桔葉さんのバレンタイン

紀之介

今日も。

「…時間、掛かり過ぎ。」


 にこにこ顔で部屋に入ってきた葉月さんを、桔葉さんが軽く睨みます。


「今日も見ちゃいました! 道野さん♡」


 顔を上気させた葉月さんは、手に下げた 丸に十のマークの<ドラッグ島津>の袋を、桔葉さんに手渡しました。


「…幸せそうで良いよね。葉月ちゃんって。」


「ちゃん付けするの 止めて下さいって、言いましたよね?」


 不服そうな声の主に、桔葉さんは向き直ります。


「姉なのは、年齢だけでしょ?」


 葉月さんは、抗議の意志を示すために唇を尖らしました。


「反論出来ないからって、そう言う顔しないの…は・づ・き・ちゃん。」


 拗ねた視線を受け流した桔葉さんは、猫なで声を出します。


「『お姉さま』って呼ぶ様に頑張るから…手伝ってくれる?」


「─ 手伝ってあげても…良いですけど。。。」


 唇を尖らせるのを止めた葉月さんに、桔葉さんは内心で呟きました。


(…呼ぶのは、手伝ってくれている間…限定だけどね。)


----------


「それでは、こちらを刻んで頂けます? おねぇーさ・ま。」


 桔葉さんは、テーブルに積まれた板チョコの半分の山を指さします。


 それぞれ、自分の山に手を伸ばして、チョコを刻み始める2人。


 周囲に、甘い香りが漂います。


「こんなにチョコ、どうするんですか?」


 4枚目のチョコを刻み終わった葉月さん、次のチョコに手を伸ばしました。


「バレンタインに決まってるでしょ。」


 正面の桔葉さんは、3枚目のチョコを刻みながら答えます。


「何人に…渡すんですか?」


「70人…ぐらいじゃ ないかな」


「そんなにいるんですか?気になる人が…」


 驚いた葉月さんの手が止まりました。


 3枚目を刻み終えた桔葉さんの顔に、苦笑いが浮かびます。


「バレンタインって、そんなイベントだったね、そう言えば」


 桔葉さんは、次のチョコに手を伸ばしながら、呟きました。


「渡すのは…クラス全員と担任、あと生徒会の役員と顧問…」


「全部…義理と友と義務のチョコ、なんですか。」


 すっかり手が止まった葉月さんを、軽く視線で注意してから、桔葉さんは新しいチョコを刻み始めました。


「正確には…投資と保険のチョコ。かな」


「…は?」


「快適な学園生活を送るためには、適度な人脈や権力は必須だからね」


「─」


「<人望のある 気の利く優等生>の仮面は、色々便利だよ。」


 再び手が止まり 桔葉さんに睨まれた葉月さんは、再びチョコを刻むために まな板に向き直ります。


「今…摂関政治とか、院制とかいう単語が…頭に浮かびました。。。」


「…あなたの可愛い妹を、悪人呼ばわりしたら駄目ですよ。お・ね・え・さ・ま♡」

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