第14話 協力者


「なんじゃ、名前まで覚えておったのかや?アレはお主のアフラ神の名前じゃ。マサイエじゃな。妾は寄り代としてアフラ神の器としてお主に神託を下したのじゃ。」

つまり、ナガマサが夢で会った女の子はレダの姿を借りた他人。

マサイエという人格、いや神格となる。


「神託?そういえば、話していて受ける印象が全然違う。インチキくさい感じがしなくなってる。」

と言いながら、本当に言いたい事は言えないナガマサである。

明らかに太った女の子に「お前太ったよな?」と言うより心理的ハードルは高いからだ。


レダは声に出して笑いながらナガマサに近づく。

「インチキくさいは可哀想じゃな、確かに変な訛りがあったけどのう。」

近くまでくると手にしたガラス瓶をナガマサに手渡した。

「差し入れじゃ、飲まず食わずじゃろう?こちらも急いで移動したから、とりあえず果実水だけ持ってきた。」


「レダさんだっけ?ありがとう。」


「レダでよい。妾はお主の預言者にして協力者じゃぞ。」

そう言ってレダは笑った。


「やっぱり。そんな記憶があったもんな。」

つまり、クリスが協力者というのはナガマサの勘違いだ。

寂しくて死にそうだったので、仕方ない話ではある。


「多少は覚えておったか。外に向かって移動しているというから、記憶を失ったのかとおもったぞ。」

レダが天井の梁の上に潜んでいたのも、それが原因だ。もし記憶が無ければ突然襲われる可能性がある。治安が良い国でもそれが常識の世界だ。


「そうなんだ、記憶が無い、というかほとんど覚えてないんだ。でも、レダの事は覚えていたよ。だから、しばらく動かないでレダを待ってた。」

だが、誰も現れず結果クリスという従者を得る事になった。


「すまんかったのう。ナガマサが招来された地底湖跡は妾が居た場所からかなり離れた場所での、直ぐに移動はできんかったんじゃ。妾も急いだんじゃぞ。」


「うん」

それはナガマサにも分かっている。

化粧気の無い顔にフランネルっぽいシャツだけを身に付けた姿は寝起きですぐ行動をしてくれたからだろう。

下半身は蜘蛛だから衣服は身につけていない。

どうしても、レダの下半身が気になるナガマサだった。

「夢で見た他の事(契約の内容)はあまり覚えてないけど、協力者と会えるのは覚えてたからな。」


「お主はこの世界を救いに来たんじゃぞ。ほかの記憶は無いのに、妾の事だけは覚えておったとか、全く。」

そう言ったレダの顔色の変化に眼鏡無しのナガマサでも気がついた。


「少し褒美をやろう。ちと向こうを向いて果実水でも飲んでおれ。そこの従者2人もじゃぞ。見るなよ。妾も恥ずかしいからの!」


既になんとなくレダを信用してる平和ボケのナガマサは素直に後ろを向くが、クリスは警戒を解いていない。

ナガマサとレダを結ぶ直線状に自身の体を入れる。

レダから悪意を感じない為、一応ナガマサに倣ってレダの指示に従い視線をレダから外す、そうしながらもシールドの魔法を発動準備をしていた。

クリスは両手剣とマジックシールドで戦うタイプの戦士だからだ。


一方、イザベラもある意味戦闘態勢に入っていた。

「ナガマサ様、レダ様ってこのマキナ山の御領主様だと思いますよ。遠くでお見かけしただけですけど、間違いないと思います。御領主様がアルケニーだって噂がずっと有るんですよ!それにナガマサ様は天命を受けてこの世界にやって来たんですか?それって勇者様ですよね。」

青白い光は興奮して上下に飛び跳ねながら矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「・・・・・・」

ナガマサとレダの会話を黙って聞いていたイザベラは疑問と話したい欲求で爆発しているようだった。


「ミフラ神って契約神ですよね!このマキナ山の主神の!どんな御姿をしてるんですか?本当に居たんですね!凄いです。それにレダ様って、さっき私たちの会話に入ってきましたよね?これってレダ様も私とお話できるんじゃないですか?」

