第5話 初めての中学校。
「あ…、 えっと…」
どう…しよう…
「ええ?本郷くん、あの子と知り合い?」「え、他人に興味無いと思ってたのにあんな可愛い子と知り合いだったなんて嘘でしょ…?」
クラスメイトがザワザワしながら大和に尋ねる。
でもそんな声が耳に入らないほど彼方は凄く慌てた。逃げ出したくなるくらいに。
まさか小学生時代の私を知ってる人がいるなんて思わなかった。
どうしよう…どうしよう…!?
慌てて誤魔化し文句を考えるけど全然出てこない。考えてるうちについつい手櫛を繰り返して、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
チラッと大和の方を見ると、大和もどうしていいのか分からずに頭を掻きながら口をパクパクさせていた。
「あれ、あの子のあの反応ってもしかして…?」
「もしかしてこの二人ってそういう…?」
片や顔を真っ赤にして相手の顔を見るのも恥ずかしがってそっぽを向く。
片や頭を掻きながら照れている。
そんな風に見える二人の様子を『久しぶりの再会に緊張している恋人同士のそれ』と見たらしく、次第に女子達の中から黄色い悲鳴が上がり始める。
「きゃー」「おー!」「うわっ、マジか!!」「ちぇ…」
興奮したり、感嘆したり、驚いたり、中には嫉妬したりする人がいた。
ちょっと賑やかしい。
と、そこで場を鎮めたのは松川担任。
「はい、みんな騒がない。
植村さんだって初めての中学校生活初日で緊張してるんだから」
松川先生が止めてくれて助かった。
正直、変な噂なんて立ち始めて私の過去が浮き彫りになるのだけは避けたかったから、良かった…。
「改めまして、これから宜しくお願いします。」
改めてクラスメイトにお辞儀とともに挨拶をして、朝礼は終わった。
朝礼が終わり、安堵した表情を見せた途端。
クラスの女子達が彼方の席を囲むようにして押し寄せてきた。
「植村さんさっきはごめんね?これから仲良くしよっ!」
「あ、私も私も!これからよろしくね!」
「あ、うん。よろしくね」
そんな簡素な返事しか出来ないのが申し訳なかったけれど、なんとかちゃんと話が出来た。
「植村さんってテストでずっと満点取ってたんでしょ!?凄いね!!」
「うん。いつも満点を取れるように頑張って勉強してたから」
「凄いな〜、ウチは勉強嫌いだから全然ダメ…。良かったら今度勉強教えて〜。」
「うん、いいよ?」
「マジ!?ありがとう!」
「植村さんのその髪って地毛?」
「ううん、染めたの。ちょっと色々あってね」
「やっぱ、そうだよね。めっちゃ綺麗な髪だから地毛だったら羨ましいなって思ってたんだよ。私も綺麗な髪にしたいな〜。あたし、くせっ毛だからな〜。」
「あ、それならスプレーつけた後でヘアドライヤー使えば…」
「あ、そうなの!?明日やってみるよ、ありがとう!」
「いえいえ〜」
「植村さん!」
…
「植村彼方さん!」
…
「ねえねえ!」
…
女子達と色んな話をした。
正直!疲れた。
そんな十分休みが明け、初めての授業。
各担当の先生に挨拶をしながら、試験成績のことを褒めてもらったり、授業中にはたくさん当てられ、それに全て正答するとクラスメイトからも賞賛の声。
初めての授業とても楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
昼食の時間になり、近くの席の人と一緒に給食を食べていた時のことだ。
隣の席の女子が話しかけてきた。
「ねえねえ、植村さんって本郷くんとどんな関係なの?」
不意をつかれた質問に思わず飲んでいた牛乳を吹き出しそうになる。
「ごめんね急に。だ、大丈夫…?」
心配されてしまった。
「大丈夫だよ」
とりあえず無事なことだけは報告。
さあ、なんて答えようか。
馬鹿真面目に「小学生の時、同じ学校に通ってた」なんて言ったら過去のあれこれを探られかねないし、かと言って「なんでもない」なんて言って信じてもらえるわけがない。
「……ら…ん?」
どうしようか…
いっそのことみんなの言った通り「恋人だ」ってことにして話を合わせていった方が良い気がする。
「………さん」
でもなあ…
それはそれでどうかと…
私本郷くんと一回しか話したことないし、そんなに何かしらの繋がりがあるわけでもないんだよ。
