第8話 ナガマサの防御力


 この異世界アランソフにおける戦闘スタイルはざっくり分けて、戦士タイプと魔法使いタイプの2種類。

 これは言い換えれば、魔法を自分の中で結んで自らを強化した戦士に変えて敵を倒すか、魔法を自分の外で結んでエネルギー(例えば火球)を発生させ、それを使って敵を倒すかの違いだ。

 この世界では、人間は最初か弱い存在だが、かなり柔軟性に富んだ成長を見せる種族となっている。どのタイプの戦闘スタイルを選ぶかは個人の選択で、自らの修行により高い成長力を発揮する事ができる。


 ただ、先ほどクリスの発言にあったように、それぞれ個人ごとに相性の良い属性と悪い属性があり、魔力を内外へ結ぶのも優劣が存在する。

 例えば魔力50で火球を作ったとする。これを相性の良い者が扱えば威力が高い火球になったり、魔力が30で済んだりする。相性の悪い物なら逆だ。

 また、自身を強化しようとして体内に魔力を結んでも、消費した魔力に対して効果的に強化出来る者もいれば逆もいる。その為、個々人の適性を見極めて戦闘スタイルを選択する事になる。

  だが、それはあくまで下手だという事。不得意な魔法は魔力のロスが大きく威力が減少したりするので、自然と各々の方向性が決まるだけだ。苦手分野の魔法でも自身の魔力総量と魔力コストさえ折り合えば、誰でも使う事は出来る。


 ナガマサはこれがかなり極端な例だ。第1章で見たようにナガマサは素で遠くに魔法を結ぶ事ができた。彼は生まれ付きロングレンジが得意だということだ。完全な遠距離特化型の魔法使いタイプである。

 反面、ナガマサはどうしても自分の体内に魔法を結ぶ事ができなかった。この異世界アランソフの常識では有り得ない欠点。つまり、彼は自身を強化して戦う事ができないのだ。それは、近距離での攻防に致命的な弱点となる。


 

「ええ!それ大丈夫なんすか?この世界には化け物みたいな人間の戦士がゴロゴロしてるんすよ?!」

 ゴブリン視点では、人間こそが危険なモンスターなのである。そして、化け物というの別に誇張された比喩ではない。一人でゴブリンの一隊を蹴散らす戦士は珍しくもないし、一人で一軍に匹敵するような戦士だって稀にだが存在する。

 

「大丈夫ではないな。ナガマサ様は大器ではあるが、少し不器用なのだ」


「不器用いうな!たぶんこれは指輪の影響だよ」

 ナガマサの推測では、彼が自身に魔法を使えないのは、指輪の影響だという。確かに彼の実感でも近距離での魔法は苦手な感じはする。

 正確に言うと近距離で強い魔力を使い魔法を結ぶのが苦手なのだ。近距離になればなるほど使える魔力が弱くなっていくのだ。その代わりのように近距離で弱い魔力で安定した魔法を結び続ける事が可能になる。というか、突然得意になる。

 そして、弱くても安定した魔法の持続が求められるのが職業として魔法、医療魔法なのだ。怪我人や病人に急激な魔法をかけるより、安定した生体コントロールが望ましいからだ。

 ナガマサと非常によく似た特性を持っていた全盲の医師ネビロス。彼も恐らく遠距離魔法が得意だったはずだ。そして、その医師として全く意味がない特性に苦労したのだろう。

 その為の指輪による距離の矯正。その影響で自身への魔法が使えなくなったのではないか?というのがナガマサの推測。

 医師なら、自身を強化して戦う必要はない。どうしても必要なら同僚にでも頼めば何の問題もないからだ。


「弱い魔力で一定の力を出すって難しいから、一応納得のできる理由ですねぇ。それに、近づくほど魔力が弱くなるなら魔法が発動しないですもん」

 イザベラはナガマサは自分に魔法が結べないのではなく、零距離である自分自身には魔力が弱すぎて魔法が発動しない可能性を指摘した。


「だろ?逆に治療には有利になる。そんな医療に都合の良い個性はおかしいって。指輪で矯正してるって考えるほうが自然だろ?」

 自説を猛プッシュするナガマサだが、ドラゴンがそろそろ低空にまで下りてきそうな今、言う事ではない。


「はあ、医療魔法とか、おいらどうでもいいっす。じゃ、ナガマサ様は懐に入られたら何もできないんすか?」

 ちなみに、今ナガマサのヤンスの間合いは50cmくらい。

「ぱんちっす」


「痛って!おまえ突然殴るなよ!」


「うあ、マジすっか。いつもの偉そうな態度は何だったんすか?」

 といいつつ、ヤンスは嬉しそうに目を細める。


「できるわ!急にやるからだよ!てさ、俺ってそんなに偉そうだったか?」


「まあ、そっす。ナガマサ様が悪夢とかで大変なの知ってますし、おいらはナガマサ様の家来だからいいっすよ。でも、ラーテル様とかユルング様とかにも偉そうな態度すぎっすよ。かなりあちこちで反感買ってるっす。」

