第3話

【俺の妹になってください】


三話


時は四月の下旬。春風が暖かくそろそろ今年も日本特有の蒸し暑い夏が来るのか。と、想像させるような柔らかな風が教室を駆け抜ける。


あーあ。短くスカート履いちゃって……スカートめくれればいいのに。んで、「不可抗力だって!!」とか言ってあの子に。三ヶ森ちゃんにぽこぽこ叩かれたいなぁ。


多分、あの子のパンツはクマさんの描かれたパンツだろう。そうに違いないっ!


そのよくわからない自信を持ちながら俺は両手を合わせて天に祈る。


ラブコメの神様。お願いします。そんな展開を俺にください。だが、現実はそう甘くはない。三ヶ森ちゃんはそこらへんのビッチみたいにスカート短く履いてないし、頑張ってもその展開は無理なのだ。


俺は姉の作ってくれた愛妻弁当らしいものを食べ終わり、暇だなぁ。っと、自分の机に突っ伏して周りをボケーっと眺めていた。


姉の作る弁当は手作りものもばかりで本当にうまいのだが、春樹LOVEと白米の上に海苔を使って書いてしまうのはどうかと思う。もう俺は子供じゃない。というか、一歳しか年だって離れてないんだぞ?そこらへんわからないところから察するに、姉の頭は多分イかれちまってる。


「ハールーキックッー!」


「はぁ」


頭のイカれた人間第2号の声だ。全くどこの戦隊モノのキックなんですかね。ちなみに一号は美香姉である。そのよくわからないハルキックとやらという単語が廊下から聞こえてきたとき、またか。と、大きくため息をつく。そして衝撃に備えて身構える。


ドンッ!!


その刹那、グリっと背中に何かが突き刺さり、抉られるような痛みを感じた。


なにこいつ。ピンヒールでも履いてんの?


俺は高校に入ってからも相変わらず、俺は蹴りをかまされていた。


「よっ!風見!」


蹴りをかました後とは思えないほどの晴れやかな笑顔でこちらを見る。


「よ。じゃねえ!!それ、朝も昼休みもやるけどそろそろやめてくれないか?」


びっくりした……。すげえ爽やかに挨拶するもんだから俺を蹴った人がこいつじゃないんじゃないか?って、一瞬騙されかけちったよ。


「うん。わかった!」


と、目をキラキラさせてこっちを真っ直ぐ見つめて頷く。


「わかってねぇ!!」


柏木と話すとペースが完全に柏木ペースだ。俺の話わかる?というか日本語わかる?言葉のキャッチボールとか小学校で習ったよな?お前のはただ思いっきり避けれない場所に豪速球を投げてるだけでこっちが投げかけても取ろうとしない。千本ノック状態だ。俺は一生懸命全力で投げてるじゃんっ!受け取れよっ!


「あ、そう言えばもうそろそろ合宿?みたいのがあるらしいわね」


「………はぁ。さいですか」


そんな俺の心の中の叫びがやつに届くはずもなくノーモーションで鋭い球を投げてくる。


「で、行動班わかったんだけど、私とあんた同じ班だからよろしくねっ!!」


「へー」


「なによ。その嫌そうな顔はー」


と、柏木は俺の両頬を両手でつまみ引っ張り回す。


嫌に決まってるだろ。高校と中学なんも変わりゃーしないなんてさ。俺だって高校デビューで妹を作りたいよ。


「というか、それってどこで確認できるんだ?」


俺は好き勝手に俺の頬をつねり回してくれた手をやっとの思いで剥がし、そう訊く。俺の頬は高いんだからな?あとで請求書書いてやる。


「今日のショートホームルームで先生が班の紙前に貼っておくぞーって言ってたじゃん」


お、やっと会話になったな。なんて少し感心しながらも今日の朝方のことを思い出す。………うん。なんか、そんなこと言ってた気がする。班は私が決めたー。だのそんなこと言ってたけな。


