第7話  外へ

野外活動をするパーティにはシャベルを携帯する物らしい。俺の目から見ても間違いなくシャベルだった。こういう物は異世界に来ても形はほぼ同じになるもんだな、と思っているうちにあっさり埋葬は終わった。シャベルが一本しかなかったので、恐縮するクリスを抑えて俺が作業した。

土が軟らかいとはいえ5人分の遺体を埋めた。重労働の割りにあまり疲れない。

何か知らないうちに魔法でも使っているのだろうか?


その間にクリスには遺品の整理をしてもらった。遺品は俺には分からない。

クリスによると日本のような優秀で安価な郵便制度は存在しないらしい。

その為、クリスの仲間達のように外国に住む遺族の場合、彼らに遺品などを送る手段はほぼ無い。まあ、郵便制度のある所でも手紙一つ送るのも日本とは比べ物にならない高額になるらしい。

もっとも、だからこそ冒険者によるお使いクエストが成立するのだ。言うまでもなくそれもかなり高額になる。


その為、クリスは長期間持ち運びできるような遺品を選別して身につけた。

いつか直接家族に手渡すか冒険者ギルドに依頼するらしい。


それと死体から装備や荷物を剥ぐのは、やはり常識のようだ。クリスを見ていると仲間の遺体であっても特に感傷はないらしい。

おかげで色々アイテムと現金が手に入った。

タイタニア金貨が3枚、銀貨が56枚、銅貨が31枚、これはかなりの金額らしい。このクエストの破格の前払い金をもらったばかりだから持っていた物だとか。それから考えてもこの任務がかなり難しいものだっていうのがわかる。

ちなみにタイタニアの通貨は此の世界(クリスが知る限りの意)の国では何処でも通用する基軸通貨みたいな存在らしい。

後はこのマキナ山のあるツェルブルクの銀貨が21枚、銅貨が14枚。クリス達が拠点にしていたネルトウスの金貨が1枚、銀貨が40枚、銅貨28枚。

クリスを含める6人分としてもかなり高額だそうだ。俺が使ったスクロールはクリスの仲間が小遣い稼ぎ狙いでネルトウスから持ち込んだものだそうだ。国や地域によって商品の価格差が有るのは異世界でも同じってことだ。


アイテムは沢山手に入ったが、結構経年劣化してるのか俺から見ても痛んでるのが多かった。遺体が残らず白骨化してるからかなり時間が経ってるのだろう。

どのくらいで白骨化するのかは、俺は知らないから大体の予想だけど。

問題なのは食料や水が無い事だ。いや、ちゃんとクリス達は持ってきているのだが、今存在するのは口にして大丈夫かどうか分からない。

クリスの情報によるとこの洞窟の外に出るとすぐ近くに街があるらしいので、アイテムは俺が担げるリュックを選び、持ち運ぶのに無理ないものだけにした。

持って行く荷物は、クリスお勧めの使いやすそうなショートソードをロープで強引に腰に装備した。

本当はショートソードはリュックに入れるようにクリスに勧められたが、やはり剣は腰にさしてみたい。

もちろん剣など扱えない。剣道の竹刀さえ握ったことが無い俺ではあるが。

その他のアイテムはリュックに収納する事にする。

中身は小刀、木製のコップとスプーン、小型の鍋、小さめのまな板、等の実用品。そして、クリスが推した俺にはわからないアイテム類だ。フック付きロープ、薬品を数種類、中身の無い水筒、空の皮袋、何に使うのか幅の違う革紐が数種類、裁縫道具。少し邪魔だが役に立ったばかりのシャベルをリュックの外側に括りつけた。

灯り皿はクリスの忠告通り此の場に置いて行くことにした。

クリスが語ったように、何故か灯り皿が無くても俺はなんとなく周囲の状況がわかったので歩くのには困らなかったし、皿を持ち運ぶのは邪魔で仕方ない。


クリスの様子だと、お金だけ持って移動しても街まで余裕らしいけど使えそうな物は持っていくことにした。

ゲームなら換金できるのなら、持てるだけアイテムを持っていくのだが、実際に自分で運ぶとなったら重量ギリギリはしんどい。

クリスは遺品と自分の剣しか持ってない。もはやアンデットになった彼には荷物は不要なんだそうだ。

それより何かあったら即動けるように臨戦態勢で居たいらしい。

そう言われると、できるだけ換金アイテムを持てよ、とは言えない。

ゲームなら絶対持たせてたけどね。


どちらにしても、このまま此処に居ても俺もクリスの横で白骨死体になるしかないので街に行くしかない。

夢の中で言われたように出来るだけ目立たないようにすれば大丈夫だろう。

というか、それしかない。

何故か此の世界の文字は読めるし、会話も問題なさそうだ。

遺体も埋葬したし、お腹も減ってきた。

それなら選択肢は一つだけだ。


この大広間とクリス達が名づけた空間はかっては地底湖だったらしい。

クリス達が調査した時はさっき橋が架かっていた裂け目には水量のある川が流れていたそうだ。

その橋を渡った橋側から奥へ向けてなだらかなくだり坂になっている。そして、最も低くなった場所である右奥辺りに扉があった。

こちら側が出口というか街に向かう扉だそうだ。


反対側の灯り皿があった扉は先はそこから本格的なダンジョンへの扉になっているらしい。

その扉の向こうはベテランの冒険者のクリス達でも結局踏破できなかった迷路のような構造になっており、ややこしい地形やモンスターに悩まされたそうだ。そして、気付かない内に毒に侵されていたという。

俺としては何故か置かれていた灯り皿が気になる。クリス達が来た時にはなかったそうだ。だとしたら俺のために置かれたかも?というのは都合よすぎるだろうか?

