第2章 異世界アランソフ
第1話 異世界転移者を受ける世界の都合 1
ナガマサが異世界に招来された同時期。
魔境の脅威は確かに深刻で確実に世界を蝕んでいましたが、異世界アランソフに住む人々はそんな脅威などに屈せず逞しく生きていました。
脅威を受けている当事者は悲惨そのものですが、その被害を受けていない者にとっては所詮他人事です。
その辺りはこの世界だろうが異世界だろうが、あまり変わりません。
3話ほどナガマサ君は出ません。しばらく、この世界の人たちのお話なります。
少し暗い話になりますので、気に入らない方は飛ばしてください。
4話目から、ゴブリンの街で生活するナガマサ君のお話に戻りますので、しばらくお付き合いください。
☆
メリクリウスの北部、オルティウス山地の東端のゴブリンヒルズにて一組の男女が丘の上の遺跡に立っていた。
背の高い男性が残された石像を見て興奮している。
「凄い、見て下さいよ。あの石像を造形を」
短く刈り込んだ髪にタイタニア風のマントを羽織っている。長い耳と長い鼻が特徴的だが、端整といってよい顔を女性に向けている。
「はぁ・・・」
長い髪を後ろで纏めている女性が気のない返事を返す。
この辺りではゴロゴロ転がっている石像だからだ。
「明らかにガレン湖やツゥールン郊外で発見された石像と同一性があります」
そう言って好奇心に溢れた言葉を女性に向ける。
その声は彼の若さと興奮を伝えてくる。
「えっと、どういう意味ですか?」
空気を読んだ女性が質問を返す。もし男性が空気を読めれば彼女が一ミリも石像やら造形やらに興味がないのは分かったはずだが、、、
「このゴブリンヒルズに居たのは、いわゆる森ゴブリンと言われる種類なんだよ。だけどガレン湖もツゥールンも住んでいたのは明らかに土ゴブリンなんだ。彼らの文化は全く分かってないんだけどね。もしかすると別の種族と言われている二つの種族は共通の祖先や神話なんかを持っているのかもしれないね」
「ゴブリンの文化ですか?」
女性は男性の話が頭に入ってこない。というかまともに聞いていない。彼女はゴブリンの生態に全く興味が無いからだ。
それよりも、髪を綺麗にまとめてフェミニンなケープを着ている女の子が目の前に居るのだ。
若い男女が二人っきりなのに、何故ゴブリン?
二人きりでのお出かけをお願いされて、ガチの学術調査だと思う女子がどこの世界にいるだろうか?
彼女の頭には当然の疑問が浮かんでいた。
「私たち人間はゴブリンを魔物だとみなして、駆除してきたからね。でも実はね、彼らにも言語も文化があることは昔から知られていたんだよ。ただ詳しい事実は何も分かってないんだ。つまり、魅力的な研究テーマなんだよ」
長身の男性は女性に全てのファクトは伝えていない。今、何故ゴブリン学が注目を浴びる魅力的なテーマになったかという点だ。
もっとも彼の話の内容は誰も聞いていないので問題ない。
その空しい講義は唐突に終わった。
「そりゃ悪かったな先生。俺のひい爺ちゃんが此処のゴブリンを皆殺しにしちゃったからな」
いつの間にかロングボウを携えた屈強な男が間近に立っている。
「お兄様!何時からいたのよ!!」
「かなり前からだ。ずっと見てたんだぞミーナ。俺の義弟がタイタニア人の学者さんになるかもしれないって期待してな」
森の中に幾多の石像と建造物の跡が散在している遺跡なのだ、いくらでも隠れる場所はある。
「馬鹿じゃないの!オノリウス先生が遺跡を見たいって言うから案内しただけだよ!」
「供もつけずにな」
身分のある未婚の若い女性には有りえない話だ。
妹の気持ちを知っている兄としては、本当は妹のサポートしてやりたい思っているから、しばらく潜んでいたのだ。
「いつまで経ってもゴブリン話じゃ潜んでる身は辛いぞ」
熟練した狩人は気配を消すのに長けている。優秀な戦士はスニークスキルにも長けているものだ。素人の学者たちの目を逃れるなど。この地元の若者には容易い事なのだ。
ただ、彼には急ぎの用件もある。何時までも待てない。
「私を呼びに来たのですか、ロディ?」
空気を読まない長身の男だが、それが助けになることもある。
顔が真っ赤な女性とかには。
「そうですよ先生。アレが出ました。占い師の予測と少しずれてますけど、なんとか捕まえて屋敷に確保しました。それで、やっぱり言葉はさっぱり通じません」
「直ぐに参ります。ゴブリンの遺跡で遊んでいて申し訳ありません」
つまり背の高い男性オノリウスはロディと呼ばれた男性の父親に雇われた学者・技術者であり、ロディとミーナは地元の豪族の一族だ。
彼らは共に帰路につく。
「ああ、構わないですよ。アレが出る予定じゃなかったですしね。それにしても先生がゴブリンに興味があるとは知らなかったですよ」
地方の支配者である領主の息子がまだ若いオノリウスには気を遣っている。
このタイタニア人の身分によるのか学者として地位かは不明だがなんらかの権威があることを示している。
