第5話 魔法の契約は社会の基盤
俺、本当に魔法使ったんだろうか?それも他人との魔法契約ってなんだろう?
聞くのが怖いけど契約について確認しといた方がいいな。
「日本から来たばかりだからさ、俺契約とか全然わからないんだよ。俺とクリスはどんな契約を結んだのかな?」
「私も契約した時の記憶がありませんから確とは言えません。」
「クリスも契約した時の記憶が無いのか。さっき強い契約した時には記憶を失くす事が多いって言ってたけど、そのせいなの?」
「はい、珍しい話ではありません。ただ、多様な形態がありますし普通は書面や立会人を付けたりするので問題にはなりません。強い契約を結んだ場合法的な効力だけでなく魔法により精神的に強い影響が出ます。その結果、決して裏切れないようになる為、双方承知の上で時折行われています。」
むう、裏切れないようになる?
なんか怖い話だ。
「私とナガマサ様の契約の内容ですと、今の私の状態を考えればある程度推察できます。私が真名を献じているのですから、私がナガマサ様に絶対の忠誠を誓っているのです。」
つまり、いかなる『協力』も惜しまない『者』になったという事かな?
「そして、私の現在の状態を考えれば既に十分な報酬も頂いております。」
「報酬?何?」
「永遠に続くかと思えた牢獄から救ってくださいました。さらにもう一つ」
そう言ってクリスは俺の傍から瞬時に数メートル離れた場所に飛び退り、手にした大剣を高速で振り回して見せた。クリスの動作はほとんど無音で行われている。それがどれだけの高度な技術かは素人の俺にもなんとなくわかった。
「明らかに私は生前より遥かに強くなっています。今なら誰と戦っても負けません。必ずナガマサ様をお守りします。」
クリスが俺の傍に戻ってから俺は質問を続けた。
「真名っていうのはかなり重要なものなの?真名を献じるって意味がよくわからないんだ。」
真名っていうのは、つまり名前だろ?俺はクリスさんのそれを聞いただけだ。確かエトナとか言ってたかな。
でも、それだけで何で忠誠を誓った事になるんだろう?
「・・・真名ですか?」
そう言って、クリスは俺を不思議な物でも見るような顔をしている、気がした。
彼の顔は髑髏なので表情は動かない。雰囲気だ。
どうも、この世界だと誰でも知っている常識みたいだな。
クリスはかなり不思議に思ったようだが、黙って真名の解説をしてくれた。
「真名とはその者のその字の如く真の名の事です。先ほど申し上げました強力な魔法契約には必須になります。本人に強い影響力を持つので滅多に他人には明かしません。私の場合ですとエトナがそれに当たります。」
ふんふん、確かにさっきに聞いたな。
「ジュリアンが個人名、ヴォーゼルが家名、クルスが渾名になります。普通は家名で呼ばれ、親しい間柄になると個人名や渾名または愛称などの別の呼び名を使う事になります。」
「じゃ、真名って滅多に使わないの?」
「はい、強い力を持っているので濫用するのは非常に危険です。ですから日常的に使う事はありません。それを知らせるのは両親以外では、生涯を共にすると誓った人と絶対の忠誠を誓う主人くらいです。」
ご両親と主君と奥さんだけか。
真名ってかなり重要な情報なわけだ。
「それだと、真名を知っててもペラペラ人前で喋れないね。」
「はい、ご賢察の通りです。呪いにも強い効果を発揮しますから、うかつにもらすと危険です。ですが真名を知られなければ強い呪いや呪術から身を守れます。」
呪いもあるんだ。
魔法の世界も大変だな。うかつに名前も言えないのか。
「真名は悪用されたら危険なのですが、魔法を扱う上で必要不可欠でもあります。自らを意思で契約する場合や自らを強化する魔法や祝福にも必須になります。ですので真名を持たない者も知らない者もいません。」
魔法の契約にはリスクとメリットの両面があるわけか。
そこは日本と同じだな。
「契約魔法を悪用する者の中には契約相手の真名を奪い相手を支配する輩が居るそうです。強力な術者になると記憶を奪う魔術もあるのかも知れません。ですので誰もが契約や真名の扱いは重要で慎重になります。」
この魔法の世界の常識ってか。
日本から来たばかりの俺は知らないんだけど、クリスも常識だと思っている事はいちいち言わないか。
「なるほど、クルスの言う通りだと思う。心当たりある。」
おかしいと思ったんだよな。変に記憶がなくなってるしな。
しかし、異世界に来てるのに俺の日本での記憶を奪って何のメリットがある?まして契約の記憶は残してる方がお互い有益だろ?
「もう一つ疑問なんだけどさ、契約したらレベルアップというか強くなったりするのが普通なの?クリスが強くなったのは指輪の力なのかな?」
もしかすると気が付かないだけでおれ自身も強化とかされているから記憶が消されているのだろうか?
俺の言葉にクリスは動きを止めた。
少し考え込んでるみたいだ。相変わらず表情は髑髏のままだが何か彼の気持ちの変化が理解できるようになってきたようだ。
気のせいかもだが。
「わかりません。通常契約の際には見返りなり代価なりがあるのが普通ですが、死者との契約には詳しくありません。マジックアイテムは多種多様なので、その指輪がどういう物かは私にはわかりません。」
残念だ、クリスにはわからないらしい。
指輪の方から何かヒントでも掴めないかな?
