涼宮ハルヒの夢嘘日
結崎ミリ
涼宮ハルヒの夢嘘日
「お前が数時間いじってるなんて、珍しいこともあるもんだな」
「……」
ハルヒは自分以外は部室に存在しないかのように、普段からは全く持ってそりゃあもう考えも及ばないほどに黙りこくって、長門の真似事でも始めたのかの如く部室の備品と化していた。天変地異の前触れかもしれない。
「やれやれ、すっかりそっちに意識がいってるみたいだが、それはそれで、俺にとってもありがたいことだ。
お前が騒ぎ出さない限り、この部室は今、平穏そのものなのだ。古泉はバイトがあるとかでいないし、長門はこの部室の付属物みたいなもんであり、用事があるとかで先に帰ってしまわれたが、朝比奈さんという素晴らしいメイドが入れてくれたお茶を飲むことで実家にいるような安心感を持ちながらゆっくり読書にふけることができる。
普通という有難みをこれほどまでに体感できる時間が俺の高校生活にあっただろうか、いやないな。というわけで、俺は今という奇跡的瞬間を、存分に有効活用していこうと思う」
「キョン、あたし、見つけちゃったのよ」
「さっきまで珍しく黙ってたかと思ったら、どうした。お前はなにを見つけたっていうんだ?」
ハルヒは黒眼を更に真っ黒に染めあげ、監視カメラに顔がばっちり映った強盗に自首を誘導する刑務官のような口調でこう言った。
「あんた、コンピュータの中に隠してるでしょ」
俺は自身の胸囲辺りがぎくりと痛む衝撃に襲われる。
いや待て、いやいや待て。まさかMIKURUフォルダの存在が周知に晒されたということではないだろうな。
あれはとあるフリーソフトにパスワードを打ち込まないと表示されないよう設定してあるはずだ。俺はその辺抜かりはない。抜かりはないはずなのだが……。
俺はカマドウマ事件を思い出す。こいつが適当に書いたミミズが這いずり回ったようなエンブレムとやらが、四百三十六テラバイトなんつーアホみたいな情報量を持っていて、地球上のいかなる単位にも該当しない異常数値を生み出したことがあった。そんな天文学的数値をものともしないでたらめなチート能力を持ってるのなら、ロト6だってその気になりゃ一発で当てちまうに違いない。
俺は弁護士が白旗を挙げた後も自分の無罪を主張する罪人のような気分になった。
「……隠してる、だと? おいおいなんの冗談だ、そもそもどこにそんな証拠があるっていうんだ」
「おかしいと思ったのよねぇ。あんた、それなりにこれ、いじってたみたいだし、我がSOS団サイトの編集をしてるのかと思ったら更新どころか、アクセスカウンタ一つもまわってないし、あんたほんとにやる気あるの?」
「いやいや、やる気うんぬんの問題ではなくてだな、ハルヒ。まず第一にカウンタがまわっていないということは、誰一人として視聴者がいないということなんだ。前に一度アクセス数3000近くというパソコンがぶっ壊れてるんじゃないかって疑うほどに頭のおかしい数値を叩き出したこともあったが、あれはそう、アクセスカウンタをまわすことだけに特化した特殊なウイルスが運良くSOS団サイトに感染しただけなんだ。
それで次の日に今度は運悪くそのウイルスは消えてしまってな、全くもって真実とは明らかになってみれば下らないものであることよなあ」
「そんなことはどうでもいいのよっ」
じゃあなんだってんだ。
「キョン、あんたSOS団の団長席に置かれた、たった一つのこのコンピュータの中にあんなとんでもない画像を保存してたなんて、団員として恥ずかしくないの!それも一つや二つじゃなくてあんなに沢山……許し難いことだわっ」
「…………画像? なんのことだハルヒ」
胸の痛みが更に強くなる。
「とぼけてもだめよ! 証拠はばっちり取らせてもらってるんだから。まさかあんたがあんなフォルダを隠し持っているなんてね」
「お、おいおい待て、ちょっと待て! そんなフォルダ作ってるわけないだろう、あんまり驚かせるもんじゃないぞハルヒ」
「で、お前……見たのか?」
俺が青ざめた表情で最後の言い訳を考えていると、ハルヒは意外そうに瞳を見開いた。
「え? そ、そうね! 当然じゃないのっ。まさかねーあんなものをあんなところに隠してるなんてねー」
さっきまであんなに鬼の首を取ったような面持ちで迫ってきていたのに、今のハルヒにはその剣幕のかけらも見られない。
なにかおかしい。
「ハルヒ、見つけたっていうフォルダ名をいってみろ」
「そ、そうね。えっと……SOS団女子部員フォルダ……かしら?」
遠からず近い!
