようとさらに大声を張り上げる。
だが、大抵の兵士達はただ目の前で動いているドラゴンを眺めている。
彼らがこれほど近くで動いているドラゴンを見るのは初めてだからだ。
「これじゃ、ドラゴンから革や爪を剥げないぞ。なあ、みんな!!」
ケアンは頑張って大声で騒ぐが、ゴブリン兵士達はナガマサに懐いているドラゴンに夢中だ。
ドラゴンは次第に首をグイグイとナガマサに押し付ける。
その動きはナガマサの脇の下から首を押し上げようと動きが変化していた。
そんな中、ナガマサだけはケアンの主張に胸を熱くして熱烈に同意していた。
ケアンの主張が通り、ナガマサからドラゴンスレイヤーの称号が剥奪されればゴブリン美女との関係も消えうせるのだ。
「あの青年の主張をしているのは誰だったかな?」
残念ながらナガマサは名前を忘れたというより、覚えていなかった。
「え、あの負け犬っすか?あんなの相手にしなくていいっすよ」
「ええ?」
「人前で泣き喚くなんて、ゴブリン戦士の風上にもおけないっすよ。あんなの無視無視っすよ」
先ほどの醜態はゴブリン社会ではかなりのマイナスであったようだ。という事は周りのゴブリンが無反応なのはその為なのかもしれない。
それに先ほどのナガマサの莫大な魔力とその威力をゴブリン達はみている。そして、今現在復活しているドラゴンもナガマサの配下になっている。そのナガマサを批判するのは凄い度胸がいるのだ。
だが、ナガマサは自分の為にこのチャンスを逃す訳にもいかない。
「だけど、あの負け犬のいう事も一理あるんだよな。もうこのドラゴンを解体するのはやめて欲しいんだよ。お金にならなくて悪いんだけどさ」
だがナガマサの願いにヤンスは何も言えない。ヤンスには何の決定権もないからだ。
それにケアンが嵩にかかって責めてくる。
「おい、みんな聞いたか!!この人間はドラゴンを独り占めする気だとよ!」
必死で頑張るケアン。でも人望を無くしてしまった彼には味方は現われない。
ナガマサだけは内心で応援しているが。
「馬鹿者が!ナガマサがおらなんだら、どれほど被害が出たか分からんか!!」
大婆をかばって退避していたラーテルである。
「そもそもワシのナガマサへの命令は『ドラゴンを黒焦げにしろ!』じゃ。このドラゴンの危険さは皆が分かっておるわ!」
ラーテルは兵士や人間達の無事を第一に考えて、ナガマサに上記の指示を出している。このドラゴンで儲ける考えはとっくに捨てているのだ。
指揮官のラーテルはこのドラゴンに蹂躙される最悪のシナリオまで想定していたのだろう。彼のナガマサへの評価は大きい。それに準じた扱いをしているだけで、別にナガマサを贔屓しているわけではない。
「もうよかろう。ナガマサへの非難は許さん」
ラーテルが大婆を伴ってナガマサの近くにやってくる。彼はケアンに去るように片手で指示して、ドラゴンの間近にまでやってきた。
もっと頑張れよ! というナガマサの思いは空しく、負け犬は尻尾を巻いて去って行った。
「それでこれは飛ぶのか?」
「飛ぶんじゃないかな?ゾンビを作ったの初めてだからさ」
ドラゴンが飛ぶのかと問われても、ナガマサだって分からない。ただ、ケアンの活動が潰れたのが残念なナガマサだ。
このままだとナガマサの童貞はゴブリン美女のものになってしまう。
「しかも、さっきから見ておると、お主を乗せて飛ぼうとしておらんか?」
「はい?」
言ってる意味の分からないナガマサである。
「そのドラゴンは人を乗せて飛べるのかと聞いておるんじゃ!」
「ええ?!危ないだろ?飛べるだろうけどさ」
ナガマサが戦った時の膨大な魔力を考えたら、人間の一人や二人くらいの重量は余裕だろう。
「よし!ではワシが飛ぼう!ナガマサ、ワシをドラゴンに乗せよ!」
「なんで?!」
ナガマサはラーテルが何を言っているのか分からない。
「何故とな?目の前に空を飛ぶ手段があるならばどうする?それがドラゴンならば、その背に乗って飛ぶしかあるまい!!」
ラーテルの目はガチである。彼は真剣に空が飛びたいのだ。
さすがに英雄となるだけのゴブリンである。彼の器のデカさはただ事ではない。彼には怖れなど無いのだ。
ただ、それに付き合わされるナガマサも同時に死ぬような危険な目に合うだろう。ドラゴンに指示を出せるのは、どう見てもナガマサ一人だ。
「あのさ、ドラゴンは生き物であって乗り物じゃない。背中には摑まる所なんてないぞ。それで空を飛んだら落ちるだけだ」
「何を言う!男たるもの空を飛ぶと決めたら飛ぶのだ!!おい、手槍からロープを外して持って来い!工夫すればよいだけよ!」
