第4話 クリスの事情

(注)浅野長政を簡単に解説すると、

豊臣秀吉の妻、寧々の義兄であり秀吉の親族の一人として活躍した武将です。

豊臣政権下では五奉行筆頭として辣腕を振るった人物。

子孫には忠臣蔵で有名な浅野内匠頭がいる。

ちなみに織田信長の義弟でお市の方の夫は浅井長政。一字違いなのでややこしい事でも有名。

そして、浅井長政さんはそれなりに有名ですが、浅野長政は一般的にはあまり知られていません。

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俺は自分の名前について悩んでいる。

アサノ ナガマサって戦国武将で居たよな?

でも俺には何の関係もないしな。

もちろん、子孫でもなんでもないしな。


俺は、将来は人生の迷子になりそうだった高校生だったはずだ。

少なくても歴史に名を残せるような何かは持ってなかった。

特筆するような特徴は何も無かったはずだし、輝ける希望も胸を焦がす野望も持ってなかった。


でも、自分の名前として覚えているのは

アサノ ナガマサ だ。

なんで?おかしいぞ?

なんで戦国武将?

そのうえ、信長とか秀吉じゃなくてマイナーなやつなんだ?


「あのナガマサ様、もしかすると記憶が無いのですか?」

クリスさんが心配そうな雰囲気を漂わせている。顔は髑髏だけど。


俺はナガマサじゃないけど返事をした。

「そうなんだよ。なんか名前の記憶が変なんだ。ほかにも色々と思い出せない事が幾つもあってさ。」

クリスさんが話しかけてるのが、明らかに俺だったからだ。


「ナガマサ様は、ご自分の名前に違和感があるのですね?」


俺はナガマサじゃないけど

「ああ、記憶が無いっていうより違和感って言うほうがしっくりくるね。」

絶対俺はそんな戦国武将みたいな名前じゃなかったしな。


「そして、不自然に記憶がないのですね?」


俺はクリスさんに肯いた。

この暗闇に突然放り込まれてから、思い出せない事ばっかりだ。


「ナガマサ様、それはおそらく強力な契約の効果だと思います。強大な魔法契約を結ぶと一時的に記憶を失うと聞いた事があります、そして真名を奪う為に偽の名前を契約者に刻み込むと。」


!?

魔法契約?

そういえば、夢の中でしたな。

そして、契約について細かい事は一切覚えていない。

「つまり、俺の記憶が無いのは契約の影響なんですか?」


「確と、とは言えません。ですが、魔法契約により名前を奪われるというは有り得る話です。それとお願いしたい事があるのですが、」

クリスさんは剣先を下に向け、胸の高さで捧げ持って俺に向き直った。

「ナガマサ様、私の事はクリスとお呼びください。ナガマサ様に絶対の忠誠を誓う従者としてお傍に置いてください。私に敬語など不要です。」


うわっ、なんか圧力が凄いな。

「わかったよ。気をつける。これからも仲良くしよう。」

正直、確実に年上の人にタメ口はやりにくいんだけどな。

だが、俺が慣れる間も無く会話は進む。


「ナガマサ様、先ほどお尋ねしましたが、幾つか質問させていただいてよろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ。」

そういえば、さっき質問されてたな。俺の名前の異常で流してたけど。

いつの間にか俺、ナガマサで定着してるっぽいな。


「今、何年でしょうか?私が死んでからどのくらいの年数が経ったのですか?」


「え?」

そんなの俺が知ってるわけないだろ。


「今、私はどうなっているのですか?死んだはずの私ですが、頭も身体もスッキリして精気が漲っています。ですが、私には目も耳も鼻も口も全てが無くなっているのが分かります。分かってしまっています。なのに何故、、、」


んん??

なんだ?何が言いたいんだ?


「私は見ることも話すこともできるのですか?ナガマサ様、私は今どうなっているのですか?」


俺に分かるわけも無い。

ただ、呆然とクリスを見ていた。


「申し訳ございません。決して責めているわけでは!」

彼はまたも俺に跪いた。

「私は長年、正気を保てないほどの長い年月を此の地で外道に堕ちておりました。それがナガマサ様のおかげで救われたのです。ですので、よろしければ私の今の状態を教えて欲しいのです。」


「ごめん。悪いんだけど全くわからない。」

正直何言ってるのかさえ分からない。

「俺からも聞きたいんだけどさ、クリスさんは俺の『協力者』じゃないの?」


どうも俺の想像と違っている。

お互いの情報を交換したほうがよさそうだ。


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岩の上に置いた灯り皿が出す柔らかい光に照らされて、異界から招来されて間もない者と人間から不死者へと移籍した者は話し合う事になった。


俺はクリスさんに自分の事情を話した。日本から来たばかりで右も左もわからないと。それに対するリアクションが余りに薄くて驚いたけど、この世界だと珍しい話でもないのだろうか?


クリスさんも自分の事を色々と教えてくれた。

生まれは、此処から遥か西の小国リエルの出身でだそうだ。

彼の少年時代は冒険者の活躍が華やかな時代で、彼も当然のように冒険者となり各地を渡り歩いたらしい。

そして、それなりに名が売れた頃にデカイ仕事が舞い込んできた。

それが此の地、マキナ山の探索任務だという。

マキナ山というのは古くから契約神アフラの聖地なんだそうだ。

そして、同時にマキナ山を領有するツェルブルク王家の英雄の聖廟も存在する。

その事から、此の地はツェルブルク王家の庇護を受け聖地となっている。そして許可無く立ち入る事を禁じている。

だが、聖地や聖域だと言い張って人を遠ざける場所には大抵裏があるんだそうだ。

そして、それが富強で鳴る王家の秘密だとしたら、それを知りたがる者は多い。

その秘密の価値が天文学的な可能性があればなおさらだ。

そして、その秘密に興味を持っている誰かが、冒険者ギルドを通さずに直接クリスとその仲間に話を持ち込んできたそうだ。

その示された条件は絶対に内容を公開しない事を前提としていたが、莫大な報酬と十分なバックアップを約束されたものだったそうだ。腕に覚えのある彼らはその話に乗り、雇い主と魔法契約を交わしたそうだ。

