第3話 その世界の人がルールを作る


 日本の土下座を見てロディは顔を顰めた。へりくだり過ぎて彼の趣味ではない。

「異界式の礼だな。まあいい、契約は魂に届いてるらしいな。ワタル、今は休んで疲れを取れ。先生後はお任せします」

 そう言ってギース達に酒を振舞う事を家令に命じてからロディは食堂を後にした。今彼がやるべき事はしっかり終えたからだ。


 そして、ロディのおごり酒に冒険者が沸く中、今度はオノリウスの時間が始まる。

 ようやく異界人に興味のあることを質問できるのだ。


『ワタル、お許しが出ましたよ。楽にしてください。実はお聞きしたい事が色々あるのですが、“ スタメン” とはどういう意味ですか?』


 ずっと見ていたミーナも口を挟む。

「ねぇ。先生。あの服って何?背広に似てるけど左胸に何か紋章がついてるわ?」

 彼らにしたら背広は成人男性の衣服なので、少年が背広を着てるのは不思議なのだ。ただの制服のブレザーで胸に校章があるだけなのだが。

「なるほど、確かにそうですね。聞いてみます」

 オノリウスは服飾などにはあまり興味がないので、ミーナの女性視点に素直に感心した。


 だが、オノリウスが質問する前にスズシロ少年が立ち上がって叫んだ。

『なんで俺が土下座してるんだよ!俺勝手に体が動いたぞ!なんでだよ!』


「どうしてこの子叫んでるの?」


「魔法契約が飲み込めないんですよ。異界には魔法が無いらしいですからね」


「異界人て常識無いね~。魔法無いんだ。それに礼儀知らず!大体人の領地に勝手に入って来といてゴメンの一言も無いんだから、ふざけてるわ」


「まあまあ、彼らも自分の意思で来た者はいませんから。嵐や地震に巻き込まれたような物なんですよ」


「嵐や地震に巻き込まれて死に掛けたのは本人の災難でしょ!私達の責任じゃないわ。それを助けてやっているんだから、謝礼を払うのは当たり前じゃない。どんだけ常識がないのよ」

 この世界の常識では、生命を助けてもらったら謝礼を払うのが当然だ。金品で払えなければ身体で払う。それが彼らの認識では疑う余地のない常識だ。


 そして、その世界のルールを作るのは当然その世界に住む現地の人々だ。


『おい!通訳のあんた。俺なにかされたよな?どうなってるんだ?』

 異界人のスズシロ少年は常識どころか礼儀もわきまえずオノリウスに迫った。

 いまや奴隷身分となった彼がそんな口を聞いてよい相手ではないのだが。


 それでも温厚なオノリウスは全く怒らない。彼の教育はこれから町でたっぷり行われる。そうなったら身分に依った言葉遣いを覚える。奴隷として躾られるのだ。

 その前に、異界人の生の声を聞けた方が良いからだ。

『分かりました。質問にお答えする代わりに私の質問にも答えてください。よいですね?』


『んだとぉ!』

 一瞬眼に凶暴な光が宿るが周囲を見てそれは消えた。

 スズシロ少年の味方などここには一人もいない。

『わかったよ。何でも答えるから教えてくれ。俺はどうなったんだ?』


『先ほども説明したと思いますがワタルはロディ様の保護下に置かれました。これから彼の元でこの世界の言語や習慣を学びながら、職業訓練なども受ける事になります』


『そうじゃなくて、なんで俺土下座したんだよ?なんか勝手に体が動いたんだぞ!』


『ああ、それですか。この世界には魔法があるんですよ。日本には無い物ですね。その魔法でワタルはロディと契約を結んだんです。ロディに絶対服従を誓う魔法契約をです』


『絶対服従?魔法契約?マジか?マジで言ってんのか?』

 スズシロ少年は受け入れがたい話に頭がついて行かない。だけど、自分の体が勝手に動き出したのは紛れもない事実で、なによりその不思議は彼自身が感じていた。

『じゃ、俺が土下座したのはそのせいなのか?何で土下座なんかさせるんだよ?』


 本来ならとっくにオノリウスのターンなのだが、此処は大事な所なのでしっかりワタルに説明する事にしたオノリウスだった。

『それはワタルがロディの奴隷になったからです。あなたの身分は此処では奴隷です。ご主人様に土下座して現在の立場を理解したほうがあなたの為なんですよ』


『あなたの為?酷いじゃねーか!助けてくれるって言ってただろうが!』


『立派に助けていますよ。あなたこの世界に来た時にいきなり高さ2~30メートルの高さから落下したでしょ?其処にいる冒険者達が助けてくれなかったら、その時点で即死ですよ』


