第11話 特別な力とその責任


偶然発覚した、俺のスキル。

履歴書には書けないけど、たぶん特殊技能だ。

異世界にも来てみるもんだ。

などと、俺が考えているとイザベラが少し距離を取って話しかけてきた。


「あの、、、」


「なんだ?」


「あの、突然触られると驚きます。」


「ああ、ごめんな。わざとじゃないんだよ。」

そういえば、触ったのに何も言ってなかったな。幽霊になっても女の子なんだな。


「先に言ってください、、、言ってくれないと、心の準備が、、、」


「ちょっと、待った!」

何処の世界に、実体の無い光の塊に欲情するやつがいるんだよ!

日本にも異世界にもいないだろうが!

と、一瞬イラっとしたが、女の子に怒鳴るほどじゃない。

幽霊だけどな。

「さっきのは事故なんだ。わざとじゃないよ。」


「す、すいません。私、勘違いしてしまって、、、」


ん、ちょっと待てよ。

俺のさっきのスキル。偶然見えただけだ。どんな物なのかよく分からない。

どの程度の能力で、どのくらいの事ができるのか?

性能というか、限界みたいなものも分かってない。

それに何度も訓練すればレベルアップも可能かも。

練習台になってもらってもいいかな?

そう思って俺がイザベラを見ると、よほど恥ずかしかったのか丸い光の珠になってぷるぷると震えていた。


やめとくか。イザベラがメチャクチャ気にしてる。

どうせ地味なスキルだしな。

頭の悪い俺には探偵なんて到底無理だしな。


ま、確認だけしとこう。

「イザベラ、綺麗な湖に行ったことあるか?白樺の林があるようなさ。」


「湖ですか?・・・えっと、アストリアとですよね?」


「そうだ。」

あえて口に出さなかったけど、男と行ってた映像だったしな。


「思い出しました!」

そう言って、イザベラは再び人型になる。

「どうして忘れてたんだろう。アストリアがプロポーズしてくれた後、2人で行ったんですよ。あ、アストリアの執事さん達もいましたけど。」


ふむ、妊娠が判明して泣いてすがった後の旅行か。


「たしか二人で行ったのはエルト湖です。アストリアの別荘に行ったんです。半日ほどの距離なんですけど、綺麗な湖で他の人達は誰もいないんですよ。一般人は立ち入り禁止なんです。でも、アストリアは一級市民で地位のある人なんで。」


やっぱり、あの映像はイザベラの過去か。

イザベラ自身が忘れていた記憶が見えたってことなのかな?

「そのエルト湖に行ったのは一回だけなのか?」


「はい、私は立ち入り禁止ですもん。あれは夏至のお祭りの前に連れて行ってくれたんです。」


「夏至の頃か。良い時期だよな。」

なるほど六月くらいか。確かにあの映像は初夏って感じだったな。

そういえば、あの映像の暗転の仕方が変だったよな。

あれはつまり、目の前が真っ暗になった、って事なのかな?

それに、その時の強い衝撃の感覚は何なんだ?

なんか気になるな。嫌な予想が止まらない。

気がつけば、さっきから貯水池の辺で立ち止まったままだ。


「クリス、エルト湖って知ってるか?」

クリスは俺の傍でずっと無言で控えていてくれていた。


「はい、知っています。この地下水道の資料にありました。私たちが想定していた脱出経路の一つです。」


資料?そっか、この地下水道を調べたのはクリスのパーティをバックアップした依頼主なのか。

クリスは続けて情報を話してくれる。


「この地下水道は夏場には枯れる傾向にあります。その為、2つ別の水源を確保しています。その一つがエルト湖です。先ほど渡った水路の先がエルト湖になっています。」


「じゃ、やっぱり此処の街より高所にあるのか?」


「はい、高所にあり、水源を維持するために人の立ち入りを禁じています。そして、水門を設置して水量を管理しています。」


「水門?という事は、」

おっと。要らん事を言いそうになった。クリスの声はイザベラには聞こえないが、俺の声は彼女に聞こえるからな。

もしかしたら、嫌な思いさせるかもだしな。


「はい、水門である程度の異物は通さないようになっています。仮に湖に遺体が浮かんでいたとしても、此処の水路に流れる事はありません。」


そうか、クリスは俺の発言だけで、俺の意図を感じてくれていたのか。

あの映像見た後だと怖い考えが浮かんでたけど、関係なさそうだな。

俺はほっとしたが、クリスは喋り続ける。


「ただ、エルト湖には水門は2つあります。何故ならエルト湖の膨大な水量が流れ込めば、この水道施設が破壊されるからです。その調整の為に貯水槽と水門が二つあります。一つはエルト湖と巨大な貯水槽を繋ぐ物。そして二つ目は貯水槽から地下水道へと繋ぐ水門です。この貯水槽で水量を調整します。」


エルト湖>水門A>巨大貯水槽、ここで水量を管理>水門B>地下水道>町の地下の貯水池 って事だな。

でも、何が言いたいんだ?


「エルト湖の水質はそれなり高いのですが、自然の湖ですので色々汚物などが紛れる可能性があります。また、夏場には水位が減る可能性もあります。その為、夏至の頃に貯水槽に水を蓄えておき、水質を向上させる作業をするそうです。」


夏至の頃?


「水質を浄化させる生物でグロシフォンという小型のスライムがいます。それを大量に貯水槽に投入するそうです。一月も放置しておくと水質が劇的に向上するそうです。」


「生き物の力で水質がよくなるんだ。それは、凄いな。」

日本でも見習いたい話だよな。でも、でもなんでそんな話をする?