強いて言うなら愛との繋がりだけど…
「…植村さん!」
「は、はい…!!」
思考の渦の中、突然大きな声で呼ばれてビックリしてしまった。
「本当に大丈夫?何度も呼び掛けてたのだけど…?」
どうやら考えごとをしてる中、彼女はずっと私の名前を呼んでいたらしい。
「あ、うん。ごめんなさい、考えごとしちゃってて…」
「あ、そうなのね。それで質問の答えだけど…?」
「あ、たまたま親が本郷くんと知り合いだっただけだよ!出会った時は…その…まさか知り合いがいると思ってなくてビックリしただけで、別に深い関係とかではないんだよ」
咄嗟に思いついた誤魔化し文句。割と上手い誤魔化し文句が思いついたなと思いながらも嘘に巻き込んでしまった愛やお母さんに謝る。
嘘、付いちゃってごめんなさい。
「そうなのね……、良かったわ……」
心の中で今は亡き幼馴染みや母に謝罪しつつ、目の前の彼女が何かボソッと呟いたのが気になった。
「え、なんて?」
本気で気になったので聞いてみると、彼女は顔を赤面しながら慌てて手や首を横に振り、
「いえ、なんでもないなんでもない!」と言った。
気になる。
気になりついでに私は彼女の名前を聞いてないことを思い出した。
だから
「あの、名前なんて言うのか聞いてもいい?」
なんて言って質問してみた。
「あ、そっか。自己紹介がまだだったわね。
私、街田奏。
宜しくね、植村彼方さん」
初めての中学生としての一日が終わった。
家に帰って由紀菜さんと話すことがたくさんある。早速、たくさんの人と話ができた事。本郷大和が居て、とても驚いたこと。授業が楽しかったこと。
少しテンションを高くしながら家に帰りつくと清香さんが出迎えてくれた。
「清香さん、ただいま〜!」
「おかえり彼方。学校どうだった?」
「ん?楽しかったよ。たくさんの人と話したし、授業も楽しかった〜」
「そう、良かった。」
バレないようにこっそりと目元を拭い、ホッとした顔をする清香。それに敢えて何も言わない。言えない。
「うん、ありがとね清香さん。私、部屋に上がるね!」
「ええ」
帰宅早々うるっと来てしまって、それを誤魔化すようにして家に上がる。
清香さん、凄い心配してくれてたんだろうなあ。涙ぐんでたもんなあ…
もしかしたら由紀菜さんにも心配を掛けてしまったんだろうか。
由紀菜さんには心配も迷惑もかけたくないんだけどな。
そんなことを思いながら、居間に上がり「由紀菜さん、ただいま〜」って挨拶する。
由紀菜さんはホッとするような顔をするでもなく、いつも通りの優しい顔で「おかえりなさい」と挨拶を返す。
心配は掛けてないみたい。良かった。
由紀菜さんと少し話したあと、「勉強をするから」と言って部屋に戻る。
部屋に戻り、夕食までは今日の授業の復習をしようと机に教科書やノートを出した。
ノートを綴っている内に瞼が重くなった。目を開こうと必死になりながら教科書に目を通し、ついに寝てしまった。
今日の朝のことだ。
彼方を無事に送り届けた、と由紀菜さんから連絡が来た。
あの子がちゃんと中学校に通えるかどうか心配していたので無事、中学校に行ったと聞いて心の底から安堵するとともに嬉しかった。
でも、まだ油断は出来ない。あの子が無事に帰ってくるまで安心してなんかいられない。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
由紀菜さんがそう慰めてくれる。この人は平気なのか…なんて思って彼女を見てみれば着ているブラウスのボタンは掛け間違えているし、靴下は左右別々のものを履いていた。
普段はきっちりしている彼女がこんな有様なのを見てもとても心配していることが分かる。
「隠さなくても良いわよ。
正直、下手に慰められるよりは一緒になって心配してくれた方があの子のためだと思うし、それに私も嬉しいから。」
そう言って手を叩いてみた。
由紀菜さんは一度深呼吸をすると
「どどどどど、どうしましょう。もしあの子が嫌なことされてたら私……。あの子、大丈夫かな……、体のことでからかわれたりしてないかな……。」ととても心配そうな顔、声で訴えてきた。
なかなか見ることが出来ない由紀菜さんの本音。
