第4話 僕から私へ。


十四年前、私はこの世に生を受けた。

両親にはあまり似ずに産まれてきた私は母と同じ黒髪に、紫黒の瞳を持って産まれてきた。





ここからは両親の話。



父である不知火誠は元々暴力団にいたような素行不良な男で、逢瀬菜穂香は誠が慕っていた暴力団メンバーの逢瀬鉄心ととある風俗嬢の大川香織の娘だったらしい。

そんな両親を親に持った菜穂香は「裏の世界を知ってしまっているからこそ、そんな世界はダメだっていうことを今の子どもに教えてあげるんだ」といって教師を目指したそうだ。



色々な問題を抱えつつ目標を見つけた菜穂香は「父に頼れないから」と自分でお金を貯めつつ大学進学を決める。

そんなこんなで金銭面の問題を抱えつつ大学へ入学。たくさん勉強をして、二年生の頃には教育実習に行くようになる。


菜穂香が教育実習に行った学校。それは何の変哲もない、普通の高校だった。


でも、なんだか好きだったのだ。

生徒達が何か縛られることなく、生き生きと学校生活を送れている、この学校が…。

だから菜穂香は大学卒業後、この高校に就職した。


ある時、菜穂香は二人の男子生徒と仲良くなった。

一人は毎日のようにアルバイトを入れ、たまに学校に来たかと思うと屋上に行き授業をサボるような男子生徒・佐藤大翔。

もう一人は勉強ができるが故に授業をサボって屋上で自主勉をするような変わった男子生徒・街田剛。

そんな二人に世話を焼くうち、仲良くなったそう。


だが、そんなある日、大翔は学校に来なくなった。

剛の言では「またバイトだろ、すぐに戻ってくる」だったが、その言は外れ、大翔は戻ってこなかった。


中学生の頃からこの時まで菜穂香は少し年上の誠に言い寄られおり、父親に強制されての交際をしていた。

時折、毎日のようにホテルに連れ込まれたり、辛い日々を強いられても耐え抜いていた。


そんなある日だった。「大翔が見つかった」と剛から連絡が来た。

「剛くんの言う通りだったね」そんなことを言ってそのことに安堵しながら通話を切る。


その二日後だった。大翔がバイト中に大怪我をし病院に運び込まれた、との連絡を受けた。慌てて大翔が運び込まれたという病院を訪ねると、そこには酷い怪我を負った大翔の姿があった。


大翔に何があったのか。

だってそうだ。これはどう見ても他人からの暴力を受けた傷。

しかもこれをしたのは一人じゃない。複数の誰かが一斉に…。こんなのまるで…。



その日は時間も遅く、あとをご家族におまかせして帰った。


帰り道、姉に説教をされてしまった。私の今までの生活に絶望し、私を心配してくれたみたいだけれど、私はもうこんな生き方しか出来ないのだ。


帰って姉が母に伝えたところ、母は意識を失った。

慌てて病院へ運び込もうとしたところで誠さんから電話が来た。いつもの誘いだろう。



そう思った途端、少し前に誠が愚痴半分に「新入りが入ったんだが、マジで使えないやつでな。若いからってもっと使えるかと思ってたが…」なんて言っていたこと、それにちょっと前から私が務めている高校に興味を持ち始めていたことを思い出す。


まさかね…。


そう思いながら、電話を無視して母を病院に運び込んだ。

数時間後、母は目を覚ました。

少し、記憶障害を起こしてしまったようでしばらくは入院することになった。




次の日、大翔の病室を訪ね、彼の目覚めを待つ。

目覚めを待つうちに寝てしまっていたらしい。見舞いに来た剛に起こされた。その時には既に大翔も目を覚ましていて、久しぶりに三人で話をした。中でも一番話題になったのは大翔のアルバイトの話だ。

