第10話 初陣


 ドラゴンの間近の空間に火球が出現する。水平に5つ並んだ火球は左から次々と発射される。

 だが、弾速が遅いファイヤーボールをドラゴンは軽く回避してしまう。


「くそ、当たらないな」

 ようやく戦闘に参加したナガマサである。

 

「それでも十分です。とにかく火球を撃ち続けて奴の注意を引きましょう」

 クリスはナガマサの傍らにあって、アドバイスをしてくれる。

「ナガマサ様の攻撃で友軍は時間を稼げます」


 ナガマサのファイヤーボールを見てラーテルから念話が入る。

「目が覚めたか?それでよい、攻撃を続けろ」

 怒鳴りつけられてもおかしくないがラーテルの声は平静でナガマサを責めることは無い。


「ごめん。ラーテル 、、、さん」 


「お主は初陣じゃ。よくやっとる。それよりドラゴンを足止めしろ。少し時間が欲しいんじゃ。なんなら倒してもかまわんぞ」


 ラーテルとの念話は、また唐突に終わった。


 ラーテルもクリスのナガマサを責めなかった。

 ゴブリン達に大きな被害が出たのは、どう見ても自分の責任だとナガマサは感じていた。

 ラーテルの命令をすぐ実行していれば。いや、せめてクリスのアドバイスをすぐ受け入れていれば、、、

 

 顔から火が出るほどの恥辱は、ナガマサから足の震えを取り去っていた。

 なにより、認めたくない事実はナガマサがドラゴンにビビッていた事である。

 

 その事実を打ち消す為にも、火球を打ち続けるナガマサである。

 それは彼の中の何かを必死で守る為だ。この異世界に来てから生まれたそれはナガマサの中で大きくなり、今は傷つき血を流している。


 異世界に来る前のナガマサは凡庸な高校生に過ぎなかった。いや、正確に言うと凡庸以下だろう。スクールカーストの最底辺を住処とし安住の地としていた。

 女にモテルとかモテナイとかの話ではなく、その存在を知られているかどうかも怪しい存在だった。 あえて長所を探せば比較的背が高いくらいだが、身長178センチでは幾らでも上位の人間はいる。

 ナガマサは完全にその他大勢として生きてきた。モブとしての人生はナガマサに強いプライドを形成させなかった。むしろ、薄い自意識は彼の立ち位置に適応して誰からも注目されない生き方になっていたのだ。


 だが、異世界に来てからのナガマサは違う。誰もが彼の意見を求めるし、ベルム・ホムでは誰よりも目立つ存在だった。

 そして、明らかにナガマサの身に宿る莫大な魔力はクリスと共に検証・訓練するにつれてナガマサ本人も理解できるようになった。


 だけど人間て急に変われるわけじゃない。少なくてもナガマサの精神は突然の変化に戸惑った。急速に膨れ上がったプライドが変な風に成長して周囲に不遜な態度をとったりもした。

 幸いにもヤンスの『ぱんち』によって、自分の能力を鼻にかける嫌な奴になるのは回避できそうなナガマサだが、変化する事は避けられない。彼は既に莫大な魔力を身に宿す魔法使いだ。クリスの記憶で戦闘技術や経験を知る事ができても実際に戦場に立たないと分からないものもある。

 まさに今、ナガマサは自分自身の経験を積み始めた。

 彼の初陣。

 最初の実戦は対ドラゴンの魔術戦になる。

 


 シェルターは岩盤が地上に露出した岩場にできている。その周囲は耕作地には向かない高台なので、まぐさなどの草刈場になっている。その岩場の切れ目に水濠を作り隣接した土地に小麦畑が広がっているのだ。

 つまり、ドラゴンの居る岩場はなだらかな高所にあり、ゴブリン達はドラゴンが作り出す強風により傾斜を転がり落ちる形になった。吹き飛ばされたのは隊列の中央を担当する部隊で、そこが行動不能になった。


 連携を絶たれたゴブリン達に作戦継続は難しく、ラーテルは作戦の変更を余儀なくされていた。


 ラーテルにとって、兵士達の高すぎる士気と精鋭の兵士が居ない事は大きな誤算となっていた。ラーテルの指示を兵士達が聞かない。異形のドラゴンを前にして正しい判断を出来る現場の指揮官がいなかったからだ。

 

 ラーテルの目の前にいる変り種のドラゴンは長い後ろ足を器用に動かしナガマサの火球を軽々と回避している。見た目はゆっくりした動作に見えるが巨体である為、かなりの速度で移動しているらしい。

 ラーテルが今まで見たドラゴンは飛竜であっても地上では長い尻尾と長い首を地面に平行に伸ばして悠々と歩くのだ、この角の無いドラゴンは全く動きが違う。

 そして、不思議な点もある。これほどドラゴンを怒らせたら周囲にいるゴブリンに襲い掛かって血祭りにあげるはずだ。だが、このドラゴンは頭を高く上げて包囲していたゴブリン達を睨み付けはするが、近寄ってはこない。なにより、ブレスでの攻撃がないのだ。

 おかげで負傷者達を収容する事ができそうだ。ラーテルは水濠まで下がるように指示を出している。

 それにはもう一つの誤算もあった。戦力として考えていなかったナガマサが思ったより使えるのだ。

 今も火球でチクチクと攻撃を続けてくれている。そろそろ魔力も尽きる頃だろうが、十分牽制してくれた。ラーテルの評価では十分役割を果たしているナガマサである。



「また、避けられちゃった。ドラゴンさん大きいのに身軽ですねぇ」

 イザベラが言うように、左右前後から複数の火球をほぼ同時に放っているのに、未だに直撃弾は無い。


「そっすね。でも、ほらナガマサ様のおかげで怪我人はもう居ませんよ」

 ダメージを負ったゴブリン達が転がっていた草地には、武具などが放置されて残されているだけだ。動けない者は仲間が手を貸し、戦闘不能の者は全て水濠の中に身を潜めている。


