第12話 日本の伝統スキル

クリスの説というか、提示した事実から考えたらイザベラは殺されたって事になりそうだ。

そして、犯人はアストリア。被害者とは愛人関係になるのかな。

犯人はこの町のトップで王族っぽい。

犯人と目されるのは動機と犯行可能な立場と機会があったというだけだ。

クリスはその事実を俺に話してくれたけど、別に何の証拠もない。


でも、俺は見た。

イザベラ視点の映像を。

あれは、生前にイザベラが最後に見た映像だと思う。


でも、誰かにそれを証明する事はできない。

俺が見たって映像が証拠になるとも思えない。客観的にね。


でも、俺は確信してしまった。

実行犯かどうかわからないが、少なくともアストリア本人が犯行に関わっている。


異世界にやってきた早々、凄いトラブルに巻き込まれちゃったよ。

どうする?どうしたらいい?

と、思ったが俺にはどうする事もできない。

それに、この異世界の法律とかも知らないしな。


「クリス、どうしたら良いと思う?」

ここはクリスに相談しかないな。


「お心のままに。」


うん、そういうんじゃなくてな。

「この国の警察に訴えるとかさ、このマキナ山でトラブルになった場合には、どうするんだ?」


「ケイサツとは、どのようなものですか?」


警察知らんのかい!

今度は俺が驚く番だが、それと同時にイザベラから強い視線を感じる。

「警察ってのは、事件とか事故とか犯罪とか調べて、悪い人を捕まえる組織だよ、善良な市民を守ってくれる人達だ。」


「そういった組織は無いかと思います。この国だけでなく、私が住んでいた国にもありませんでした。」

警察無いのか。

俺が驚き、クリスが俺に話してる間も、イザベラは人型の姿になりながら俺にアピールしてくる。やや伏目勝ちながらしっかり視線を俺に向けている。

「ただ、どの国でも領民を殺せばタダでは済みません。必ず、統治者が裁きを下します。でないと領民の不満が収まりません。」


「ありがとうクリス。イザベラも話聞かせてもらえるかな?」

「はい!」

俺が言い終わると同時に返事を重ねるイザベラ。

「私はこの国から出た事は一度も無い世間知らずです。けど曽祖父の頃からこの国に住んでます。なんでも聞いてください!」


そうか、それでアピールしてたのか。


「えっと、ケイサツでしたっけ?そんな組織は聞いた事も無いですけど、安心してください。ツェルブルクは治安が良い事で有名な国なんです。」


なるほど、お国自慢というか地元自慢をしたい気持ちもあるのかな?


「このマキナ山なんて全然事件なんて無いですから。もしトラブルがあってもベロウの問題だと民会がちゃんと仕切ってますから大丈夫ですよ。」


ベロウってのは此処の門前町だよな。民会ってなんだ?

自治組織みたいなものかな?

「その民会に相談したら、問題を解決してくれるのか?」


「はい、よく揉め事の仲裁なんてしてましたよ。アストリアは親切な人ですから。」


んん?

「その民会を仕切ってるのは誰だ?」

もしかすると?


「もちろん町長さんですよ。今は病気がちなのでアストリアが代理を務めてます。」


アカン、アカンやん。

警察は無い。治安を司る組織はアストリアが握ってる。

打つ手ないだろ。


「あの、アストリアは忙しくてアポイント無しでは会えないんですけど、私が口を利きましょうか?ナガマサ様、何か問題がおありなんですか?」


「そうか、民会のトップとはいえアストリアは婚約者だもんな。」

イザベラの自慢が痛い。

そういえば、こいつ何でアストリアとの未来があるって思っているんだろう?

やはり記憶が無いからか?


「うん、まあ問題って言うかな」

なんて言えばいいんだよ。

てか、あなたは婚約者に殺されました って言えないって。

でも、なんとか自分で気付いてもらわないとな。

「最初にイザベラに会った時さ、ずっとアストリアの事を探してたよな?」


「え、そうでしたか?すみません覚えていません。」


やっぱ、覚えてないのか。

自分が死んでるって分かってるのかな?

分かってないだろうな。


「あれ?そういえば私何で此処に居たの?」


俺が悩んでいるうちにイザベラがブツブツ言い始めた。


「私、何時から此処に居るんだろう?ナガマサ様、私何時から此処にいるんですか?何故、此処にいるんですか?」


今更その質問かよ。

クリスは最初に聞いてきたぞ。

「悪いけど、俺にも分からない。たぶん、記憶が部分的に欠けているからだと思う。俺も、クリスも記憶が一部ないんだよ。」


「そうなんですね。私、今気がつきました。」


自分だけでないと知ってか、イザベラの動揺はすぐに収まった。

イザベラは天然入ってるのかな?

もしかしたら、自分の状態を理解してないのか?


