第8話 地下水道


俺達は通路の果て、地下の川沿いに立っていた。

周りを見渡して見ると通路から川のほとりに降りる階段があったが途中で水に浸かっている。そこから先には進めない。


「どうするんだ?これ以上進めないぞ?」


「この地下水道を使って移動します。」


これ川じゃないんだ。いや、それはどうでもいい。

「まさか泳ぐのか?」


「この水は水温が低いので泳ぐと死の危険があるのでお勧めできません。」

そう言ってクリスは腰の小袋から小瓶を取り出した。

「この薬を使います。水上歩行が可能になる薬です。高貴薬なのですが今回はかなり予算が潤沢だったので用意させました。」


水の上歩けるんかい!

その発想は無かったな。さすが魔法の世界だ。

俺たちはその薬を使って川ではなく地下水道の上を歩いて街に向かうことになった。

ちなみにこの薬は飲み薬ではなく塗り薬だった。

身体の何処でもいいから塗れば20分ほど効果があるらしい。

ただ、塗り重ねが出来ないし多めに塗っても効果に変化は無い。だから必ず時間内に陸地に上がらないと水没してしまうそうだ。


「なんか変な感じだね、これ。」

水の上を歩けるといっても、少しだけ体が沈み込むので歩きにくい。というか、変な感じとしか言えない感覚だ。


「水の上は波があるので、かなり表面に凹凸があります。ご注意ください。」


確かに、足元がガタガタだな。もし、裸足だったら死ぬほど冷たかったろうな。

「これって、川じゃなくて水道なんだよな?なんの為の物なんだ?」


俺の質問にクリスはかなり不思議そうな顔をした。

表情に変化が出ようも無い髑髏フェイスだが、俺には分かる。

絶対呆れている。

なんか、分かるのってのが確信になってきた。


クリスの説明によると、水道を作る目的はミフラ神殿と門前町ベロウに水を供給する為の物だそうだ。

考えて見たら、それ以外の目的は無いよな、アホやと思われているな。


気を遣ったのかクリスはさらに詳しい説明をしてくれた。

マキナ山のミフラ神殿は山の中腹の比較的平坦な部分に建てられているが、それには高低差がある。

高い位置から神殿の本殿>拝殿>大門から大階段>門前町ベロウとなっている。

その為、水道を設置して地下水脈を神殿に流し、それを本殿から門前町に流しているのだそうな。

そして、各所でため池というか巨大な水槽を設けている。最終的に門前町まで水道が繋がっているので、安全に街に移動できる。


彼が死んでから何年経過したか、それは分からない。

だが、水道のような大掛かりな設備はそうそう大工事はしないらしい。

つまり、クリス達の調査と変化が少ないと考えられる。信頼できるルートなんだそうだ。

これがクリス達が用意していた脱出経路だ。


10分も歩かないうちに行き止まりになった。いつの間にか水音が大きくなっており、周囲は石造りの壁になっている。水は鉄格子の嵌った大きな穴に吸い込まれていくが当然俺たちはそこに入れない。

もちろん、怖いから入りたくはないが。


穴のある壁面に鉄の梯子が設置されていた。

クリスによると水道を保守点検する為の設備なんだそうだ。この巨大な人工施設である地下水道には当然、定期的に人間がメンテナンスしている。

という事は人間が行き来できる通路が当然あるのだという。


「つまり、水の上を歩くのはもう終わりなのか?」


「はい、もうここは本殿の真下です。このまま地下水道沿いに下の町まで移動できる事は調べがついています。」


「でさ、このスペースは何だ?」

俺達が登る梯子のある壁面から見て右手に水面に近い位置に広いスペースが設けられている。そのスペースの奥には大きな両開きの扉がある。この扉は普段から施錠しているそうだ。