「そのスライムはのろまで他の生物の餌にもなりますが、旺盛な食欲を持っており何でも食べるそうです。そして、スライム自身は全く水質を汚さないとか。」


「なんでも食べる?」


「はい、骨も残さないそうです。そして、消化膜で覆われた同属同士の共食いはしません。その為、狭い空間に大量のそのスライムを入れると全てを跡形も無く食いつくします。一月後には全て喰らい尽くした水は浄化されているそうです。」


「そ、そうなんだ。便利だけどちょっと危ないよな。」

事故とか、人が落ちたりしたらな、、、


「はい、その為責任ある人間が管理しています。」


「つまり、一級市民とか?」


「ただの一級市民では無理だと思います。外国人の私にはツェルブルクの制度はよくわからないのですが、先ほどナガマサ様の発言されたような地位の方なら可能だと思います。」


おれがさっき言った?

アストリアのことか、町長とか喋ったかな?

「ここは山の中の小さい町なんだよな?」

そんな場所の町長だから、寂れた町の代表じゃないのか?


「確かに小さい街です。ですが、ここマキナ山はツェルブルク王家の庇護下にあります。そして、此処は宗教都市で重要な祭祀を司っています。その街の町長といえば世俗のトップです。」


「つまり、かなり偉い人なんだな?」

マジか、俺のイメージする町長と違うな。

注)ナガマサ君がイメージしているのは、身近な存在である町内会長です。


「確か、このマキナ山の町長は王の詳細不明の甥。つまり庶子だという噂です。」


「庶子って何だ?詳細不明の甥って?」


うっ、クリスが俺を不思議な物のように見ている。

つまり、この異世界だと常識なんだね。


「・・・庶子とは、妾の子です。本妻以外の女性が産んだ子なのですが、此処ツェルブルク王国は一夫一妻制度です。妾の存在は認められていません。それは王家も例外ではありません。」


「あれ?でも、庶子って、、、」


「はい、他国といいますか、此処以外の国では庶子として認められています。ですが、ツェルブルクでは王家でも有り得ない存在となります。その為、歴代のツェルブルクの王には詳細不明の甥や姪が多数存在する、と言われています。」


そういえば、イザベラもそんな事言ってたか。

甥や姪の話は初耳だけど。


「そして、彼らは王位継承権は無いがそれなりの地位をもらっているようです。王家の管理している宗教都市の責任者などにです。」


じゃ、イザベラが乗った玉の輿って王家だったのか。

「俺が思ってたより、かなりデカイ話だ。これってよくある話なの?」

つまり、王の庶子と建具職人の娘が結婚する可能性だ!

俺はクリスの方を強い念を込めて見た。話してイザベラにも伝わるのは避けたいからだ。


「私が長年住んでいた国では、絶対ありえません。庶子とはいえ一応王族ですから。最大に成功しても庶民の娘では妾が限界でしょう。でも、この国では妾は存在しません。本当に結婚して王家の一員になるか、、、」


なるか、、、?

どうなるんだ。俺はクリスに先を促す。


「・・・存在しなくなるか。だと思います。私は外国人なので詳しくはわかりません。ですが、普通なら妊娠した娘がある程度の見返りをもらって追放かあるいは庶子が王家から追放か、そのあたりが落としどころだと思います。」


普通なら王家から追放の可能性有り、か。

「普通じゃない、それ以外の可能性はあるかな?」


「庶民とはいえ、ある程度の地位にある場合が考えられます。例えば、高級官吏であるとか学閥の支援がある場合でしょう。」


そういえば、イザベラは若くして医師だって自慢してた。

そして、教授の紹介でこの街に就職したとも言っていた。その教授が偉いさんなら教え子を助けてくれるかもしれない。


「それと、ここツェルブルクは一夫一妻制度を堅持する国で性的なモラルには厳しい所があります。なによりも処女崇拝は厳しく、その禁忌を破ったものには制裁が課されるそうです。」


それも、イザベラが言ってたな。

「それも、王家だって例外じゃないんだな?」


「はい。」


イザベラが泣いて取り乱したのは、アストリアにとってはかなりの恐怖だったのかな?彼がイザベラをどう思っていたかは分からないが、イザベラの出方次第では破滅もあったのかな?

「クリスはどう思う?」


「わかりません。」


「クリスの意見が聞きたいんだよ。」


「私に分かるのは、事実だけです。幾つか上げますと、人間の痕跡を完全に消せる装置があったこと。それを管理する人間は町長だけだという点。さらにそれを使える機会は年に一度だけ、夏至の頃です。」


「その手段、それを実行しなかった場合、その人はどうなったかな?」


「その人物の詳しい情報を私は持っていないのでわかりません。また、ツェルブルクの法規には詳しくありません。ただ、社会身分は大ダメージを負ったかと。」


参ったな、なんか俺が大ダメージを受けてるぞ、精神的に。

イザベラと契約した時に、俺は無意識に悲恋物でも想像してたのかな?

幽霊になってしまった可哀想な女の子を恋人に逢わせる事ができたら、感動的な結末が見られるとか思ってたのか?

アホか、俺は。


もし、アストリアが今も生きていたら。

俺はこれから上の街に行く予定だ。もしアストリアと出くわしたら、イザベラはどうなるだろう?

というか、俺はどうしたらいい?



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