第9話 貯水池の幽霊

俺はクリスと会話しながら街の地下貯水池のほとりに立っていた。

会話に集中しすぎて、周りが見えないことはよくある事だ。

そして、そんな時に急に誰かの気配を感じたら驚く。

それが、貯水池から接近してきたら特にだ。


俺がそいつの気配に気が付いたの突然だった。

気が付いたらソイツはすぐ近くに居た。

幽かな声で呟きながら、

「アストリアァ~。アストリア・・・何処?」


水面から浮かぶ青白い光。

かろうじて人型を保っているシルエット。

そして、何故か俺をガン見して話しかけてくる死者。

今度は幽霊タイプかよ。しかも、もう距離が無い。

俺にどんな返しを期待しているのか知らないけど、特にアンデットが好きなわけではない。全く無い。


「何処?何処?どこぉぉ・・・」


くそっ!ガン無視してるのに全く空気読まないなこの霊。

クリスが慌てるくらい早足で移動してるのに執拗に追ってくる。

何でコイツは動けるんだよ!

ヤバイ!追いつかれる!


「うるせー!そんな奴知らん!こっち来るな!!」

俺が怒鳴りつけると幽霊は動きを止めた。

話せば分かるタイプなのかな?と俺が思った瞬間

クリスの大剣が走った。

一閃ではない。

貯水池のギリギリに踏み込み足を濡らしながら幽霊が居る辺りに滅多やたらに剣を振り回していた。


「申し訳ありませんでした。ナガマサ様。私は生物探知スキルを持っていないので死霊の接近に気付きませんでした。」


「いや、クリスのせいじゃないよ。というか生物探知スキルってなんだ?ていうか、幽霊って剣の攻撃が効くのか?」

霊って物理攻撃無効じゃなかったのか?


「私の剣では効きません。ただ、少しの間行動を阻害できます。今のうちにこの場を離れましょう。」


俺はクリスに促されて駆け出した。

だが、背後で幽霊が猛スピードで再構成されている。


「どのくらいで幽霊はまた動きだす?」


「・・・赤髪のシグルトの最初の一節くらいでしょうか?」


いや、それ知らんし!


(注、吟遊詩人がよく酒場で歌う詩、最初の一節は40秒ほど)


だが、俺が突っ込む間も無く幽霊は既に動きだし喚きだした。

「酷いよ、、ひどいよぉおお!!」


「その歌は10秒足らずなのかよ!」

俺は貯水池の辺を全力疾走しながら怒鳴った。


「申し訳ありません。想定よりかなり再生が速いです。」

俺の後ろを守りながらクリスが付いて来る。

霊がまっすぐ俺たちを追ってきていたら、またクリスが寸断してくれたろう。

だが、霊は貯水池の上を剣が届かない位置で浮遊して追ってくる。

その意図は俺たちにもすぐ分かった。

俺たちの前に回り込もうとしていたのだ。


立ち止まった俺を追い越して、クリスが前に出る。

「ナガマサ様、死霊に触れないようご注意ください。触れただけで生命力を吸われます。」


ドレインタッチですか。

でも、さっきみたいに切り裂いたら霊が飛び散って、霊に触らずに前に進むのは不可能になる。


「申し訳ありませんが、霊の位置を教えてもらえませんか?私には大体の位置しかわかりません。急に動かれたら狙いが定まらなくなります。」


「え?クリスは目の前の死霊が見えてないの?」

今、霊は完全に回り込み俺たちの前に立ち塞がって俺をガン見している。


「はい、見えませんし声も聞こえません。」


マジかよ。同じ幽霊のなのにな。

それで、さっきやたらと剣を振り回してたのか。

どうするかな?また、あの高貴薬を使って貯水池の上を移動してもいいか。

だけど、あの再生速度だと切りがない気もするな。

「霊は目の前だけど、クリスはそのまま待機してくれ。少し話してみる。」


「おい!何故俺たちを追う?」


幽霊は先ほどのクリスの攻撃が効いたのか、剣が届きそうな位置には入らない。

ただ、俺をにらみ付けていたが、再び喋りだした。

「・・・あ、、あ、アストリア、、、アストリア、何処?」


「俺はナガマサ、こっちはクリスだ。人違いだ!」


俺の言葉に反応したのか、霊の光がグネグネと蠢く。

「ああ、、、わ、わ、、私は、、イザベラ」


「イザベラさん、俺たちはアストリアって人は知らない。此処にはさっき来たばかりなんだ。」


「わたし、、わ、わたしは、、ここにいた、、いました、、ず、ずっと、ずっと」


なんか会話がずれるな。クリスと最初に会った時もこんなだったかな?

