第4話

【俺の妹になってください】


四話


ブルルル………ブルルル………


俺の安眠を奪ったのは一本の電話だった。


誰だよ。こんな時間に……まだ午前四時だぞ?


「………はい?」


『ちょっと、まだ寝てるの!?』


「…………朝からうるせえよ柏木。なんだよ」


ベットに仰向けになりながらもそう答える。


『でもよかったわ。電話して。多分寝てると思ったから』


と、意味のわからないことを言い始めた。


「………え?」


『えっ………今日から合宿よ?』


なん………だと!?


その言葉に俺はパッと起き上がり、一瞬固まる。


『ま、まさか。知らなかったの?』


驚愕の色見せる柏木の声。いや、俺の方が驚きだし………


「い、今から準備するわ。………電話サンキュな」


と、言ってさっと電話を切り身支度を始めた。


俺は黒色のキャリーバックを自分の部屋のクローゼットの奥から引っ張り出して、その中に着替えやらを適当にぶち込んでいく。


キィー。


「………おはよう。春樹」


静かにノックもなしにドアを開けて目を擦りながら部屋に入ってきたのは美香姉さんだった。姉は白のキャミソール一枚しか着ていなかった。一応、俺思春期。もうちょいと防御してはいかがなものか。


「………あ、うん。おはよう。起こしちゃった?」


急いでいたし物音とかで起きちゃったかな?と、少し配慮するところ俺ってすげえ大人だな。


「ううん………」


まだ眠いのか姉はたったままカクン…カクン……と、寝落ちを繰り返して揺らめいていた。


そうして、暫くゆらゆらした後にこちらに近づいてくる。


「はーるーきぃ……」


これまたゆるーい声をあげて俺の脇腹付近に飛び込むような形で抱きついてきた。柔らかい部分が脇腹を通して伝わってくる。


身体だけは無駄に発育しやがって……姉じゃなければ襲ってるところだぞ。


「……邪魔」


俺はそんな姉をどかしつつ作業を続ける。


「………春樹冷たい」


今度は少しぐずりそうになっている。なにこの子。俺って実は妹いたの?


俺は準備を終えたのでキャリーバックを持ち、その妹のような姉を置いて自分の部屋から出ようとするなにかが足に絡みついてくる。


「………なんで行っちゃうの?」


それは姉だった。大きな瞳をウルウルさせて足元に絡みながら、上目遣い。だから、俺はこんなあざと姉さんよりも、妹が欲しいって言ってんだろ!


「………はぁ。美香姉さん。俺は今から合宿に行くの。だからね?三日後には帰ってくるから………いかせて?」


俺はしゃがんで姉に目線を合わせる。そして、優しく宥めるようにそう言う。なんで俺がこんなことしなきゃならんのじゃ……


「嫌だ!嫌だいやだ!!いーやーだー!!お姉ちゃんもついてくー!!」


寝転がってバタバタと暴れまわる駄々っ子。あらやだ。親の顔が見てみたいわ。


「ダメって言うなら……こうだっ!!」


そう言って急に立ち上がり、俺が持っていたキャリーバックを奪い取ると、中身をばら撒いて代わりに俺の部屋に置き去りにして行く化粧品を詰める。


「ち、ちょっとあんた!!なにやってんの!!」


そして、姉はふっ!と、鼻を鳴らしてドヤ顔を決めると、なにも言わずに去っていった。


「なんだよ。本当に………」


『はーるーきー!!』


そんな時に俺の名を呼ぶ声が外から聞こえてくる。


カーテンを開けて外を見ると、ポニーテールをゆらゆらさせて、小さな少女が不安そうな顔で家のチャイムに付いているカメラを覗いたり家の前をてくてく歩き回ったりしていた。


「おーい」


窓を開けて声をかける。


「あ、風見!大丈夫なの?」


朝から大声で叫ぶのは近所迷惑だし、どうかと思うのだがこの際仕方ないだろう。


「今準備してるから待ってて!!」


「うん。わかったー」


という承認の声を聞き終わる前に窓を閉めて、時計を確認する。その時、ガチャン!と、俺の部屋の扉が大きな音を立てて閉まった。だが、今そんなことを気にしてる余裕はない。


四時二十三分だと?