だけどもう、さんざん待ったしな。

もう待てない。

出口に向かって、扉の向こうに行こう。


扉を開けると、緩やかな下り坂が続いてた。

多少の広い狭いはあるが人が一人余裕で通れる道だ。


歩きながらクリスに此の場所の詳しい説明をしてもらった。

此処は通称マキナ山呼ばれる場所だが、正確に言うとマキナ山にある古くからのミフラ神の神殿とその門前町ベロウを指すそうだ。俺たちの居る場所はその神殿の奥にある洞窟なんだそうだ。

さっき俺たちが居た大広間は元地底湖の自然に出来た洞窟、それを誰かが人工的に加工して神殿から地底湖に通路を繋げ、さらにその奥にも人工的な通路が続いている。今俺たちが歩いているのも、その人工的な通路なんだそうだ。

今俺たちはその神殿の奥というか裏側に向かっている。その神殿の奥院は聖地になって立ち入り禁止となっているが、その場所以外の神殿は自由に見学できるのだという。

なにしろ、有名な神殿でもあり参拝客も多いのだ。

その為、参拝客や神殿相手の門前町もある。

その街に入れれば宿屋も多く安全な寝床と食事にありつけるらしい。

当然俺たちが目指すのもその街だが、その途中で発見されると聖地を侵した犯罪者になり、問答無用で逮捕投獄されるんだとか。


「なんでそんなに厳しいんだ?神聖な場所だから人間を入れないって意味か?」

人間そのものを、穢れみたいに考えているのかな?


「いえ、そうでもないようです。聖地ではありますが、絶対に人の立ち入りを禁忌としているわけではありません。年に一度の長壁王の法要は奥院で盛大に行われます。一般人は参加不可ですが、奥にも人の多くの人の立ち入りが認められています。」


「それなのに普段は立ち入っただけで逮捕か。」


「はい。そして、投獄された後帰ってきた者はいないそうです。」


「おいおい、アカンやん。ノコノコそこに歩いてちゃダメだろ?」


「はい、そのまま本殿の奥に侵入すれば即逮捕です。ですが私たちも捕まりたくありませんから、ちゃんと脱出経路は確保してから潜入していました。」


「なるほど。それなら大丈夫か。」

といいつつ、俺はかなり不安なまま歩いていた。

クリス達は結局、全滅してるしそれすら何年も前の事らしい。

まだ、そんな脱出経路なんて残っているんだろうか?

でも、行くしかない。他の手段は俺には全く無い。

それはそうとして、よくクリス達はそんな危険な仕事を請けたよな。

破格な前金が魅力だったのかな?成功報酬は別にあるって言ってたしな。


そんな事を考えながら俺たちは進んで行った。

下り道はいつしか右に曲がっていた。しばらく下って行くと下り坂は終わった。

さらに平坦な一本道が続く。

確かにクリスの言う通り人工的な道だ。ちょうど人間が楽に通れる道が延々と自然にできるわけないもんな。

全くモンスターが出ないのも、この辺りはダンジョンというよりも地下施設なんだそうだ。

さらに進むと、突き当たりに出た。そこで道が左右に分かれている。


「どっちが正解なんだ?」

俺の問いにクリスが何故か固まる。

「どの道から来たんだよ?」


そういうとクリスは右の道を示し歩き出した。

「申し訳ありません。今の状態を把握してませんので正確に通行可能な道であるか判断できませんでした。」


だから俺の問いに固まったのね。

俺もそれぐらい心配してたし、それは分かった上で道案内してもらっているのだが、、、


右側の道は50メートルも歩かないうちに終わり、その左手に扉があった。

そして、俺たちの危惧は当たった。

扉は固く閉ざされていたからだ。


「どうする、扉を開ける事っってできるのか?」


「可能ではありますが、お勧めできません。私の開錠スキルは素人同然ですので密かに扉を開くのは無理です。強引に扉を開ける事ならできますが。」


「分かった、扉を開けるのはやめよう。」

侵入者です!逮捕してください!って言ってるようなもんだもんな。

「それで、他の方法はあるのか?」


クリスは自信ありげに肯き、今来た道に戻っていく。先ほどの分岐点を越えて左側の道に向かった。

左側の道は歩くにつれて何か音が聞こえてくる。今までは俺の足音くらいしか無かったのでそれがよく分かる。

その音は歩くにつれて大きくなり、それが何かを俺に教えてくれた。

左の道を終わりまで進むとそれが見えてきた。

今、俺が立つ道の端から2~3メートル下に川が流れているのだ。

暗すぎて見えないはずなのだが、水音のせいだろうか?

俺には緩やかに流れる水流がはっきりと感じられた。


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