会話したい情熱が強すぎて、皮肉にも一人語りになってしまっているイザベラ。

だが、可哀想に思ってもナガマサが返答してやる隙間は無い。


ナガマサが聞き返したい内容も結構あるのだが、イザベラの会話のスピードはそれを許さない。

仕方ないのでナガマサはレダからもらったガラス瓶の蓋をもぎ取って中身を煽る。

中身はなにかの柑橘類に水と砂糖を加えた物、つまり清涼飲料水だ。

異世界で目覚めてから始めた口にした水分はナガマサを落ち着かせた。

これだけ話しまくってるイザベラだが、レダの下半身が蜘蛛だという事には全く触れていない。

つまり、異世界である日本からきたナガマサだけが違和感を感じているのだ。

彼は爽やかな清涼飲料水の味だけでなく、この世界と日本との常識の違いをたっぷりと味わっていた。


「待たせたのう、こちらを向いてもよいぞ。」


レダの声がかかるとナガマサは直ぐに振り返った。

イザベラのおかげで聞きたい話はさらに増えたからだ。

「レダ、少し聞きたいんだけど、って、あれ?」

彼女の姿が変化していた。

下半身が人間になっているのだ。


「この姿が見たかったのじゃろう?」

レダは満面の笑みをナガマサに向ける。ベッドにあったシーツか何かだろうか?巻きスカートのように白い布を下半身に纏っているが美しいラインは見て取れる。

レダは自信満々で脚線美を誇っていた。


「確かに、夢で見た通りの姿になったな。というか変身できるのか?!」

さっきまで異形の下半身が今では完全な美女へと変化していた。

ナガマサの違和感を吹っ飛ばすに十分なインパクトだ。


「変身かや?ふふ。」

レダはナガマサの反応にご機嫌で話す。

「話したい事は山ほどあるんじゃがの、とりあえず此処から移動しよう。この街の住民に見つかるとマズかろう?」


「そうだな、それで何処に行くんだ?」


「うむ、我が配下の地下宮殿ベルム・ホムじゃ。其処なら人間共には見つからぬからの。今連れ来ている者共を紹介しよう。皆!入って参れ!」

レダの声を合図に集会場の階段状になっている最も高い位置にある扉が開きレダの配下と思われる者たちが入ってきた。


「・・・・・・」

ナガマサは言葉も無かった。

確かに極力人に見つからないようにって話だったけどさ。

「レダ、この人達何?ってか人じゃないよな?」

今度ナガマサの前に現れたのは、レダよりはインパクトは低いけど明らかに人間じゃない者たち。

だけど、やっぱりナガマサ以外は誰も驚かない。

クリスもイザベラも特に警戒した感じは無い。


「うむ、ゴブリンじゃな。急な話じゃったので族長とかは来ておらん。ベルム・ホムに着いたら皆に引き合わせよう。」


「急にか。レダも突然だったのか?」

ナガマサは昨日夢を見て目覚めたら異世界だった。

ちなみに最初にナガマサが現れた地底湖跡から此処まで7時間ほどしか時間は経過していません。

わずか数時間前とナガマサを取り囲む状況は急変しています。

目の前に下半身蜘蛛の人間がいてもゴブリンが目の前で控えていても誰も疑問に思わない世界に彼は来ていた。


「そうじゃ、いつも通り寝ておったら突然ミフラ神に依り代されてな。お主とミフラ神が交渉する為の魔力はな、妾のものを使っておったんじゃぞ!妾の魔力をとことん使いきって去りおったわ!」


「あのインチキくさい奴そんな事したのか。」

神とは一方的なものである。

それは日本でもこの世界でも変わらない。


「おかげで目覚めた時は魔力不足で起き上がれなんだ。その為に、そこのベッドごと此処まで運んでもらったんじゃ。お主への迎えが遅れたのもそのせいじゃ。」


ナガマサは魔力不足になると立ち上がれなくなる、という事を知った。

そもそも魔力・魔法の知識はほとんど知らないのだが。


「魔力が底を付くのはのは辛いものぞ。妾は化粧もせずにガウンだけ羽織ってお主を迎えにきたのじゃぞ。」

何故か少し自慢げに話すレダは得意満面だ。


「レダ、さっきからゴブリンの人達ずっと控えてるけど?」

ゴブリン達はさっきレダに呼ばれてずっと整列したままになっていた。

彼らレダのベッドの向こう側、階段状になっている座席の辺りで無言で立っている。

三名が先頭に立ち、その後ろに数十名のゴブリン達が控えていた。


「そうであったの。忘れておったわ。」

あっさりと自分のミスを流したレダは何事も無かったかのように紹介をする。

「右端のゴツイのがバジャ、戦士長じゃ。わしが動けんから兵士達にベッドごと此処まで運んでもらったんじゃ。真ん中の背の高いのがユルング、妾の執事じゃな。色々と任せておる。左の小柄なのがイタドリ、薬師の長で人間との交渉役でもある。たまたま手が空いておっての、お主を発見したのもイタドリたちじゃ。」