そして今、俺は暇だった。だから、前の黒板まで行ってその紙とやらを確認する。


俺は……四班だな。


で、柏木の名前はそこに確かにあった。その確認をしただけだというのになんだかドッと肩が重くなった。


で、他は………


男の欄を見る。


この表は男女で分けられているらしく、一班男子二人女子二人の計四人で一班形成されるようだ。そして、とりあえず俺は男子の方の欄を見る。俺以外のもう一人は山口 遥【やまぐち はるか】という名前があった。


誰だ?それ。


もうこの高校に入ってから二、三週間経ったけれど、まだ全員の名前と顔なんておぼえてない。というか高校人多過ぎじゃね?中学校の頃は三十人くらいだったし小学校も同じ人間が多かったからおぼえれたけど、全く知らん奴がクラスに五十人以上いるとかふざけんな。ビッチの名前なんぞ俺はおぼえん。三ヶ森さんは別だがな。


そして、女子の欄を見るとあのうるさい女子の名前の下に三ヶ森さんの名前の文字があった。


なん………だと!?


その名前を見た瞬間、外の桜は散りかけているけれど、俺の頭の中にはお花が咲き乱れていた。


うわー!!!超あたりじゃねえか。やっと俺にもツキが回ってきた。


ラブコメの神様ありがとうっ!!


****


そして、6限目。


やっと最後の授業だ。この千葉県立小中橋高校は進学校なんかではなく、普通の高校である。なので平日六時間。が、当たり前なのである。勿論土曜日に学校なんてもってのほかだ。


授業が始まると少し変だった。俺はいつも真ん中の一番後ろの席なのだが、廊下側の後ろの席に着いていた。


席替えなんかはしていないがそういう席に配置されていた。


そして、俺の右隣には新しい景色にビクビクと怯えている三ヶ森さんがいる。なに?みてるこっちまで怖くなってくるじゃん。何がいるの?


彼女の目線の先を見ると先生がいた。……うん。先生は確かに荒っぽい性格をしていると思う。それはいつもの授業を見ていればわかる。黒澤先生の担当の数学の授業の際、チョークや赤ペンやらが教室に飛び交うし、字だって綺麗とは言えない。だが、授業がわかりにくいというわけではない。というかむしろわかりやすい。目つきの悪い容姿故、誤解されやすいかもしれないが、生徒からの相談や悩み事を聞く姿を見るのもしばしば。なので生徒からの信頼もあるいい先生だ。


なので、彼女が怯えてる理由は他にあるはずだ。


俺が周りを見渡していると、唐突に背中に重い何かがのしかかったような感覚に襲われた。


な、なんだ?この圧は……


恐る恐るゆっくりと後ろを振り返ると、肉食猛獣ですら尻尾巻いて逃げ出してしまいそうな眼光がこちらを睨みつけていた。


そんな恐ろしい眼に俺は一時撤退を余儀なくされた。べ、別に怖かったわけじゃないんだからね!


一つ深呼吸をする。


「すぅ…………はぁ………」


………こいつに俺が初めて会っていたならば腰を抜かしてちびっていたかもしれない。だが、幸いなことにやつを知っていた。どれだけ危険なのかを。いつもなら俺は自分の命欲しさに逃げてだしているだろう。だが、お兄ちゃんには逃げられない時ってのがある。その状況が今だ。横にはあの化け物怖くて震えてしまっている妹がいる。ここで兄を見せないでいつお前は兄になるんだ!?そう自分に言い聞かせ、足の震えを自分の太ももを抓って止める。ならば、慄くことはない。俺が。いや、お兄ちゃんがあの凶猛な猛獣狩ってきてやるからな。


俺は、完全なる死亡フラグを立てていた。


また、気合いを入れ直して後ろを振り向こうとすると「はーい。班を作って」担任の黒澤先生があくび混じりの声でやる気なさそーにそう言う。


ほっ。と、息が漏れた。


全然助かったとか。怖かったとかそんなこと微塵も思ってないからね?むしろ、倒せなくてがっかりしてため息が漏れただけなんだからね?………はぁ。死ぬかと思った。


そういえば今はもう授業中だったんだった。横で震えていた三ヶ森さんのことしか考えてなくて全く話を聞いてなかったぜ。


ぎぎぎー。と、音を立てて机やらがあれよあれよとグループの形になる。


目の前にはふわっとしたベージュ色の髪を右手てつまんで人差し指に引っ掛けてくるくる回して遊んでいる三ヶ森さんがの姿があった。


「ちょっと、三ヶ森さんが困ってるでしょ?」


小さい女がポニーテールをしゃー!と、立てて軽蔑に近い目線を送ってくる。


その髪どうなってるの?お前パラサイトなの?


