第15話 トレードマークは眼鏡なアイツ
「者共、それではベルム・ホムへ帰還じゃ!」
レダの号令によってナガマサ達、いやマキナ山の御領主様一行はゴブリン達の町への移動を開始した。
行列はバジャを先頭にレダ護衛の兵士達が進み、その後をレダとベッドを担ぐ兵士達、ベッドの脇に執事のユルング、さらにその後ろに護衛の兵士が固めている。
ナガマサは特に指示がなかったので、後衛の兵士の後ろをクリス達と歩いている。
薬師の長イタドリとその部下達が少し離れた最後尾にいた。
レダは再びベッドに上に載っている。それをバジャの手下のゴブリン達が担いで移動しているのだが、ナガマサ以外それに違和感を持つ者はいない。
当然のようにベッドに寝そべって移動するレダ。全く異論を持たない人々。ゴブリン達だけでなくクリスもイザベラも同様だ。
それを見るだけで、この異世界の身分制度の厳格さが知れる。
正直言って、アンデットや下半身蜘蛛の美女よりも違和感と常識の違いを感じるナガマサだった。
ナガマサ達が集会場を出ると既に空が白み始めていた。朝日が昇る頃には門前町ベロウの住民たちが水汲み場に集まる。その為、人間に発見されずに移動するにはかなり際どい時間だが、もしレダ達がナガマサの待ち伏せに間に合わなかったら人気が無い時間帯だったのでナガマサ達は上手く地下から脱出できていたかもしれない。
その集会場を出て公会堂の奥に行くとの大きな扉がある。それを開けると20メートルほどの廊下が現れる。
唯の大きな廊下だけで他の扉は全くない。様々な壁画のある壁が続くだけ。
だけに見えたのだが行き止まりの壁まで進むとそこでレダがベッドから降りる。
レダが行き止まりの壁の前に数秒立つだけで目の前の壁が左右に開いた。
「すごいでしょ?姫様がいないとこの街の仕掛けは全然動かないっすよ」
突然話しかけられたナガマサが声の方を見ると小柄なゴブリンが彼に話しかけてきていた。
イタドリと似たような服を着ているその小柄なゴブリンはいつの間にかナガマサの左側3メートルほどの位置に居た。
ナガマサを挟みクリスの居る反対側である。
「そだな。立つだけで開くのか?」
ナガマサが気楽に言葉を返したのは、そのゴブリンが子供のように思えたからだ。
小さい体に大きな丸い眼を輝かせ大きな口は口角を上げている。よく見ればゴブリンだから怖いのだろうが、なんとなく愛嬌のある顔をしているのだ。
「そっすよ。姫様の威光に反応して作動するって話っすけど、それならベッドから降りなくても開きそうですよね。たぶん何かの魔法の仕掛けっすよ」
そう言って小柄なゴブリンは悪戯っぽく笑った。
ナガマサは気がついていないが、この小柄なゴブリンは親しげに話しかけながらもクリスに攻撃されない位置を確保している。
彼はいつの間にかこの位置まで移動してきていたのだ。
「こりゃ! シケイダ!勝手に列を離れてはいかん!」
杖を持ったゴブリンがナガマサ達に駆け寄ってきて、小柄なゴブリンを叱りつけた。杖を持ち一人だけ帽子を被ったゴブリン。さっきレダから紹介された薬師の長、イタドリだ。
「申し訳ありませんナガマサ様。なにとぞご容赦を。このシケイダはまだ見習いを終えて一年ほどの子供です故」
シケイダと呼ばれた先ほどのゴブリンはさほど悪びれることも無くニコニコとしている。
ナガマサは、再び歩き出しながら答えた。行列が進み始めたのだ。
「いや、楽しかったよ。暇だしな」
ナガマサとしては怒る理由は何も無い。それよりナガマサは子供っぽいゴブリンだと思ったら見習い?そして本当に子供だった事に少し驚いていた。
ゴブリンに子供がいるという事は、母親ゴブリンもいるのだろうか?というか彼らがどんな生活をしているのか?生物だとしたらどんな生態なのか?
