第2話 .異界人の処遇
屋敷の大広間兼食堂で垢じみた一団がくつろいでいる。
「若様おかえりなさい」
髭面の壮年の男が立ってロディを出迎える。
「皆さんお疲れ様でした。どうぞゆっくりなさってください」
ロディが気遣っても髭面以外の一団は特に反応しない、むしろ数人はミーナの方を見ているくらいだ。
時と場所によっては大問題なのだが、特にロディは気にしない。
何故なら冒険者とはこんなものだからだ。
そして、彼らの協力が無いと今回のお宝は無傷では手に入らない。
大貴族の子息といってもロディが生まれた時にはメリクリウスの国自体が衰退していたので彼にはあまり選民意識は無い。
彼は柔軟に冒険者と付き合っていた。
無礼をいちいち咎めるなんて馬鹿の仕業としか思えない。ロディから見れば彼らを扱うコツは彼らの面子を立てるやるのが大事なのだ。
「ロディ、アレがそうですよね?話してよいですか?」
やはり空気を読まないオノリウスがロディに許可を求める。
彼は異世界研究が専攻の学者だ。そして、この地で先生と呼ばれているのは異世界の言語を習得しているからだ。
つまり、オノリウスは希少な通訳としてこの場いるのだ。
「ああ、交渉を開始しよう。父には連絡した。すぐに契約を交わしてしまおう」
この時期、トルディス家の面々は広い領土に散っている。素早く契約を済ますためだ。このゴブリンヒル近辺はロディが契約の主体を任されているので何の問題も無い。
その交渉相手は冒険者達の間に座らされていた。猛者の中にあって子羊のようにオドオドとした少年。
魔王禍の中で生まれたトルディス家の新しい特産物。異界人である。
異世界から高度な知識やアイテムを持ち込んだり、また高い確率で強大な魔力を持つ事が多いかれら異界人は極めて高い市場価値があった。
80年前の魔王事変の時にはトルディス家の領土だけで100名以上の異界人が発見・捕獲されている。もっとも当時は人が居ない山中での事だったので、その大半が死体で発見された。それでも、残された遺物と生き残った数十名だけでも莫大な利益をこの世界にもたらしたのである。
オノリウスが異界人の正面に向かうと髭面の指示で冒険者達が一斉に席を立った。
通訳と契約の邪魔をしない位置に無言で移動する。
「若様、この異人の持ち物は衣服の他はこのカバンにまとめてあります。例の物をやはり持っていたので中に入れておきました。あと変わったアイテムもありました」
そう言って髭面がロディにカバンを渡す。
例の物とは携帯電話の事だ。その部品を魔道具の部品に転用する技術が確立している為に高値が付く。その技術の基礎を確立したのも異界人で、その技術はこの世界の技術者もキャッチアップしており、ある程度高度な魔法技術者なら誰もが応用できる物になってる。
「ありがとうギース。きっちり鑑定して報酬に上乗せするから期待しててくれ」
ロディの言葉に冒険者達が歓声を上げた。
トルディス家はかなりの大口契約な為、冒険者ギルドと直接契約していた。
その為個々の冒険者とは報酬の話はしないが、活躍した冒険者にはボーナスを奮発していた。
冒険者側にとっても危険が少なく利益が多い今回の仕事は大人気なのだ。
結果、トルディス家は優秀な冒険者達を確保してきた。
オノリウスは冒険者達の歓声など物ともせずに異界人に話しかけていた。
長年異世界の研究をしてきた彼は、異界人に聞きたい事は山ほどあるのだ。だが、それが許されるのは異界人とロディの間の契約が成立した後だ。
手早く契約を取り付けてロディの信頼を応えた後は、自身の探究心を満たしたいオノリウスだった。
☆
これからこの章で下記の『』内の文章は日本語での会話です。
☆
『こんにちは、あなたの名前はなんですか?』
『え?言葉がわかる。日本語ですよね?ここは何処ですか?』
突然転移してきた異世界。全く理解できない言葉が飛び交う人々。まだ少年に見える異界人は不安の極みの中にいたのだ。
その為オノリウスが話す日本語に飛びつくことになる。
『ここはメリクリウスという国のゴブリンヒルズという場所です。あなたの世界から言うと此処は異世界ですね』
『異世界?やっぱりそうだったのか。なんでだよ。なんで俺なんだよ。やっとスタメンになれたのによ』
異人はかなり動揺を見せていた。
まだ少年らしいので、精神的な混乱は妥当だろう。
それよりもオノリウスにはスタメンなる言葉の意味を知りたくて仕方なかった。彼が初めて聞く異界語だったのだ。彼の探究心が疼いている。
普通の通訳ならば突然異界からやってきた少年の心を慮ってくれる所であるが、優秀を自負するオノリウスはそんな些事は気にしない。
今はそんな場合ではない。
彼の通訳として実力を発揮しなくてならない時だ。
『あなたの名前を教えてもらえますか?私たちはあなたの助けになりますよ』
『あんたらが俺をここに呼んだのか?だったら日本に返してくれ!なんで俺がこんな目に合うんだよ!』
