第2話

【俺の妹になってください】


二話


告白したのかって?いや、そんなことできるわけもない。まだ入学式すら始まっちゃいないのだ。夕日なんてどこにある?今は雲という邪魔がないからと、いつにも増して燦々してる太陽だけだ。


だが、教室で二人きりというのは事実。


そんなワードだけでうわーすげえエロいよなぁ。なんて考えてしまうのは男子高校生だもん。仕方ないよね。


なんともいえない時間がチクタクという秒針音だけがBGMになって過ぎて行く。


彼女は俺から見て左斜め前。と言っても一番左側の列の左端。一番太陽に晒されやすい場所だ。別に変な知らない奴がそこに座って日光に照らされるなら別にどうってことないのだが、あろうことかその憎たらしい光は彼女の白く透き通ったようなきめ細やかな肌に紫外線を注いでいるのだ。なにしてくれるんだ!俺の未来の妹に!


スラー


カーテンをスライドさせて彼女にの今にも折れそうな細い腕を悪い光から守るためにカーテンを閉める。


そして、彼女の横を通る。


「…………あ。え、えっと……あの………」


か細い声を上げる彼女。


そう言えば自己紹介してなかったな。


「俺は風見春樹。風見でもなんでも呼んでくれ」


出来ればお兄ちゃんだったりすると嬉しい。と、付け足したいところだが、そこまで俺も恥知らずでアホというわけではない。


「じゃ………か、風見……くん」


と、目を泳がせながら指を胸の前で交差させたりしてモジモジしている。そして、呼び終わると文庫本に隠れるようにして体を伏せてしまう。


うぅ……言っちゃったよ……


と、心の声でそんなことを言っていそうな彼女。小ちゃく縮こまってしまった彼女には犬や猫のような愛嬌があった。僕、こんなの知らない。


そのあまりの可愛さゆえに、ここでのたうち回ってうぉー!!と、奇怪な声をあげながら、四階から地上にダイブしたっていい気分になった。………まあ、やらないんですけどね。


「君は?」


「………へ?」


と、文庫本から目だけを出してこちらを見上げ、口元は出さずに隠している。


口隠して目隠さずなんてことわざがあったっけな?いや、頭としりか。あれは。


そんな錯覚をするほどにおんなじ行動をとるやつをどこかで見た気がする。


あ……姉さんか。


今日の朝そんなことをしやがったな。


「あ、あの………」


「えっと、君の名前は?」


最近こんな題名の映画がヒットしたっけなぁ。面白かったなぁ。


「え、えっと……… 三ヶ森 美柑【みかもり みかん】です」


三ヶ森美柑。いい名前だ。この子にあってると思う。


「三ヶ森さん。これからよろしく」


「う、うん。風見…くん。これから一年よろしくね」


と、咲いた笑顔はミカンの小さく白い花に重なって見えた。


その時、鼓動が秒針より少しだけ速くなった気がした。


それから俺はあまり長く近くにいすぎると変に思われると思い、自分の席に戻った。


それを境に人がひっきりなしにやってきた。


そろそろ時間か。


中学校の知り合いだろうか?「あー。結衣?久しぶり〜」なんて話してるやつ、俺同様席に座って静かに本を読んでるやつ。携帯を取り出して周りをキョロキョロしてるやつ。と、いろいろな人間が教室にはあふれていた。


知らない奴ばかりだ。中学の知り合いもいるはずなんだがな……


まあ、いいか。


ガラガラガラ。と、扉をまた誰かが開けて入ってきた。だが、その人は明らかに周りの奴とは違った。


「はい。静かにー」


その女性は教卓の前に立つと、けだるそうな声でそう言う。目つきは少し怖いが、それ以外は完璧だ。黒のスーツからは悶々とオトナの女っていう雰囲気を身体中から醸し出し、とにかくエロかった。そして、艶々の肩にかかったストレートの長い黒髪をサラッと搔き上げる。


