第16話 ナガマサの使命

ナガマサの微笑みが引きつらないうちに前方で行列が止まった。

 さっきから歩いている長い廊下の途中だ。いつの間にかナガマサ達は行列から遅れていたのだ。一本道の先で先頭集団が待っていた。

 遠目にもレダがベッドに立ち上がってナガマサ達をみているのが分かる。


「話に気を取られて遅れましたな」

 そう言ってイタドリは左手を前に振る所作で一行のスピードアップを促した。

 姫様を待たせるのはかなり怖いらしい。

「皆さんすいません」

 そう言いながらシケイダは駆け出した。

 他のゴブリン達も駆け足になる。日本で集団行動を叩き込まれているナガマサも自然とそれに続いた。


 案に反してレダは怒ってはいなかった。

 ベッドの上からナガマサに声をかける。

「そのラインを越えよ。妾の方に近寄ってまいれ」


 ナガマサは指示されたラインをすぐ理解できた。暗い空間で地面に太い光の線が浮かんでいたからだ。


「姫様お待たせいたしました。皆参上しました」

 息を切らせてイタドリがレダに報告すると、兵士達の壁の向こうからレダがドヤ顔をナガマサに向ける。


「うむ、よく見ておれ!」

 レダが両手を挙げると地面が音も無く浮き上がった。

 光るラインに縁取られた幅15メートル長さ30メートルほどの巨大な長方形の床が上方に移動している。


「ウォルフ式昇降機でしょうか?こんな巨大なものは初めて見ました」

 あっけにとられているナガマサにクリスが解説してくれる。


「昇降機って、これエレベータなのか?」


「はい、エレベーターですよ。でも、こんなのがあるなんて知らなかったです。私この町に住んでたのに」

 とイザベラ。どうやらナガマサだけでなくクリスやイザベラも、驚くような装置のようだ。


「すごいっしょ!此処に入れるのはおいらたちゴブリンだけっすから!人間で見たのはナガマサ様だけかもっすよ!」

 必要以上の大声でナガマサに説明するシケイダ。彼の発言がレダのドヤ顔をさらに大きくしているのはシケイダの狙い通りだろう。


 エレベータは直ぐ上階に着いた。

 そこは、様々な荷物を置いておく空間。つまり倉庫との事だ。

 一行はそこを素通りして緩やかな坂を下り大きな扉の先に進む。

 扉の向こうはナガマサがさっき通った場所だ。クリスと水の上を歩いた地下水道の終点で、クリスの仲間が船着場と推測していた荷揚げ場だ。

 どうやらその推察は当たっていたらしい。さっきナガマサが通った時には何もなかったのだが、今はそのスペースに大きな船が停泊していたのだ。


「さあ、勝負っす!おいらの人生の分岐点っすよ」

 乗船するタラップを進むバジャ達の見ながらシケイダが自らを奮い立たせていた。

 彼の予想では、この船上でレダに暇乞いを願う筈だからだ。

 俺達とイタドリ達は最後に乗り込むのだろうが、それまで5分もかからない。


 シケイダの話だと、この船は反魔法という魔法を動力して水の流れ逆らって進むか、魔法を使わずに水の流れに沿って進むかの単純な構造らしい。

 人工的な地下水道のような水路で使用するのは都合がよいのだという。船に乗って移動している間は船員役のゴブリン以外は誰もする事が無い。

 だから、その間レダは暇になるから、呼び出しが来るはず というのがシケイダの立てた筋書きらしい。


「それでさ、反魔法って何だ?」

 ナガマサは魔法の事を何も知らないので当然の疑問をぶつける。


「知らないっすよ。ユルング様なら知ってるかもです」

 反魔法という名前は知っていても、詳しい事は全く知らないシケイダである。

 魔法だけでなく、技術の大半はそういうものだ。一応知識として知っていたとしても使えるかと言えば、まず無理だ。どんな技術でもまず訓練がいる。


「ナガマサ様、反魔法って言うのは魔法盾なんかによく使われるやつで、」

 とイザベラが説明してくれようとした所でお呼びがかかった。


「皆、ご苦労であった!ベルム・ホムに着くまで各々身を休めよ」

 レダが兵士達を気遣っている時に、執事のユルングがナガマサを呼びにきたのだ。

 兵士達が暫しの休憩を楽しむ中、ナガマサ達とシケイダとイタドリがレダの許に向かう。


