出た目で…

「…サイコロ?」


 リビングのソファで弛緩していた葉月さんは、桔葉さんの掌の上を見ます。


「出た目で…決めるから、行き先。」


「…『サイコロの旅』は、したくありません!」


「『水曜どうでしょう』じゃないから、そんな事させないし」


 手の上のサイコロを、桔葉さんは小さく転がしました。


「決めるのは、え・い・が」


「─『シネマハスラー』ですか?」


「別に、葉月ちゃんに、映画評論して欲しい訳じゃ ないから」


 縦に並んだ1から6までの数字の横に、何かのタイトルらしきものが書かれた紙を、桔葉さんは見せます。


「明日観に行く映画決めたいから、サイコロを振ってって 言ってるの。」


「…誰と映画に行くんですか? 桔葉さん」


「葉月お姉さまと。」


「─ 初耳ですけど?」


「今、初めて言ったからね」


 悪びれる事なく話を進める桔葉さん。


「葉月ちゃんが、明日 空いてるのは、確認済み!」


「─」


「…手を煩わせでたお礼なんだから……付き合ってよ。」


「バレンタインと…ホワイトデーの事ですか?」


「私の懐事情の関係で…」


 桔葉さんは、眉間にシワを寄せました。


「間抜けな事に、それが4月になっちゃったけど…」


 口ごもって、語尾がハッキリしなくなった桔葉さんに、葉月さんの表情が緩みます。


「─ サイコロ、振らせて頂きますね♡ 」


----------


 シネコンのロビーで、葉月さんは立ち尽くました。


「本当に、観るんですか? これ…」


「…当然、葉月ちゃんのサイコロで 決まった映画だし。」


 ポスターを藪睨みする桔葉さんに、葉月さんは顔を向けます。


「私、ホラー映画…苦手なんですけど。」


「─ 私も」


「…だったら!」


「でも…頑張って観る。」


 決然と、チケットカウンターに歩き出す桔葉さん。


 手を引っ張られた葉月さんは、不本意ながら後に続きました。


「─ そう言う努力は、迷惑です。。。」


----------


 上映が終わった館内は、徐々に明るくなります。


「は、は…づき、ちゃん…」


 固まった姿勢の桔葉さんは、隣のシートに声を掛けました。


 声を掛けられて 目を覚ました葉月さんは、大きく伸びをして、上映中 爆睡していた身体をほぐします。


「…終わったんですか?」


「し、信じ…られない…」


「映画を観ないための、自衛行動ですから♪」


 何回か またたきをした葉月さんは、桔葉さんの様子を伺いました。


「で、どうでした? 映画」


「み、観なきゃ…よ、良かった。」


 葉月さんは ゆっくりと席から立ち上がります。


「お姉さんが…手を引いて あげましょうか?」


 伸ばされた腕に、桔葉さんは渋々縋りました。


「素直な桔葉さんって、可愛らしくて良いですね♡」


 手を繋いで出口に向かう ふたり。


 横を よろめいて歩く桔葉さんに、葉月さんは優しく笑いかけました。


「道野さんのお店で…お菓子、買ってあげますね。」


「…此処ぞとばかりに、過剰に妹扱いするの 止めてくれる?」

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桔葉さんのバレンタイン 紀之介 @otnknsk

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