そんな仕草一つで、思春期真っ盛りの俺の心を騒つかせるには充分だった。


「えー。私は黒澤 美久【くろさわ みく】だ。1ーFの担任で……えっと、これから一年間よろしく頼む」


黒澤先生はみんなが黙ってシーンとした後、すらっとかるく淡々と挨拶をする。


みんな目を奪われているのか言葉を発しようとする人間はいなかった。


こんなに黒が似合う女性がいただろうか。いや、俺は知らない。魔性の女ってのかな?魔性の女って響きが魔女っぽいし、いっそ魔女が着てそうなあの黒い服を着させたらスッゲェエロいんだろうなぁ。


「あ、あの…………い、移動ですよ?……か、風見……くん」


気づくと教室には俺と三ヶ森さんだけしかいなかった。


「な、なにをぼーっと………してるんですか?変な顔をして………」


と、不思議そうに首を傾げてこちらを覗いている。


「い、いや……ちょっとねー。あははは」


と、笑って誤魔化しながら俺は席を立ち廊下に出る。先生の身体のラインがボッキュボン過ぎて色々妄想に身を投じていたら、現実を見失ってた。なんて言ったらどんな顔されるかわかったもんじゃない。


俺の未来の妹だぞ?そんな子に冷たい目されたら…お兄ちゃん死んじゃうっ!


廊下に出ると繁華街のように人の話し声やらがいり混じって混沌のような喧噪を作り出していた。


「皆集、前と後ろの席の人の間に入ってください」


み、みなしゅう?なんだ?その単語。皆の衆の間違いか何かか?なんとも頭の悪い学生の考えそうなフレーズだな。と、心の中で突っ込んでしまった。


さっきまで俺はうつつを抜かしていた。前と後ろの席の顔なんて見てる余裕ねえよ。


そんな時ポンポン。と俺の肩を誰かが叩いた。


振り向くと背の低い女の子が背伸びをしていた。小さいな。130センチ台か?うん。そのくらいだよな。そんな低身長で赤みがかった髪を高めのポニーテールにしている知り合いなんて俺には一人しかいない。


「よっ!」


「………げっ!柏木 舞【かしわぎ まい】……」


「その嫌そうな顔はなによっ!!」


と、少しふくれっ面になりながらもそこのチビは俺のひざに蹴りをかます。俺はそれを回避することはできない。


そりゃー嫌にもなるだろう。おはようの蹴りが毎朝毎朝飛んできてたんだぞ?なんだよ。おはようの蹴りって。ちゅーとかそういうのじゃないの?俺、夢見すぎ?


あ、そんなことよりも、なんかドラ◯エっぽいな。


「ひ、膝治療だけは勘弁してください」


俺はさくせん欄からその言葉を選んだ。


「ふぅ。仕方ないわね。今日のところは生かしておいてあげるわ」


と、上から目線でそんなことを言っているがやつは俺を見上げてそう言っている。


「なにそれすげえ怖い」


「…………はぁ。にしてもあんたとまた同じクラスなのね……」


肩をがくりと落として露骨に落ち込む。


落ち込みたいのはこっちだ。目が会うたびに殴られるんじゃないかとビクビクしていたこの九年間。どうしてくれるんだ!?


