第10話 イザベラの事情

「イザベラさん、具合はどうだ?」

正面に浮かぶ幽霊に声をかけた。


「はい、もう平気です。」

元気さのアピールなのか青白い光はくるくると回っている。

契約を終えた彼女は、かなり人型の青白い光の塊へと変化した。


「私の事は呼び捨てにしてください。呼びにくければベラとお呼びください。」

そして、クリスと同じ変化がある。契約を結んだ後は普通に受け答えができるようになり、会話が成立するようになった。


「イザベラで大丈夫だよ。」

ベラだと『痛いムチ』を持ってるあの人を思い出させるしな。


俺は、俺とクリスの事を簡単に話す。

次は彼女の話を聞く番だ。

「歩きながら事情を聞こうか。さっきから言ってたアストリアさんて誰だ?」

俺たちはようやく移動を再開した。

門前町への出口に向かって地下貯水池の辺を歩き出す。

途中に別の水路を一つ越え、反対側の壁際へ向かう。

そこに上へと通じる階段があるからだ。


「アストリアは私の婚約者です。秋には家族や友人を招いて結婚する予定なんですよ。」


イザベラが言う秋は永遠に来ないんだけどな、、、

青白い光の塊で表情なんてないイザベラだが嬉しそうに頬を染めている顔が何故かイメージできる。

幸せの絶頂で死んだのか、そりゃ化けて出たくなるわな。

なんか、イザベラが明るい分こっちにダメージがくるしな。

「そうか、じゃあその人の事は置いといてイザベラは何故ここに居るのかわかるか?」


「わかりません。気が付いたらここに居たんです。たまに誰か来ても私の事無視するんですよ。ひどいですよね。大声で助けを呼んでるのに!」


んん?

イザベラも記憶が無いとうか、欠けてるんだよな。

クリスも色々と生前の情報は豊富に持ってるが、やはり記憶が一部無い。

でも、イザベラとクリスは違ってる点もある。

「イザベラ動はけるんだからさ、動いてアピールしたら気が付いたんじゃないか?俺にやったみたいにさ。」


「あんなに速く動けたのは初めてですよ。私を見て私と話してくれたのもナガマサ様が最初です。」


あれ?そうなのか、なんでだろ。

そういえばクリスも似たような事言ってたな。イザベラが見えないとか声が聞こえないとか。

まあ、それはいいや。死因がわからないなら、そこからヒントも無しだな。

なら、彼氏の行方を探った方がいいか。

彼氏に会えたら成仏するだろう。

「アストリアさんていうのは、どんな人で何処に居るのかな?最後に会った場所とかでもいいから教えてくれ。」


俺たちが歩いて来た水路の他に2つの水路がある。

歩きながら話しているうちに何時の間にかその一つが目の間に迫っていて焦る。だが良く見ると、ちゃんと石造りの橋で通路が作ってある。


「アストリアはマキナ山の町長の息子なんですよ。当然一級市民です。私こう見えても玉の輿にのっちゃったんです。」


ん?一級市民?

「イザベラは何なの?何処でアストリアと知り合ったんだ?」


「私はこう見えても医師なんですよ。まだ22歳ですから医学生みたいなものだって先輩からはよく言われてますけどね。でも、建具職人の娘が医師になるのって大変なんですから。物凄い努力したんですよ。」


こう見えて、って聞いても幽霊としか思ってなかったけどな。

だが、人間像が見えてきて何か複雑な気分だな。

「つまり、イザベラは苦労して医者になった2級市民の子なんだね?」


「秋からは私も一級市民ですよ!それにこれからは幸せになるんです!」


そんな日は永久に来ないけどな。

ああ、もう!人間像聞きたくなかったな。


「それで、医学校を卒業したら教授から良い就職口を斡旋して頂いたんです。それがマキナ山の医療所でした。そこに勤務しているのですが、町長さんがずっとご病気なので私もよくお屋敷に往診にお伺いしてたのですよ。そこで町長代理をしていたアストリアに見初められたんです。」


「ほう、それじゃあアストリアさんは病気のお父さんに代わって町長の仕事とかやってるのか?若いのに大変だね」


婚約者がよい人っぽいのが救いだな。じゃ、そのお屋敷に行けばアストリアさん居るんじゃないか?

問題解決だ。

でも、俺が思考してる間もイザベラは喋り続ける。


「はい、もうほとんどの業務はアストリアが立派にこなしているのですよ。歳は41ですから若くはありませんけどね。」


んん?

41って、イザベラは22歳って言ってたよな。

「そ、そうか、イザベラは後添いなのか?アストリアさんの奥さんが早くに無くなったとかでさ?」


「いえ、、、その、奥様はお元気です。奥様には申し訳ないと思っているのですが、アストリアったら強引なんですもの。」


・・・これ、不倫だよな。

そして、微塵も申し訳なさそうな気持ちは伝わってこない。

アストリアってオッサンもどうなんだよ。下種かよ。


いや、待てよ、俺が考え違いをしてるのか?

