第3話 銀髪の少女。




私の名前は植村由紀菜。

数年前に事故で他界した愛の母であり、彼方の養母になりました。


彼方ももう十四歳。

普通の子なら学校に行って勉強したり、スポーツしたり。たくさんのことに興味を持っていくような時期です。


あの子が八歳の頃。性適合手術を受けると決め、入院してから数年が経ちました。何度も「見舞いに行った方がいいのでは…」とそう思いました。

でも彼方はそれを望まなかったそうです。ちょっと寂しかったけど、それがあの子の意思ならばと、見舞いには行きませんでした。


それから三年経ったある日。

私は清香さんに言われた通りに彼方の戸籍を新しく作り直しました。



次の日には清香さんからお電話を頂きました。「今日、無事退院したから、彼方をそちらへ送り届けますね」

というお電話でした。


私、とても楽しみでした。



そして緊張しながら少し女の子に近づいた体の彼方が帰ってきました。


長く伸びた黒い髪。

少し大きくなった胸。

当たり前だけど、身長も少し伸びていました。


多分、この時、彼方はどうするべきか分からなかったんでしょうね。

私も同じです。

緊張して何も喋られません。言葉が思いつかないのです。

一体なにを言ってあげたらいいのか。


そこでふと愛のこと思い出しました。

不意に熱い何かがこみ上げてきて涙がこぼれます。

そんな時「あの時、愛にはどうしてあげてたかな?」

そんな疑問が頭をよぎり、同時に答えが出ました。

ああ、緊張する必要なんてないんですよね……


「おかえり、彼方。」


だから前と同じように…

愛が元気に帰ってきたあの時と同じように、養娘にそう声をかけてあげました。


「ただいま、ゆき…… お母さん!」


「由紀菜さん」と言いかけて「お母さん」と言い直し、元気に明るく挨拶を返してくれた彼方。その返事がどれだけ嬉しかったか、それは今になっても忘れられません。



今日からこの娘は『植村彼方』、私の娘です。




その後、家を訪ねてきた清香さんと今後の話をします。

タイへ美容整形を受けに行く話です。

行く日取りなどの話は滞りなく行われました。

問題になったのは関係なさそうで大きな問題でした。

「タイから帰ってきたあと、学校はどうするのか」

清香さんからの質問でした。


私も彼方も学校に通うことなんて全く考えていなかったので揃って頭を抱えます。

「すみません、失念してました。そうですよね。帰国予定の四年後って本当ならまだ中学生ですもんね…」

「そう。それに高校はまだしも中学は卒業させないと後々大変らしいですし…」


清香さんの言う通り。

外聞だけじゃない。学力面のことでもそうだし、過去に色々を抱え過ぎてしまっている彼方には圧倒的にコミュニケーション能力が足りていない。

いろんな面を見ても学校という場は彼方には必要だと思う。


「なら、私達が住んでる近くの中学に通わせてみましょうか」

清香の提案だった。


彼方と由紀菜の二人も清香の家に引越し、そこから通わせればいいのでは、とのこと。


その提案を呑み、引っ越すことになりました。


愛と過ごしたこの場を離れることはとても名残惜しいが、中々踏ん切りがつけられなかった私への転機になるかもしれない。


そう思い、私は新しい一歩を踏み出したのでした。





現在、私と彼方はタイにいます。

明日、日本へ帰る予定です。

タイに来てから彼方は凄く明るくなりました。凄く可愛い女の子になりました。日に日に変わっていく彼方を見るのは嬉しくもあり寂しくもありましたが、今は明るくなった彼方と過ごすことが幸せで溜まりません。