ナガマサは紹介された彼らに挨拶を交わしたが、近眼のせいでゴブリン達がよく見えない。だが、明らかに人間と違うが、それぞれかなり個性的な生き物であることを知った。

彼らの個体差はかなり大きいのだ。


上背は無いが屈強な体格を金属製の鎧兜で覆っているバジャ。戦士長らしいが金属製の槌のような武器を持っている。土色の肌に眼、耳、鼻の何れも人間よりかなり大きな異相だ。

170センチ以上はあるだろう長身のユルング。肌はかなり薄い土色だ。眼、耳、鼻も大きいが、普通に人間で居るくらいの顔だ。細身のように見えるが着ている服が上下一続きのゆったりした物なので、案外細マッチョかもしれない。

最後のイタドリは小柄で細い。身長も150cmほどなので俺の中のゴブリン像に一番しっくりくる。目鼻も一番でかくて特徴的だ。服は袖を絞った作務衣の上下みたいな物を着ている。一人だけ帽子を被って杖を持っている。たぶん老人だ。


つまり、彼らはナガマサのイメージとは違った存在なのだ。

3名とも違った服装をしている。これはそれぞれの職業や役割が違うという事だ。つまり、ゴブリン達の社会は職業の分化が進んでいる。

ナガマサはそれ明確に理解できている訳ではない。ただ無意識に感じて驚いていた。


「この世界って、人間とゴブリンが共存してるんだな。」

ナガマサはクリスにそっと話した。

彼の乏しい知識ではゴブリンといえばゲームに出てくる雑魚モンスター。

ほとんど裸で生活して棍棒もって襲ってくるイメージだった。

少なくても人間に従ってずっと控えているような存在ではないはずだった。

余りに自分の居た日本と違った世界に来て、驚いた気持ちを誰かに話さないと心のやり場がなかったのだ。


「いえ、普通は敵対しています。」


「はい?」

ナガマサは目の前の光景とクリスの返答の調整がつかない。


「此処、ツェルブルクはゴブリンの保護国として有名です。ほかの国ではゴブリンは討伐対象です。」


「じゃ、目の前の光景はこの国だけでしか見られない珍しい物なのか?」

ナガマサは正に目の前にゴブリンが居るのに普通に話してしまった。

自分の常識と似通った点を発見して嬉しかったのかもしれない。


「そういう事じゃ。ナガマサはゴブリンを初めてみるのかや?」

不機嫌さを隠さない声でレダが声を出す。


「ごめん。珍しくてビックリしてさ。」

慌ててナガマサは謝った。レダは自分の感情を取り繕わない。

はっきりと「妾が目の前におるのに他の者と話すな!」と不機嫌な感情を訴えてきてたからだ。そして、怒りの原因は他にもあった。


「この国では、長壁王ベルトルドの代からゴブリンを保護しておる。ゴブリン達はツェルブルク王家の保護に対して納税や勤労で奉仕しているおるんじゃ。他の国のように無差別にゴブリンを殺戮する方がどうかしておるわ!」


「なるほど、仲良くできるならその方がいいよな。」

まさか、やってきた異世界がゴブリンを保護してるなんて思うわけない。

まして、ゲームで殺しまくってました なんて言えないナガマサだった。


「そうじゃろ?そう思うじゃろう。ナガマサはゴブリンを他国者のように害そうとは思わんのじゃな?」


「当たり前だよ。むやみに殺生するなんて馬鹿のやることだ。」

ナガマサはゲーム画面の中以外では、ネズミも殺したことが無い。

この当たり前は日本の常識での当たり前なのだ。それをナガマサは意識していない。この世界との常識の違いを実感していながらだ。


「そうかや。それは良いのう。これからしばらくゴブリンの地下都市で暮らしてもらうからのう。ゴブリン共にお主の世話をさせるから仲良くするのじゃぞ。」


「ああ。わかったよ。」

文句の言える立場ではない。

だけど、ナガマサは思わずにはいられない。

昨日までは日本で平凡に暮らしていたのに、今日からはゴブリンの街での生活が待っている。

本当に遠くまで来てしまった。

自分の人生でゴブリンと生活する日が来るなんて思った事はなかった。

例え、異世界に来たとしてもだ。



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