大翔は頑なに話そうとはしなかった。だから私も剛も無理に聞こうとはせずに話は終わり、「無理はしないように」とだけ言って病院を後にした。


次の日、大翔の入院してる病室を訪れると…そこはもぬけの殻だった。

どこから調べて来たのか、剛が大翔のバイト先について調べてきた。


そこは父が贔屓にしていた店であり、裏で誠とも繋がりがある店だった。


急ぎ足で家に帰ると父や誠を呼び出し、二人と話をする。

「大翔を自由にしてあげて」


無人の工場に呼び出され、始まった会話。

大翔の自由と引換に父と誠が菜緒香に出した条件は二つ。

佐藤大翔から手を引く代わりに誠と結婚すること。教師を目指す道を諦め、父の言う通りに生きることだった。


この頃、菜穂香はちょうど数度目の妊娠をしていた。実は今までに流産を繰り返していた菜穂香は姉との話からもう子どもを殺したくはないと思っていたのだ。

だから出産期と同時に辞めるためそれまでは教師として過ごし、それ以降は父に従うという結論になった。


次の日はいつも通りに学校に行った。

とりあえず教師にも生徒にも、妊娠したために出産期が来たら教師を辞めなければならなくなることだけは伝える。

そんな教師や生徒からは「おめでとう、逢瀬さん。」「先生、おめでとう!」などの欲しくもないお祝いの言葉を貰う。


そんな中、変わらないこともあった。

現文の時間になると居なくなる二人だ。

授業を終え、二人が居るであろう屋上へと向かう。


「先生、本当にごめん」

大翔の謝罪から始まった屋上でのひととき。

大翔は今までのことを正直に話してくれた。


大翔は給料に釣られてアルバイトを始めたらしい。そんなアルバイトが気づいたら金を扱うだけの仕事になっていて、失敗すれば袋叩きに遭い、成功しても新入りだからと万札一枚を貰うだけ。だからといって逃げることは許されなかったらしく、学校にもまともに通えなかったようだ。


