第7話 ナガマサの戦闘力
やめておけ!そう言ってやりたいが、いきなり異世界のゴブリンにフラグという概念を説明する自信はナガマサにはない。それに今は出陣前で時間が無いのだ。
ナガマサが迷っている間も無くケアンが話しかけてきた。
「ナガマサ、お前が弱いのは知っているが、心配しなくていい。」
そこで言葉を切ったケアンは目線をナガマサから見て右上部に移し
「俺がお前を守る!ドラゴンになど負けはしない!!」
そう言って決め顔を上に向けるケアン。
「は?何言ってるんだ?」
死亡フラグじゃなかったのか?
言葉だけ聞いているとホモのゴブリンに告られたようだが、それも違う。
ナガマサの周辺探知はケアンの言葉にもだえ苦しむ娘ゴブリンを感知していた。その高性能な魔法は、周りが囃してるっぽい動きまで分かってしまう。
存分に決め顔を披露したケアンはナガマサ握手を求めてくる。
「ありがとうよ、ナガマサ。すげー助かった」
「おい、どういう事だ?」
「おいおい、怒るなよ。お前一ヶ月もタダ飯食っといて、何もしないんだろ?これくらい役に立ってくれよ。」
ケアンは特に悪びれる様子も無くさっさと隊列に戻って行った。
「すまん、ナガマサ。今度埋め合わせするよ」
この一ヶ月、色々と助けてくれたカシアがケアンに代わって頭を下げてくれた。
その為、なんとかムカつきを抑える事ができた。確かに、ナガマサはタダ飯を食ってきた。あのケアンとかいうクソに世話になった記憶は一度もなかったが。
「いや、フラグじゃなくて良かったよ、むしろフラグを立てて欲しかったよ」
カシアは『フラグ』に関して問いもせずに、怪訝な顔をしながら足早に隊列に帰っていった。
だが、この出来事と平静を装うナガマサをゴブリン達は見ていた。
それは、若い男ゴブリンにとって千載一遇の好機と思えた。
そもそも、このベルム・ホムのゴブリン達は先代女王ラルンダの命令により厳しい男女分断統治が行われている。
ゴブリンの都市ベルム・ホムでは、ゴブリンの常識では有り得ないほど厳しい男女分断が行われ、そのベルム・ホムを含むマキナ山はツェルブルクという国に所属している。第1章で前述したが、この国はタイタニア文化圏で最も厳格な結婚制度を持つ国となっている。
この物語でナガマサの周囲に女ゴブリンが出てこないのは偶然でも出番が無いわけでもなく、単にナガマサが男ゴブリンの居住区に住んでいるからだ。
元来マッチョな思想のゴブリン社会では女ゴブリンは男ゴブリンの持ち物に過ぎなかったが、これにラルンダが介入して変更させてしまった。
それは、何故ゴブリンの王にアルケニーなのか?との話も絡んでくるので、その話はまたいずれ。
ともあれ、若い男ゴブリンが娘ゴブリンにアピールできる場は極めて少ないのだ。
出口とは反対方向の三叉路に向かおうとするナガマサを見知らぬゴブリン兵士達が呼び止める。
「ナガマサ頼む、俺とも話してくれ!」
「俺も頼む!!」
「俺も!俺も!」
「お前ら、俺と話す気無いだろ?勝手に上見て叫べよ。ラーテルすぐそこだけど何も言ってこないぞ」
だが、それが出来るなら、彼らだってやっているのだ。
「頼むよ人前で女に堂々と話しかけられないんだよ。族長は俺達の気持ちを汲んでくれるけど、大婆がさ」
大婆とは、先代女王ラルンダが作った女ゴブリンのトップである。当初は弱い立場の女ゴブリンを取りまとめる世話役だったが、現在のベルム・ホム内で絶大な権力を誇るようになっている。彼女に歯向かえば恐ろしい罰が待っているのだ。
「・・・・・・」
ナガマサの沈黙を良い方に取ったゴブリン達は、思い思いにアピールして出陣していった。最初のケアンを含めても5分も無い時間だ。
その5分間、ゴブリン達の大声と唾を浴びながらナガマサは心を固めていた。
この異世界に来て以来、ナガマサ様、ナガマサ様と持ち上げられてきていた。その彼の肥大した自意識は久しぶりに傷ついている。
だが、ゴブリン共に怒鳴り返しても彼のプライドは回復しない。ゴブリンたちはベルム・ホムの危機にあって戦いもしないナガマサを軽くみているのだ。
マッチョ思考のゴブリン達にとって、共同体の危機に体を張らないやつは男じゃない。例え戦いが不得手でもやれることはいくらでもある。戦場に出ないやつなど馬鹿にされて当然なのだ。
それなら、明らかに馬鹿にされたナガマサがプライドを取り戻す方法は一つしかない。
