第12話 ナガマサが得たもの
ドラゴンが倒れたのを見て、地面に伏していたゴブリンの兵士達が歓声を上げる。吹き飛ばされて負傷している兵士達までが喜んでいた。
シェルターの人々も、すぐに解放された。ラーテルの指示でブレス対策の扉を開け放ち、換気だけはなんとかしていたそうだ。
「凄かったすね。てか、まだ本気だしたままなんすか?」
水濠を出て駆け寄ってきたヤンスがナガマサに話しかけてくる。
「そうなんだ。一回本気出すと、しばらく収まらないんだよ」
ナガマサは強大な魔力をまとったままだ。
まだ新米魔術師であるナガマサは自身の本気の魔力を扱いきれない所がある。
「お見事です。精神面の不安も克服されたようですね」
「・・・・・・う、うん。そう、だな」
ナガマサはクリスの言う精神面ってなんだっけ?と思っていた。
ベテランの冒険者、傭兵経験者のクリスからの指導は多岐にわたる。正直、それを全部覚えているほどナガマサの頭脳は優秀ではない。
クリスは、ナガマサの能力を把握して精神面にも少し不安を持っていたのだ。それは生き物を殺すのを嫌がるナガマサの悪癖だ。
この異世界では必要に迫られれば、他者からの脅威を実力で排除しなければならない。自力救済が原則の中世では和洋異世界を問わず常識である。
「でも、変わったドラゴンだったすね。見た目もっすけど、二本足で走り回るし、ブレスも使わなかったすね。何考えてたんすかね?」
「何って、誇り高い奴だったんだよ。自分が勝つのが当然だって感じだったな」
ナガマサはそういう感情を何となく感じたのだ。だから、必ず誘いに乗ってくると確信が持てた。ただ、出来すぎだったが。
本音で言うと、ナガマサはドラゴンを気絶させるくらいのつもりだった。
ドラゴンが自在に操る巨大な魔力の使いようを見て、自分でもやってみたかったのがナガマサの本音だ。自身の巨大な魔力を扱いきれない所もあるが、その魔力の使いようも今までなかったのだ。
火球なんか幾らでも作れるが、そんなのは出来ても楽しくない。
ドラゴンはナガマサの目の前で暴風を作り出す巨大な反魔法を展開する。それと同時に多数の重量を消し去る反魔法を展開してみせた。
この重量を消し去る反魔法を貰ったゴブリンが風に舞い上がったのである。
あの瞬間ナガマサはワクワクしていた。自分の巨大な魔力を同時に複数展開してみせた時だ。思うまま魔法を操るのが楽しかったのだ。
あれはドラゴンから習ったものだった。そのナガマサにドラゴンへの殺意なんて実は一ミリも無かった。
「ま、しょうがないよな」
「え?何がっすか?」
「なんでもないよ。それより負傷したゴブリン達の様子を見よう」
ナガマサはイザベラと手分けして、まず負傷兵の状態を確認する事にした。
「ナガマサ様、向こうの様子診ましたけど、みんな軽症です。ゴブリンさんたちは丈夫ですよね」
「こっちもだ、中央の部隊と違って肩の脱臼が一人と脳震盪で気絶してたのが一人。それにコイツら何故か負傷してるの言わないみたいだな」
というか、迷惑そうな気配をビンビン感じるナガマサだった。
「そうっすね。もう行くっすよ。重傷者がいたら医者が居るっすけど、いないっす」
「うん、でも、その割りにコイツらさ、、、」
「いいっす!いいっすから、行きましょう」
ナガマサは違和感を感じている。一応医学を修めている自分の治療や診察を拒否する割りに、軽症者でも座り込んでいるのだ。
「ま~いいじゃないすか。詮索好きは嫌われるっすよ。ゴブリン戦士はタフっすから心配しないでいいっす!」
ヤンスのこの言い方。何か意味があるのだろうが、ナガマサには見当も付かない。治療を要する者はいないので放置してても問題ないのだが。
ゴブリンにとって負傷や傷は恥でもなんでもない。ラーテルが自慢していたように、むしろ、場合により名誉となる。
耐久力に優れる土ゴブリン達は、傷の治りも早いのだ。人間と違って柔軟な成長力は無いが、有利な点はどの土ゴブリンも享受している。