今、そんな大翔はアルバイトを辞めることが出来たらしい。


菜穂香は心底安心した。

これ以上、巻き込むわけにはいかないから。私が二人を守ってあげるんだ。


そんな決意を固めていた頃、ふと大翔が切り出した。

「妊娠したんでしょ?赤ちゃんの名前何にするか決めた?」

そんな話だった。

最後に二人は『彼方』という名前を提案してくれた。


望まぬ生き方をした私と同じ道を辿ることのないよう、空の彼方のように広く沢山のことを経験しながら生きて欲しい。

そんな願いのこもった名前だ。


今回の妊娠で子どもが産めたなら、その子には『彼方』と付けてあげたいな……。


二人にはそう言ってみせたかった。

そうすれば二人はとても喜んでくれていたと思う。


「ありがとう。でも名前はちゃんとあの人と話し合って決めないとね」

本当はあの人にこの子を関わらせたくなんてないって思ってるのに……。

私は二人を騙してるようで申し訳なかったが、なんとかその場を乗り切った。


そして、だいぶお腹が膨らんできたある日、大翔と剛に同時に告白された。


なんとなく二人の気持ちには気づいていたし、私も二人の事は他人には思えなかったからとても嬉しかった。思わず、了承をしたいほどに……。

でもその時は苦笑いをして嘘をついた。

「先生に…、しかも婚約してて妊娠までしてる人に告白するなんて…」

そんな風に言って二人を傷つけた。


これ以上、二人を巻き込みたくなかった。だからそんな本音を悟られないように嘘をついたのだ。



そして遂に教師生活最後の日が来た。

「これからお幸せに」「先生、今までありがとう」。

嬉しくない、欲しくない別れの言葉。


本当に欲しい言葉を言ってくれた大翔と剛。

二人はあの日以来、学校に来ていない。


最後に二人ともっと話をしたかったな…。

そんなことを思いつつ帰り、次の日。


結婚式を迎え、

逢瀬菜穂香は不知火菜穂香になった。







その後、私を出産したらしい母は父の勧めで水商売を始め、たくさんの人と体の関係を持つようになったらしい。


暴力団を辞めた父は工場に務め始め、仕事で上手くいかない事があるとしょっちゅう母に手を出していた。


だからだろうか。

何があった訳でもなく、皆に大事にされて育ってきたのは…。

だからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


私は… 僕は、孤独だった。


生まれてこれまで人に囲まれて育ってきた。外にいる時には必ず声を掛けてもらえるし、お菓子だってくれる。


でもそんな彼方は家に帰ればいっつも一人だった。


未だ水商売で稼ぎ続ける母と遊び癖の治らない父。

たまに三人揃うことがあっても父と母は寝室から出てこなくなり、ご飯もまともに食べられなかった。


保育園に通い始めたことがきっかけで母の姉である清香や同じ保育園に通う愛の母である由紀菜さんにお世話してもらう事が増えた。


昔からよく世話をしてくれた従姉妹の綾姉ちゃんは僕の憧れで、すごく好きだった。仲良くなった愛ちゃんもいつもそばにいてくれた。

清香さんも由紀菜さんも凄く僕のことを気にかけてくれるようになり、嬉しかった。

この人たちと居ると僕も女の子だって思っていいんだ、と思えた。



そんな時にたまに出てきた話題があった。

それが彼方の性別についての話題。

産まれてこの方、自分のことを女だと思っていた。だのに父からは男であること強いられて生きる。


僕が男だなんてなんでそんなことを言うのだろうか。


そんな疑問を抱えて生きるうちのことだった。


やっとそれを思い知らされたのが、愛が亡くなった翌日のことだった。


クラスメイトの前で丸裸にされ、辱められた。

僕は女じゃない、とそう突きつけられた。


今までは愛が僕に意識させないようにしていたんだろう、私を庇ってくれていたんだろう。それが分かり、より一層大きくなる喪失感。

そんな中、偶然両親の喧嘩を耳にした。僕のことで言い合ってるみたいだった。


「あいつは間違いなく男だ」「産まれる予定じゃなかった」


本当は母がもっと庇ってくれていたのだが、この時の私はそれを考えるほどに余裕がなかったんだろうな。


口をついて出たのは謝罪ばかりだった。

望む姿で生まれてこなかったことへの謝罪。

生まれてきてしまったことへの謝罪。

なぜ、女として生まれてこなかったのか。なぜなぜなぜなぜ…。

なぜ生まれてきてしまったのか。

そんなことを考えながら眠った翌朝。


母は死んでいた。


この日、従姉妹の綾香の引越しに合わせて齊藤家に引き取られることが決まった。綾香が引っ越すまでは父と二人暮らし。

あの時から僕は男で居ること、自分が生きていることが怖くなった。


それでも家に帰れば父から男であることを強いられ、父の意に沿わない時には暴力を振るわれる。


辛い、辛くない。

もう…どうなってもいいや…。


そんな毎日を過ごし、次第に壊れていった当時の私は生きることに希望を見い出せていなかった。最初は辛かった父の暴力も当たり前のことと思うようになり、自分のことを考えなくなった。


そんなある日、清香と綾香が僕を引き取ると言い出した。

嬉しかった。


これで女子として生きることを止める人がいなくなる。


そんな風に思った。


今にしてみれば酷い言い草だ。

当時の私にとっては女として認めてくれる人、女として認めてくれない人がいるだけだった。


その日、清香と綾香に連れられ、齊藤家に来た。その日で一日過ごしてみただけなのに、住む世界が違ったみたいだった。

三人一緒に食べる朝ご飯に涙が抑えられなくなり、ボロボロと涙をこぼしたがら食べた。


そうして初めて今までの考え方は間違ってると思った。


清香さんや綾姉ちゃんは男でも女でも僕のことを大事にしてくれた。父がそうじゃなかっただけできっともっとたくさんの人が僕を心配して大事にしてくれていたんだと気づいた。


なんだか凄く嬉しかったと同時に申し訳なくなってきた。


次の日、清香さんが病院に行こうと誘ってくれた。そして、まず由紀菜さんの家へ行こうと…


正直、怖かった。


あの日以来、愛の死から逃げてきていた自分が会いに行ってもいいのだろうか…。

そう思って断ろうと清香さんの方を向いた。


清香さんが泣きそうな顔でこちらを見ていた。

その顔を見たら、やらなきゃって思ったしなにより断ることなんて出来なかった。


由紀菜さんの家に到着し、挨拶をした後、由紀菜さんと話をする。


由紀菜さんが一緒に病院に行くと言ってくれた。


病院に行き、診察を受けた。

先生から過去の事や、性別に対する意識の話をされ、簡単なテストをした。


「少し異例ではありますが、不知火さんの場合は胎児の頃、人格が形成される時に起こった人格統合性の性同一性障害のおそれがあります。ごく稀に流産によって死亡した胎児の人格が同胎内にいる胎児の人格へと影響を及ぼすことがあります。おそらくそれでしょう。」