俺は右手の中指にある指輪を左手で触ってみる。どこかをグリグリ触ったりしたらマニュアルが起動したり、鑑定スキルが発動するかも。というか使い方くらいは教えて欲しい。
今更ながら、この指輪をよく見てみる。中央に黒い石がはまってる地味な指輪なのだが、2種類の金属が使われているらしい。それぞれの金属を絡み合わせて1つの輪を作りそれに黒い石を嵌めこんで1つの指輪になっている。
指輪を弄り回してもマニュアルは起動しなかった。結局、指輪の外見を観察するだけの結果になった。
「ダメだ、わからない。使えるなら魔法を使ってみたいのにな。」
もちろん、さっきみたいに偶然じゃなく自分でコントロールしてだ。
というか、アンデットを仲間にするのは、なにか違う気がして釈然としないが、もう既に隣に立ってるからな。
「魔法でしたらナガマサ様は既にお使いなのではないですか?」
「は?魔法なんて一つも知らないって。」
俺がそういうとクリスは何か言いたげにしていたが、口を噤んでしまった。
「どうしたの?言いたい事があったら言ってよ。」
「差し出がましいようですが、おそらく暗視か何かお使いだと思います。」
は?だから知らないって。
でも、強く言ったらコイツ黙るしな。
「いや、アイテムもこの指輪しかないし俺は魔法もスキルも持ってないよ。」
「それでしたら、この暗闇の中で満足に歩けないですよ。私は此処マキナ山を調査する為にパーティ全員に暗視の指輪を装備させています。」
そう言ってクリスは左手の甲を俺に示して見せた。彼は手袋をしているので指輪その物は見えないが中で装備しているのだろう。
そこを突っ込んだら見たくないグロい映像が出てきそうな気がしたので、黙っていた。
クリスの身体の状態が正確にどうなっているかは絶対見たくない。それについては自分の近眼と今の暗闇に感謝してる。
「いやいや、弱いけど灯り皿があるしさ。所々に弱く光ってる苔みたいなのもあるから、なんとか足元が見えるよ。」
そういうとクリスはまた黙ってしまった。
彼は俺に気を遣いすぎるのかな?
何も分からないんだから教えてもらわないと俺が困る。
そうクリスを促すとまた話し出した。
「その灯り皿の形状ですと足元は見難いかと存じます。またヒカリ苔はそれなりの光を出すので助かる場合もありますが、これくらいの広い空間ですと気休めの効果もありません。」
そう言って、クリスは仲間の遺体から指輪を外して俺に差し出した。
「参考までに身に付けてください。素手で握るだけでも暗視の効果が出ます。」
「この指輪にそんな能力があるの?自動で魔法を使えるの凄いな。かなり高価なものなの?」
俺はマジックアイテムを手にして少しテンションが上がった。
クリスの言葉に従いそれを握りこむ。
んん?
あら?
「それは簡単な物なので安価です。ただ、購入したものではなく仲間が作ってくれたので全員分合わせても銀貨2枚程度でした。」
「なるほど、自作できるのって凄いね。たださ、これ壊れてない?」
銀貨2枚の価値がどのくらいか俺は知らないが、これあまり効果が無い。
周りの地形やクリスの輪郭が少しシャープになるけど、色がモノトーンのようになるから身につけない方がマシだ。
「それは極めて単純な仕組みなので壊れる事はまずありません。魔法を書き込める金属に呪文を封じて持ち主の魔力を使用して一定の効果もたらすだけのアイテムです。もし指輪の形状を破壊しても、その金属を素肌に付ければ常に暗視の効果が発現しつづけます。」
「いや、これ微妙な効果しか出ないけど?」
「つまり、最初からこの暗闇の中で周囲を地形がわかっていたのでしょう?普通なら暗視の魔法が無ければ足元どころか鼻を摘まれてもわかりません。ナガマサ様が微妙な差異を感じるなら私たちが使っている暗視の魔法とは別物なのでしょう。」
マジですか?
俺最初から魔法を使ってたのか。
そう言われてみれば、最初から何となく周りが見えてるというか分かってたな。
始めは灯り皿も無かったんだから見えてたらおかしいよな。
「はあ、そうか魔法使えたのか。でもなんかイメージ違うよな。」
「イメージですか?魔法と一口に言っても非常に多岐多彩なものがあります。ナガマサ様がお気に入る物もあるかと思いますが?」
うん、気に入るとかじゃなくてな。
暗視とかいう地味なのじゃなくてアニメとかでよく見る派手なのがいいな。
まあ、口には出しにくいけど。
「やはり魔法って言えば、凶悪なモンスターをやっつけるようなイメージなんだよね。火の玉をぶつけるとかさ。」
「それでしたら、少しお待ちください。」
そういうとクリスは固めて置いていたパーティの遺品を漁り、長さ60センチほどの筒状の物を取り出した。
「これをどうぞ、ファイヤーボールのスクロールです。」
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