それに左翼の部隊に居たゴブリン達は怪我人が少しでただけだ。中央の部隊より被害は少ない。暴風対策は多少の効果があったようだ。もちろん、最大の要因はドラゴンが火球を消し去る為にゴブリン達への照準が甘くなったからである。
幸い重傷者も居ないので、ナガマサ達はすぐ其処にあるドラゴンの死体を見物する事にした。ゆっくり話しながら移動する。
「でも、最初から本気だしたら楽勝だったんじゃないすか?」
ヤンスの質問は当然の疑問なのだが、ナガマサは答えにくい。そう思っていると代わってクリスが答えてくれた。
「――楽勝かは知らない。だが、勝算が無ければナガマサ様を戦場には出さない」
「そりゃそうっすよね。でも、こんなに強いんなら負けるわけないっすよね」
何故かご機嫌なヤンスである。
「そうでも無いと思うぞ。戦いは冷静に戦力を見極めないとな」
彼我の戦力をしっかり把握するのがクリス・ドクトリンだ。そう考えると勝ったのは運の部分が大きい。ドラゴンには切り札のブレスが残っていた可能性が高いからだ。
「いやいや、ドラゴンを焼き払わなかったっすから。ほとんど無傷の死体っすよ。変り種ですし、高く売れるかもっす!」
「おまえ、それでご機嫌だったのか?」
「お金、大事っすよ!それが、評価になるんすから。大手柄っすよ。もう誰もナガマサ様を馬鹿にできないっす」
「お?そうなの?やはり大手柄かな」
「そりゃそうっすよ。どう見てもナガマサ様がドラゴンスレイヤーっすよ!」
「いいね!いい響きだ」
と言ってる内にドラゴンの元についた。
ドラゴンはナガマサが居たほうにうつ伏せに倒れている。
「こうやって見ると外傷はほとんどありませんねぇ。死因は脳挫傷かしら?」
「というか、近くで見るとドラゴンってより、デカイ鳥だよな。よく見たら口は牙があるけど、嘴っぽいしな」
「大きいっすよね。体の部分って6~7メートルって所っすかね?」
「そだな、体長16メートル。で半分は長い尻尾だ。頭と首が1.5メートルって所だろう。ってあれ、こいつ角あるぞ」
「え?どこっすか?見たいっす」
「私も~」
ナガマサの言葉にヤンスとイザベラが駆け寄ってくる。
「ほら、この飾り羽の所みてみ」
角というより瘤のような盛り上がりがドラゴンの頭頂部にあった。ちょうど飾り羽の根元である。その瘤と飾り羽を合わせて感覚器官になっている事はナガマサ達が知ることではない。
「こいつってドラゴンだったの?もしかしてデカイ鳥なんじゃないのか?」
「さあ?おいらは学者じゃないからわからないっす」
「ドラゴンの定義って曖昧なんですよう。空飛ぶのもいるし、飛ばないのもいるし、人間を襲うものもいるし、人間飼われて馬代わりになっているのもいるんですよう」
「じゃ、こいつは結局ドラゴンになるのか?」
「さあ?私はドラゴン学に興味ないから、わからないです。かなり細かい分類があったはずですよう」
この異世界で人気の学問ドラゴン学。どの世界でも学者とはややこしい。細かい差異が討議され、様々な学説とかで論争したがるもの。ナガマサは実は大して興味も無いので、それに突っ込むのは止めにした。
そうやって遊んでいると軽い足音が近づいてきた。
「ナガマサ様、ご無事ですか?何処か負傷されてませんか?」
軽く息を切らし、薄っすら汗をかいたゴブリンがナガマサの近くにいた。
そのゴブリンは頭髪をしっかり布でまとめ、華奢な体つきをしていた。
それは堂々と会話する事が禁じられている女ゴブリンである。
「うわ!早いっすね。もう来たんすか?」
「ご活躍お見事でした。何処か負傷されてませんか?」
女ゴブリンは両手で小さい籠を抱えている。優しく微笑みながら問いかける姿は看護婦のようである。顔はゴブリンそのものだがやはり男ゴブリンと比べると柔和な印象がある。
「ああ、大丈夫ですよ。てか、なんで?」
なんではヤンスに向けたものだ。
なんで女ゴブリンが堂々と話しかけてくるんだ?