少し、話合わすか。

「そうなんだ。それは寂しかったね。でも、俺た


「そ、そう、、、寂しい、、さみしかった、、ずっと、ずっと、一人だった、の」

俺の話を遮ってイザベラさんは喋った。

「寂しかった、、ずっと、寂しかったよ、、」

イザベラはそう言って泣き出した。ちょっと声をかけられない感じだ。


俺が黙ってしまったのを察してクリスが俺を見る。

声が聞こえないって言ってたもんな。

「ずっと、ここに一人で居たそうだ。寂しかったらしい。」


「そうですか。私と同じですね。」


そうか、確かにクリスと同じか。

でも、同じアンデットでも違いも多いな。なによりイザベラのほうが声が聞き取りやすい。


少し間を置くとイザベラは落ち着いてきた。

「イザベラさん、アストリアさん人が見つからないんだね?」


「い、いない、、ずっと、、いっ、一緒だって言ったのに、、寂しいよ、、」


「だから、アストリアさんが何処にいるか分からないんだろ?俺はどういう人か知らないけど、それで成仏できなんだよな?」


「一人は嫌だ、、さ、さみしいの嫌だ、、」

イザベラは俺が問いかけても、まともに返事はできない。たた、グネグネと青白い光が蠢くだけだ。


「わかった。俺が力を貸してやろう。俺も忙しいから一緒に探すのは無理だ。けど、力を与えてやる。俺に真名を捧げろ。」


クリスが驚いて俺を振り返る。

彼は霊の声は聞こえないが俺の声は聞こえているからだ。

「ナガマサ様、よろしいのですか?死霊など仲間にしても役立つかどうか?」


「ん、いいさ。一人増えてたって、どってことない。それに、クリスも契約したら、急にシャンとしたろ?まともに会話できたら、この霊の力になれるかもしれないだろ。」

問題が解決できてイザベラが成仏したら良し。アストリアって人を探しに何処かに去ってもそれはそれで良し、だ。

イザベラが俺の役に立つかどうかは別にどうでもいい。この霊にずっと付きまとわれるほうが、マイナスがでかい。


俺がイザベラの方を見てみると、青白い光が人間の形を保てないほどグネグネしていた。悩みまくっているらしい。

クリスが話していたように、この世界では真名の重みは相当な物のようだ。

「どうする?嫌なら無理にとは言わない。ただ、そこを退いてくれ。俺たちは先を進むよ。」


「いやだ、いやだ、嫌!!もう、一人は嫌だよ、、、」


なんか、無理やり契約を迫ってるみたいで困るな。

だが、今俺にできるのは、これしかない。

「じゃ、俺に真名を捧げろ。仲間にしてやるよ。」


「ほ、、本当に?仲間にしてくれるの?

・・・一緒に、、居てくれるの?」


俺はクリスに重ならないように一歩外側に広がり右手を前に出した。そして、右手の甲を、右手の指輪をイザベラに向ける。

「ああ、本当だ。嫌なら退いて欲しい。どちらかを選んでくれ。」


「・・・わ、私の名はイザベラです。」

青白い光は人のシルエットにさらに近くなっている。

「ま、ま、、真名はイビサです。」


そして、イザベラが真名を告げた瞬間からアレが始まる。

右手の指輪が幽かな音を出し始めるのだ。

今度は何が起こるのか眼を離さないようにイザベラを見る。


イザベラがスケルトンではなく幽霊である事が観察をしやすくした。

指輪から何かが出て、何かが吸収されていく。

青白いぼんやりした光であるイザベラの体から何かが目の前で指輪に吸収されていき、同時に目の前で指輪から出る何かでイザベルの体が再構成されていく。

その何かは眼には見えないが、何かが出入りする時に指輪が幽かな音を出しているらしい。

音が止まり、イザベラの再構成が終わると一度活動停止になる。

クリスと同じだ。

そして、すぐに活動再開となる。

ぼんやりした光だったのが、人型の輪郭がかなりはっきりしてきてた。うっすらと顔や髪の毛などが分かるようになっている。

クリスもアレの後に青白い光を纏うようになっている。もっとも鎧からはみ出している部分しか見えないが。


イザベラもクリス同様、少しボーっとしてるようだ。

もう少ししたら、詳しい事情も聞けるだろう。

なんとなく、周りの景色も明るくなったような気がする。


2度目の指輪の音は、最初ほどの恐怖を感じなかった。

慣れたのか、自分なりに何が起きたのかを観察できたのがよかったのかもしれない。何故そうなるのか?何が起きたのか?は全く理解できてはいない。

理解できたのは、指輪の機能だ。

やはり真名が条件になっていて、その条件を満たせばアンデットを仲間にできるらしい。


つまり、俺に新しい仲間ができたってことだ。

アンデットの仲間ばかり増えていくのは、どうかな?と思うけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る