第11話 決着


 ゴブリン達は、ラーテルの言葉通り再び前進を始めた。ナガマサの前方30メートルほど前の水濠から這い出てきた部隊と、ドラゴンを挟み込む位置から出てきた部隊である。 

 位置関係を言うと、ナガマサの前方の水濠から出たゴブリンたち。その先には高所にある岩盤にドラゴンとシェルター。その向こう側にナガマサから視認できない位置だが、水濠からゴブリンの部隊が再出撃している。

 シェルターを中心に考えると、向こう側の部隊が右翼、壊滅したのが中央、ナガマサの前面にいるのが左翼 といった感じになる。



 出撃した両翼の部隊に合わせてナガマサも援護の火球を撃ち出す。

 ナガマサは、まだ自身の最大魔力を使う事を躊躇っていた。


 何度も、ベルム・ホムの地下深くで練習した。ナガマサが本気を出して魔法の訓練をする際は薬師部のゴブリンたちさえ遠ざけて行っていたのだ。

 そして判明した事実。ナガマサが最大の魔力を振るう時、彼は自分の魔法を制御しきれない。普通の状態の魔法ならナガマサは初心者で火属性が不得手にもかかわらず精妙な操作を見せる。それは遠距離特化型の彼のスタイルに適応した好ましい成果だった。

 だが、ナガマサが自身の能力をフル稼働した時、彼は途端に安定性が欠けるようになる。自分の強大な魔力を扱いきれないのだ。

 自分の戦力を正しく把握し、それを活かす為に訓練を積む。クリス教官のおかげでナガマサは実戦で本気の自分をなんとか扱えるようにはなっている。が、できたら使いたくないのがナガマサの本音だ。怖いしな。

 戦闘に関しては厳しいクリスが『不器用』と評した所以である。



 火球を避けながらシェルターの上で昂然と顔を上げているドラゴン。奴がそこにいる限り中に居る人々は逃げ出す事もできない。

 傲然と周囲に群れる小さき者共を見下して高所から動かないドラゴン。だが、その意味を誰も分からなかった。ラーテルでさえ不可解な行動だと思いながら理解はできていなかった。


 

 両翼のゴブリン達が再び近寄ってきたのを確認すると、そのドラゴンは突然駆け出した。

 数歩で風に乗り、最初に蹴散らした中央の部隊の上を旋回して、ナガマサ達の反対側にいるゴブリンの右翼部隊に側面に立つ。


 ドラゴンに側面に立たれたゴブリン達は奴が翼を広げる前に地面に伏せる。

 近くに岩がある者はその影に隠れ、ある者は短剣を地面に突き立ててアンカーにする。必死に各人が暴風対策を行う。

 

