今日は。

「─ ただいま」


 居間のドアを開いた妹の桔葉さんに、葉月さんが応えます。


「おかえりなさい~」


 自分の定位置に向かう桔葉さんに、葉月さんは嬉しそうに尋ねました。


「今日はどうでした?道野さん♡」


「─ 判んない…<ドラッグ島津>には、寄ってないからね。」


 ドアの開けっ放しを注意しようとした葉月さんは、ある事に気が付きます。


 廊下の、さっきまで桔葉さんが立っていた場所には、幾つかの大きな手提げ袋が残されていたのです。


 長時間、両手に袋を下げて歩いて、痛むからでしょうか。ソファーに座った桔葉さんは、手を閉じたり開いたりしています。


 人心地ついたタイミングを見計らって、葉月さんは尋ねました。


「─ 結局、誰にも あげなかったんですか? チョコ。」


「あれは…もらったチョコ」


「…?」


「─ あげたけど、貰っちゃったんだよね…」


 苦笑する、桔葉さん。


「何故か私に チョコをくれ様と思い付いた変人が、思いの外 大勢いてね…」


「…」


「─ 相手の好意を、無には出来ないから…貰うしかないじゃない。」


 思いを吐露した妹に、葉月さんは得心して見せます。


「海辺の小屋の絵のパズルの筈なのに、完成させたら、山小屋の絵が現れちゃったんですね。」


「?」


「何で…かき氷を食べた後みたいな顔なんですか??」


「葉月ちゃんの例え、良く解らない…」


「ちゃん付けするの 止めて下さいって、言ってますよね?」


「…姉らしい言動を見せてくれたら、善処してあげる。」


 唇を尖らせた葉月さんは、顔をそむけました。


 拗ね疲れるタイミングを、桔葉さんは見計らいます。


「コストパフォマンスを考えたら、手作り かな…」


 呟きが耳に入った葉月さんは、唇を尖らすのを止めました。


「…お返し、ですか?」


 頷いて見せた後、桔葉さんはボヤき始めます。


「ホワイトデーは、貰う立場で気楽に迎えるつもりだったのに…」


 廊下の手提げ袋を部屋に入れて 開けっ放しのドアを閉めるために、葉月さんは立ち上がりました。


 その様子を目で追いながら、桔葉さんは ブツブツ言い続けます。


「こんな事なら、バレンタインのチョコ禁止の校則 廃止にしなきゃ良かった…」


 ドアを閉めた葉月さんは、何か言いたげな顔で振り返りました


 察知した桔葉さんが、それを静止します。


「 は・づ・き・ちゃん。『策士、策に溺れる』とか『権力者の末路』とか、言わなくても良いから!」

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