だがその正当は今回に限っては不正解である。
「やれやれ。ハルヒ、お前の言ってることがでたらめなことは良く解った。キリストブッタ釈迦モハメッドその他諸々に誓ってもいい、このコンピュータにそんなフォルダは存在せん」
俺はMIKURUフォルダが流出する危機から逃れたことで、汗もかいていないのに額を袖で拭った。もしかしたら今年一番焦ったかもしれない、全く勘弁してくれ。
ハルヒは容疑者を尋問する弁護士みたいな表情で俺を睨み付けたかと思うと、堪えきれなくなったかのように頬を緩ませる。
「そうね、まあいいわ。あんたの面白い顔も見られたし、充分ね」
「何の話だ」
「あんた、今日が何の日か知ってる?」
はて、そう言えば一週間くらい前から日付を確認していないような気がする。七月七日に関して言えば何度も日付を確認したがあれは例外中の例外。
全く、過去に行ったかと思えば三年間も布団で冬眠したり、突如として世界が改変されたかと思えばまた過去に行ってはすぐさま未来に飛んでナイフで刺され、現代の病院のベッドで目覚めたり。
つくづく自身の不幸を嘆きたくなるね。
ああ、確かそうだな、前にカレンダーを見たのが三月二十七日で、果たしてそれから何日の刻が過ぎ去っていようか。
俺はポケットに入ったケータイを取り出し、日付を確認する。そこには四月一日と記されていた。
「なるほど、そういうことか」
「そっ。今日は世界中が嘘をついて良い日、エイプリルフール。ほんとは午前中だけなんだけど、そんなこと日本中の半分も知らないだろうしね。ま、その辺りは嘘つきの神様も大めに見てくれるってもんよ」
してやったり、そう言わんばかりにハルヒはにやりと笑った。
油断した。確かにこいつはそういったイベンドごとが好きだからな、注意していればすぐに見破れたというのに。
そういや今日は誰からもそれらしい嘘を付かれていなかったから、これが初の嘘ということになる。さっきから幽霊のような沈黙で本を読みふけっている長門が嘘を付くとは考えられないし、時間的にも学校内で嘘を付かれるということはもうないだろう。
くそっ俺も何か用意していればよかったぜ。
俺はひとしきり考え、もしくは考えるようなふりをしてこう告げた。
「ハルヒ。突然だが、お前のバニーコス、めちゃめちゃ似合ってたぞ。俺は朝比奈さんより先にお前の方に釘付けになったんだ」
「はあ? 何わけのわからないことを言ってるのよ。あ、さてはあんた、エイプリルフールに嘘を付き損ねたからってとりあえず付いておこうってそういう魂胆なんでしょ!」
「さあ、どうだろうな」
「ふんっまあ好きにしなさいよ!特別に今だけは嘘を付いてもいいことにしてあげるわ、感謝しなさい」
「へいへい」
ハルヒは腕を組みながらそっぽを向いていたが、まあたまにはこういうのも悪くはないかもしれない。
「そうだわっ!後からみくるちゃんと古泉くんを呼び出して何か嘘をつきましょう。内容はそうねぇ、メールで二人に古泉くんはみくるちゃんを好きで、みくるちゃんは古泉くんのことが好きってお互いに送っておくのよ!それであたし達三人はその内容が本当かのように振舞う。どう?完璧でしょっ」
「そうだな、普段なら止めているところだが、今日はエイプリルフールだ。お前の好きにしろ。長門もそれでいいか?」
「いい」
「じゃあそうと決まればさっそく準備に取り掛かるわよ!こういうのはね、盛大にやるものなのよ盛大にっ」
さて、これからどんなイベントになるのだろうか。ハルヒが盛大と言うくらいだからそりゃあとんでもないことなんだろうが、嘘を付く俺たち側まで驚愕するようなことだけは避けてほしいもんだな。
こういう時いつものあれを言いたくなるわけだが、果たして何度めだろう、それでもやはり俺はこう呟かずにはいられないのだ。
「やれやれ」と。
涼宮ハルヒの夢嘘日 結崎ミリ @yuizakimiri
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