「おいおい。そんなに落ち込まないでもらえますか?もっと小さくなりますぜ?」


思いとは裏腹に俺の軽口がペラペラと動いた。


「あ?」


飢えた野獣のような目がギロッとこっちを睨む。


「すいませんでした。嘘です。柏木様は威厳のあるお方です」


ひ、ひぃ………怖え……


あそこで俺の反射神経が働かなければ首から上はなかったかもしれない……なんだよあれ。チートかよ。


「風見。お前は私の前だ」


なんというか、高校に入ったってのに後ろのやつは変わらないなんてな。


こいつ。柏木舞は小学校一年の頃から高校一年になってからずっと一緒のクラスだ。なにかの因縁さえ感じる。


俺の人生の半分以上こいつが絡んできていると、言っても過言ではない。


俺は踵を柏木に踏まれながらも体育館に向かった。


そして、校長の話やらがあって入学式が終わった。


****


〜放課後〜


放課後といってもまだ昼前なのだが、今日は入学式だけだったためすぐに解散となった。


「おい!風見!」


と、後ろから首にチョップが飛んできた。


飛びそうな意識を手繰り寄せて、おれは後ろを振り返る。


「な、なんだよ?痛えな」


後ろを振り向くと九年間も一緒にいた顔がある。さすがにわからないわけがない。


「帰るわよっ!」


中学校でおれは入試を受けてないため近所の中学校で三年過ごした。ということは、こいつもなかなかの近所なのだ。


嫌だな。俺の頭にはその三文字が浮かんでいた。


だけど、直球で断るのはさすがにかわいそうだと思い、断り方を考えていた矢先、ガシッと、俺の首根っこを掴んでそのまま引きずって廊下に連れ出す。


「わ、わかった。ギブッ!わかったから離して?息出来なくなるからぁぁ!!」


俺の決死の声が届いたのか柏木が俺をポイと、投げるように手を離す。


「お、おいっ!!俺は物じゃねえぞ?」


「え?それは初耳なんだけど」


こいつは小学校からの九年間俺のことを物だと思っていたらしい。ならばおはようの蹴りも頷ける。訳ねえだろうがっ!!


「まあ、いいか。帰るか」


あ、いいのね。俺も言っちゃった後に気付いたからなんか、もう怒りもどこかに消えちゃったよ。テヘッ!


「うんっ!」


首を縦に振ってニコっと笑う。


先ほどとは打って変わって俺の後ろをチョロチョロとついてくる。全く、スーパーに行ってお母さんの後ろにくっついて離れないガキかよ。


………ずっとこんな感じならば妹みたいでかわいいんだけどな。


「な、なに見てるのよっ!!」


と、俺がボケーっと見ていたからか、胸元を閉めるようにブラウスを握り、蔑んだ目がこっちを睨んでいる。


「い、いや、なんでもない」


と、目を逸らし自転車にまたがる。


隠す胸があるのかよ。はっきり言って板じゃねえか。まあ、年頃だしそんなこと言わないけどね。


そんな優しさを発動した時、


「ね、ねぇっ!!」


と、後ろから無駄に大きな声をあげて後ろから自転車に乗る。いや、跨って。いや、これも違うな。うーん。なんというか、乗ってるというよりかは乗らされてる。と言うのが妥当だろうか。


というか、ギリギリ地面に足がついていない。宙ぶらりんだ。それじゃいざという時危ないだろ。でも、ペダルには着くみたいだな。俺はそんな柏木に合わせてゆっくりのペダルを漕ぎ出す。彼女もそれに初めて立って歩き始めた子どもみたいに、おぼつかない足取りではあるが付いてくる。というか、サイズの合う子ども用の自転車でも買えばよかったのに。


「ねえ、聞いてる?」


後ろから声が飛んでくる。


「うん。聞こえてるぞ。で、なんだ?」


と、前を見ながらそう返す。


「やっぱりなんでもなーいっ!!」


あっそ。なんでもないならいいや。というか、普通のママチャリに乗れるんだな。ある意味すげえや。


「そっか」


と、適当に投げ返す。


会話なんて特になかったが、その時間は悪くなかった。


「じゃ、またね」


「あ、うん。またな」


と、やつを家まで送ってから家に帰った。


俺の家はあいつの家から近い。というか真っ直ぐ進むだけで自分の家に着く。


「ただいまー」


自宅に着いた。


一言そう言って見たものの返事は返ってこない。姉さんもまだ片付けやらしてるからまだ帰ってこないよなー。


そして、着替えもせずにとりあえず、手洗いうがいを済まして居間に直行。


「あ、帰ったの?おかえり春樹」


声がした。馴染みのあるあの声。姉だろう。そして、声の方を向くと制服エプロン姿の姉がキッチンにいた。


「え?なんで俺より帰るの早いの!?」


先程も言ったがやつには片付けとかがあったはずなのだ。


「そんなに驚くこと?昼ごはん作るの忘れてたからね。早めに帰ったのよ」


と、フライパンを振りながらそう答える。


香ばしい匂いがする。これは……チャーハンかな?