呆気を取られたが、その程度で動揺する俺ではない。「え?なにが?」と返して、自然にそちらの小さな女の胸元当たりを見る。


ふぅ。なんだか安心するな。そのぺったんな胸は。だって、三ヶ森さん結構あるんだもんなぁ。


というか今なんでこうなったんだ?


確か、三ヶ森さんが怖がってて……あ、そうか。俺は化け物を討伐しなければなかったんだった。


そう。あのちっこいパラサイトをっ!!


そう、決意を固めたところに後ろから黒澤先生がコツコツとピンヒールを鳴らしながらやって来た。


「四班のな」


と、一枚の紙を渡してくる。


「………あ、はい」


俺が紙を受け取ると、先生はめんどくさそうに頭を掻きながら、くるっと踵を返してトコトコと教卓のほうへと戻って行く。


どうやら俺らが一番最後に配られたらしい。


そして、先生はパイプ椅子に踏ん反り返るように座って長いしなやかな足を組む。今にもポケットから携帯をだしていじり始めそうな雰囲気だった。


黒のショートパンツに黒タイツ、黒ジャケットと、黒黒黒のトリプルコンボが白ワイシャツとの美しいコントラストを生む。


というか、あれをモデルに絵を描きたい。行ってこようかな…


「そこ、じっとしなさいっ!」


教室の喧噪の中でも、柏木のその言葉ははっきりと聞き取れた。


「は、はいっ!」


俺は思わず、背筋をピーンと伸ばしてそう答える。


俺の夢はその一言で途絶えた。


多分、いや、絶対に先生のパンツは黒のヒラヒラしたすげえエロい奴だ。


あー。見たかったなぁ。


「で、みんな。どの係やる?」


そんな俺には全く構わずに話を進めていってしまう柏木舞。


別にいいんだけどね。


「わ、私は……残ったので………」


と、小さく手を上げて震えた声でそういう。


よく頑張った。我が妹よ。お兄ちゃんが楽な係りにしてあげるからね?


「では僕もなんでもやりますよ?」


と、歯をキラッと輝かしてハニカムいかにもイケメンですって感じのことをする横の確か名前は………山口 遥だったか?


やつは態度相応のイケメンだった。どれくらいイケメンかというと、高校デビューしようとした女子に告白されたであろうくらいイケメン。それをまた爽やか笑顔で「ごめん。君の気持ち凄い嬉しいよ。でも、互いのことまだよく知らないし友達からでもいいかな?」とか臭いセリフを吐いて振ったと、垣間見えてしまうくらいにイケメンだった。くそ。いいなぁ。俺も妹が欲しい。


ん?妹って言っちまったな。だが、事実だ。ならいいや。


「そ、そう………困ったわね。あんたはなんかやりたいのある?」


その言葉に柏木は若干落ち込んだような表情を見せた。なんでもいい。って言った方は凄い気が楽になるけど、言われた方は気を使わないといけなるなるよな。


「悪い。先生の話聞いてなくて係なにがあるのかですらわからないや」


と、山口に負けないくらいのイケメンな笑顔を作って見せる。


「はぁ。じゃ、その紙見て」


柏木は一つため息をついてから、まるで「なにこいつ。人間?」みたいな目でこっちを見上げる。え?なんで?


