第3話 お市の方の夫じゃない方
俺がボーっと眺めていると、死体の動きは次第に明確によくなってきていた。
「カラダガ・・・ウゴク」
白骨死体の言葉も、さっきよりハッキリ聞き取りやすくなり誰に話しかけているのかも分かるようになった。
何故ならソイツは俺にはっきりと意識を向けているからだ。
俺の近眼にも、うつろな穴が開いた骸骨が俺を見ているのが分かった。
そして俺は動く死体をぼんやりと見ていた。
初めてみる異世界っぽい光景は、非現実的すぎる。
シュールすぎて恐怖を感じない。
というか、害意を感じなかったから怖さがなかったのかもしれない。
それに死体は立ち上がろうとしているようだが、未だ果たせない。
つまり、ガン見してくるだけで満足に動けない状態なのだ。
ゾンビ、いやスケルトンなのかな?まあ、なんでもいいか。
彼は俺を必死に見つめているような気がする。
俺に何か言いたい事つまり心残りでも語りたいのだろうか?
そう思った俺は彼に話しかけてみた。
「どうした?何か言いたいのか?」
声をかけてやると骸骨は動きを止めた。
そして間俺を凝視している。
「ん?」
俺が骸骨の動きを不思議に思っていると、すぐにまた動きだした。
骸骨は這いずりながら、呻いていた。
「オソバニ、、、オソバニ、、、」
「蕎麦が食いたい?ってわけじゃないよな?」
俺の下手なノリツッコミを骸骨は無言でスルーした。
骸骨は立ち上がれないながらも、必死に俺に近づこうとしている。
というか、じわじわ近寄ってきていた。
つまり、「御傍に」と言ってるんだらろう。
骸骨は俺の近くに来たいか、近くに来て欲しい というわけだ。
怖くは無いが気持ち悪いので、俺は骸骨から少し距離を取る。
「俺の傍に来て何がしたいんだ?」
「・・・」
骸骨は無言だが今度はスルーしている訳ではなさそうだ。
這いずるのを止めて動きを止めた。
もしかすると考え込んでいるいるのかもしれない。
「マモル、、、守ル」
骸骨の声は次第に強くなった。
そして、剣を両手で掴み杖代わりにして、ゆっくりと体を起こしていく。
「仲間ヲ守ル」
目の前の死体は立ち上がった。
さらに声は意味不明の呻き声から明瞭な意思を感じるものへと変化している。
それらは俺にとって、急速で警戒すべき変化だが俺はそれを無視した。
「仲間だと?俺の事を言ってるのか?」
強い衝撃が思いがけず強い言葉になってしまった。
この骸骨は信じられない事を言った。
この異世界で、誰も知り合いなどいないこの暗闇で俺を仲間と呼ぶ存在。
その心当たりは俺には一つしかない。
「お前が『協力者』なのか?」
質問を発しながらも、俺の中で疑問が渦巻いてた。
夢であったあの娘が『協力者』じゃなかったのか?
異世界物で最初にお世話してくれるのって美少女じゃなかったのか?
いや、百歩譲って美女じゃなくてもいい。
だけど、どう転んでも白骨死体が世話役ってのは無いだろ!
くそぅ!何故契約の時にこの点を確認しなかったんだろう。
というか俺契約の内容とか全然覚えてないんだけど。
「協力シマ、イタシマス、、、何ナリト、、、」
俺が混乱している間に、骸骨は俺のすぐ傍まで迫ってきていた。
少し油断していた俺は、死体から距離を取った。注意しないとマズイ。コイツ剣を持ったままで既に立ち上がっている。
離れていく俺を見て骸骨は剣を脇に置いて跪いた。
「我ガ身ヲ捧ゲマス、、、ドウカ、ドウカ、、、」
そして、骸骨は俺に真っ直ぐひれ伏した。
彼は俺に忠誠を誓っているようだ。
正直、自分の眼で跪いた人を見たのは初めてだった。
もちろん、忠誠を誓われたのも生涯初だ。
ハッキリ言って想定外すぎる人事である。
絶対嫌ではあるが、ここまでされると断りにくい。
それに、目の前で頭を下げている骸骨さんには何の恨みもないしな。
此処で断ったら何もわからない異世界で一人だしな。
仕方ないか。
「名前を教えてもらえますか?」
そうと決めたら、たぶん年上の骸骨さんだ。
言い方に気をつけて仲良くしよう。
「ジュ、、ジュリアン、、、ヴォーゼル、真名ハ、エトナ、、我ガ名ヲ捧ゲマス」
俺が新たに仲間になった骸骨の名前を聞いた瞬間に異変が起こった。
右手の指輪が幽かな音を出し始めたのだ。
金属が軋むような音が幽かに、でも間違いなく響いている。
コワッ!
なんか、怖い。
右手の指輪の怖いわぁ。
俺が勝手にビビッてる間に音はすぐ止んだ。
静寂の暗闇で皿の灯りだけが穏やかに辺りを照らしていた。
気持ち悪い音が鳴り止んで、ようやく自分自身が震えている事に気が付いた。
目の前を見ると骸骨さんが前のめりに倒れていた。何時そうなったのか記憶にない、恐怖心に囚われて前さえ見えていなかったらしい。
「アンデットを成仏させる神聖系の指輪なのかな?」
そんなわけないよな。
自分でも信じていない独り言が漏れてしまった。
何故なら、目の前の骸骨さんは成仏していないからだ。
なんとなく、それだけは分かった。
では、この指輪は何だ?ただの契約の証じゃないのか?
俺が指輪について考えていると骸骨さんが、また立ち上がった。さっきは大剣を杖代わりにして身を起こしたのに、今度は実にスムーズな動きだった。
さらに、白骨化した体が少し青白い光で覆われているように変化している。
もっともボロボロの鎧兜を身につけているので、中身が露出している部分は少ない。そして、光ってるのは中身の部分だけだ。
「骸骨さん、じゃなくてジュリアンさん、大丈夫ですか?」
ジュリアンさんは剣先を下に向けながら、近づいて来て言った。
「私はクリスと呼んでくださると嬉しいです。仲間からそう呼ばれていました。」
「クリスさんですね。わかりました。」
そう言いながら俺の頭には疑問符が浮かんでいた。
何故かクリスさんは流暢な話し方に変わっている。
指輪が彼に何かしたのかな?自分の事でいっぱいで見てなかったし、見てても理解できたかどうか分からないが。
それと、真名?なんかどっかで聞いたような。
大事な話だったような気がする。
「私はなんとお呼びすればよいでしょうか?」
「俺ですか?俺は名前でいいですよ。」
考え込んでたらクリスさんに話しかけられた。
ジュリアン・ヴォーゼルでなんでクリスなんだろ?
まあ、いいか。
「俺はナガマサと呼んでください。名前はアサノ ナガマサで って??」
は、なんだそりゃ?!
俺はそんな戦国武将みたいな名前じゃないぞ!
「かしこまりましたナガマサ様。幾つかお聞きしたい事があるのですが」
「待った!かしこまらないでくれ。名前間違えたんだ。」
恥ずかしい。
何やってるの俺。
「うっかりしてゴメン。俺の名は・・・」
何だっけ?
出てこないぞ。
というか、やっぱりアサノ ナガマサ としか記憶に無い。
そんな馬鹿な、いくらなんでも変だ。
そう思ってクルスさんを見ると、表情の無いはずの髑髏フェイスが呆れ顔にみえる。
そりゃそうだ。普通自分の名前を忘れたりしないもんな。
というか、俺だって出来の良いほうじゃないけど、自分の名前を間違えた事なんかさすがに無いぞ!
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