念話という劣化テレパシーのようなスキルが使える機能付き兜を装備しているラーテルにナガマサは歩み寄る。指揮官であるラーテルは最後に出て全体に指示を出すのでまだ中で待機なのだ。
「ラーテル。俺も参戦するよ。俺が一番手柄を上げてやる」
ラーテルがナガマサに鋭い視線を向ける。いつもの自分の英雄譚を話す時とは別人だ。そしてそれを聞いたヤンスが慌てて声をあげる。
「え?参戦するんすか?おいら達はドラゴン狩りを見物するだけでいいんすよ?」
ラーテルを初め、誰もナガマサを戦力として期待していない。ただ、屋外にいると危ないから避難させられた、それだけだ。
「おお、俺も見物だけするつもりだったけどな、ドラゴンを黒焦げにしてやるよ」
「ドラゴンが相手ではナガマサ様を守りきれる自信がありません。出来れば参戦はお止めになって下さい」
「ええ~ヤンスちゃんの言う通り見物してましょうよう。ドラゴンて怖いですよう」
普段は従順なアンデット2名は参戦に不服だ。ナガマサに危険な事はしてほしくないのだ。
「クリスさんもイザベラさんも、やる気ないみたいっすね。ドラゴンは危ないっすからね」
ヤンスは反対とは言わないが、明らかにやる気が無いのは本人である。
「俺は参戦する。嫌なら此処で待っててくれ」
パンパンに膨らんだ自意識が不遜なプライドを生み、スキルで得たクリスの経験の記憶はナガマサに強い自信を与えていたのだ。本来のナガマサはこんなに勇ましい子ではないし、歳上のゴブリンに偉そうな喋り方をする人間でもない。
「うむ、その意気や良し!ドラゴンに心を燃やすのは男の本懐よ!すぐに後を追え!もう包囲が出来上がる頃じゃ」
「おう!ありがとうラーテル!」
「ええ?!族長、姫様がナガマサ様はお守りしろって言ってたんすけど」
「うむ!もちろんワシも聞いておる。じゃが、男ならドラゴンに怯えて巣に篭っている事などできんわ!ワシはナガマサを信じる!」
果断なゴブリンの族長ラーテルはレダの命令を無視して独断でナガマサに戦闘許可を与えてくれるようだ。
「ナガマサ、お主に護衛を付ける事は今更できん!己の身は自身で守れるな?」
「ああ、この世界に来てから毎日ベルム・ホムの下層部で猛特訓してきてるんだ。ラーテルに迷惑はかけないよ」
「うむ!お主は初陣じゃ、手柄に逸って無理はするなよ。ワシの指示に従うと約束できるな?男同士の信頼の契約じゃぞ!」
ラーテルは念話の兜を指し示しながらナガマサに契約を求めた。初陣の戦士が無茶するのはよくある。経験豊富な老人が若者にかける言葉である。
本来ならば、レダの命令に従ってナガマサを制止するのがラーテルの仕事だが、ラーテルは若者の熱意と機会を奪うような指導者ではない。自らが責任を問われても、である。
そして、武装していないナガマサに自らの佩剣を差し出す。
口頭や文書で明確に内容を提示し、契約の証となるアイテムの授受を行う。この場合ナガマサが剣を手にすれば合意とみなされ契約締結だ。この世界の簡単な契約の形。
もちろんラーテルは魔法など使っていない。むしろナガマサの名誉の機会の為に自身の権限を差し出している形だ。もし、ナガマサが死亡でもしたら彼も無事では済まないのだ。
「ああ、約束する」
これで契約成立だ。魔法契約ではなく男同士の信頼の約束であるが。
ナガマサは普段着のままラーテルの剣を手にゴブリンの軍団の後を追った。
「うあ、やっぱ行くんすね」
やる気が無くても、参戦に反対でもナガマサが行けば、彼らも行かざるを得ない。従者3名もナガマサの後を追う。
ラーテルはナガマサの意欲を評価して戦列に加える事を即断した。
歴戦の勇士ラーテルは果断なゴブリンなのだ。
だが、寄る年波のせいなのかラーテルはある事を伝え忘れた事を思い出したので、全体を指揮する高台へ移動しながら装備している魔法道具を使う。
念話を使ったのである。
「おい、ナガマサ聞こえるか?」
「あ?ああ、念話だな、聞こえるよ」
「お前は遅れて集合したから聞いておらんだろう?聞いたか?」
ラーテルは基本的に自己中なゴブリンでもある。
「いや。何が?てか、聞いてないよラーテル」
「うむ、今来ているドラゴンに火の魔法を使ってはならん。革が焦げてしまっては売り物にならんからな」