俺はそんなやつの視線を横に流しつつ、紙に目を落とす。


まず一つ、リーダーである班長。これは俺に向かない。何と言っても注意書に『夜に全班長を集めて班長会をやります』なんて書いてあるんだもの。会話になんて発展したら、というか発展するだろうけれど、そうなったら俺は詰む。「お前誰?」ってなっちゃうからこれはダメだ。


二つ目、副リーダーである副班長。これは班長のサポート………なんて書いてあるが、『何かをします』と具体的な例はない。ということはなにもしなくていいということにもなる。だから、一番楽な係だろう。


三つ目、炊事係だ。これは俺的に三ヶ森さんにやって欲しいと思う。エプロンなんてつけさせたら堪らないぜ?あれ。ということでこれもなしということではないが、とりあえずは除外。


四つ目、時間確認係。そんな係必要?高校生ですぞ?と、思ってしまう俺である。


楽な順番で並べると二、四が同率くらいに楽で、一と三は面倒だろう。


「で、決まった?」


熱心に紙を見る俺に感心したのか驚いたのかわからないが、一緒になってちっちゃいのも紙を見ていた。


顔近っ!……無駄に甘い良い匂いするしよ。だがな、それは俺以外の男子にやったら『こいつ、俺のこと好きなんじゃね?』って誤解されるから気をつけなちっこいの。


早まった鼓動を抑えてそう応える。これは驚いて心拍数が上がっただけであって、決して他の男子のように『こいつ俺のこと好きなんじゃね?』とか微塵も思ってない。


そして、十分な間を取ってから俺は堂々と宣言する。


「副班長。勤めさせてもらうよ」


キリッとドヤ顔で決めてやった。


「わかったー。じゃ、私は班長やるわ」


それには目もくれずに班長である柏木は、紙に丸字で俺と柏木の名前をすらすらと書いていく。


これでリーダー、副リーダーは埋まった。


あとは時間確認係と炊飯係だ。


両方なくてもいいんじゃね?


というかなんで係なんてあるんだろ。そんなの中学校でおさらばじゃないの?


「お先にどうぞ。三ヶ森さん」


と、イケメン君がすごい煌びやかな笑顔でニッコリとそういう。


「あ、は、はい………」


三ヶ森さんは目線をあさっての方向に向けて、三秒ほど静止する。そして、少し考えるような仕草を見せてまた三秒。計六秒の時間をかけてから言葉を続けた。


「じ、じゃ、炊飯係で……」


白い頬を朱に染めながら恥ずかしそうにそういう。


そんな三ヶ森さんをみて、不意に薄いピンク色のフリフリしたエプロンを恥ずかしそうに着た三ヶ森さんを想像してしまう。よっしゃー!エプロン来たー!!と、嬉しさのあまり俺はガッツポーズを小さく取っていた。


「じゃ、僕は残った時間確認係やるね」


と、三ヶ森さんに視線を送るイケメン君。おい。やめろ!の妹に手を出すなっ!


「三ヶ森さんが炊飯係で、山口君が時間確認係ね」


柏木は口頭で言いながら紙に名前を書く。


キーンコーンカーンコーン………


丁度話が終わったところでチャイムが鳴る。


ガタッ!!


そのチャイムの音に驚いたのか先生は音を立てて立ち上がる。


そして、何秒間かぼけーっと静止する。


あの人絶対寝てたね。だが、いい教師だと思うので俺は咎めない。


「ふわぁ。じゃ、紙を前に持ってきてくれ」


大アクビをしてから頭をぽりぽり掻いて、だるそうに言う。


というか、この合宿とやらにはいつ行くのいつなのかな?二泊三日ってのは知ってるけど、場所知らない。一応着替えやらはあるからいつだっていいけどよ。


「帰るよ?風見」


いつの間にか放課後になっていた。


「え?あぁ。うん」


部活のあるものは部活に行くが、俺は部活なんて入る気は無い。中学校の時も『俺は帰宅部部長だっ!』とか言ってたくらいだ。だから、帰宅部に俺は誇りを持っている。


でも、なんでこいつ部活入らねえんだろ?柏木は低身長を除けばなかなかの高スペックなのだ。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群と文化系運動系のどちらをやっても好成績を残せるだろう。なのに、やつは部活に入らない。


「なあ、お前さなんで部活入らないの?」


家に帰る道中、自転車を漕ぎながらふと疑問に思ったことをそれとなく訊いてみる。


「ふぇ?」


急な質問に可愛げな声を出す。なんだよ。お前バスケやってるロリかよ。全く、小学生は最高だぜ。あ、見た目に騙されてしまったよ。高校生だったなこいつは。


「……うん。特に理由はないわ」


少し考えるような仕草を取ってから彼女はそう言った。

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