「そ、それっていいの?」


「普通は良くないけど、泣いたら許されたわ。弟が心配で心配で……うぅ…ってねっ!」


「てねっ!じゃないっ!!そんなことしなくたって俺はもう高校生だよ?料理だって一人で出来るしっ!!」


少し苛立ちを感じ、声がいつもより力強いものになっていたのを発言した後に気がついた。


「な、なに?じゃ、お姉ちゃん要らない?お姉ちゃん心配だったから………うぅ……」


そんな些細なことだったが、姉だって俺が生まれてからずっと暮らしてきたわけだ。そんな声の変化くらいわかるらしい。


まさか………なんて卑怯な女なんだっ!!


美香姉ちゃんは涙を流した。号泣というわけではない。一つ二つと頬を伝う涙を右手で拭いながらもこっちを上目遣いで見てくる。


さすがにこれはやりすぎだろ。まさか。本気……じゃないよな。


あー。全然わかんねえっ!!


女の涙に耐性とかって付けれるのか?ゲームとかでも女の涙って最強だよな。


ってことは最初のゲームのキャラメイキングで性別、女性を選択すればいつでも秘技、女の涙を使えるってことか!?


モ◯ハンならば何回死んだって復活出来そうだし、ドラ◯エならば敵が避けていってくれて、メタルスライムがレベルカンストするまで出てきてくれそうだな。なんだそれ。チートじゃねえか。


そんなチートを美香ねえは俺に使う。


そう。あれはチート使われたら謝るしかもう選択肢は残っていないのだ。


「う、うん。ごめんね?わかったから……泣かないで?」


完全無欠のチートに俺は謝罪の言葉を三歳児でも受け取れるほど優しく投げかける。


「あ、うんっ!」


すると、『はい。オッケーでーす』と、いわれた女優のように涙を流すのをやめた。


やりやがった……


もう女優になればいいじゃん。ふざけんなよっ!俺の純情を返せッ!!


と、ガンを飛ばしている俺には目もくれずにまた火をつけてチャーハンを炒め始める。てか、いつ消したんだよ。泣く前か?ということは全部計算でやったのか!?


畜生。あのアマ……


「あ、そろそろ着替えてきなよ。そろそろ出来るから」


「あ……うん。わかった」


俺は服を着替えに二階の自分の部屋に行き、部屋着兼パジャマに着替える。


「あー!!!」


と、叫びながらボタンを一つ一つ取らずにブチブチブチーとぶっ壊したい………衝動を抑えてどうにか堪えて一個一個ボタンを外してハンガーに掛ける。


***


居間に戻る為に廊下を歩いているともう既にいい匂いが立ち込めてきていた。匂いに釣られるようにして俺は居間に入ると姉さんが待っていた。


「じゃーん!美香姉ちゃん特製炒飯でーす」


……うまそうだ。炒飯から湯気がでていて熱々のまま食べてっ!と、アピールしているようだった。


だからって、俺はさっきのこと忘れたわけじゃないからな?


俺はさっさと自分の席に座る。


両親は大体いないのでほぼ姉が台所に立って料理を作ってくれる。


「……いただきます」


早速熱々のそれをふーふーしてから一口頬張る。うん。うまいな。


さっきはあのアマ。俺をおちょくりやがってあとで万札抜いてやろう。なんて考えていたけれど、それはやっぱりなしでいいです。姉に感謝します。


俺、風見春樹は完全に胃袋を掴まれていた。


「ど?美味し?」


と、俺の向かい側に座って、両ひじをテーブルに乗せて顔の前で手を組みながら首をかしげながら微笑んでそう訊く美香姉。


「うん。うまいよ」


と、それなりに返しておく。おっと、ここで注意点。ここで「おお!うめえよお姉ちゃんっ!!大好きッ!」なんて、オーバーな反応を取ってはならない。なぜなら姉が調子付いてしまうからだ。姉を調子付かせない。それも弟である俺の役割だ。


「そっか。おかわりもあるからいっぱい食べてね?」


美香ねえは嬉しそうに微笑む。こんな感じでいい姉になるのだ。伊達に十五年も弟やってきてないぜッ!!


「あ………うん。わかった」


「じゃ、私もご飯を食べるとしますか」


美香ねえは一人ごとを大きな声で言って炒飯を台所から持ってきた。


「んー。おいしーっ!!」


一口食べて姉さんは幸福の声を漏らす。そりゃーよかったね。

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