早いってなんだ? と。
「ドラゴン狩りの時は例外なんすよ。結構怪我人が出るっすから」
詳しい説明しようとするヤンスに女ゴブリンの一瞬の視線が刺さる。優しい笑顔の裏からのメッセージをヤンスは瞬時に読み取った。
「あ~ナガマサ様はお腹が痛いかもっすね。ちょっとダメージ喰らってるっす」
「じゃ、手当てしますね」
「いや、いいよ。なんともないし」
というか、お腹のダメージがあるとしたら、犯人はヤンスだ。
そして、何故かぐいぐい来る女ゴブリンを遮る。
ナガマサには傷一つ無いからだ。
「待ったー!!間に合った!」
その声と同時に女ゴブリンが走りこんでくる。
やはり、頭に布を巻き籠を持っている。
「ちっ!!順番でしょ。ルール守ってよね!」
舌打ちする先にいた女ゴブリン。
先ほどまでの可憐なイメージは消え失せてしまっている。彼女は明らかに戦闘モードである。
「あんたこそ!なんでこんなに早いのよ!おかしいじゃん!!」
「別にズルしてないもん。たまたま族長にお茶持って行っただけ。そこが、此処に近い場所だっただけだもん」
「それズルじゃん!!」
女ゴブリン達は突然いさかいを始めてしまった。
意味の分からないナガマサである。
「ていうかさ、遅れて来たのはタナナだよな?」
実は以前、タナナには世話になっているナガマサである。今ナガマサが着ている服ができるのにタナナの協力があったのだ。
「そっすね、うちの姉です。それで、最初から居るのがスーレル。姉の友達っす。どっちも根性悪っすね。」
「実の姉に言うね。ヤンス君」
というか、ヤンスこそ人に言えない性格だと思うナガマサである。
「いやいや、おいらなんて姉に比べたら可愛いもんすよ。子犬と狼くらいの差があるっすよ。スーさんは狐っすね。」
ヤンスの性格評であるが、身内にも容赦ない批評ができるヤンスをどう考えるか?そっちのほうが気になってくるナガマサである。
「とにかく、揉めてる内に説明するっすね」
このベルム・ホムにドラゴンが来襲するようになった時、人間もドラゴンも多大な被害を受けた。今では確立したドラゴン狩りの手法も何度も繰り返された試行錯誤の末に生まれたものだ。
そして、そのベルム・ホムの危機に女ゴブリン達も協力を申し出て、負傷者の看護は女ゴブリンがしても良いことになったのだ。
これは既に男女隔離生活を定められていたゴブリン達には大きな出来事になった。特に若いゴブリン達にとっては。
ゴブリン統治の手段として男女分断社会を構築していた先代女王ラルンダにとっては痛い事態ではあった。だが、実際の被害の大きさと彼女の支持基盤である女ゴブリンからの強い要望もあっては無視できなかったのだ。
「それで、あと族長がドラゴンスレイヤーって言ってたっしょ?」
「ああ、言ってたな」
「あれって、ベルム・ホム一番の勇者って意味にもなるんすよ。それでそれを手当てできるのは一番の美女っすね」
「つまり、あの喧嘩はその栄誉を争ってるわけね?」
自分がモテいるのは分かったが、全くテンションが上がらないナガマサだ。
だって、ゴブリン娘だしな。
そうこうしてる内にまた新しいゴブリン娘達がやってきた。
「ほら、やっぱり、まだ決まってないよ」
なんとなく、余裕の雰囲気を漂わせ3人組みのゴブリン娘がやってきた。今度来たのは恐らく土ゴブリンたちだろう。
「うわ!ナガマサ様!!機織の美女3人っすよ。評判どおりのすっごい美人すよね」
「いや、知らんし」
ヤンスのテンションと3人組から漂う空気で美人感は伝わってくるのだが、やはり顔はゴブリンである。というか、森ゴブリンであろう先着した2名より顔のパンチは効いている。ハードパンチャーであった。
ナガマサとゴブリン達の美醜の基準はかなり違うが、これが常に暗いベルム・ホムの内部であったら少し評価が変わっていたかもしれない。