ナガマサは何も知らない。彼が知っているのはゲームの雑魚キャラとしてゴブリンだけだからだ。
「ほら、ナガマサ様も居ていいって言ってますよ」
そう言いながらシケイダは捕捉しようとするイタドリの手を巧みにを逃れている。老人っぽいイタドリに比べてシケイダはかなり素早いので捕まりそうもない。
「そんな事はナガマサ様は言うておらんわ!」
確かにナガマサはそんな事は言っていない。だけど、居ていいよ とは思っていた。
「姫様も仰ってましたよ。おいら達はナガマサ様の護衛なんでしょ?だったら近くにいないとダメですよ」
「そんな事レダ様仰ってました?」
ぜいぜいと息を切らせているイタドリに代わってでもないが、イザベラが疑問を述べた。
「言ってましたよ!姫様は特に指示無く『帰還じゃ!』って言ってたでしょ?」
「確かに言ってたな」
その言葉はナガマサも聞いている。
「他の指示が無いなら、いつも通りの指示でしょ。バジャ様と兵士達が姫様の護衛するのは通例なんだから、ナガマサ様はおいらたちがお守りしなくっちゃ!」
そう言ってシケイダは丸い眼を輝かせて笑う。彼はレダの指示を捉えて自分達の役割を拡大解釈している。良し悪しは別にして彼なりに必死の行動だ。
「姫様のお心はその通りかもしれん。だが小童がナガマサ様に話しかけるでない。分をわきまえんか!」
横で話を聞いていたナガマサはイタドリが話を逸らしたのに気がついた。
どうも、シケイダの理屈のにも一理あるらしい。
「イタドリ様、ご心配かけて申し訳ないっす」
そう言って愁傷にペコリと頭を下げるシケイダ。
だが、彼の話の本命はその後だった。
「おいらがナガマサ様に話しかけるのは理由が、遠大な目標があるっす!」
なんだ?
そう思ったのも、いつの間にかシケイダの話に引き込まれたのも、ナガマサ一人ではない。
イタドリもイザベラもイタドリの他の部下たちもいつの間にか、ナガマサのすぐ後ろで話を聞いていた。
「おいらはナガマサ様の友達になりたいっす。そして、いつか一緒に世界を見て周りたいです」
!?
ギャギャ!ウギャギャ!
一瞬の静寂の後で、イタドリ達が喚き出した。と思ったナガマサだったが、どうやら彼らは爆笑してるようだ。
「シケイダ、馬鹿だ!」
「人間の勇者と、、と、友達って、」
「ここを出て、生きていけないって!」
笑っていないのはナガマサとクリスとシケイダだけ。イザベラまで笑っていた。
「わからない。これが『文化が違う』ってやつか?」
ゴブリン達のギャグセンスが分からないナガマサは日本で読んだ漫画の事を思い出していた。
もっともシケイダはニコニコとしている。
「ナガマサ様、爆笑をとっちゃいましたよ」
「もしかしてギャグだったのか?」
だとしたら優秀な芸人である。
「いえいえ、冗談じゃないっす。笑われたのはおいらの生き様ですね」
そう言ってシケイダはさらに笑みを浮かべる。
「ナガマサ様は、笑われる生き方と笑う生き方なら、どっちがいいですか?」
「そんな二択受けた事も考えた事もないよ」
「おいらは絶対笑われる生き方がいいです!」
そういいながら、シケイダは丸い眼を光らせる。
「そうなのか?」
「だって、誰にも出来ない事をやろうとしたら絶対馬鹿だって笑われますよ。おいらは他人事で笑ってるだけの小さな男にはなりたくないっす」
「つまり、馬鹿だって言われるくらいデカイ事をしたいって事か」
「どうっすか、ナガマサ様?おいらを相棒にして世界を周ってみませんか?」
シケイダは丸い眼を輝かせ口角を上げながらナガマサを見上げている。
小柄な体にまん丸な眼、そして相棒キャラか。
「シケイダは、そのうち『やんす』とかいいそうだな。」
ナガマサの脳裏に国民的野球ゲームの眼鏡の相棒キャラが浮かんでいた。
「ヤンス?おいらの事っすか?名前を付けてもらったんっすか?」
そう言って、シケイダは喜んで飛び跳ねる。
「イタドリ様、聞いたでしょ?!おいらナガマサ様から名前もらっちゃいましたよ!おいら今日から『ヤンス』って名乗るっすよ!」
「言ってないだろ!いい加減にしろ!」
シケイダとイタドリに続いてやってきたゴブリンの一人がシケイダを叱りつけた。
「よく見ろ。さっきから姫様がこっちを見てる。後で怒られるぞ!」
そう注意したゴブリンもやはりイタドリの部下らしく彼も同じ服を着ている。
シケイダは笑いながら注意してきたゴブリンに返す。
「カシアさんは堅物っすね」
シケイダはナガマサから名前をもらったと喜んでいたが、勘違いしたのではない。
ナガマサから名前を貰ったと言い張り、それを無理やり既成事実化しようとしているのだ。
「この距離で騒いだら姫様にばれるに決まってるっすよ。おいらは姫様に呼び出された時にナガマサ様のお世話をしたいって言うつもりなんすよ」