普段、彼方の前でも敬語でしか話さない彼女が、素直になった途端に言葉が崩れるところを見ると、未だお互いに気を遣いあって生活してたんだろうなって思った。
母娘になったんだからもっとお互いに寄り添えばいいのに…
そんなことを思ってはみても当然口にはしない。
自分で言ったように一緒に心配を抱えてあげることが今彼女のために出来ることだろう。
「本当に。からかわれたりしてまた学校に行きたくないなんて言われたらもう立ち直れないわよ。あの子も私達も。」
「ううううう……、心配だなあ……大丈夫かな……」
普段綺麗な顔立ちを歪ませることのない彼女が苦悩と心配で顔をくちゃくちゃにして頭を抱えている光景は、見ていてなんだか可笑しくなった。
由紀菜さん、可愛い人ね。
その後も彼女は何をするにも手が付かないようで、見てて面白い。
洗濯物を取り込むのに一々居間に戻ってきたり、お昼に目玉焼きを作らせてみれば、醤油と間違えてコーヒーで味付けしようとするわ、最終的には焦がして失敗。
掃除をするにも掃除機の吸引力の強弱を調節し忘れて、必要書類が二枚ほど犠牲になった。
流石に危ないからと居間でゆっくり過ごすように言って私は事の後始末を始める。
ちょっと思い出したことがあった。
彼方が幼い頃に綾香が友人関係で悩んでいた時期があった。
彼方はそんな綾香が心配だったが故に、普段ならしないような言動をしていた。
元気づけようとして失敗したり、手伝いをしようとして帰って邪魔をしてしまって怒られたり……。
当時こそ呆れてものも言えなかったのだが、そんな幼い頃の彼方と、今一緒にいる由紀菜の行動がそっくりなことに気づいたら、それはもう面白くて面白くて仕方がないと同時に、二人がちゃんと母娘をしていたのが感じられて嬉しくなった。
そんなこんなしているうちにもう午後三時を回っていた。
居間でゆっくりするように言っていた由紀菜さんは怪訝そうな顔で眉を寄せて寝ていた。
ちょっと可愛い。
寝ながら『彼方のためにしっかりしなきゃ…』なんて言ってて、ちょっと呆れてしまう。
ちょうど良かったので干してあった毛布を取り込んで由紀菜に掛け、そのまま寝かせてあげる。
外に出て、玄関の掃除をしようと箒を持ち辺りを箒で掃く。
ふと携帯を開き、時間を確認してみると四時前になっていた。
あれだけ心配していたもののこの時間になっても何の連絡も来ないということは彼方は無事に中学校に馴染めたのだろうか。
そう思うと心の底から安心できた。
昨日、別人のような姿でけれど偶然にも菜穂香にそっくりになった顔で帰ってきた彼方を見て嬉しくなったと共に嬉しくなって涙をこぼしたことを思い出し、また今日もこうして無事に過ごせたんだろうななんて思えていることが嬉しかった。
掃き続けていると、勢いよく玄関が開いた。由紀菜さんだ。
彼女は寝ぼけた顔で「清香さん、あの…彼方は…帰ってきましたか?」と言葉遣いもいつものものに戻り、慌てた様子で声を掛けてきた。
「いや、まだ帰ってきてないわ。それより、どう?ゆっくり休めた?」
そう尋ねると、由紀菜さんは恥ずかしそうにしながらも丁寧に頭を下げ、
「…はい、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました…。」
と答えた。
んー、なんだかな……
そんな由紀菜が玄関を閉め、居間に戻ったのと同じ頃、「ただいま〜!」と元気な声と共に彼方が帰ってきた。
その元気な姿に嬉しくなってちょっと涙ぐんでしまったけどすぐに隠したから多分バレていないと思う。
玄関掃除に使った箒や塵取りなどを片付け、家の中に戻る。
居間で帰ってきた彼方と話している由紀菜が取り繕った顔で話しているのを見て、ちょっと残念に思った。
なんだか、さっきの由紀菜さんを見たあとだからかもしれないけれど、距離を感じてしまうのよね……
なんとかしてあげたいけど……
清香がそう考えてる内に、彼方は「勉強をするから」と言って自室に行った。
彼方が居間から出た直後にホッとした顔をして、姿勢を崩す由紀菜。
ちょっと心配になって声を掛けてみる。
「もう二人とも母娘なんだから、そんなに気を張らなくてもいいんじゃない?」
「いえ、彼方に心配は掛けたくないので……。だから私がしっかりしないと」
うーん、難しいわね。お互いにお互いを気遣って踏み込めてない感じかしら…?