それが診断結果だった。


お金の問題もあり、僕の心の準備もまだで、その日は診断結果だけを手に齊藤家に帰ります。



その次の日、病院のことも合わせ、由紀菜さんは僕のために色々なことを提案してくれました。

中でも僕の養母になってくれるって聞いた時はとても嬉しかった。


次の日、病院に行き、先生に手術を受ける旨を伝え、入院した。








手術を受けると決めた日からずっと病院で生活していた。

病院のご飯が美味しくないことは由紀菜さんから聞いていたし、生活環境なんて与えられた個室や病院の中に施設されてあるコンビニくらい。

そんな生活が嫌になったことだってあった。

清香さんは「わがまま言わないの」とそう言った。


自分でもわがままだと思う。

僕が受けたいと言って受けることを決めて始まった生活なのだ。

だから何かあっても我慢しようと、そう思った。


手術後、ベッドから動けない日が何日続いただろうか。


まともに動かせない体。点滴のみで何も食べることの出来ない毎日。そんな日々に次第に嫌気が差してきた。


鬱だ。

何もかも思い通りにいかなくて投げ出したくなる。

体は重いし、毎日のダイレーションを看護師にしてもらうのだってなんだか恥ずかしい。


自分が鬱状態だと分かった時からだ。

頭の中で声が聞こえるようになった。

最初こそ自分で自分に自問自答をしているだけだと思っていたけど、次第にそれは違うと思った。


少し不思議だった。



ある日のこと。僕は起きれない事に苦痛を感じた。

「起きたい。」

まだベッドに固定され、動けない中、ふとそんなことを口にする。

「ダーメ、まだ体が出来上がっていないみたいだから早くてもあと二週間は我慢しないと」

仕事で忙しいはずなのに毎日のように来てくれる清香さん。

「起きたい起きたい!もうずっと寝てるだけなんて嫌だよ!」

今まで貯めてきた鬱憤が爆発したように口をついて出た。


「嫌だよ嫌だよ、こんなのあと一週間もこのままなんて嫌だ!僕が最初から女の子に産まれてくればこんなのしなくても良かったのに……!」


なぜ、こんな辛い日々を送らなければならないのか。

もしも男の身体ではなく、女の身体に生まれてたなら……

なぜこんな体で生まれてきたのだろうか。


そんな思考がよぎり、

「女の子じゃないならいっそのこと産まれてこなくて良かったのに……」


そう言った瞬間。思いっきり頬を叩かれた。

その後、清香さんは寝てる僕に覆いかぶさる様にして抱きつく。


「ごめんなさい。痛かったでしょ、辛かったでしょ……。

私がもっと早くに菜穂香のことに気づいてあげられてたらこんなことになって居なかったかも知らないのにね……。

ごめんなさいね……」



またやってしまった。

そう思った。同じようにして実の母を死に追いやったのにまた同じことをしてしまった……。


「清香さん、ごめんなさい。ごめんなさい」

「いいのよ、謝らなくて。謝らなくてもいいから、もう『生まれてこなければ…』なんて言わないで?これは約束、いい?」

「……はい」


以降、自分が生まれたことに対する後悔は辞めた。


この時から《僕》は《私》になった。

自分に素直になろうとした結果だ。


そうしたらなんだか、何あっても何をしても楽しくなった。

嬉しくなった。


生きてることが楽しいって思えるようになった。



頭の中で「初めまして」と声が響いた気がした。








この頃、彼方は10歳になっていた。


色んな人と話すようになったり、色んなものに興味を持つようにった。

清香にたくさんの本を買ってきてもらって物語に浸りながら時間過ごすことも多くなった。


仲が良い看護師さんも出来た。

毎日をとても楽しく過ごしていた彼方はある日同い年くらいの男の子とも仲が良くなった。

名前は和人と言うらしい。

病院にいる間に読んだある小説の話で盛り上がって仲良くなった。


「この子、凄く強くてかっこいい!普段はとても子どもっぽいのにいざと言う時には凛々しく戦うんだよ!」

和人のそんな一言。

凄く同意だった。


それからは二人で会うと決まってそのキャラの話になっていた。