ドラゴンには捨てる所無いと評価されるほど全身に商品価値がある。皮や爪は武具になり、骨は軽いのに硬いから色々材料になる。そして言うまでもないが、黒焦げになれば商品価値は無くなるのだ。
「え?火の魔法を使うなって?」
「そうじゃ。ドラゴンは良い金になるんじゃ。絶対に使ってはならんぞ!」
そう言い放ちラーテルからの念話は一方的に切れた。
ラーテルは基本的に人の話を聞かないゴブリンなのだ。
既にナガマサ達は灌漑用の水濠に入ってドラゴンに接近していた。まだ田起こしなので濠に水は入っていない。
「どうしたんすか?念話っすよね?」
念話は本人しか聞こえない。つまり、ナガマサだけだ。ナガマサは仲間達に火の魔法が禁止された事を伝えた。彼の唯一の攻撃魔法が使用禁止になったと。
それを聞いたクリスはすぐに進言した。戦闘においては彼の経験が最も信頼できる。
「今日は撤退しましょう。今は手持ちのスキルが足らないだけです。ナガマサ様の素質なら必ず雪辱の機会はあります」
「そだな、、、」
濠の壁に手を付ナガマサは思う。
さすがにナガマサは冷静になりクリスの判断は正しいと理解できるようになってきていた。
「あの、ナガマサ様ってどのくらい強いんすか?魔力が強いのはおいらも知ってるんすけど、詳しくは知らないっす。一度おいらにも教えておいて欲しいっす」
「そか、ヤンスはずっと死人番に行ってたから、俺の魔法の訓練とか見てないんだよな。ヤンスも俺の仲間だし現状を知っててもらった方がいいか」
「お願いするっす。ファイヤーボールが得意だってのは知ってるっすけど、他はどんな魔法を使えるんすか?」
「ナガマサ様はファイヤーボールが得意ではない。膨大な魔力総量でゴリ押ししているだけだ。むしろ火炎系統の魔法は下手だ。」
ナガマサからヤンスへの情報公開の許可が出たと判断したクリスは正確にナガマサの特長をヤンスに教える。
「いや、クリスの評価は正当だと思うんだけどさ、もう少し言い方があるよね?」
「ありません。ナガマサ様。既に何十回も申しましたが、戦力を測るのに情実は無用です。常に正確な把握こそが肝要です」
「うん、そうだったね。ゴメン」
何回も聞かされているクリスの正論。普段無口な彼だが、こと戦闘になると絶対に妥協しない。
「えっと、他の魔法だったよな?あとは医療魔法が得意かな?」
「私からパクったやつですよね?私が何年もかけて修行した医療魔法をサクっと持っていっちゃんですよね?私、すっっごく寂しいんです!」
「ゴメンって。悪かったよ。これも何十回も謝ったよね?それと人型のままクルクル回るのもやめよう。イザベラの記憶を見たせいで造形がリアルになってきてるんだよ」
自分の夢に出てくる少女が青白く発光しながらジットリした目線でクルクル回転するのは、なんだかとても気持ち悪いナガマサである。
「知らないですう」
ナガマサは何度謝っても足らない。イザベラの貢献は絶大なのだ。
イザベラがスクロールを使わずに正規の魔法教育を受けてくれていたので、ナガマサもスクロール無しで医療魔法を習得できたのだ。
そして、ナガマサがいる異世界の時代では、正規の魔法教育を受けているものは極めて少数派だ。
「まーまー。それは置いて欲しいっす。とりあえず、他の攻撃魔法を教えてください。ナガマサ様は怪我人の治療で狩場に来たんじゃないっすよね?」
言い淀んだナガマサに代わりクリスが迷い無く答える。
「ナガマサ様に他の戦闘魔法は無い。後の攻撃手段は私の記憶から得た剣術スキルくらいだ。ただ、自らの体内で魔法を結べないナガマサには意味が無い」
「え?自分に魔法を結べない?」
クリスの言葉に驚いたヤンスは大きな眼がさらに大きく丸くなる。
「苦手なだけなんすよね?人間の魔力凄い人って、みんな自分に魔法使って超人になるんですよね??」
「ならない。例外は常にいる。目の前のナガマサ様がそれだ」
またも言いにくい事をはっきり言うクリスである。
「ちょ、待てよ!」
クリスにオブラートに包むという芸当は無理なので、諦めるしかないナガマサ。
「分かった、最初から整理して話すよ」
「え?それ何の真似なんすか?今、やられたらすげぇムカつくっすけど」
彼らが水濠で長話をしている間に、ゴブリン達の包囲は完成し、後はドラゴンがシェルターに降り立つの待っている。そんな状況になっていた。
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