第4話 ベルム・ホムにて
ゴブリン達の地下都市ベルム・ホムに到着してから10日ほど経っていた。
ナガマサはゴブリン達との少し変わった儀礼の洗礼を受けながらも宴会を乗り越えてベルム・ホムの客人として認められ、今は色々と彼らの世話になっていた。
ただ、彼はゴブリン達の地下都市であるベルム・ホムの内部には住んでいない。
ベルム・ホムの出て直ぐの場所にある地上で生活していた。外気が吸える絶景ポイントである。
絶景が見えるという点から分かるように、そこは地上数十メートルの断崖の上をゴブリン達が整地をして平地を作っている。そのマキナ山の中腹に作られた大きな宿舎が一つ丸ごとナガマサに宛がわれていた。
その宿舎にはロッククライミングの技術が有っても外への出入りは難しい。
移動には一旦ベルム・ホムの内部に入る必要がある。
宿舎のゲストを保護する為か?監禁する為の造りか? と、ナガマサ考えていたが、彼には判別できなかった。
何故ならベルム・ホムの客人を迎える為の施設は他の場所にも散在している。今はナガマサ以外に獣人の一行が別の場所に宿泊していた。だが、ナガマサが近寄る事は許されてないため、他の施設との比較ができないからだ。
もっとも、それはナガマサの誤解だ。単に人目の付かない宿泊施設を宛がわれたにすぎない。
アレスタットというマキナ山の東方にある国に住んでいる獣人たちだという。アレスタットという国は実質的にツェルブルク王国の傘下にあり、そこに住む獣人達も必然的にその影響下にあるらしい。
そして、そういう亜人達は他にも存在していて、その亜人達に問題・揉め事が起きると彼らはマキナ山のレダを頼ってやってくる。
レダはミフラ神殿の長であると同時に、ツェルブルク王家の後ろ盾を持つ亜人たちの調停者なのだという。
だから、亜人達の窓口はツェルブルク王家ではなくマキナ山のレダの担当になっているらしかった。
つまり、ベルム・ホムは日常的に客人を迎えている上に係争中の人々が同時に宿泊する場合もあるのだ。その為、複数の宿舎をお互いが接触しない位置に設けてあるのだ。
ゴブリン達の地下都市は意外と沢山の人々が往来する活気ある場所だった。
来るのはほぼ亜人ではあるが、たまに人間の往来もあるのでナガマサが人目に付かない宿舎に留められるは仕方ないのだ。
ナガマサの存在を秘匿する事はレダからゴブリン達に厳命されているからだ。
ナガマサは此の地で日々この異世界の事を学びながら様々な準備を行っていた。
レダとの話し合い示唆を受けて、色々学びながらも特に2つの修行をで行っていた。
一つ目は、魔法である。
初日にクリスからファイヤーボールの巻物(スクロール)をもらったナガマサだが、それだけでは魔法は使えなかった。
あの魔法の巻物は凄い発明品なのだが、素人の日本人がいきなり手にしても魔法が使えるものではない。
あの巻物は魔法の術式を一瞬で覚えられる凄いものなのだ。
例えるなら、野球の魔法の巻物があったとしたら、大谷翔平のピッチングフォームとか山田哲人のバッティングフォームを一瞬で覚えられるようなものだ。
それに魔力という自前のボールを持てば、誰でも大谷のフォームで投げることができる。
ある程度ピッチャーとしての力量がある者が巻物を使えば、すぐにある程度の投球ができるようになる。
だが、ど素人が巻物が使えばフォームを真似ただけになる。投球して、ある程度のスピードは出せてもストライクは入らない。野球はスピード比べをする競技じゃないのでそれだけでは何の意味もない。
魔法でも同じことだ。
この世界の人々は魔法への基礎がある。それを知らないナガマサが使える訳はなかったのだ。
というわけで、ナガマサはこつこつと魔法の練習に勤しんでいた。
まずは基礎魔法を学習して魔術の歩き方を学ぶ必要があったからだ。何事も基礎が大事なのは魔法でも例外ではない。
それを身につければ魔法のスクロールで魔法を覚えて、様々な魔法を使えるようになる。型だけだとしてもだ。
だから、魔法の特訓はわかる。
ナガマサだって魔法は使ってみたいし、楽しい。
だが、もう一つの修行には納得できないものがあった。
レダからの強い指示によって開始している、もう一つの修行。
医学の修得。つまり医者としての修行である。