「なんじゃ?呼んだのはナガマサだけじゃぞ?イタドリ達も暫く休憩してもよいぞ」


「姫様、実はこの者が申し上げたい事があるそうなのです。お願い致します」

 そう言ってイタドリは深々と頭を下げた。

 周りの空気を見れば少し時間に余裕があるのは丸分かりだ。だから、話くらいは聞いてもらえるというのが、シケイダの予想でイタドリもそれに乗っかった発言だ。


「ふむ、後で聞こう。イタドリ達は下がるのじゃ」


「え?あの、、、」

 シケイダは思惑が外れて笑顔のまま固まってしまった。


「早く下がりや!」

 レダはそうシケイダとイタドリに怒鳴りつけるとナガマサを呼び寄せた。

「さあ、こちらに来るがよい。やっと落ち着いて話せる」


「俺もレダと話したいんだけどさ、少しあの若いゴブリンの話も聞いてやってくれないか?」

 ナガマサは懸命な覚悟を見せるシケイダを少し応援したいと思っている。


「なんじゃ?ナガマサがそう言うなら、後で時間を作ろう。今はナガマサの話をせねばならん」

 レダはベッドにへたり込みながらナガマサに向き合った。まだ、体力が回復していないのだろう。


「俺の話?体調悪いんじゃないのか?」


「確かに身体は優れんが、お主に伝えねばならん話があろう?ミフラ神との会話を全く覚えておらんのじゃろ?」


「確かにな。ほとんど覚えていない。」


「時間が経てばお主自身の記憶は回復するそうじゃ。ただ、時を置いてミフラ神との契約に思い違いでもあっては大変じゃ。それに妾だけが聞いた神託もあるのじゃ」


 レダは不調なコンディションながら、ナガマサが為すべき使命を教えてくれた。それは分かりやすい無茶振り。

 ナガマサ的には思い出さないほうが楽な記憶だった。


「つまり、まとめるとさ、この世界は滅びの危機にあります。その原因は魔王の残した悪影響によるものです。で、この環境改善が俺の仕事だと?」


「うむ」


「ま、それはいいよ。本当はそんな面倒な仕事は嫌だけど、まだそれはいい。だけどさ、その悪影響の原因がわからない。その悪影響の治し方も分からない。ってさ、何だそれ?」


「うむ、ナガマサよくこんな仕事引き受けたのう。いや、妾らこの世界のものは助かるがのう」


「さあ、なんでだろ?俺だったら絶対引き受けないはずなんだけどなぁ?」

 全く記憶無い話である。ナガマサはそんな話を信じられなかった。

 彼はそんなヒーロータイプの人間ではない。


「まあ、とりあえず手がかりはナガモリとやらの手記じゃな。妾も手を尽くしてその記録の在り処を調べよう」


「そだね、助かるよ。何故かやらないといけないって気持だけはあるんだよな」

 モチベーションが高いのは幸いだが、ナガマサに課されたクエストは極めて難易度が高い。まず魔王の悪影響の原因を探し出し、その悪影響を除去する方法を発見しなければならないのだ。


「ナガマサはこの世界の事何も知らんじゃろ?ベルム・ホムにしばらく滞在して色々と学ぶといい。お主はどうやら魔法の才覚には恵まれておるようじゃが、基礎を学ばねば宝の持ち腐れじゃ」


 ナガマサの脳裏に彼が最初に使った魔法ファイヤーボールの不思議な仕上がり具合が蘇った。やはり、基本ができていなかったらしい。


「あとな、妾だけが受けた神託があるんじゃがな。医学も習得せよとの御言葉じゃ。どうしても必要なスキルらしい」

なにやら女王らしく威厳をもって言うレダだが、ナガマサには頭の悪い発言にしか聞こえない。


「ん?今、いがく って言ったか?それって病気とか治す人の事?」

 

「それじゃな。早急に教授できる人を探させよう。少し、時間がかかるかもしれんのう」


 どうやら、レダは冗談を言ってるわけではなさそうだ。

「ちょっと待った!」

 さすがに確認しなければならない。

 ナガマサはちょっと待ってくれているレダに質問をする。

「医学の修得ってかなり厳しいよな。何年もかかるしな。世界の危機が迫ってるんだろ?そんなに時間ないよな?」


「何年も?何をいっとるんだ、ナガマサ。お主はこれから当ての無い旅に出るんじゃろう?それこそ雲を掴むためにな。何年ではなく何十年かかるかわからん。それこそ生涯を賭けても成功するかどうかもわからんじゃろ?」