「僕、この子みたいになりたいな……」そんな和人の一言に「きっとなれるよ!」そう背中を押してあげたことがあった。

和人は見た目の話、彼方は性格の話と少しずれた会話をしていた二人はそれに気づかぬままにその日を終えた。


次の日、「病室で女装をしていたら父に怒られた」と愚痴る和人。聞いてみたところ、和人は幼い頃から女子の服を着ることに憧れがあったらしい。しかし、父からは反対されていたという。

別のベクトルではあれど、同じ悩みを持ったことのある彼方は「なら、私が和人くんの着せ替え人形になってあげるよ!」と、そう提案した。


まずは昨日、和人が着て失敗したというキャラの服からだ。

まだ胸の処置が終わっていない彼方はぺったんこの胸のままキャラの服を被った。


胸元以外あまり違和感がなかった。

彼方は少し嬉しくなっていた。

だからその日から時間がある時には二人で着せ替え遊びをするようになったのだ。

そんな二人の楽しかった日々。


そんな日々は長くは続かなかった。



少しして、和人はいつもの場所に来なくなった。

仲の良い看護師に聞いてみたところ、病状が悪化し、ベッドから動けなくなったらしい。

看護師から和人の病室を聞き、訪ねてみると、そこには別人かと思うほどに荒れた顔で出迎えた和人がいた。


元々、重い病気で入院した和人は、投与された薬の副作用でこうなることを知っていたらしい。

だから、顔が綺麗な時にいっぱい色んな服を着たかったそうだ。


途中からは男から女になった彼方が服を着るのを見ることで満足出来ていたらしい。


二人はお互いの病状など、教え合うこともしなかったから和人が何の病気で入院していたのかなんてこれまで気にも止めなかった。


和人は何らかのガンにかかっていたらしい。

次の週には目を開けることもしなくなった。


彼方の胸の手術が終わり、これからホルモン投与の治療が再開されるという頃。

和人は息を引き取った。


病状に関する詳しい話は聞けなかったし聞かなかった。

ただ、和人が大切にしていた数々の衣装だけでも貰ってくれないか、という和人の母の一言で衣装を貰った。


後日、自分の病室で貰った衣装を着たまま大泣きしたことは仲の良い看護師だけが知っていた。





そんな日々から二年が経ち、全ての処置が完了した。性適合手術・造膣手術・豊胸手術・声帯交換手術と無事に終わり、退院の日。


仲良くしてくれた看護師さんと、ここで息を引き取っていった和人に別れを告げ、病院を後にした。


和人と仲良くし始めて以来、あまり病院に顔を出してくれなくなった清香さんは病院から出るといっぱい話を聞いてくれた。


これからは女の子で、由紀菜さんの養娘で、でも不知火彼方のままなんだなってなんだか別人のようになったのに名前がそのままなのが変な感じに思えた。

そんなことを考えている時、心を読んだかのように「お母さんになってくれた由紀菜さんにちゃんと挨拶しなきゃね」と念を押された。怖い。


清香さんの気遣いに感謝しながら由紀菜さんのところへ帰る。


帰りついて、母娘お互いに気まずさを感じていたら母になった由紀菜さんが「おかえり」と挨拶をしてくれた。


その娘になって初めての一言がすごく嬉しくて目頭を熱くした。


だから私も「ただいま、ゆき…お母さん!」と明るく元気に答えた。



私は今日から『植村彼方』、由紀菜さんの娘だ。




その後、遅れて家にやってきた清香さんと一緒に今後のお話をした。

タイに行く話は前にちょこっと耳にしていたからもう既に心の準備は出来ていたし、すぐに了承した。

由紀菜さんと一緒に清香さん家に引っ越すのも了承。

でも、中学校に行く話には素直に頷けなかった。


今までに学校というものにいい思い出がないからだ。


でも、由紀菜さんは「これから何があっても良いように、学校にだけは行っておきましょう?」となんだか嬉しそうな顔で言ってきた。


「この顔には勝てないなあ…」

小声でそんなことを呟いてると由紀菜さんは不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「ん?なあに?」