「俺が異世界から来たのは話したよな。俺はその時の契約の内容を覚えてないんだよ。この指輪はその時にもらった契約の指輪らしいんだけどな。」

俺はさりげなく自分の指輪をイザベラに見せた。自分の手の甲をイザベラの方へ向けながらだ。自分の腕や手を意識させるようにだ。


「わぁ、高そうな指輪ですね。」


そうかな?なんか変な指輪だと思うけど。

特に真ん中の石が黒いっておかしいと思うぞ。

「指輪右手にしてるだろ?日本じゃ左手には結婚指輪ってのをするんだよ。左手の薬指に必ずする。それが結婚をしてる証になってる。」


「うわぁ~素敵ですね。そんな風習があるんですか?いいなぁ~」

そう言って、人型になったイザベラは両手を前に伸ばして固まった。

俺は左手だけ伸ばすのかと思ってたけどな。


「あれ?私の手が無い。見えないよ!」


霊の姿は人には見えないのが普通のようだ。

それが自分自身でも、自身がアンデットになってもそれは変わらないらしい。

クリスもイザベラを視認できなかったからな。

イザベラが自分を見えなくても不思議じゃない。


「おかしいよ!足も身体もない!触ることもできないよ。どうして?」


どうして? じゃなくて、最初から自分で気付いて欲しいところだ。

自分が死んだって事実にな。

だが、動揺しまくっているイザベラには自分を客観視できるような余裕はなさそうだ。


「ナガマサ様!ナガマサ様!助けてください。私の姿が見えないんです!」


「落ち着けイザベラ、俺にはお前の姿がみえているよ。」


「わ、わたしは何故見えないんです?私の身体なのに、、、」


「お前だけじゃない、クリスもお前の姿が見えないし声も聞こえない。」

生物探知スキルとかがあれば位置は分かるらしいけどね。

「この地下水道であった人達もお前の存在に気がつかなかっただろ?お前の状態は他人に見えないし聞こえない様になってるんだ。」


「そうだ。私の事誰も見てくれなくなってた。ずっと一人だったのって、、、」

イザベラは人型になって顔を両手で覆っている。青い光の塊のようにも見えるが。


「アストリアをずっと待っていたのに、アストリアが助けに来てくれるって信じていたのに、探しに来てくれなかった、、、」

彼女はずっと、ふわふわ浮かんでいる。それについては特に疑問は感じないのだろうか?

聞いてみたいけど、今はさすがにそんな空気じゃない。


「なぜ?、、、どうして、わたしは、、、」

イザベラはまた青い光の珠になってくるくると回り始めた。

もしかしたら、これって彼女の心理状態を表しているのかな?

俺は、そんな事を考えながらイザベラの落ち着くの待っている。


イザベラはくるくると回り続けていた。彼女の心も動揺しているのかもしれない。

いきなり、自分の辛い現実と向き合ったらキツイだろう。

俺も死んだ事が無いからわからない。でも、自分が死んだと自覚するのは難しそうだ。だって、死んだら自覚もクソもない。

意識があったら、普通は生命があるって事だからな。


それに個人差もありそうだ。

クリスの場合だと死の直前から、絶体絶命のピンチだったわけだし、クリス本人や残されていた彼の仲間の遺体を見るとかなり時間があっただろう。

つまり、自分の死を受け入れる余裕と状況があった。

イザベラの場合は、幸せな未来を信じてる若い女子だった。

人生が終わったのは、突然の出来事だったはずだ。俺が見た映像でも、はっきり死亡したように思えなかったしな。


「ナガマサ様、、、」


「うん?」

気がつけばイザベラは人型に戻り、こちらを見つめていた。


「わたし、死んでいます、死んじゃったってた、、、みたいです。」


「うん、最初に俺たちと会った時からそうだったよ。」


「わ、わたし、何のお役にも立てないかも、、、荷物持ちも、できない、です」


「だから、最初からそうだったんだよ。そして、今は俺たちの仲間だろ?」


「嬉しいです、本当に、よいのですか?」

イザベラは、人型が崩れながらぷるぷると震えだしている。


「俺たちと一緒にくればいいよ。それともアストリアに会いに行きたいって言うなら行ってもいいぞ。」


「アストリアには、もう会えません。姿を見るのが、、、辛いです。」


「そうか、わかった。」

イザベラが何処まで思い出したのは、分からない。

でも、俺が知ってる事実を話す気は無い。

俺は、傍で控えているクリスに話した。

「イザベラはアストリアには、会わなくていいらしい。」


「はい。ナガマサ様のお心のままに。」

そう言って、クリスは剣先を下に向け大剣を俺に示してみせた。

彼の静かだが、固い意思が伝わってくる。


俺にアストリアの処断を決めろって事かな?

俺がご主人様だ ってクリスは言ってるんだろう。決断は俺がするべきだと。


「なんだか、喉が渇いたよ。」

ずっと、飲まず食わずだったしな。何時間くらい動きまわっているんだろうか?


「・・・・・・もう少し歩けば、階段の先は公会堂です。誰でも使用可能な水汲み場があります。」


「人はいないのかな?」


「民会の集会場や賓客を迎える施設を備えていますので、時間帯によっては多数の人々がいるはずです。」


「よし、じゃとりあえずこの地下空間からは出よう。人に会わないように慎重に行動してな。」

俺は、二人の顔をみて言った。


彼らからは何の異論も無く、俺たちは再び歩き出す事になった。


イザベラはアストリアに会いたくないって言ってる。でも、アストリアの疑惑はおそらく知らない。

クリスの考えは仲間が受けた痛みは、自分の痛み。報復を主張したいようだった。

でも、俺にそんな決断はできない。

警察が無く、民会とやらも当てになりそうもない。報復するなら俺たちが直接実行するしかなさそうだしな。

だけど、クリスの主張を否定するわけにもいかない。

元冒険者のクリスには、仲間への冒涜は無視できないみたいだしな。

でも、異世界に来たばかりの俺には、先にやるべき事があるはずだ。

いきなり揉めるのは、とりあえず避けたい。


つまり、問題を先送りしたのだ。

まだ若造の俺にとって自分が責任者になるって初めての経験だ。いつでもその他大勢の立場だったからな。

自分で決断て怖いよな、問題が殺人事件だしな。

もし、日本に帰れたら政治家のオッサンをむやみに批判するのはやめとこう。

責任者って大変だ。



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