まだ、ギリギリ間に合う。早くしねえと……


と、準備を大急ぎで先程ブチまけられた下着やら服やらをお泊まりセットやらをまた入れ直すと、ガシャ!バンッ!!タッタッタッタッタ……と、ドラクエ並みの効果音を鳴らして、家から飛び出る。


外には小ちゃいのが居た。


「わ、悪い………はぁ……ま、待たせた……」


膝に手をつき息を切らしながらそういう。


「あ、う、うん。じゃ、行きましょ?これならギリギリ間に合うだろうし」


付けたピンク色の腕時計を確認しながら彼女はそう言う。


「あ、あぁ。うん……」


俺が外に出た時点で集合の時刻まで残り三十分。


まあ、歩いて行くならばそのくらいか。


そして、四時五十八分になって俺らは学校に着いた。二分前ギリギリセーフである。


もう既に他のメンバーである山口遥ことイケメン君と、俺の未来の妹こと三ヶ森さんは学校に来ていた。


「おはよう二人とも」


イケメンは朝であってもイケメンであった。爽やかにキラッと笑顔を見せる。


「お、おはようございます……」


妹は今日も相変わらず可愛かった。


****


バスに揺られて俺らはどこかに向かっていた。朝も早かったからかうたた寝を打つ生徒もいれば、そわそわしっぱなしの奴もいる。だが俺は昨日夜遅くまでゲームに没頭していたために、二時間しか睡眠を取れていなかったのだ。だから、思いっきり寝ていた。熟睡って奴だ。仕方ないよね。


「ねぇねぇっ!」


またしても俺の快眠を奪うのは横の幼女であった。やめろよ。そんな無邪気な反応されると本当に子供に見えるだろ?


「………んだよ?」


俺は欠伸をしながらそう返すと、んんっと身体を伸ばす。


「海だよっ!海!」


「……あ?」


と、寝ぼけながらだが外を見る。


海面に反射した日光がキラキラと白く輝き、空を舞う数匹のカモメとの見事なグラデーションを見せていた。………寝起きの俺は色の暴力とも言える色調についていけなかったのか、立ちくらみを起こした時のように視界が一瞬で真っ白になった。


「………綺麗」


漏れるようにポツリと三ヶ森さんはそう呟く。


そして、少しばかりぼーっとしていると視界にいろいろな情報が戻って来た。


「カモメでっか」


一番に思ったことが思わず漏れた。


「………ぷっ!!」


横に座っていた幼女が急に吹き出すように笑う。


「な、なんだよ?」


「だって……カモメでっかって……」


奴は引き笑いを合わせて大爆笑。なにがそんなに面白かったんだよ。


「……悪かったな」


再びバスから見える海に目線を戻してぼけーっと外を見る。


うん?海?………ということは、水着か!?


ふと、三ヶ森さんの黒ビキニ姿が俺の脳内に映える。……白い肌と黒ビキニのマッチはあんぱんと牛乳並みにベストコンビだろう。生まれ変わるならば黒の布になりてぇ!!