土ゴブリンの男は筋肉隆々のマッチョな身体。森ゴブリンの男は贅肉をそぎ落とした精悍な身体をしている。
同様に土ゴブリンの女は女らしいセクシーな肉体。森ゴブリンの女は流麗なスレンダーな体型をしている。
顔はあくまでゴブリンであるが、暗闇で迫られればナガマサの意思に身体が反抗する可能性もある。
「ちょっと、割りこまないでよ!」
「そうだよ!私達が先じゃん!」
森ゴブリンの二人は強敵の出現に共同戦線を張ることにしたようだ。
「先?看護した人に優先権だったよね?」
「そうそう、じゃないと美女じゃなくて『かけっこ』比べだよね」
そういって3人組みは余裕の表情だ。
どうも、理屈は3人組が勝ってるようだ。
だけど、ナガマサにはどっちでもいい。興味がない。
「てめえ!ナガマサ、ぶっ殺してやる!!」
今度はナガマサの背後、ドラゴンの足元側から怒声が響いた。
「今度は何だ?」
振り向いたナガマサの視線の先には取り乱したゴブリン兵士とそれを抑える仲間だろうゴブリン達が居る。
「あれ誰だ?んん、抑えているのにカシアがいるな」
「誰って、ケアンっすよ。ほら、開戦前にナガマサに大口叩いてた負け犬っすよ」
「ああ、あいつな」
ナガマサはもう忘れてしまっていたが、彼が参戦するキッカケを作ったゴブリンである。
「負け犬がアピールしてたのって、美女で名高い機織の3人組の誰か、だったんすね。」
ヤンスは丸い目を細くして、嬉しそうだ。彼の細い眼には愉悦の光がある。
「アホっすね。自業自得っす」
ケアンは仲間に抑えられながら、泣き崩れていた。
でも、ナガマサには何の感情もない。
というか、疎外感を少し感じている。さっきナガマサの治療を拒否したゴブリン達にもゴブリン女子が訪れている。彼らの嬉しそうな様子が見て取れた。
そりゃ、ナガマサより女子に治療されたいだろう。そういえば、明らかな軽症者も多かった。それに付き添いのゴブリンまでくっ付いていたのだ。
そして、悔しいのはちょっぴりゴブリン娘に心が動きそうな自分自身だ。
やはり、日本男子として譲れない想いだってある。
ゴブリンと恋愛関係にはなりたくない。
色々と世話になっているゴブリン達だが、そこは譲れないのだ。
「ナガマサ様、右端の女のすっごい胸してるっすよ!!」
ヤンスが興奮した口調でナガマサに囁いてくる。
実は近眼でありながら、ナガマサもとっくに気が付いていた。土ゴブリン3人組の一人が規格外であることを。
「いや、それどうでもいいから」
ゴブリン女子の暴力的な胸がナガマサの野生を刺激するが、どうでもいいのだ!
ナガマサは強く思う。
俺は動じない と。
ドラゴンは見事討ち果たした。
見下してきた馬鹿には、きっちり格の違いを見せ付けた。
美女にモテまくっている。
だけど、そんなものはどうでもいい。
大事な事は別にある。
この異世界でナガマサの中で育ってきたプライドを彼は見事に守りとおした。
日本では得られなかった自尊心。
自分を肯定できる実績。
自分を好きになれる理由をもてたのだ。
ナガマサは自分の腰の剣に手を伸ばす。
そこにはラーテルの佩刀がある。
自分を信じてくれた老ゴブリンの信頼に応える事ができた。
それは凡庸以下だったナガマサにとって最初の体験だ。
誰の記憶を盗んだものでもない。
誰かの期待に応える事ができる自分。
それが、ナガマサにとって一番嬉しいものだった。
「ナガマサ様!何でやせ我慢してるんすか?ほら、右の子見て欲しいっす。ちょっと動くだけで、胸がバインバインって跳ねるんすよ!」
ヤンス!
うるせぇよ!!
ナガマサの心は絶叫していた。
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