第13話 夢で見た人
俺に従順だったクリスが初めて俺に少し不信感を持っている気がする。
頼んだ訳でも、期待していた訳でもないが彼は俺に絶対服従だったんだけどな。
俺が、イザベラの問題を先送りしたのが少し不満なんだろう。
どうも仲間に対する考え方がかなり違うみたいだ。
俺からみたら、イザベラはたまたま出会った旅の道連れくらい位置づけだ。
ぶっちゃけ性質の悪い幽霊に絡まれたから交渉をしやすくする為の契約。その変化を期待した実験的な意味もあった。
それだけだ。
だがクリスの考えは違うようだ。仲間に一旦迎えた限りは、仲間の痛みは自分の痛み。仲間を殺されたら絶対報復する、みたいな意思を感じる。
やっぱり冒険者だった彼にとって、仲間は生死を共にする仲だからかな?
元々俺は熱血漢タイプじゃない。ヒーローとか勇者向きじゃないんだよな。
仲間の危機を救う って話ならまだ分かる。少し分かる。
でも、既に幽霊になっている仲間の復讐には燃えないな。
まあ、仲間のピンチでも俺は絶対燃えないと思うけど。
いや、放置はしないけどね。
あまり非常識と思われても困る。これから、気をつけよう。
などと考えているうちに、貯水池の奥の階段へ到達していた。
その階段を登りきると、大きな建物の内部にでる。
その建物は公会堂を称し、一階に誰でも無料で使える水汲み場が屋内に設置されているらしい。
水汲み場は多くの人が同時に使えるようになっていている。浄化された水をくみ出せる設備でかなり高価な代物なんだそうだ。だから庶民が無料で使えるのはとても珍しいらしい。余所の国では浄化された水そのものが有料だし、庶民に縁がないのが常識だそうだ。
そして、この階段の扉はその水汲み場と隣り合う公会堂の倉庫に出る。
公会堂というのは、民会というこの街の自治組織の集会場になっていて普段は使用していない為、人気が無いという。
「つまり、この扉の向こうが集会場で、それで普段は人が居ない場所になってるんだな?」
「はい」
「ですね、普段は会合の時しか使ってないですよ。」
おまえら同時に喋るなよ と言おうとして思いとどまった。
これは俺が悪い。
どちらかを見ながら質問するか、名指しで尋ねないと彼らだってどちらに話を振られているのか分からない。
なんせ、スケルトンのクリスと幽霊のイザベラはお互いに意思疎通ができない。
俺が工夫するしかないのだ。
「じゃ、イザベラ壁抜けして向こう側の様子を見てきてくれ。お前なら普通の人から見えないしさ。」
「壁抜けってなんですか?」
「知らないの?あれ?幽霊の基本スキルじゃないのか?」
「はい、わからないです。」
俺は壁抜けをイザベラに説明しながら思っていた。
日本の大家が書いた名作漫画でも、主人公のお化けは普通に使ってたんだけどな。
大食いしか能がない、みたいに言われてたその明るいお化けだって、姿を消すのと壁抜けは普通にこなしていたんだけど。
「ええ~そんな事できるんですか?」
「できるんじゃないかな?とりあえず、やってみようよ。」
「怖いですよう。」
「そうなの?」
なんで幽霊が怖いんだろう?もう、死んでるんだけどな。
「でもさ、折角って言うのも変な話だけど、もう幽霊にクラスチェンジしちゃってるんだからさ。やってみよう!」
「もう!ナガマサ様は無神経です!ナガマサ様は幽霊になった事あるんですか?!」
あるわけないやん。
てか、無神経だったのかな?
繊細な幽霊の心理はわからないな、、、
俺が反省していると、クリスが突然話しかけてきた。
「ナガマサ様、私が確認してきます。」
「いや、クリスはいいよ。」
「お任せ下さい。斥候には多少自信があります。」
「ちょっと待って。」
イザベラが愚図ってそうな様子を見て、名乗り出てくれたんだろうけど、クリスは実体がある。向こうに人がいたら視認される。
そして、それがスケルトンだったら絶対大騒ぎになる。
「俺が行くよ。二人共ここで待っててくれ。」
だが、俺がそういった瞬間イザベラが壁に突っ込んでいった。
止める間も無く彼女は向こう側に消えていく。
そして、すぐに
「ナガマサ様できました!」
「おお、やったな。」
「やった!凄いぞ私!」
イザベラは少し人型を崩しながら、くるくると縦回転している。興奮と歓喜の縦回転らしい。
たぶん、勇気を振り絞って行動してくれたんだろう。
「ほんとに凄いな。助かったよ。」
「助かりましたか?!嬉しいです。役に立てました。」
そういえば、イザベラは地下の貯水池に閉じこもっていたけど、壁抜けが最初からできてたら、あそこには居ないはずだもんな。
「それで、向こう側の様子はどうだった?人いたか?」
「えっと、、、」
一瞬動きを止めたイザベラは直ぐに行動した。
「もう一度見てきますね。」
どうやらイザベラは壁抜けに成功した事に興奮してしまったようだ。その為、何も確認できていなかったらしい。
また、すぐにイザベラが戻ってきた。
「ナガマサ様、見てきました。集会場には誰もいませんでした。」
「そうか、良かった。じゃ、早速外に出よう。」
「ただ、集会場の真ん中に何故かベットが置いていました。それも高そうなやつですよ。」
「は?」
どういう事だ?