ナガマサは夢での情報を持つレダの意見に逆らえない。というか協力者であるレダの意見は尊重するつもりだ。
だけど、自分の頭脳の出来は長年の学校生活で思い知っている。
馬鹿じゃないけど、特別に優れているわけではない。
一生懸命頑張って、最大の成果が出たとしてもトップクラスは無理だ。
大学だって、頑張っても世間で言う2流大学が限界のナガマサなのだ。
正直、医学の勉強は辛い、辛いのだ。
でも、どんなに辛くても今日も日は昇る。それは日本でも異世界でも変わらない真理である。
「おはようございます!ナガマサ様、朝ですよ!」
「うーい」
目覚めたばかりのナガマサから返答なのか寝ぼけているのか分からない声が漏れた。
ベッドから起き上がった彼の目に窓からルキアノス山脈の雄大な姿が見える。
正面のエポナ山がまだ雪化粧している。まだまだ寒いが今日も快晴だ。
「それにしても、朝から元気だな」
「はい、私達は眠らなくても大丈夫ですから。ナガマサ様の近くに居るだけで、いつでも元気一杯ですよ!」
「そうだったね。クリスもおはよう」
ナガマサは傍に控えるクリスにも声をかける。おそらく一晩中ナガマサの傍で警護していたのだろう。
枕元でスケルトンにずっと立っていられると最初は眠り難かったが、既に馴染んだナガマサだった。
「おはようございます。ナガマサ様」
クリスの返答を受けながら、ナガマサは朝の身支度にかかる。
実は、このクリスの強い主張によりナガマサは様々な実験の重ねていた。
クリスは冒険者や傭兵として様々な場数を踏んだ経験からナガマサに自身の能力を把握する事を求めた。
クリスの弁では、 己の性能を知るのは必須 なのだという。
普段無口なクリスの経験からくる忠告をナガマサは無視できなかった。
そして、分かった事の一つがアンデット達、クリスやイザベラは生前より強くなっているそうだ。これは実戦経験豊富なクリスがナガマサが眠っている間に色々試した結果間違いないらしい。HPとステータスが強化されるらしいって事だ。
初日会った時もそんな事を言っていたクリスだが、個人の感覚だけに留めず、きっちり実験するのが彼らしい。イザベラに関しては生前戦ったことが無い為推定だ。
元々、アンデット達は生者に集るものなのだが、クリスやイザベラがペラペラ普通に喋れるのは指輪の契約とナガマサとの距離の影響らしい。
8時間ほど、クリスやイザベラとの物理的な距離を空けると眼に見えて動きが鈍くなってくるのだそうだ。
そして、24時間ほど経つと理性が無くなって物理的な距離を保てない。遮二無二ナガマサの周囲への移動を開始するようになってしまう。
その為、それ以上の実験は出来なくなっているが、おかげで彼らの限界の一つが解ったわけだ。
確かに自分の性能を知るのは大事だ。だが、クリスやイザベラがナガマサから離れないのは自分が慕われていたわけではなかった。その真実が分かって少し悲しいナガマサだった。
慕われるような事は何一つしてはいなかったが。
「じゃ、行くか」
身支度を終えたナガマサは二人に声をかけてベルム・ホムの内部に向かう。朝食というか食事はゴブリン達と彼らの食堂で取っているのだ。
ナガマサが望めばゴブリンの給仕が食事くらい運んでくれるのだが、広い部屋に一人で食事するのは辛い。
清潔な広い部屋に豪華な調度品の揃っている部屋だが、アンデット達は食事をしない。広くて豪華であればあるだけ、ナガマサの気がめいるのだ。
「ナガマサ様、ほら見て下さい。空を飛ぶのかなり上手くなりましたよ!」
「おお、頑張ったな。風で飛ばされない?」
「私は風船じゃないですよ!強風だと、ちょっと辛いですけど、、、」
「ははは、でも空飛べるなんていいよな」
と、イザベラをフォローするナガマサである。
彼の幽霊のイメージに従って空を飛ぶようにお願いしたのはナガマサだからだ。
イザベラにしてみたら、ナガマサのお願いは命令に等しい。
彼女は怯えながらも努力し、今ではかなり自在に空を飛べる。
ナガマサの眼には、いつもふわふわと浮かんでいるように見えるイザベラだが、彼女の意識では彼女は常に生前通りに歩いているのだそうだ。
だから、空を飛ぶという行為をイザベラはかなり怖がっていた。
だけど、イザベラの努力のにより飛行能力と壁抜け(やはり怖がるので限定的)能力を獲得した結果、彼女の行動範囲は大幅に向上した。