俺のは思ってるのは日本の常識だ。

「イザベラとアストリアさんて結婚の約束をしたんだよな?この国って第2婦人とか有りの国なのか?」


「そんなの有りません!ツェルブルクでは王様だってお妾さんが居ないんですよ!」

なにかイザベラの琴線に触れたのか、凄い語気だ。

でも、すぐ冷静に戻って俺に取り繕う。

「ごめんなさい。私はこの国から出たことがないんです。ほかの国だと色々あるみたいですけど。」


やっぱ不倫はダメな国みたいだ。

そう思うとイザベラって、なんか強いというか、、、

なんか、骨折って成仏させるのが嫌になってきたな。

でも、自分が始めたことだしな。


「じゃ、奥さんとは離婚させるんだよな?アストリアご夫妻は名ばかりの夫婦ってやつ?それで、跡継ぎの子供が生まれなかったパターンかな?奥様は可哀想だけど名家とかじゃありそうな話だよな。」


「いえ、私の二つ歳上の息子さんと一つ歳下の娘さんがいらっしゃいます。お二人とも成人されて、それぞれご家庭をお持ちなのでお屋敷に年に2度ほどしか戻られませんけど。」


ってことは、二人の子持ちか。そして金持ちのオッサン。

アストリアのイメージも最初と全然違ってきたぞ。


幸せな若い恋人たち。

結婚を間近に控えて、花嫁に起こった突然の悲劇。


って、勝手に思ってたんだけどな。


イザベラ視点だと、玉の輿に乗ったと浮かれてたみたいだけど、悪いオッサンに騙されたのかも?

アストリアのオッサンから見ると、また話が変わってきそうだ。

若い浮気相手から妊娠を盾に結婚を迫られているとかな。


となると、アストリアに会わせても成仏するか分からない。それどころか、最悪の場合、つまり騙されてた場合はイザベラが激怒しかねない。

そしたら、死体が1つ増える結果になるかも、、、


「ナガマサ様、どうしました?」

クリスが心配そうに俺を見ていた。いつの間にか俺は立ち止まっていたらしい。

「大丈夫だよ。ちょっと考え込んでた。」

俺はクリスに返事をしたが、歩き出そうとはしなかった。

さらにそのまま考え込む。

次に、イザベラになんと言うべきか分からなかったからだ。


彼女の死因についても怖い考えが浮かんでくる。

最初はアストリアの名前を繰り返していたから、事故死か何かで恋人と生き別れたと思っていたけど、ほかの可能性が出てきた。

なんせ、イザベラの存在はアストリアにとって、そして事実を知っていればだが彼の奥さんにとって目障りすぎる。


つまり、他殺の可能性だ。

なんて、証拠も無いのに悪い想像が膨らんでしまう。


成仏させようなんて偉そうに考えてたけど、もうイザベラの過去をほじくらないほうがいいかな?

俺は探偵でも刑事でもないしな。


俺は歩き出せないまま、イザベラに尋ねた。

「イザベラ、今はどうだ?楽しいか?」


「え?」

青白い光はキョトンとした空気を出す。


「いやね。さっきは泣き喚きながら絡んできたからさ。さっきまでより楽しいかなと思ってな。」


「楽しいですよ!だって一人ぼっちじゃないですから!お話できる相手が居るって素敵です。」


「そっか、じゃこれからも3人で仲良くやっていこう。」

俺は、立ち止まったまま、二人の顔を見て喋った。

俺の突然の声明に少し間が空いたが、すぐに返してくれる。


「はい、仰せのままに。」

「お仲間に入れてもらって嬉しいです。クリスさんとも話せないのが残念です。」


「そだね、残念だけど話せないのは仕方ない。俺が二人の通訳するさ。」

もう、イザベラの過去はいいや。連れて行けばいい。

彼女が自殺でも他殺でも事故死でも、ろくな結果になる気がしない。


「嬉しいです。こんなに嬉しいのはアストリアが結婚するって言ってくれた時以来です。」

青白い光がふよふよと漂いながら惚気だした。


「それはよかったね」

いや、もうイザベラの過去はいいんだけどな。

俺はもう一度歩き出そうと思っているのに、足が前に出なかった。


「私、勉強ばっかりしてたから男の子と付き合った事一度もなかったんです。だから妊娠してるのがわかった時、不安で不安で、」


・・・もう、喋らなくていいのに。

だが、イザベラは嬉しそうに喋り続ける。

おそらくは、彼女の体験した最高に楽しい瞬間だったから。


「涙が止まらなかったんです。私、怖くて仕方無かったんです。でも、アストリアがね、」

俺は思わず左手を上げて話を制した。

もう、これ以上聞きたくなかったからだ。


だが、その瞬間、俺の脳裏に見た事がない映像が広がった。

『美しい白樺の木々、広がる澄んだ湖、そして目の前に立つ男。』

思ったより若い顔、とても悪人には見えない。

優しげにも弱そうにも見える人だ。

そして、突然の暗転と衝撃を受ける感覚。


その映像はすぐ消えた。

俺が左手を下げたからだ。

俺が腕を上げた時、左側からふよふよと漂ってくるイザベラに接触してしまったのだ。その時だ。さっきの映像が映ったのは。

それが偶然だとは俺は思わなかった。

何の説明も無かったが、俺は完全に理解していた。

もちろん論拠なんてない。思い込みだけど確信している。


あの男がアストリアだ。

そして、あの映像はイザベラの視点なんだ。

つまり、俺はイザベラの過去を見た。

そして、触っていたのは左手だ。たぶん指輪は関係ない。


死者の過去を見る能力?

意味が分からないけど、たぶんこれは、

いや、たぶんじゃない。間違いなくこれが俺のスキルだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る