「……いや、なんでもないです」

由紀菜さんの笑顔には勝てないと確信してしまった。

でもこれを知られてしまうと今後、上手いように流されてしまいそうなので、誤魔化す。


「分かりました。タイでのことが終わったら学校には通います」

とりあえず、由紀菜さんに迷惑を掛けたくはなかったので、了承しておく。


次の日、通う予定となる中学校へ挨拶に行く。面会した校長先生はとても優しそうな人だった。


それから私の話、これからの話をする。



「事情は分かりました。では、三年時からはきちんと通えそうですね」

「はい。宜しくお願いします。」

校長先生と対面に座った由紀菜さんがお互いに頭を下げる。


面談の結果はこうなった。

校長先生は無条件で三年時から通うことを認めてもいいとのことだったが、おそらく他の教師陣がそれを良しとしないだろう。

なので、中学校在籍中は常にクラス内順位で上位をキープし続けること。


それが出来るならば認めてもいいとのことだった。





タイに行ってからは整形治療と勉強漬けの日々だった。

時折、送られてくる試験問題。

常に満点を目指し、それに望む。


小学校の勉強をまともにして来なかった彼方はとても苦戦した。

国語ならすらすら解けるのに数学などは解き方がわからないため、意味が分からなかった。

その結果、最初の試験では酷い点数を取った。


同時に整形の治療も進む。

初めて受診した日、どのような顔が理想か。どのように整形したいかなどを聞かれ、とっさに思いついたのが入院時から好きだったとある小説の銀髪ヒロインだった。銀髪に染めるかどうかは後にしても尖った耳をどうするのか。そんな話になった。


由紀菜さんに尋ねてみたところ、特にしちゃダメという理由もなかったので「お願いします」とだけ言って治療の方針が決まる。


家に帰ると、テストの見直しと復習。教科書を見て勉強をする。


毎日、ご飯の時だけは他のことをせず、由紀菜さんの手料理を味わい、由紀菜さんとたくさんお話をした。


次の試験では毎日の勉強の成果が出たのか、結果は満点だった。

嬉しかったと共にこれからも満点を取ろうと今まで以上に必死に取り組んだ。


段々と内容も難しくなるけれど、満点を取るのは嬉しかったし、色んな知識が増えていくのはとても楽しかった。



治療が始まって二年もの月日が経った頃。


顔の整形治療が終わった。

あとは耳の整形だけど、一年ほど掛かるという。思いついて言っただけのことにまさかこんなに期間がかかるなんて思ってなかったし金額も上乗せされてしまったから、最初こそ「いや、やっぱり耳は何もしなくても……」なんて言ったが、由紀菜さんに言い負かされた。


結果、予定通り耳の整形手術も受けるようになったし、ここでの生活ももう少し長くなった。


いつもの様に試験を終え、勉強をしていたある日、中学校の担任の先生からお手紙が届いた。

隠すつもりにしていた彼方の在籍がとある一人の生徒によってバレそうになったらしい。

その生徒は最近、彼方と同じくらいの成績をキープし続け、勉強を頑張っている子だと言う。


中学校には成績に順位が付くのか。


彼方にとっての新事実だった。

だから気になったのは、自分の順位とその生徒の順位。


手紙には担任の連絡先が書かれていたのでその連絡先にメールを送ってみた。

『植村彼方と言います。

お手紙、ありがとうございました。在籍していたことが露見しそうということですが、私は一向に構いません。少し、怖いですが、早くクラスメイトと一緒に学校生活を送りたいです。


あと、気になったことを質問してもいいですか?