 だが、空の王者ドラゴンはひれ伏す下民に目もくれず再び高所に駆け上がった。

 背後からナガマサの火球が来るの察知した事が一つ。

 そしてもう一つ、探していた慮外者に心当たりが付いたからだ。

 今、彼にひれ伏した者の中には魔法を使っている者はいなかった。

 ならば、ずっと彼を苛立たせている者。火球を操る卑怯者が居る場所は一つだ。

 このドラゴンはずっとナガマサを探していたのだ。


 シェルターの上に立ったドラゴンは咆哮をもって強者の地位を誇示した。

 彼は両翼に魔力を湛えて左翼のゴブリン部隊に向かう。

 その先にナガマサがいる。

 距離が詰まれば、水濠に隠れても誤魔化す事はできない。

 ナガマサがまとう魔力をドラゴンが察知しないわけは無いのだ。



「うわ~ドラゴンさん賢いですう。それに動くと早いですねぇ」

 ノンビリしたイザベラの弁だが、内容は正確だ。一度動き出すとドラゴンの動きはかなり素早い。


「ほんとっすね。それにこっちの手の内を読んでるみたいっすよね」

 ヤンスの言う通り、今まであまり動かなかったドラゴンが積極的に動き出すとゴブリン達に打つ手は無い。近づく事さえ難しいだろう。


「お前ら、ノンビリ話してる場合じゃない!早く逃げろ!」

 そう言いながらナガマサは火球を突っ込んでくるドラゴンの前面に並べて出現させる。命中させる為ではなく、火球で行く手を遮り足を止める狙いだ。


 だが、火球の発生を予測したドラゴンは両の翼を振るう。

 魔力光で羽毛を輝かせた翼は火球を消し去りゴブリン達を襲う。

 やはり数名のゴブリンが吹き飛ばされ、ナガマサの居る水濠の手前まで転がってきた。


 そして、暴風の王はついに姑息な魔法使いを発見した。

 隊列を組んで王にひれ伏す小さき者の向こう側にいる。

 そいつは、そこに、水濠の中に隠れている。

 王の飾り羽は水濠に潜む魔力の存在を探知していた。


「あれ?ドラゴンの奴こっち見てないっすか?」


「こっちじゃない。俺を見てるんだ」

 ドラゴンがナガマサを発見した時、ナガマサもドラゴンを発見した。

 いや、正確に言うとドラゴンの剥き出し感情を感知し、その莫大な魔力の使い方を見せてもらったのだ。


 このドラゴンがナガマサに見せたのは、莫大な魔力の多様性と汎用性だ。

 それは基礎魔法である反魔法の使い方だった。

 火球を消し去り、ゴブリン達を吹き飛ばす為にナガマサの正面50メートルにまで接近して暴風を生み出した。

 その為、ナガマサにその理不尽な暴風の正体がはっきりわかったのだ。視覚ではなく周辺探知という彼の新しい知覚で。



 反魔法はこの世界の基礎魔法の一つで、その効果を発揮する為には魔法を出現させる魔力とその魔法を維持・展開しつづける魔力が必要な為、魔力コストは高いのだが使い勝手は良く様々な用途で使われている魔法である。

 例えば、シールドの魔法として魔力を展開した場合、それを剣で攻撃すると剣がシールドに与える力を単純にそのまま跳ね返す魔法である。物理の作用・反作用でいえば作用のエネルギーがそのまま跳ね返ると思っていい。

 それを物体の重量に対する反魔法にすればエレベーターに応用ができるし、川の流れに対する魔法を展開すれば、川を遡上する巨大な艀も作れる。艀の場合は複数の魔法を展開し、反魔法の生じる向きを調整する必要があるので、別の技術が必要になりますが基本は同じです。

☆ 



 このドラゴンは反魔法により自らの重量を軽減あるいは無くし、羽ばたきによる揚力自体も反魔法によって強化している。それによって巨体に似合わぬスピードで動きまわり自在に空を飛んでいるのだ。

 そして、その反魔法はある程度任意で他者にも使えるらしい。

 暴風に巻き上げられたゴブリン達は、重量を消す方の反魔法を受けていたのだ。でなければ鎧兜込みで体重80~100キロほどもあるゴブリン達が簡単に空を飛ばない。


 

「早く逃げろ、お前ら。特にヤンスは死んじゃうだろ?」


「おいらはナガマサ様の傍離れないっすよ。それに、まだナガマサ様の本気も見てないっす」

 ナガマサの従者であるヤンスには自分だけ逃げる選択肢は無いのだ。

 それは、クリスやイザベラも同じだ。ナガマサが死ねば、たぶん彼らは元の亡者に戻るだろう。


「じゃ、見てろ。巻き込んでも知らないからな」


 ナガマサは水濠から出て自身の馬鹿げた魔力を全開にする。

 彼は巨大な魔力をまとってドラゴンの前に自分の姿を晒した。


 目の前には同じく甚大な魔力を持つドラゴンが立っている。

 ドラゴンが操る理不尽な暴風はナガマサの躊躇いも吹き飛ばしていた。

 


 その時、ナガマサは両目を閉じた。

 自然に両目を瞑っていた。

 自らの知覚で最も頼りになる魔法・周辺探知に全神経を集中するためだ。

 無意識のうちに膨大な情報量を脳に送る視覚を遮断したのだ。

 