「私個人かと言うわけではありません。かなり前から学会ではゴブリンが注目されているんですよ。彼らはかなり高い社会性や学習能力を持っている事がわかってきたんですよ」
「社会性?あいつら喋れるんですか?ギャアギャアうるさいって聞いてたけど」
ロディが聞いたのは彼の祖父や父からの伝聞だ。つまり、人間がゴブリンを駆除した時の話なのだ。お互いに会話など出来る状況ではなかっただろう。
「ええ、実際にタイタニア語を話すゴブリンも居るそうですよ」
ちなみに人間との交渉役も兼ねる薬師頭のイタドリはゴブリン語の他にタイタニア語、ツェルブルクを含むエルスタル地方の現地語を含めたトライリンガルです。
「本当ですか?ゴブリンってそんなに賢いんですか?」
ロディは武芸は得意だが学問、特に語学は苦手なのだ。タイタニア語はかなり怪しいところがある。
「そうだ、それならゴブリン共の頭蓋骨とか持って帰りますか?昔にメスや子を含めて山盛り駆除したから、いくらでもありますよ」
「いえ、折角ですが、、、」
「何でです?学者さんて、動物の骨とか調べるんでしょ?」
確かにそういう学問はあるがオノリウスの専門は異文化研究である。完全に畑違いなのだ。が、ロディにとって学者とは全て変人なので、その区別はつかない。
「ええ、ですがゴブリンの骨は既に調べつくされているんです」
オノリウスは事実を伝える事でロディの顔を潰さずに断ることができた。
ゴブリンの文化には興味があるが、骨には興味がない。
「へ~、それで何か面白い事は分かったんですか?」
つまり、ゴブリンの頭蓋骨の調査は終わってるからとオノリウスは言った。
それならロディの疑問は当然おきる。
ゴブリンの頭蓋骨の調査結果は?と。
「・・・・・・」
だが、オノリウスからの返事はなかった。ただ、なんとも言えない顔をしている。
ゴブリンの頭蓋骨を詳しく調べた結果、軽々しく口に出来ない事実が発見されていたのだ。
若い学者先生と違って空気が読めるロディがその話題を追求する事はなかった。彼らは無言のまま屋敷へと帰還した。
タイタニアの属国メリクリウスは80年前の魔王の進軍により最も深刻な打撃を受けた。
そして、魔王軍の影響は今も続く。沃野で知られたラスナンティア平原は未だに人が住めない魔境へと変化したままだ。領土の大半に大きなダメージが出たために住民の多数が被害を受け故郷を捨てた人も多い。
だが、何事も例外がある。思わぬ利益を得た人々もそれなりに居たのである。
メリクリウスの北東部に大きな領地を持つトルディス家もその一つだ。
トルディス家も多大な被害を受けたのだが、思わぬ利益も生み出されていたのだ。
ロディ達が屋敷に帰りつくと、屋敷を中心とした集落トレゾールは人々が群がって喜んでいた。
元々、トルディス家が屋敷と呼んでいる探索拠点に目ざとい商人達が集まって出来た小さい集落なので大発見があると人々が沸き立つ。
帰還したロディ達を人々が先を争って祝福する。
「若様おめでとうございます!」
「今月に入って既に3人目、誠に祝着至極です」
「今度の異人は若くてよろしゅうございます」(高値確定おめでとうございますの意。)
「異界のアイテムの鑑定は是非わが商会に、もちろん無料で鑑定いたします!」
「いえいえ!是非とも我が商会に!」
祝福の言葉がいつの間にか売り込みに変わった所でロディは彼らに笑顔で答えた。
「ありがとうございます。皆様のご厚情はきっと父に伝えます」
そしてロディは入り口を塞ぐ格好になっていた人々に道を明けてもらった。
だが、目聡い彼らは見逃さない。
今度はロディの後ろを歩くミーナを誉めそやすのだ。トルディス家に食い込んでいる者、まだ新参の者、それぞれが必死なのだ。
その追従は彼らが屋敷の中に入るまで続いた。
「ないわ~。笑顔がつかれるわ」
ミーナは小声で兄に愚痴ってしまう。
口先のおべっかを楽しめるかは人による。
ミーナは疲労感を覚えるタイプだ。お愛想を無視できるタイプでもない。だからこそ尚更疲れるのだが。
「あの人達のお褒めの言葉って本当に心に響かないわ」
「心の底から利益に忠実なんだよ。」
ロディはそう軽口を叩くが決して彼らを邪険にはしない。
彼らはトルディス家の利益のおこぼれを狙う人々だが、彼らの力も無視できないからだ。メルクリウスの大貴族トルディス家と言っても、肝心のメリクリウスの国土はボロボロだ。王家を含めた貴族達の権威もがた落ちなのだ。
彼ら利益に忠実な商会には各国の後ろ盾が付いている。
トルディス家の領主としての地位を保全してくれるのは、既にメリクリウスの王家ではない。各商会と手を繋いだパワーバランスの上に成り立っていた。
玄関に入ると出迎えてくれた家令がロディに現状を伝えてくれる。
当主である父へ連絡した事と客人たちが食堂に居る事だ。
扉の内側。屋敷の中にも無視できない人々が待っているのだ。
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