最近、彼方は家に居ても勉強尽くしです。そんな中でも唯一一緒に居られる食卓があの子との会話の場。


「ねえ、由紀菜さん。中学校ってどんなとこかな。あの時みたいなこと起きないかな」

明日から始まるだろう新生活に不安を隠せない彼方。

「きっと、大丈夫。今のあなたはちゃんと女の子なんだから。もっと自信を持って。ね?」

「……うん」










二年生になった頃。

実力考査でも相変わらずの二位を取った大和はある疑惑を持った。

「もしかしたら座席が用意されてないだけでこのクラスにはもう一人、クラスメイトが居るんじゃないか…」

というものだった。


二年生の期末考査でこれは確信に変わった。

初めて満点を取った。だから一位を期待したのだ。

でも順位は二位だった。


満点で二位を取る理由なんて一つしかない。

満点が二人いるからだ。



それに気づき、早速担任の先生に聞きに行った。

担任は否定していたが、反応を見る限りはビンゴだ。


このクラスにはクラス内40人以外にもう一人クラスメイトがいる。


おそらくそのクラスメイトは、一年生の時から在宅受験をしていたんだろう。


そう思った大和は中学生の初めから一位を取り続けるこの謎のクラスメイトは誰なのか気になり始めた。


調べてみても何も分からなかった。

そのことからもこの謎のクラスメイトはおそらく一度も学校に来ていないことが分かった。外部受験をしなければならないほどに学校に来れない理由が何かあるのだ。



それからすぐに三年生になった。

三年生になると、クラスに新しい生徒用の机が運ばれた。

遂に、謎のクラスメイトが学校にに来るのだ。

そう思うと毎日が楽しみになった。

毎日毎日、それだけを楽しみに学校に通う大和。



この頃になるとクラス内の雰囲気は受験モードに変わっていた。

皆、より一層勉学に励むようになって、どんどんと季節も過ぎていった。


そうして、二学期も終わる頃。

「私は皆さんに黙っていたことがあります」

そう、担任が切り出した。


「実はこのクラスには学校に来ることが出来ていなかったクラスメイトがいます。

その子が三学期から来ることになりました。三学期は高校受験のシーズンで皆さんもピリピリしている頃だと思いますが、優しく迎えてあげてください。」


担任からの報告。それを聞いてざわめくクラスメイト達。

そんな反応とは少し違い、大和は「来た!」とそう思った。

受験の事よりもその子のことの方が気になっていた大和にとってはとても喜ばしい事だ。


冬休みなんていらない。冬休みなんて早く終わればいい。


そう思い、過ごした冬休み。

遂にその日が来た。



「冬休み前に言った通り、今日から本当の意味でクラスメイトになる子を紹介しますね。植村さん、どうぞ」


ん?植村……?

なんだか聞いたことがあるようなその名前に少し頭の中に疑問が浮かび始めた。


そしてその疑問はその人物の自己紹介文と容姿を見てその疑問はどんどんと膨れ上がった。


「あ、あの、植村彼方です!女です!今まで学校に来ることが出来てませんでしたが残りの数ヶ月間、宜しくお願いします!」


元気に挨拶をしながら頭を下げた女の子。


髪は銀髪で少し尖らせた耳。おそらく整形だろうが、そんなことが気にならないくらい… この世のものとは思えないくらい綺麗な容姿だった。


ただ、大和は他にも気になった部分があった。


植村彼方っていうその名前だ。

その名前には覚えがありすぎるほど覚えがあった。


それは小学生の頃の話。

『植村』は大和の好きだった子の名字、『彼方』はその子が気にかけていた幼馴染みの……。



先ほどの疑問と合わせ大和が考えに耽っている時だった。


「皆さんの中にも疑問に思ってた子がいたんじゃない?『なんで一位がいないんだろう?』って。」

担任は意味有り気に大和の方を見ながらそんな風に言う。


そこで大和は考えた。

一位がいなかったクラス内順位に実は在籍していたクラスメイト。

そこまで考えに至った時だった。


あ………。

少し思考停止した後、慌てて先生に質問する。

「せ、先生。もしかして一年生の中間考査以来、一位を取り続けていたのって…」


それに応えたのは担任ではなく…。

「はい、私です!中学の試験では常に満点を取れるように頑張ってました!」


張本人の植村彼方だった。





これが『一位のいないクラス内順位』の真相だった。

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