 それは偶然だが、全盲の魔王ネビロスと同じスタイルである。 

 その事にナガマサは気が付いていない。


 そして、そのスタイルはナガマサにドラゴンの詳細な情報を把握させる。

 中でも魔力の有無とその流れはよく分かる。最優先で探知される。

 そこで浮き出る情報はドラゴンの翼と体幹に強い魔力がある事を示している。

 そして、暗闇の世界ではナガマサはドラゴンを見下す魔力の巨人である。

 

 傲然たる空の王者は長時間火球で弄られた怒りと突然巨大な魔力をまとった小さき者への警戒心で混乱していた。王者の目ははっきりと人間を映しているのに、その飾り羽は膨大な魔力を感知している。

 

 混乱したドラゴンは動きとめる。

 

「なんだよ王様。庶民相手にしか威張れないのか?」

 ナガマサはドラゴンの怯えを感じ取ったのだ。

 そして尊大な王者の判断の遅さを許さない。


 ドラゴンの戸惑いはナガマサのターンを呼んだ。


 ナガマサの桁違いの魔力は、やはり膨大なエネルギーの形成を可能にする。

 遠距離ならばナガマサは強大な魔力を振るう事ができるのだ。

 

 その能力はドラゴンの前方10メートルほどの位置に大量の火球を出現させた。

 それは、1メートル間隔で縦5個、横10個の火球で構成されている。

 長方形の巨大な火球の網だ。


 だが、自らを捕らえんとする不遜な企みに空の王者は激怒する。

 卑小な魔法など幾ら積み重ねても王には通用しない。それなのに何度も何度も火球で狙われて王者は苛立ち憤慨していた。

 王者はその魔法使いを引き裂かなければならない。処罰せずにはいられない。


 王者の飾り羽は各火球の位置を瞬時に把握。

 巨大な翼に魔力光を煌かせ必要な位置に魔法を展開。

 強者の咆哮と共に翼を打ち下ろす。

 それは暴風を巻き起こし火球を吹き飛ばす!

 

 だが、その必勝の翼を振り下ろした瞬間、彼の飾り羽は違和感を検知する。

 その本能的危機察知は活かされなかった。

 その違和感とほぼ同時に彼は思考不能となったからである。

 


 

 火球の網。

 それは、攻撃する為の魔法ではないのだ。

 ナガマサがドラゴンを操る為の魔法だ。


 この網を見たドラゴンは火球を回避しきれない事をすぐ悟り行動するだろう。

 ナガマサは何度もこのドラゴンの機敏さを見せ付けられていたのだ。

 だから、ナガマサは予測して罠を張ったのだ。


 避け切れない火球ならば消し飛ばせばいい。

 読みどおりのドラゴンの的確な一手だった。

  

 だが、的確すぎて容易く予想できる手段でもある。


 火球の網はナガマサの布石に過ぎない。

 ドラゴンの暴風を引き出す為の、その最大のエネルギーが発生する場所を特定する為の布石だ。


 ナガマサはドラゴンの反魔法を見て、その使い方を学習していたのだ。

 ドラゴンとナガマサの距離は、ナガマサに全力の魔力を使用を可能にする。

 両目を閉じて集中した周辺探知は、その互いの距離やエネルギーの発生点を正確に予測していた。


 ドラゴンの暴風はナガマサの反魔法・シールドによって弾き返された。

 その威力はドラゴンの長い首に乗る頭部に集中させる。

 ドラゴンの巨体を空に浮かべる強大なエネルギーは変換されてドラゴンの頭を後方に吹っ飛ばした。


 さらにナガマサはその頭がくる位置に分厚いシールドもう一枚展開している。

 後頭部をシールドに打ち付けたドラゴンの頭はもう一度後方からの衝撃波をもらう事になる。

 ドラゴンが最後に検知した魔法である。火球の網の後方に結んだ巨大なシールドは火球の網が目晦ましになっていたのだ。

 

 その暴風のカウンターの威力はナガマサの予想をかなり超えており、頚椎をへし折り頭蓋骨の中の脳髄をグシャグシャに破壊していた。


 ドラゴンは轟音を立てて、その場に崩れ落ちた。

 即死である。




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