「いやいや、確かにレダの言う通りだけどさ。世界の危機が迫ってるんだろ?そんなにノンビリやってる時間ないだろ?」

 レダの生涯を賭けて との言葉がナガマサにのしかかる。

 正直無かった事にして日本に帰りたいが、そんな手段はナガマサにはない。


「その事なんじゃがのう。妾も不思議に思っておったんじゃが、それほど差し迫った危機では無いんじゃ」


「は?わざわざ異世界に俺を引っ張って来たのにか?なんとなくのイメージだけど破滅直前の世界って話じゃなかったのか?」


「うむ、、、ナガマサには気の毒じゃが、違うのう。妾は王族の一人として様々な情報が入る立場におる。確かに魔境は広がっておるし、その悪影響は色々な形でわが地にも現われておるがの」

 魔境というのは、魔王の死後広がっている人が住めなくなった地域。少しずつ広がっているのは事実。だが、その拡大速度はゆっくりなので住人の避難は可能。


「各地で難民が出て問題にはなっておる。だが、元々人口が少ない我が国などでは有利な点が多くてのう。それぞの国や地域でかなり温度差があるんじゃ」


 つまり、此処ツェルブルクでは魔境とやらのおかげで国力が増大している。魔境は悪影響だけをこの世界に与えている訳ではないらしい。

「俺は何しにこの世界に来たんだ?」


「うむ、、、いや、気を落すな。実際に生まれ故郷を奪われて辛い思いをしている人々は多いんじゃ。それこそ、メリクリウスなどでは国土の大半が魔境に犯されておってのう。」


 レダの言葉はナガマサの凹んだ気持ちを慰めてくれた。危急の時では無くても自分の活躍を待ってくれている人たちも居るのだ。


「時間が有る事を良い方に考えよ。ベルム・ホムで腰を落ち着けて修行に励むが良い。妾がついておるぞ」



  

 その後、レダはシケイダの願いを快く叶えてやった。

 彼女はこのツェルブルクの王族であり法王的存在でもある。また、ゴブリン達を含める亜人の裁定者でもある。

 そして、マキナ山においては巨大な魔法装置の鍵だ。

 もし彼女がいなくなれば、この地の魔法装置が機能しないように設定されているからだ。彼女が去れば浄化された水が庶民に振舞われる事も無くなり、半日歩いてエルト湖まで水を汲みにいく日々が始まるのだ。

 つまり、彼女は多忙を極める日々を過ごしているので、協力者といってもナガマサにだけかまけている暇は無い。

 それならば、誰かをナガマサにつけてサポートした方がいい。


 シケイダの狙い通り、レダの思惑とシケイダの願いは一致した。

 それに、シケイダの他にナガマサについて外に出たいというゴブリンがいるとも思えなかったからだ。


「ナガマサ様、ありがとうございます。ナガマサ様が頑張ってくれたおかげで、姫様がご機嫌で話を聞いてくれました。これからはナガマサ様にお仕えいたします」

 シケイダがナガマサに報告に来ていた。

 もうすぐ、船はゴブリン達の地下都市ベルム・ホムに到達する。


「そうか、これからよろしくなシケイダ」


「いえ、今日からはおいらの名前はヤンスになったっす」  


 これで、彼の旅の仲間はクリス、イザベラ、ヤンスの3名になった。


「なんかさ、レダって変じゃないか?長く話してみると変な感じするというか」

 ナガマサはヤンスに自身の疑問をぶつけた。

 踏み絵的な意味は特に無い。


「へ、そうっすか?おいらは直接話したのは今日が初めてっすから、わからなかったっすね」


「そっか。あいつ何歳だ?若いんだよな?」

 ナガマサはレダとの会話の内容の衝撃が収まると、彼女の違和感が気になっているのだ。


「えっと、今19歳ですね。あと2ヶ月くらいで20歳になるっすよ」


「19、20なあ。王族だからなのかな?」

 ナガマサは自分の違和感の正体がわからない。さほど明敏な頭脳は持ち合わせていないのだ。


「姫様っすか?確か、子供の頃からあんなだったらしいっすよ。神童って言われてたそうっすから。それより、もうすぐベルム・ホムに着くっすよ」


 ナガマサ達が乗る船は人工的な地下水道を抜け、巨大な地底湖に到達した。

 その湖岸に船着場が見える。それが船の終着点だろう。



 まだ、ナガマサがこの異世界に来て一日目の出来事である。

 そして、まだ彼の一日は終わっていない。

 これから、ベルム・ホムに着いたら族長を初めゴブリン達の偉いさんを紹介してもらって宴会だそうだ。

 空腹ではあるが、今日はもう早く寝たいナガマサだった。




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