「普段は物置代わりになってて、商品とかを置いてたりするのか?」
だが、イザベラもクリスもそんな話は聞いた事が無いらしい。
確かにおかしいが、誰かの都合だろう。人が居ないならベットがあっても無くても関係ない。
俺たちは、ドアを開け集会場へと移動した。
そこは、小さな音楽ホールというか小さな議事堂の本会議場のようだ。俺たちが出てきた扉は中央の演壇の裏手にある。そういえば椅子やら机やら置いてあったところを見ると倉庫というかバックヤード的な空間を兼ねているらしい。
演壇を中心に放射状半円形に座席が並び、それがゆるやかな階段状になっていた。
但し、演壇以外には机は無く、半円形に大雑把な石のベンチがあるだけだ。
そして、演壇の前、半円形の座席との間にドカっとベットが置いてある。
確かに、イザベラの言う通りだ。違和感有りだ。
高価そうな寝台
だが、どうみても商品じゃない。誰かが使ってる形跡があるのだ。
人の使用感というのかな?
俺は思わず周りを見渡した。だが、相変わらず灯りもない屋内は真っ暗で誰もいない。演壇以外には机も無いので人が隠れる場所も無いのだ。
「おかしいよな?さっきまで誰か居たみたいなのに」
ベットからは幽かに残り香さえある。
「それに、この場所も少し変だよな?集会場ってより小さい議会みたいだぞ。」
俺が不安からか言葉にしてしまった問いにクリスもイザベラも答えなかった。
いや、正確には答える間も無く返事が来てしまったからだ。
「それはタイタニアの影響じゃの。この国の手本は常にタイタニアなのでな。」
思わぬ答えは頭上から降ってきた。
そして、声と同時に集会場の天井から強い光が現れた。つまり、照明だ。
「勘違いするでないぞ、妾は敵ではない。」
そういわれても、暗闇に慣れた眼に突然の光。そして、突然現れた第三者。
くそ!目が見えないって。
「ナガマサ様、女が一人天井近くの梁の上に潜んでいたようです。」
ああ!?
俺が混乱してるのに、クリスの冷静さは何だ?
「何か手に持ってますけど、ガラス瓶ですかね。敵意は本当になさそうですよ。」
イザベラはノンビリと解説してくれる。
二人のおかげで少し落ち着いた。
すぐ視力も戻ったしな。
というか、俺以外の二人は特に突然の光に目が眩んだりはしないようだ。
「その通りじゃ、襲う気なら黙って攻撃すれば済む話じゃ。」
だが、照明の上に居る人間の姿はよく見えない。光の影になっているからだが、何かシルエットが変だぞ。
「今、そっちに降りるが乱暴するでないぞ。妾は丸腰じゃ。」
3メートルはある天井から彼女は音も無く目の前に飛び降りてきた。
そして、黒髪をなびかせて印象的な大きな眼で俺を正面から見据える。
ああ!
その顔、そのデカイ眼!
「はっきりと覚えている。おまえ、夢であったな!」
「お主は少し変わったの、アサノナガマサ。子供の顔になったな。」
「俺変わったか?いやいや、変わったのはどう見てもお前だろう?」
彼女の印象的な眼と少しウェーブしているロングの黒髪、そしてスレンダーな体形。どれも夢で見たままだが、一つハッキリ変わってる点がある。
「妾は何も変わっておらぬ。それとお前ではない、妾のことはレダと呼ぶがよい。」
レダ?
あれ、おかしいな。
「名前が変わってないか?」
というか、名前なんてどうでもいいくらい見た目が変わってる!
と叫びそうなのはなんとか堪えた。
いくらなんでも、会ったばかりの女の子にそんな事言えない。
昨日見た夢での彼女はスレンダーな美女だった。
だが、今の彼女は違う。
彼女の下半身が異形の物になっているのだ。
上半身が女性で下半身が虫。
たぶん蜘蛛だ。
アンデットに続き、ファンタジー感が満載だよ。
満載だけど、斜め上すぎるだろう?
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