転移者が興奮してきた。彼らが現実を直視できないのはよくあることだ。
むしろオノリウスのような人間にとっては狙い時である。
『落ち着いてください。まず私たちにそんな力は有りません。それに名前を教えてくれますか?私の名前はオノリウスです』
そう落ち着かせなければならない。あくまで最初は優しく接するのだ。
逃がすわけにはいかない。子羊を囲い込むのだ。
『あんたらじゃない?じゃなんで俺は、なんで俺はここに居るんだよ、、、』
『それは私たちにも分かりません。でも、今月だけで3名もこの世界にいらっしゃっているのです。私たちはその人たちをお助けしているのです。えっと、お名前はなんでしたっけ?』
『俺だけじゃないんだ、、、他の人たちは何処に居るんですか?」
『町の方で暮らしていますよ。こちらの方がこの世界に迷い込んだ人たちの手助けをして保護してくれている方ですよ』
そう言って、オノリウスは傍らに立つロディを示した。
まだ若いロディだが屈強な体躯に生まれ持った品格を備えている。その上、周りの人間達の態度から彼の格の高さは初対面の人間でも分かる。
『そうなんですか、ありがとうございます』
『私に礼を言われても困るよ。私は通訳なんだ。先ほどから君に名前を聞いているのは彼に紹介したいからなんだよ。善意で人助けをしている偉い人だからね』
『あ、はい。名前はスズシロです』
そう言って少年は頭を下げる。
『えっと、それは苗字かな?下の名前?』
『上の名前です。ワタルが下の名です。スズシロ ワタル が僕の名前です』
この瞬間、スズシロ少年の命運は大きく変わっている。
真名を持たない日本人の場合、下の名前が真名に擬制されている。
つまり、ワタルというのが真名扱いになる。
『スズシロ ワタル君だね?これから、こちらのロディさんに君の事を伝えるから挨拶だけしてください。名前を呼ばれたら返事をするだけでいいからね。ロディさんは大貴族のご子息だから失礼の無いようにしてくださいね』
ロディの身分が高い事をしっかり伝える。日本人が権威に弱いのをオノリウスは学習済みだからだ。
そして、ロディに耳打ちするような小声で伝えた。
「この異界人の名前はスズシロ ワタルです。真名はワタル。返事をするように言い含めてあります」
「ありがとうオノリウス。では、早速契約に移ろう」
異人との契約は早ければ早い方がいい。それがトルディス家が得た経験則だ。
彼らが不安でいるうちに、突然の異世界に混乱しているうちに契約を済ますのが最良なのだ。
「我、ローディウス・トルディスは汝の生命を救った代償に絶対の忠誠を求める。異存なくば返答をもって諒とせよ。スズシロ・ワタル!」
ロディは契約の最後にハッキリとスズシロ少年の名を告げた。
『はい』
疑うこともせず、スズシロ少年は答えてしまった。もし、時間があれば彼も考える事ができただろう。少なくともオノリウスに何と言ってるのか尋ねる余裕はあっただろうが。
そして、スズシロ少年の返答を聞いて冒険者達が歓声を上げる。
「いえーい。今夜は飲もうぜ!」
「これでボーナス確定だな」
冒険者達が口々に喜び笑いあう。目の前で異界人の奴隷契約が成功したからだ。
これで彼らには少なからぬ金額が転がり込むのだ。
「いやいや、まだだよ。まずは契約の確認だ」
異界人を多数扱った経験からトルディス家は知っている。魔法契約を受け付けない異界人はかなりの数が存在するのだ。
この異界人に魔法契約がかかりにくい理由は2つ考えられている。
まず第一は本人の意思を無視した契約である点である。契約文が口頭なのは問題ないが、理解不能な言語であればそれは意味を成さない。詐欺同然なのは、誰もが承知した上での契約である。
本来魔法契約は双方の合意があって結ぶものなので、片方の意思が無いと魔法契約はその最大の効果を発揮しない。ただ、詐術的な契約というのは日本でも異世界でもある。魔法契約の場合形式が整っていればある程度の効果を発揮する。そして、そのキーが真名である。
第2の理由は現代日本人が真名という概念を持っていないからだ。あくまで本人を特定する名称として下の名を擬制しているに過ぎない。その為、この異世界に住む人間達のように強い効果を発揮しない場合があるのだ。
「先生通訳をお願いします。ワタル、私に跪け!」
『ワタル、ロディに跪きなさい。』
オノリウスの言葉にスズシロ少年は躊躇いもせずロディに土下座した。
これは一人の異界人が魔法契約を受け入れた証拠だ。
おかげで手間をかけて精神操作の魔法、つまり洗脳をしなくて済む。
彼はもうロディに反抗することは出来ない。
反抗しようとする心が起きない。逃亡しようとする気持ちが生まれない。
彼の精神にしっかりの魔法の効果が染み付いてるのだ。
つまり、スズシロ少年の奴隷生活が確定したことを意味してた。
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