残念だけど言うまでもなく、クリス一行は任務に失敗して全滅したようだ。白骨死体のまま放置されていたところを見ると失敗した場合のフォローは契約に無かったのようだ。

彼らは探索中に突然急変に襲われる。症状に差があるが4名の仲間が急激な呼吸困難に陥りパーティとして行動不能になったらしい。そのため、この大広間(クリス達が呼称)でキャンプを設営して休息していたところ蜘蛛の化け物とゴブリン達に襲われて壊滅したようだ。

ようだ、と言うのはクリスもその辺りの記憶が無いらしい。

残された現場の状況からの推測だ。

クリスが倒れていたのは橋の入り口だ。どうやら、そこで立ち塞がり、仲間の居る場所にゴブリン達を通さないように戦って死んだらしい。


俺を驚かせたクリスの『仲間』という台詞はその死に方も関係していたのだろう。さっきの彼の台詞は自分のパーティの仲間を指していたようだ、もっともクリス本人はその発言自体覚えていなかったが。


つまり、彼は俺が待っていた『協力者』ではない。のかな?

彼自身そんな話、つまり俺のサポートの依頼は全く聞いた事がないみたいだ。だけど、本人が知らないパターンもあると思う。

俺が記憶を無くしてるんだしな。

クリスはこの場所やこの異世界をよく知ってるんだしな。

アンデットだから、ペラペラ俺の情報を他人に話すとも思えないしな。

なにより一人で居るよりはずっといい。

寂しくて死にそうだったしな。

長い間向き合って話していると彼の髑髏フェイスにも慣れた。眼鏡が無く近眼なのも良かった。何が幸いするか人生ってわからない。


俺たちは裂け目に架かる橋を渡ってクリスの仲間の遺体がある所に移動した。

そこで念願の靴と様々な装備をクリスから譲ってもらった。

正直、自分ひとりだと遺体から靴や装備を剥ぐのは俺には無理だったから、かなり助かった。


クリスが出してくれたレジャーシートみたいなアイテムのおかげでようやく座れる。立ちっぱなしでかなり疲れたのでゆっくり休憩しよう。

せっかくなので俺は休憩しながらクリスと話しを続けた。

「助かったよ、クリス。でもさ、他の人たちは何でアンデットにならないの?」


「わかりません。私も何故自分がアンデットになったかを知りたいです。」


なるほど、さっきもそんな事言ってたな。

俺のサポートさせる為とかだったら、申し訳ないな。


「私がアンデットになった時もハッキリしません。ゴブリン達を寄せ付けないように自分の限界を超えて戦っていた結果かもしれません。」


ふーん、そんなもんか。

自分の限界を超えるってよく漫画とかである展開だけど実際にやったらやばそうだしな。そして、こっちの世界だとやりすぎたらいつの間にかゾンビにクラスチェンジか。

嫌な世界だな。


「そして、ゴブリン達が去った後も私はさっきの場所から動けず倒れ伏したままでした。」


「さっきの場所でずっと?移動したらよかったのに。せめて、仲間の元にとかさ。」


「それができないのです。さっきの場所から動く事ができず、そのうち前のめりに倒れたまま動けなくなりました。後はナガマサ様が来てくださるまで、身動き一つできませんでした。」


「マジか!それはきついな。じゃ、ずっと寝てたのか?」


「いえ、全く眠れません。眠る事ができないみたいです。ですから私はひたすら同じ地面を見続け誰にも声は届かず指一本動かせないままでいました。」


「じゃ、逆に何ができるの?辛すぎないないか?」


クリスは少し顔を伏せて続けた。

「何もできません。最初は考えることもできましたが、そのうち思考する事もまともに出来なくなりました。ほとんど何も覚えていません。」


なるほどねぇ。俺に会った時なんか訳の分からない事をブツブツ言ってたもんな。そりゃ頭もおかしくなるわな。


「それが今は自由に動く事も話す事も考えることもできます。とても嬉しく思っています。」


「さっきも、そんな話してたね。俺にクリスの状態を聞いてきたりな?」


「はい、自分の状態を知りたいと思っていますし、ナガマサ様に感謝しています。」


俺に白骨死体をどうこうする技術がある訳無い。だけど、心当たりはあるんだよな。たぶん、アレだ。

右手の指輪から気持ち悪い音がしたアレだろう。

その後、クリスが倒れて立ち上がったら今みたいに変化していたしな。


確信は無いけど思い当たるのはそれくらいだ。クリスが知りたがっているようなので正直に話すことにした。

自分でも気持ち悪い体験だったし、アレが何か俺も知りたかったからだ。


クリスはその事を覚えていないようだが、説明を聞いて納得したようだ。

「私が名前、真名を伝えたら指輪が作動して私が変化したのですね?」


「ああ、間違いないよ。」


「では、やはりナガマサ様のおかげで私は救われたようです。その指輪には真名を献じる事をを条件に魔法が発動する仕掛けがあるのではないですか?おそらく、なんらかの魔法契約が発生したと思います。」


あの気持ち悪い指輪の音は魔法で契約した効果音?だったのか?

アカン!

この指輪アカンわ。

勝手に契約すんなよ。俺どんな条件でクリスと契約したんだろう?

うかつに契約するとエライ目に合うって教訓を今現在進行形で味わってるのに。

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