「まるで船着場みたいだよな。」


「わかりません。私たちが以前に調べた時からありました。仲間はやはり船着場ではないか?と言っていましたが確証は何もありません。」


「船着場って何の?」


「わかりません。ただの推測で確証の無い話です。」


じゃ、どんな推測なんだよ と聞きたい所だが何となく聞けなかった。

クリス達が失敗した話をほじくりそうだったかもしれない。

俺たちが梯子を上ると目の前に大きな貯水池というか溜池があり中央部に大きな柱が天井まで伸びていた。

俺たちから見て左手の方へ水路が伸びている。

ある程度この溜池に水が溜まったら高低差を利用して門前町の方へ水が流れるようになっている。


「人が全然いないな。水を汲みに来る人は何処からくるんだ?」

一見して溜池の周りには人が出入りできそうな出入り口がないのだ。


「ここには普段人は来ません。溜池の中央部の柱は天井を支えるだけではなく、内部に取水設備があるのです。」


「取水設備って事は井戸になっているのか?」


「いえ、私も見た事がありませんが取水設備だそうです。」


それ、なんやねん。と顔に出ていたのかクリスが自発的に教えてくれた。

どうやら魔法技術を応用したポンプのような設備が設置されているんだそうだ。

かなり高価で珍しいもので、普通はお目にかかれない物(だからクリスも見た事が無い)らしい。

高価といえば、この地下水道施設そのものが莫大なお金がかかっているのだが、このマキナ山は王家の庇護を受けている。

そして、此の地を統治するツェルブルク王家は富強で有名だ。だからこそインフラにもお金を掛ける事ができているそうだ。

この国で働く使用人の人たちは水汲みで辛い思いをしなくてよいらしい。


「凄い良い国だよな。」


「はい、王族や貴族が関わらない設備にまで、ふんだんにマナタイトが使える国は此処くらいです。何故なのか不思議です。」


普通水汲みは王様とかやらないもんな。

「なるほど、そのあたりの秘密が此処にあるのか?」


「わかりません。わかりませんが、そう推測する者は少なからず居るようですね。」


そりゃ居るだろうな。

クリス達に大金払って、此処を探ろうとした誰かとかな。


「ナガマサ様、その水路は門前町に繋がっています。水路の脇に人が通れる通路も整備されています。」

クリスは左手に見える水路について説明してくれた。

やっぱり、その辺りに触れないほうが良さげだ。

「それじゃ、町まで頑張って進もう。」


俺たちは水路に沿って街に降っていった。水路脇の通路は人ひとり十分通れる幅はあるのだが、何故か手すりが無くて安全性に疑問だったが、なんの問題なく門前町の地下に到達した。


門前町の地下貯水池は神殿部分よりかなり大きなもので本当の地底湖のようにも思えるくらいだ。

中央の柱も上のやつよりでっかい。

俺たちが歩いていきた水路だけではなく、他2本の水路が繋がっている。

貯水池の中の柱、取水塔の真上は門前町の泉になっていて、この街の住民は必要な水を無料で得られるという。


「水道代ただかよ。凄いな。」

この国はドバイかよ。


「確かに寛容な国です。領主の井戸を無料で市民に開放するのは珍しいです。普通なら税か使用料を徴収するはずですから。」


「じゃ、俺も使わせてもらおう。空の水筒に水を入れるよ。」

俺がリュックを降ろそうとするとクリスに止められた。

「なんだよ?外国人は有料なのか?」


俺の軽口にクリスは真面目に返答する。

「いえ、誰でも値なしに利用できます。ですが、この地下の水は直接飲料にするのは止めた方が無難です。取水設備で上の泉に給水する過程で不純物は濾過する仕組みになっているそうですが、それでも直接飲料にする住民は居ないはずです。」


「そういう事か、この取水塔ってただのポンプじゃなくてそんな機能まであるのか。そりゃ保守点検する人も必要だよな。」


「・・・よくわかりませんが、ここの水は飲まない方が良いと聞いています。」


俺はクリスとの会話に集中しすぎていたのかもしれない。

突然、俺はそれがわかった。

すぐ近くに誰か居る!

でも、気付いた時は遅すぎた。

ソイツは俺のすぐ近くに居たからだ。


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