ラーテルの元に槍から外したロープが集められた。このロープは赤目蜘蛛の糸を寄り合わせたもので、極めて強い引っ張り強度を持っている。飛竜の捕獲に使って切られた事は一度もない逸品で、ナガマサの服の素材もこの糸である。ベルム・ホムの特産品である高級繊維なのだ。
「ドラゴンの首が絞まらないようにロープを組め!」
ラーテルの下知にゴブリン達がすぐさま対応する。ラーテルがいかに信頼されているかがわかる。
それに、ゴブリン達はゴツイ体付きなのに手先がとても器用なのだ。
だが、本当にロープで即席の鞍が作られ始めると大婆から待ったが入った。
「本気で言っているのですか?」
「うむ、男たるものドラゴンで空を飛ばねばな」
よくわからないラーテルの理屈だ。ただ、彼の熱意は伝わるだけなのだが、不思議と大婆には語勢が弱くなるようだ。
「もう、あなたは60なのですよ」
大婆の声は静かだが、何故かよく通る。とりわけラーテルには効くようだ。
「う、うむ。まだ老け込む歳ではない、つもりじゃ」
「私に約束してくれた事はお忘れですか?」
どうやら、歴戦の勇者にも怖いものがあるようだ。
「うむ、もちろん覚えておる。じゃが、このドラゴンがのう。どう活用しようかと考えたんじゃ、それも族長の仕事じゃからのう」
なにやら老ゴブリンの男女は二人で話し始めた。
ゴブリン社会の男女分断策は、そのトップである族長や大婆にも及んでいるのだろう。何かを感じるナガマサだった。
その間に完成したロープの鞍はナガマサに手渡された。ゴブリン達はドラゴンがまだ怖いのと、ラーテルと大婆の話し合いに割って入るのはもっと怖いからだ。
それは鞍と言ってもドラゴンに跨るのではなく背中にしがみ付いて落ちない様に工夫されたロープの束である。ドラゴンの首にロープを掛ける様になっているが、ドラゴンの首が絞まらないようにその場所は面で負担がかかるように工夫されていた。まあ、もう死んでるのだが。
ナガマサはドラゴンに屈んでもらった。そして、ヤンスとクリスに手伝ってもらってロープを装備する。
なんか、まだ揉めているラーテルと大婆の話し合いに関わりたくないからだ。それは犬も食わない何かの臭いがぷんぷんしている。
そして、作業しながらナガマサはヤンスへ目線で質問した。
「大婆はベルム・ホム一位の美女に14年連続で選ばれているんですよ。その間ずっとドラゴンスレイヤーは若い時の族長っす」
小声で囁くヤンスはナガマサの疑問を氷解させてくれた。
でも、これ以上突っ込んでゴブリンの老夫婦の話は聞きたくない。
そう思っていると、かなりトーンが落ちたラーテルから話しかけられた。
「ナガマサ。このドラゴンをなんとかできんか?さすがにこの大きさだと邪魔じゃ」
「確かに大きいすぎるな。でも、ドラゴンがいれば凄い戦力になるけど」
ナガマサとしては、このドラゴンを邪険にはして欲しくない。というか、自分の新しい仲間になるだろうと覚悟している。邪魔者扱いは可哀想なのだ。
「うむ、それは魅力的なんじゃが、問題がいくつもあるんじゃ。まず、この場所は馬の為の草場なんじゃ。それにドラゴンがベルム・ホムに居るといらぬ誤解を生むんじゃ」
つまり、小型の騎竜ならともかく、大型の飛竜は経費が掛かりすぎて戦時以外は飼う事が無い。逆に言うと、大型の飛竜が居れば戦争の準備中というわけだ。
「こいつはゾンビだから、ご飯は食べないと思うよ」
「それは余所からはわからん。それに、これはゾンビなんじゃろ?死肉になって身体が崩れてきやせんか?」
「さあ、そこまではわからない」
ドラゴンゾンビを作りはしたが、別に詳しい取り説は持っていないナガマサである。困っているナガマサにクリスが話しかけてくる。
「ナガマサ様、指輪の冥界法を使われたらいかがですか?」
「あ、なるほど!」
クリスの提案でナガマサもある魔法を思い出した。
それなら問題解決なのだ。
「大丈夫だよ。俺のゾンビなら指輪の力で冥界に収納できるから」
それは、レダから聞いた指輪の情報だ。
つまり。クリスやイザベラでも同じだ。
というか、例によってクリスの方針で何度も実験して使える事がわかっている。
ほんの数瞬で亡者を冥界へと出し入れする事ができるのだ。
「おお!それならば安心じゃな!」
「任せてくれ」
ナガマサは魔法の発動条件を思い出す。
必要なのは指輪と魔力と対象の真名だけである。
「あっ!」
ナガマサは重要な事に気が付いた。
彼は自身に懐いているドラゴンに話しかけた。
「君、喋れる?」
「きゅうおん?」
もちろん、ドラゴンは喋れない。
ナガマサだってドラゴン語は分からないのだ。
真名が分からないとゾンビを冥界へと収納する事はできない。
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