クリス風に言うと、死霊となった 『己の性能を知った』 のである。
「ナガマサ様!こっちです!」
ヤンスがナガマサに手を振る。
ナガマサ達がベルム・ホムの最寄の食堂に着くとイタドリ達が既に席で待っていてくれた。
ナガマサがベルム・ホムに滞在している為、ヤンスはまだイタドリ達薬師部門の一人として活動している。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
ナガマサの挨拶にイタドリの配下のゴブリン達が応えてくれる。
最初はヤンス以外のゴブリンには怯えて避けられていたナガマサだが、ようやく打ち解けた態度に変わってきていた。
「今日は快晴だね。みんなは薬草採取にでも行くの?」
初日の縁もあって、ナガマサの世話はイタドリが仰せつかっていた。
イタドリは人間との交渉役も勤めるが本職は薬師の長だ。朝食を囲むテーブルには初日にあった若手の薬師ゴブリン達も座っている。
「はい、ヤンス以外は。あ、イタドリ様は別ですが」
答えたのカシア、若手達のリーダー格だ。彼ら若い薬師たちは積極的に外に出て薬草の採取を行っている。そろそろ春なので薬草や山菜が生えてくる時期なのだ。
「おいらは今日も死人番っすよ」
ヤンスはナガマサが来た初日に、自分を売り込む為に頑張りすぎてしまった所があったのだ。彼はナガマサ達に気に入られようとナガマサだけでなく、クリスやイザベラとも会話をしてしまった。
つまり、霊との会話が可能なゴブリンであると判明したのだ。
「あ、あ、当たり前。ほ、本当なら罰」
やや大柄なゴブリン、ヴァレンが厳しいことを言う。
「だよなぁ。ヴァレンはずっと死人番の仕事してたもんな」
それに他の若手達も同調する。
「いや~。ごめんっす」
軽く謝るヤンスだが、他のゴブリン達が怒るのも無理は無い。
霊能力があるゴブリンは死人番という、非常に面倒くさい当番制のお仕事があるのだが、能力者の数が少ないので順番が回ってくるのが早いのだ。
それが嫌で、ヤンスは大胆にも自身の能力を隠していた。
それをナガマサが来るまで完璧に隠しおおせていたらしい。ヤンスはただ純粋な夢というか理想を追う、なんてゴブリンではなかった。
かなり、山っ気の多い大胆なゴブリンらしい。
まあ、仲間にするならその方がよい気もするナガマサなのだが。
「いいな、天気もいいしさ。なんなら俺も薬草取りにいきたいな」
「・・・いや、それは」
「ちょっと、アレですよ」
ナガマサの希望に若手ゴブリン達は口ごもる。
たぶん、ナガマサが嫌われているわけではない。
彼らはナガマサのスケジュールが決まっている事を知っているのだ。
「ははは、相変わらず御冗談がお上手ですな。ナガマサ様の御予定は決まっておりますぞ。午前は医学の修行となっております故」
とイタドリが満面の笑みで答える。
「お出かけはご遠慮くだされ」
ベテランの薬師である彼は薬学をナガマサに教えている。
「そうですよ!ナガマサ様私に限界を超えろって命令したじゃないですか。ナガマサ様も頑張らないと、勉強には危険なんてないですよ!」
そして、もう一人というか、医学をナガマサに教える教授イザベラ先生のお言葉である。
医者であった死霊イザベラの存在はレダを喜ばせ、急遽医学の修行が行う事になっていた。レダの情報によるとナガマサの任務に医学の知識と技術は必要になる可能性が高いらしかった。
それは何故か?
理由はレダも知らない。レダだってミフラ神がナガマサに説明するのを寄り代として聞いていただけだからだ。
それに医学の件だけではなく、色々と詳しい話を聞きたくてもレダとは、初日以外ほとんど会っていない。
元々レダの生活はかなり忙しい日々が普通のようだ。
今もアレスタットの獣人たちがレダを頼ってきているように、高い身分と責任のある地位にいる為に、多忙を極めているのだ。
だからナガマサは頭がいたい。
必須かどうかは疑問。必要な理由も分からない。
そして、メッチャ難しい勉強を毎日強いられているのだった。
その勉強が終わるのは、医学を修得する日まで続く。らしい、、、
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