第9話 空の王者 寛容の限界

 低空を飛んでいたドラゴンがついに大地に降り立った。やはりシェルターのすぐ近くの地点である。

 ドラゴンは悠々と目的地に近づくとシェルターに足をかけて咆哮する。


 地上の飛竜は足が遅いのでナガマサはようやく正確にドラゴンの情報を把握する事ができた。

 全長16メートル、その半分は長い長い尻尾と長い首である。おそらく飛行中の姿勢制御や舵の役割があるからだろう。

 翼長は25メートルくらい。そして、この翼にナガマサは強い魔力を感じる。彼の周辺探知は魔力の有無とその流れがよく把握できるのだ。


 かなり翼が長いように感じるが実は鳥などに比べると翼の比率はかなり短い。いや、仮にもっと翼長があっても、これほどの巨体が空を飛ぶなど考えられない。

 言うまでもなく、物理法則を凌駕する力、魔法を使って空を飛んでいるのだ。


「ヤンスちゃんの予言当たりましたよう。ドラゴン岩の上で鳴いてます」

 

「確かに。なんか興奮してるみたいだけど、なんでだ?」


「おいら、ドラゴンじゃないから分からないっす。たぶん、お腹が空いてるのにご飯が食べられないからじゃないっすかね?」


 ドラゴンはシェルターの入り口付近でうろついている。中に居る大量の人間の気配に引き寄せられているのだろう。

 ラーテルのシナリオは、ドラゴンがシェルターに気を取られている間に包囲を完成させ、一度に襲い掛かかる。投槍器でロープ付きの手槍を投げてドラゴンの分厚い鱗に突き刺すのだ。

 槍の穂先に返しが付いている。それを上手く突き刺せればドラゴンの分厚い鱗に食い込ませる事ができれる。その槍に付いてるロープを数本に数十人で押さえ込んで、ドラゴンの動きを封じる。後はドラゴンの弱点の喉を切り裂けば仕留める事ができる。

 本当は投槍器よりボウガンでも使った方が簡単なのだが、弩の類はゴブリン達の趣味ではないらしい。


「本当は、襲い掛かるタイミングで魔法でドラゴンの顔あたりにピカって光らせたり、足元を滑らせたりするんすけどね」

 

「ははあ、スタングレネードみたいなものか。なんでやらないんだ?」


「やだなぁ、魔法使えるような戦士は姫様の護衛でいないっすよ」


 ベルム・ホムには数万のゴブリンがいるが。ドラゴンとの戦いに使えるほどの魔法使いは数名しかいない。これは戦闘向きという意味で、ダンジョン作成に使うような魔法はまた別である。

 

「あれ?ヤンスちゃん、あのドラゴン飽きてきてない?」

 ナガマサが見てみると、最初は熱心にシェルターの入り口をほじくっていたドラゴンだが、今は地上に露出しているシェルターの岩盤の上で翼をたたんで佇んでいる。


「というか、あのドラゴンって、鳥っぽいよな。全身羽毛で覆われてるし、頭に飾り羽みたいのあるしな」


「そっすね、角も生えてないっす。なんか毎年くるやつと少し違うっすね」

 ナガマサたちは、目の前のドラゴンの少し変り種であることに、ようやく気が付いた。だが、他の者たちはそうではなかった。


 さっきまで遊んでいた、ではなくナガマサの能力について話していたナガマサ達と違って他のゴブリン達、特に族長ラーテルはとっくに異変に気が付いていた。

 このドラゴンはシェルターの人間達に強い関心を持ちながらも、周りを包囲してくるゴブリン達にも警戒を怠っていなかった。ナガマサが佇んでいると見えたのは水濠を出て包囲してくるゴブリン達を強い視線で威嚇していたのだ。

  

「ナガマサ!聞こえるか?」

 突然のラーテルからの念話である。


「聞こえるぞ、いや、聞こえます」

 ヤンスの ぱんち により少し反省したナガマサである。だが、いきなりの反省が相手に正しく伝わるどうかはわからない。


「うん?まあいい。奴の頭を抑えろ!もし、無理なら焼き殺しても構わん!」


「へ?焼いたらお金にならないんじゃないの?」


「金などどうでもよいわ!すぐ始めろ!!」

 ラーテルは命令を伝えると一方的に念話を終えた。


 てめぇの指示だろうが!コロコロ命令を変えるな! と思うナガマサだが上司ってこんなものだ。

 それにこの場合は、ラーテルが未知のドラゴンを危険だと判断した為の命令変更である。仲間のゴブリンの生命とシェルターに隠れている人命に比べたら、ドラゴンの金銭的価値など無視すべきだと判断したからの命令変更なのだ。

 歴戦の勇士ラーテルは果断なゴブリンなのである。そして、指揮官である彼から『すぐ始めろ!!』と言われたら、即刻行動を起こさなくてはならない。

 だが、クリスの記憶を得ても、ナガマサは経験不足の素人だった。


 念話を終えたナガマサを仲間たちが見つめている。

「なんか、命令変更だってさ。ドラゴンの頭を抑えろってさ。焼き殺してもいいってよ」


「では。すぐ始めましょう。射線を変えながらファイヤーボールを撃ち続ければ奴の注意を引けるはずです。友軍の援護になります」

 

「クリスって戦闘時は本当によく喋るね」


「私語は後で!すぐに命令実行を!」

 クリスはラーテルの念話を聞いていた訳ではない。クリスはクリスでナガマサの現時点での戦闘力と狩場の状況を理解して、ラーテルの命令を読み解いただけだ。


「怒るなよ、今やるって」 

 

 そして、ナガマサのその行動は失着となる。


 ナガマサのもたつきの前にドラゴンが動いたのだ。 


 ドラゴンの威嚇に怯まず、戦意の高いゴブリン達はゆっくりと前進を続けていた。彼らにもラーテルからナガマサの魔法を待つようにとの指示はあったが、手柄に逸る彼らは前進をやめなかったのだ。


 それは、空の王者の寛容を踏みにじり、許されるラインを越えた。


 ドラゴンはゴブリン達の隊列に向き直り、翼を大きく広げる。

 翼長25メートルを越える翼に魔力光で満たされた姿を見た時、ゴブリン達は息を呑み、その足を止めた。

 ラーテルのシナリオ、いや正確にはベルム・ホムのゴブリン達が積み重ねてきたドラゴン退治の手法。

 それは後方、側面から飛竜を絡め取るものだ。


 正面から莫大な魔力をまとうドラゴンを前にした時、ゴブリン達に打つ手は一切ない。ただ霊威に怯えて立ち竦むだけだ。


「速く撃たんか!!」

 ラーテルの怒声がナガマサの耳に届くが、ナガマサはまだ魔力さえまとっていない。彼はドラゴンの威容に魅入って身体が動かなかったのだ。


 動いたのドラゴンだ。

 まるでラーテルの言葉に呼応するかのように翼を打ち下ろす。

 

 轟っ!!

 信じられない暴風がゴブリンの隊列を襲う。

 数十名のゴブリンが風に吹き飛ばされ、十名足らずのゴブリンは風に巻上げられ数メートル上空から地面に叩きつけられた。


 ゴブリンの戦士たちはほとんどが、上背こそないが筋肉隆々の屈強な肉体をしており、その上から武具と鎧を全身に身につけている。

 武装した重量は80~100キロほどになるだろう。どれほどの強風ならその重さの肉体が空を舞うのだろうか?


 だが、驚くには当たらない。

 物理法則を超越した存在。

 それが空の王者ドラゴンなのだ。

 





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