 トルディス領は異人がよく獲れる所だが定期的に異人がやってくる訳ではない。

 肉眼では変化を見る事はできないが、優れた魔導師達はトルディス領の上空に独特で大規模の魔力の異常を感じ取る時期がある。その時に集中して異界人がやってくるのだ。

 ほとんどの異人は山中の上空から突如出現する。その為、80年前に大量に異人が現れた時はほとんどの異人が死亡したり大怪我を負う羽目になっていた。

 現在はよく出現する危険なポイントにネットを張ったりして対応しているが、異界人が出現ポイントが決まっているわけではない。

 広範なトルディス家の領土に突然現れるのだ。ある程度の予測は出来るが、あくまで予想に過ぎない。

 その為、現地で直接魔力の変化を検知して出現ポイントを予測できる人員が長期間にわたって必要になる。さらに連携が取れた救助活動を行える集団が必要だ。

 その条件を満たした人員と言えば冒険者しかいない。

 かなりの長期間になるので領民などを駆り出すわけにもいかないし、必要な魔法を持っている領民はほとんどいないからだ。

 今では異界人がやってくる状態になると冒険者を待機させて対応している為、劇的に生存率が上昇していた。

 もちろんその費用はトルディス家持ちなので、トルディス家は異人達の恩人なのである。


『メリクリウスでは生命の危機を救われた場合、謝礼を払う事が慣例で決まっています。異界人の場合は国籍不明の遭難者を保護した場合に準拠しています。つまり、生命の値段を救助者に支払うか、10年の奴隷奉公をするか ですね』

 なお、これはこの異世界アランソフのタイタニアの文化圏ではほぼ同じだ。

 特に異界人(莫大な利益の可能性)が時折、現れるようになった時に決まった。争いを避ける為にある程度の協定が必要となった為だ。莫大な利益があれば口を突っ込んでくるのは一人や二人ではない。

 その協定を取り決める際にパワーバランスが入り乱れる中、とある人物の尽力によりこの制度は広がっている。


『10年の奴隷?そんな馬鹿な、、、』

 着の身着のままで異世界に迷い込んだスズシロ少年に財産があるわけがない。彼の所有物はこの異世界アランソフではかなり高価なのですが、異界人の生命の値段は極めて高く設定されている為、到底命の値段には至りません。

 その為、それも救助者が異人を含めて所有する事に決まっています。言うまでもないですが、一応生命の値段から差し引きされます。


 もちろんスズシロ少年には頼れる人もいない。だからお金を肩代わりしてくれる人間など何処にもいない。

 彼の未来は契約を交わした時点で奴隷に確定したのだ。


『まあまあ、そんなに落ち込まないで。80年前と比べたら全然マシですよ。昔は所有するリンゴの木から落ちたリンゴは所有者の物ですから、空から落ちてくる異界人は土地の所有者の所有物とされたんです。つまり、無条件で奴隷です。自由になるには自分を買い取るしか手段が無かったんですよ』