これ悪い意味でも二人共似てきたのかもしれない。
ただ、私からは口を出せない。
二人で気づいていくしかないと思う。
これはまだ二人には話してないけど、あと二ヶ月もしたら綾香は就職で都会へ引っ越すことになっていた。
私もそれに付いていこうと思っている。
ちょうどいいかもしれない。
また二人で暮らすことで距離を詰めていけるかもしれない。
現に、タイで数年二人で暮らしただけの二人がこんなにも母娘をしているのだからきっと大丈夫だろう。
せっかく、また一緒に暮らし始めたばかりでこんなことを言うのも酷の様だけどね。
私の考えを察したかのように由紀菜は
「あの、清香さん。ちょっと彼方と話をしてきます。学校での話も聞きたいですし、母娘の会話をしてきますね」と笑いながら彼方の部屋へ行く。
そうよ。結構自然に母娘してたから気にも止めていなかったけど、まだ本当の意味で母娘になってから五年も経ってないのよね…
話に行くと言って彼方の部屋を訪ねたはずの由紀菜さんがもう戻ってきた。
「どうしたの?」
「あの子、教科書とノートを開いたまま机に突っ伏して寝てました。初めての学校できっと疲れたんでしょうね。だからさっきの毛布を彼方に掛けてあげようと思って…」
そう言うと毛布を持って再び彼方の部屋へ。
彼方に毛布を掛けてすぐに居間に戻ってきた由紀菜さんは何故か凄く笑顔だった。
「あの子、寝ながら『由紀菜さんに迷惑をかけないようにしなきゃ…』って言ってたんですよ。そんなこと思ってくれてたなんて、嬉しいなあ……えへへ」
なんだかデジャヴを感じるわ……。
こういうところまで似てきてるのね……。
そう思いつつも、話を切り出す。
「由紀菜さん、もうそろそろ綾香も帰ってくるし、話したいことがあるんだけどいい?」
ちょっと真剣なムードを醸し出しつつ、由紀菜さんはキリッとした顔で「わかりました」とそう答えた。
なんだか不思議な気分で目を覚ました。
どうやらノートを綴りながら寝てしまっていたらしい。
わたしの体には毛布がかけられていた。
あー、温かいなあ。
由紀菜さんか清香さんが掛けてくれたのかな。
わたしはその毛布を纏ったまま居間へと向かう。
毛布を被ったまま居間へとやって来た彼方は清香、綾香、由紀菜が三人でテーブルを囲んで話をしているのが見えた。
「あら、彼方起きたのね」
清香さんはわたしに気づくと、由紀菜さんの隣に座るように促した。
そして話を訊く。
話の結論としてはわたしが中学校を卒業するまでは四人で一緒に暮らして、卒業後は由紀菜さんとの二人暮らしになるらしい。
ちょっと寂しいが、由紀菜さんがいるならそれで良かった。
綾姉ちゃんに進路決定の祝いをしたいと提案したら、今日の夕食はファミレスで食べることになった。
思えばこの四人で行く初めてのお出かけだなあ。
夕食の席で綾姉さんを祝い、周りの迷惑にならない程度ではしゃいだ。
ファミレスからの帰りの車の中で今日の学校の話もした。
話の中で本郷大和の名前が出た時は由紀菜さんも清香さんも少し驚いたようにして話を聞いてきた。
街田奏って子と仲良くなったって話をした時にも清香さんは食いついた。
もしかしたらわたしの知らないわたしの何かがまだあるのかもしれないなあ…
そんなことを思いながら家に着き、明日の準備をして着替えてからベッドで横になる。
明日も良いことがたくさんあればいいなあ…。
「お父さん、今日ね、仲いい子ができたの。」
少女は父の隣に腰掛けながら話す。
「へー、良かったじゃん。その子どんな子?」
「とっても綺麗な子。そして、とても不思議な子。」
男は少し曇ったように見える眼鏡を拭き、娘の話を聞く。
「その子ね、植村彼方って名前なの。」
それを聞いた途端、男は手に持っていた布と眼鏡を床に落とした。
「うえむら…かなた……?」
なぞる様にして懐かしむようにして何度も何度もその名前を口にする。
すると娘は不思議そうな顔で父を見る。
「お父さん…?」
「奏、今月末その子を家に呼べないか?
ゆっくりと話をしてみたい。」
そう言いながら壁一面に貼られたとある事件の記事に触れる男。
その記事は6年前に自殺で亡くなった女性の事が書かれた記事で、その親族の欄には大きな字で《不知火彼方(8)》と書かれ顔写真も添付されている。
植村さんの旧姓だろうか……
なんて思いながら記事を見た娘はとても驚いた。
名前が載っていたことについてもそうだが、一番は顔写真についてだ。
だって、今日初めてあった彼女とはまるで別人のような顔をしていた。
なにより、名前と共に載っている性別が《男》を示していたのだから…。
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