「あ、私、怪我人の具合を見てきますね」

 イザベラは霊体でありながら、ドラゴンが怖いので水濠沿いにゴブリン達の方に移動していった。


「このドラゴン、ある程度魔法ができる位置がわかるみたいだ」

 最初の5連発はともかく、2度目から次第に火球が発生する場所を予測するようになっている。その為、回避行動が的確なのだ。


 ナガマサの周辺探知は魔力の変化を敏感に探知する事ができる。同様の魔法を目の前のドラゴンが使っていても驚くことでもない。

 そもそもが基本的な魔法の一つで冒険者がよく使う生物探知スキルと同根の物だ。ナガマサが使っているので、他者の魔法より探知エリアがかなり広いというだけの事である。

 

 ベルム・ホムではナガマサ以上の魔法使いがいなかったので、彼は自然と思い上がっていた。ナガマサは剣士であるクリスの戦いの記憶が経験の全てだ。その為、なんとなく自分が本気を出さなくても魔法で圧倒できると感じていた。

 だが、魔法が普通にあるこの世界では魔法使い同士の魔術戦など当たり前にある。ドラゴンとやるのは少し珍しいが。

 ドラゴンが見せているような魔力の発生を予測しての回避だけでなく、対魔法シールドもあるので物理攻撃への対抗策同様、魔法攻撃も別に万能ではない。使いようなのだ。




「ナガマサ!後どのくらいもつ?」

 突然、ラーテルからの念話である。


「今のペースなら無限にもつよ」


「ははは、勇ましいのう。それならすぐドラゴンを黒焦げにしても構わんぞ」


「いや、まあ」

 先ほどベルム・ホムのエントランスでナガマサが言った言葉だ。自分の台詞を引用されては何も言えない。


「よく聞け、これから再攻撃をかける。今度はしっかり牽制しろ」


「は?また怪我人が山盛りでないかな?」


「さっきのドラゴンを見ておったろう?奴は魔法の出してから使うまで時間がかかる。その上、羽を使うという動作がいるんじゃ」

 魔力をまとう>魔法発動 のタイムラグが大きいという意味である。そして、人間以外の動物が魔法を使う際、特定の所作を必要とするのはよくあることだ。


「それにな、これ以上時間がかかるとシェルターの中の人間がもたん。あの角なしを早く何とかせねばならん」

 角なしとは言うまでもないですが、今ナガマサ達が戦ってるドラゴンの事です。この世界では珍しい角が生えてないドラゴンです。


 ラーテルの言葉でナガマサはシェルター内部を思い出した。岩盤の下に作られたその空間はかなり広いが、馬まで含めて多数の人間が詰め込まれている。そして、ラーテルは説明していなかったが、ドラゴンのブレス対策に通路の扉を閉め切るのだ。当然時間がかかれば、酸欠の可能性が跳ね上がる。


「じゃから、両翼の部隊がドラゴンを挟むように進む。角なしが喚き出すまでな」

 喚き出す時はドラゴンが激昂して暴風を操る時だ。

 

「でもさ、その後暴風がくる。近寄れないんじゃないかな?」


「風が来る分かっておれば耐えれるわい。それに左右どちらかの部隊を攻撃すれば、もう一方には背中を晒す。そこで一気に近寄って動きを封じるんじゃ」

 ドラゴンのブレスも暴風も、その攻撃は前面から起きる。どちらかの部隊を囮にして、どちらかの部隊が背後から攻撃仕掛けようという苦肉の作戦だ。

 この作戦が失敗すればシェルターの中にいる人々に犠牲が出ることにもなる。時間はもう残されていないのだ。


「すぐに、次の攻撃を開始する。今度はぬかるな!」

 そう言ってラーテルの念話は途絶えた。

 ラーテルはナガマサに多くは求めなかった。だが、ドラゴンの攻撃からゴブリンの兵士達を守るための牽制を命じている。



「ナガマサ様~。今、戻りましたよう」

 イザベラがゴブリンの怪我人の様子を見てきた。


「おお、どうだった?」

 火球で牽制しながら、何となく、もやもやしているナガマサが答える。


「ゴブリンさんて丈夫ですね。骨折した人は何人もいますけど、誰も死んでないんですよ」


「それはよかったっすよ。メッチャ吹っ飛んだすっからね」

 そういいながら、何故か嬉しそうに目を細めるヤンス。

 ヤンスの琴線に触れる何かがあったらしい。


「でも、もう一回攻撃するそうですよ。怪我してる人も軽傷なら参加するんですって。今度は死人でるかもですねぇ」


「そりゃ、ゴブリンの戦士たちは勇敢すっから!人々を守るために全力っすよ!」


「その割りにヤンスちゃんは戦わないよね?」


「てへ!おいらは、安全地帯で笑ってるのが好きなんすよ!」


 堂々と下種発言をするヤンスだが、ナガマサの心に響く。

 実はナガマサは全力で戦っていない。

 立ち位置でいえば、ヤンスと変わらないナガマサである。彼は水濠に身を潜めながら80メートルほどの距離を確保して安全かつ余裕を持って戦っているのだ。

 ゴブリン達は怪我を押してでも全力で戦っているのに。

 戦う能力があるのに本気で戦ってないのは、ナガマサだけなのだ。

 





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