「賢いなシケイダ。最初からそのつもりだったのか?」
そのナガマサの問いにシケイダは笑って答える。
「はい、おいらは馬鹿だって言われる側になりたいっすから」
ナガマサは『やんす』は語尾に付けるんだぞ、とは既に言うつもりは無くしていた。このシケイダというゴブリンは人懐こく笑っているがかなり覚悟を持ってナガマサにアピールしている事を理解したのだ。
「わかったよ名前を付けたらいいんだよな?じゃ、シケイダは今日からヤンスな」
「やった!ありがとうっす。おいらナガマサ様のお役に立つっすよ!」
シケイダならぬヤンスはナガマサに頭を下げた。
「よろしいのですか?」
とイタドリが驚いたように話した。
「別に渾名をつけるくらい、かまわないよ」
ナガマサは友達に渾名をつけたくらいに考えていた。
「え~ちがいますよ」
「ナガマサ様、少しよろしいですか?」
「いや、少々問題があります故」
だが、ナガマサの発言と同時にイザベラ、クリス、イタドリが同時に話しかけてきた。
ナガマサの行為はこの世界においては問題があるからだ。
ナガマサは彼らの説明してもらって名前を付けるのは主従関係を結ぶという意味があるという事を知った。
ここのゴブリン達は全てレダの配下であり、ツェルブルク王国の保護を受けている。正確に言えば、このマキナ山に住むゴブリンはツェルブルク王国の所有物だと言う事だ。
つまり、ナガマサは勝手にシケイダに名前を与えることはできない。
そうしたいならレダと交渉してシケイダの所有権の譲り受けなければならない。
今のナガマサとシケイダのやり取りは下手すると所有権の侵害になる。
この世界では非常識な話なので、そんなことをする人間はいないのだ。
「ナガマサ様、大丈夫っすよ!おいらが姫様に話します!」
シケイダは必死だ。
まだ、かろうじて口角が上がっているが余裕は無くなっている。
「もうすぐ船着場っすから、船の上は暇だしそこで姫様から呼び出しがあるっす。あるはずですから、姫様にお願いしてみます」
「わしも口添えしてやる。だが、本当に首を刎ねられるかもしれんぞ?」
イタドリが心配そうにシケイダに話してやる。
いや、イタドリだけではない。
イタドリの部下達も周りで心配そうにしている。
つまり、レダの配下を勝手に抜けゴブリン自身が勝手にナガマサに仕えるというのは有り得ないことです。
ニコニコとナガマサに話しかけていたシケイダ君ですが、彼の行動は自らの生命を賭けてのものだと承知しての行動です。
先ほどシケイダに注意した若いゴブリンのほか3名、イタドリとシケイダを含めると同じ服を着た6名がチームイタドリというか薬師チームだ。
ゴブリン達の心配が伝わってくる。
本来、レダはむやみにゴブリン達の首を刎ねるような暴君ではない。
それは彼らも知っているの。
だが、ツェルブルクにゴブリン保護区のような希少な制度があるのはレダの母親の多大な尽力によるものだ。その恩義を忘れて人間に仕えようとするのはゴブリン達には考えられない事なのだ。
「俺もレダに頼んでみるよ」
ナガマサはこの小柄なゴブリンを少し応援してやりたい気持ちになっていた。
この世界の掟はさっぱりわからない。
この世界のゴブリン達の歴史だって知らない。
中世社会の厳しさが現代日本人に理解できるわけはない。
特に普通の高校生だった彼には。
「でもさ、さすがに死刑はないだろ?」
そのナガマサの発言にゴブリン達の視線が一斉に集まる。
シケイダの試みは彼らにとって禁忌だから当然だ。
「何故ですかな?大恩ある姫様に暇乞いをするのですぞ?」
もちろん、ナガマサにはイタドリの発言の意味が今ひとつ理解できない。
「何故って?シケイダはまだ子供なんだろ?未成年なら罪にならないだろ?」
「ギギィギィィ未成年、未成年!」
「ウキャキャ!」
突然ゴブリン達が騒ぎだした。というか笑ってるらしい。
(何が面白いんだよ!)
なんか馬鹿にされてるようで、心の中で毒づくナガマサだった。
見ると隣のシケイダまで笑っていた。
ナガマサの思いも知らず爆笑している。
「ハハハ!異人どのは面白いですな。子供だと罪にならないなんて冗談はどうやったら思いつくのですかな?」
ようやく笑いを抑えたイタドリが話す。
思わず取り繕って微笑みながらナガマサは思った。
ゴブリンの顔色はよくわからないが、嫌味を言ってるわけでは無いらしい。
というか、そう思いたい。
そう、この世界で少年法とかあるわけないのだ。
意図しない爆笑はなんとも言えない気持ちにさせてくれる。
暗い廊下をゴブリン達と歩きながら、微笑みを絶やさないナガマサ。
異世界に来ても周囲への気配りは抜けない。自分が日本人であると実感してしまうナガマサだった。
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