 果実と人間は違うが当時は異界人を弁護する者なんて存在しなかった。そして、土地所有者とは大抵が王族か貴族か寺院だ。

 つまり、有力者に都合の良い制度になっていたのだ。


『命を助けてやった上に、10年の奴隷で許してくださるわけだ?それを感謝しろってか?』


 ほんの数時間前まで日本で自由に生きてきた少年に向かって、そんな事が慰めになるわけがない。頭脳明晰な割にはその辺りが鈍感なオノリウスは少し焦る。

 これほど沈んでしまっては、彼が聞きたい異界の話が聞けなくなってしまうのだ。

『奴隷といっても悪いことばかりでは有りません。ワタルはトルディス家の奉公人の扱いになりますから、トルディス家の家人としての身分を名乗れますよ』

もっとも買い手が付けば、すぐ消える身分だが。


『身分、それなんだ?美味しいのか?』


 スズシロ少年が本気で美味しいのか?と問うていないのは明らかだ。不快感を口に出さずに居られないだけなのだが、オノリウスにはそれは通用しない。


『そうか、身分がわからないんですね?この世界ではワタルは何の身分もない、どこの村にも街にも属していない浮浪者のような存在です。そんな人間は誰も守ってくれませんよ。突然濡れ衣を着せられて私刑にあっても、突然人狩りに遭って鉱山にも送られても、何処からも助けが来ません』


 この世界では人狩りは結構います。そして、異界人は高値が付く為オノリウスの言葉は嘘ではありません。ただ、落ち込んでいる少年にかける言葉としては適当かどうかをオノリウスは考慮していません。


『でも、これからワタルはロディのの保護のおかげで安心して暮らせますよ。言葉や技術を身につける期間と思えば奴隷生活の10年なんてあっという間ですよ』


『うっせいな!奴隷だとふざけやがって!俺の人権はどうなるんだよ!』


「今、ジンケンって言ったよね?」

 とミーナがオノリウスに聞くと同時に傍で飲んでいた冒険者達も声を出す。

「ジンケンって吠えたぞ、やっぱり異界人だな」

「異界人がジンケンて鳴くのって本当なんだ。俺初めて聞いたよ」

「こんな子供でもジンケンて言うんだねー」


『あ?なんでこいつら人権に反応するんだ?』

 意味がわからないスズシロ少年である。


 それにはオノリウスが彼に解説した。

 魔法のスクロールの開発・販売で知られる田中魔法商会のオーナーの田中氏は、異界から来た富豪としてこの世界で知られていた。そして、もう一つ同郷人を援助し続けた活動家の顔も持っていたのだ。


 田中氏は豊富な資金を武器に奴隷身分として苦境にあえぐ同胞を生涯支援していた。そして、この世界の有力者を味方につけるために、積極的に各地を回って活動していたのだ。


 その時に必ず力説していたのが 人権 というこの世界で聞きなれない言葉だった。

 かって田中氏はアランソフのタイタニア文化圏においてもっとも権威があるタイタニアの賢人会議で異界人について意見を述べる機会を得た。

 その場において、厳粛で知られる賢人達に人権を声高に説き、大爆笑を取るという破天荒な結果を出したことがある。

 そのため、田中氏の名前と異界人は 人権と吠える、人権と鳴く という説が飛び交うようになったのだという。


 そして、それまでは物扱いされ無期限に奴隷身分だった異界人の境遇を最長で10年、所有者に多大な貢献をすれば3年にまで年季を短縮させる措置を各地で認めさせたのも田中氏である。


 もちろん、上記したように。3年に短縮の部分はオノリウスはスズシロ少年には伝えていない。依頼主の不利はあえて触れていない。オノリウスの雇い主はトルディス家だ、当たり前の話である。

 だが、それでも奴隷の生活が最長10年であることはスズシロ少年に告げている。

 田中氏の尽力が全て報われたわけではないが、この世界に大きな影響を与えたの事実だ。


『というわけです。奴隷身分に納得しましたか?』

 もう異界の話の聞きたくて仕方ないオノリウスは、スズシロ少年の気持ちなんて全く考えずにグイグイくる。


 異世界に突然放り込まれたスズシロ少年に納得なんてできるわけがない。

 だが、彼既に悟っていた。ここ逃げ出したとしてもスズシロ少年には何処にも行く所が無いという事を。

 目の前の無神経な通訳以外会話する事も出来ない事を。

 何よりも彼、スズシロ少年を知る者は誰もいない世界なのだという事を。


 異世界に転移した時点で、天涯孤独な身になる転移者達。


 10年の奴隷制度は彼らがこの世界に搾取される時間だ。だが、転移した世界に馴染む為の訓練期間でもあるのだ。



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