 その為、ナガマサの面倒を見ている薬師部は微妙な立場になっている。若手のリーダー格であるカシアなどは、かなり苦労しているのだ。


「敵の攻撃とは不意に来るものです。」

 戦闘面関してはクリスは容赦しない。空気を読まない。そしてクリスの言葉は多くの真実を含む。不測の事態に対応できなければ戦場では生き残れない。


「分かってるって。言っただけ!ほら来い!」

 ナガマサは自身の防御圏に基礎魔法のシールドを張った。


「薄っす。マジっすか?」


「だから!指輪の影響でこんな感じになるんだよ!」


「じゃ、遠慮なく行くっす! ぱんち 2連打っす」

 ヤンスのぱんち 

 初撃は、ナガマサのシールドが完全に弾き返す。

 だが、2打目はナガマサのみぞおちに突き刺さった。


「おま、マジで殴るなよ、、、」


 うずくまるナガマサとそれを見下ろすヤンス。

 ヤンスの目は糸のように細く愉悦に満ちている。


「ふふふ、凄い楽しいっす」

 

 おまえ、楽しいって言うなよ。と思うナガマサだが、それが彼の近距離での現状なのだ。至近距離に入られてしまえば、普通の人間だ。

 向かい合った相手が強化された戦士タイプだったら、敵が素手でもナガマサに勝ち目は全く無い。

 もし相手の装備が『熱々あんかけ』だったら、ナガマサは笑えるリアクションをとらされてしまうのだ。


「でも、これって薄くても一発目は全然壊れなかったっすね。」


「お前、2発も殴るつもりだったの?」

  

 このシールドは基礎魔法とはいえ優秀な魔法で、この魔法を展開する面に攻撃を受けると物理攻撃ならどんな強力な攻撃でも弾き返す事ができる。

 ただし魔法を展開し続けられればの話だ。ナガマサのように薄い層しか魔法を展開できなければ、すぐ破壊される。仮にヤンスが本気でぶん殴っていれば、反魔法で勢いを消されたか弱いパンチが届いた可能性はある。 

 

「ナガマサ様、もうドラゴンが低空を飛んでますよう」

 イザベラが小さい女子の姿になっている。彼女も遊んで欲しいと思っているのだろう。

 気が付けば、ドラゴンがいつの間にか大地に伏せた人々やゴブリンの上空を我が物顔で飛んでいる。その姿は下民を睥睨する王の姿に見えなくも無い。


「本当だ。今日は怪我人が出るかもだから、イザベラの出番多いかもだな?」


「え?へへへ。いいですよ。怪我人の診察手伝ってあげますね」

 彼女は青白く輝きながら女医の姿へと瞬時に代わる。彼女の気持ちが医療人へと変化したのだろう。

 イザベラも当然医療魔法を使えるが死霊の彼女が治療したら別の病人が増えそうなので彼女は診療しない。ナガマサ達の回復役をするぐらいである。


「もう、状況は分かったっす。今日はもう大人しくしてるっすよ。此処からドラゴン狩りを見物して帰りましょう」

 ヤンスの意見に残るメンバーは同意した。この場で推測の話しをしても仕方ない。ナガマサの頭もすっかり冷えてたのだ。


「そうだな、攻撃手段が無いんじゃ仕方ない。ここで待機して救護班でもやろう」

 ナガマサ達がいる濠は狩場予定地のシェルターから直線距離で80メートルほど。濠から顔を出して見物していれば、かぶりつきの特等席だ。


「でも、ゴブリンさんたちの作戦通りになりますね。なんだかドラゴンがシェルターに引き寄せられているみたいですよう」


「へへ、凄いっしょ!あのシェルターはデカイ岩盤を利用して作ってるっすから。上でどんなデカイのが暴れてもビクともしないっすよ」

 ヤンスが大きな眼をクリクリさせて自慢している。先ほどと違ってこういう可愛い時もある。土ゴブリン達がガッチリ造った頑丈な造りになっており、ドラゴンのブレスも中の人々には届かないように設計されている。


 ナガマサはやる事もないので周辺探知をシェルターに使ってみる。

「デカイ入り口が2つある。けど、階段状になってるからか?どっちも踊り場に広いスペースとってるな。うわ、中にみっちり人が詰まってるぞ」


「中の様子まで分かるんですか?凄いっすね。あと、中には人間だけじゃなくて変わり者のゴブリンが少しと馬もいるっすよ」

 ナガマサの周辺探知はナガマサが存在を意識できてナガマサがいる地点と隔絶された状況でなければ、その周辺の状態は把握できる。


「ホントだ。ちゃんと馬を繋ぐ場所があるんだな。人が多すぎて、どれがゴブリンかはちょっと分からないな。泣いてる子供は結構いるな。」

 ナガマサの魔法は対象の人間が声を出しているのは分かるけど、その内容までは分からない。一人づつ対象を丁寧に探知すれば、人間とゴブリンの違いくらいは分かるだろうが。


「でも、ヤンスちゃん、あれだと人間を囮にしてドラゴンを呼び寄せているみたいに見えるね」


「そうすっすね。確かに、囮っすね。でも、大丈夫っすよイザベラさん。ドラゴンは何もできないっすから。シェルターの上でいつも吼えるだけっすから」


「確かにな」

 シェルターの丈夫な造りを把握したナガマサにはドラゴンだろうと、中の人間を攻撃できるなんて思えない。

「それにしても、ドラゴンてなんか綺麗だな。なんか羽生えてるし」

 近眼のナガマサの目にも美しく発光しながら飛ぶドラゴンの優雅さはわかる。ぼんやりとした輪郭であってもだ。

 ドラゴンの周辺探知を詳しくしたいナガマサだが、ゆっくりに見えるがかなりの高速で飛び回るドラゴンを把握するのは難しい。ほぼ一瞬の探知で大体のサイズがわかるくらいである。






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