私、中学生の試験に順位があるということを今日初めて知りました。

私の順位と先生の手紙にあった彼の順位を教えてくれたら嬉しいです。』


そのメールにはすぐに返信が来た。


『無事に届いたみたいでよかったです。初めまして。担任の松川です。

元気そうで何よりです。

私たちも植村さんが学校に来れるようになる日を楽しみに待っています。

さて、順位についてのお話ですが、まずクラスメイトは植村さんを含めた41人在籍しています。

その41人の中でも植村さんは一年生の時からずっと一位をキープし続けてます。その生徒、本郷君って男の子が二位ですよ。


いつも満点、とても素晴らしいです。

これからも楽しみにしてますよ。』


メールでの初めてのやり取りがとても新鮮だった。

それに一位だって!一位をキープし続けてるんだって!!

でもあれ?二位の本郷くん?あれ、『本郷』なんだか聞いたことがあるような……


まあ、いっか。

行ってみれば分かるよね!

「でもそっか〜、一位か〜。嬉しいなあ〜。」


一位を取るのが楽しみだって言われたし、これからも頑張ろっと。


そう、思い過ごした一年間。

無事に一位をキープし続け、整形治療も終わり、日本へ帰る日が来た。


今日はタイで最後の日。嬉しいようで怖いようなそんな心境のまま今日は髪を染めてもらう日。断髪式ならぬ染髪式(?)をした。

綺麗な銀髪に染めてもらって全ての治療が終了。由紀菜さんは彼方を髪を撫でると

「今日はあなたの二度目の誕生よ、おめでとう」

そう言いながら拍手しながらお祝いしてくれた。


二度目の誕生日。

気づけば由紀菜さんだけじゃなくて、お店の人やタイにいる間、お世話になってた人までが拍手をしてくれていた。


嬉しくて泣きそうになりながらもそれを誤魔化すために「みんなでハッピーバースデーを歌おうよ」と由紀菜さんに提案してみた。


由紀菜さんの「1・2・3♪」の合図で皆一斉に唱い出す。

「ハッピーバースデートゥーユー♪

ハッピーバースデー♪

ハッピーバースデーディア カナタ〜♪

ハッピーバースデートゥーユー…


おめでとうカナタ~!!」


「ありがとう、みんな。少しの間でしたがお世話になりました!!」

そんな風に送り出してくれて、満足以上に満足だった。


家に帰りつき、空っぽになった家で最後のご飯。


そのご飯の中、学校へ通うことの不安を由紀菜さんに伝え、励ましてもらった。



日本へ帰る飛行機の中、眠る由紀菜さんに布団を掛けてあげて、敢えて由紀菜さんに寄っかかりながら目を瞑った。


日本に到着し、家に帰った。

「ただいま〜!」

帰ってみれば、私の姿を見て驚く綾姉ちゃんや涙ぐむ清香さんに出迎えられた。


家の中に入ると、そこには女の子っぽい部屋が形作られていた。

私のための部屋。

嬉しかった。とても嬉しかった。


明日から着る予定の制服も、カバンも、清香さんが揃えてくれていた。

だから嬉しさのあまりその日は清香さんが揃えてくれていた中学校の女子用の制服、カバンなどを大事に大事に抱き込みながら寝ていた。


次の日、ちょうど冬休みから開けたであろう学生達が通っている通学路を横目にしながら車で中学校に向かった。


手紙やメールをくれた松川先生はとても厳しそうな顔をしていたけれど、とても優しく私を迎えてくれた。


朝礼に向かう松川先生の後を追いながら教室に向かう。

「ちょっと待っててね」と言われ、少しすると

「では、入って」

そう声をかけられ、慌ててカバンと着てきたコートを持ち、教室に入る。


初めて会ったクラスメイトの顔を見渡す。みんなが私の方を向いていてなんだか緊張する。



「あ、あの、植村彼方です!女です!今まで学校に来ることが出来てませんでしたが残りの数ヶ月間、宜しくお、お願いします!」


噛みながらもきちんと挨拶できた…。


そんな風に安心していると、松川先生が試験で満点を取り続けたことについて褒めてくれた。


そんな時、一人の男子生徒が声を上げた。

「植村彼方、って……もしかしてあの… 時の…?」


ん?

もしかして過去にどこかで会ったかな?


清香さん、知ってる人がいないからってここの中学校選んでくれたはずなんだけどな…


そういえば、本郷って… 名前どこかで聞いたことが…、 あ… 。






予想だにしない彼方と大和、二人の再開だった。

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