「……おい。着いたぞ」


やる気のなさそうな腑抜けた声がバスの中を駆ける。


俺が妄想に妄想を重ねていると、いつのまにかバスの中にはもう誰もいなくなっていて、のこっているのは先生と俺だけだった。


「………あ、ああ。はい」


こっちも負けないくらいの腑抜けた返事で返す。


黒澤先生いつも通りに気だるげなのに、なんでかいつもいつも先生を見ると一瞬固まってしまう。なので、結論。この人の前世は魔女だ。


そして、俺は足早にバスを降りると班のみんなが待っていた。


「ちょっと遅いわよ?」


「悪い悪い」


主人公は遅れて登場するんだよ。なんて思っていると、ふいにピューっと潮風が吹き抜ける。


そして、ひらひらと舞うスカート。


「………い、いやー。これは……なんというか……その……意外でしたね」


苦笑しながらそう答える。


「………へ……へ………」


パンツの色同様に顔を真っ赤かにした柏木は今にもこの思い君に届け。と、殴りかかってきそうだったが、色々整理をつけれずにパンクしているようだった。


ふう。これでどうにかあの鋭いパンチを避けるシュミレーションをする時間稼ぎにはなったな……


なんて、胸をなでおろす。


「……………変態さん………なんですね」


その言葉を投げてきたのは、どっかのラブコメの神様の出来心でやってしまった被害者の一人で、俺の未来の妹である三ヶ森さんだった。


あのパンツのように青く冷たい表情から出た氷柱のように鋭い辛辣な言葉はグサッ!と、突き刺さった。


****


「はい。今から外に行きます」


気だるそうに壇の上に立つ黒澤先生が、恐ろしいほど急な発言をした。


みんな車の疲れやらあるのかガヤガヤと文句を垂れ流す。


「異論反論は認めない。皆集外に出ろー」


喧噪の中でも透き通るような気だるい声に、追い出されるように俺らは外に出される。だから、皆集ってなんだよ。


俺ら学生が全員出た後に教職員が出てくる。


そして、最後に出てきた人がクルッと振り返って扉にガチャ!と、鍵をかけた。


「これからみんなは自由行動だ。やったなお前ら」


めんどくさそうな冷たい声が潮風と共に抜ける。


「あー。そうそう。ここの建物な。風呂付の荷物置きだ。だから、荷物が必要なら来なさい」


そして、誰も喋らせまいと口早にそう付け足す。


「好き勝手にやってくれ。じゃ、行動開始」


そう言い残すとクルッと踵を返して足早にどこかへ去っていく。


そして、しばらくの間音を出す人間はいなかった。これを歴史風に名前をつけるとするならば『脳内生理の時間』と言ったところだろう。


そんな名前がつきそうな沈黙タイムだったが、俺はみんなが今悩んでいることではないことを悩んでいた。妹の事についてだ。あの一件以来俺が目線を送って見ても、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


なんだろう。このデジャブ感は……


「…………嘘……でしょ?」


数分にも感じる静寂を打ち破ったのは横にいた柏木だった。


その声の後に続くように色んな奴が独り言なのか、誰かに話しかけているかは知らないがみんながみんな喋り始めて、あっという間に小学二年生の頃の昼休みのような喧騒を作り出した。


「みなさん、一旦場所を移しましょう。ここじゃ話し合いもできませんから」


意外と冷静なイケメン君はそう口にする。


「そ、そうね。じゃ、行きましょ?」


そして、俺らは宿泊所……いや、荷物置き場前からすぐ横にある茂みを抜けて海の見える見放しのいい場所についた。


「で、どうします?」


と、山口くんが口を開く。


……正直、俺はこれから何がどうなろうと知ったこっちゃなかった。ただ、妹に嫌われなければそれでよかった。


なのにだめだ。逃げられる……


「そうねぇー。どうしましょう……ねっ!風見!」


リーダーはすごいギロギロとした眼力で俺を圧迫しながら、その言葉とともに俺の背中をぱんっ!と平手で叩く。


「………あ、あぁ。うん」


その柏木の顔を見てふと先ほどの既視感の正体に気がついた。


あれは、確か中学校の二年の秋頃だった。俺と柏木はどうでもいいような喧嘩をした。昔から俺と奴は相性が悪くて、喧嘩は多い方だったから別に謝らなくても大丈夫。きっと明日になれば仲直りできる。なんて思いながら、また次の日。


奴も俺も学校には来ていた。が、柏木と話すことはなかった。


そんな重苦しい日々がどんどん消化されていく。


日にちを重ねていくごとに、俺はあいつに謝るどころか話しかけることでさえ出来なくっていた。


そして、三ヶ月もの間そんな日々が続いた。


俺は……あんなの絶対嫌だ!


「三ヶ森さん。ちょっといい?」


「………えっ、えっと………わ、わかり………」


三ヶ森さんの返事を待たずに手を引いて、急いで柏木とかから離れる。


そして、一つ深呼吸をして考えをまとめる。


一刻も早く謝ろう。じゃないと多分、高校生活に戻ってからもあんな険悪な雰囲気が続く……なら、ラブコメの神様のせいにしても俺が謝らないといけないんだ。


「さっきのこと本当にごめんなさいっ!」


言い訳はしない。俺が全部悪い。そう自分に言い聞かせて頭を下げる。


「…………あ、頭を上げてください。え、えっと……さっきの……あ、あのっ!」


彼女は頬を紅潮させて、最初は小さな声だったのに声量をどんどん大きくしていく。


「ぱ、パンツをことなら………あ、あれは……か、風のせいなんですぅ!!」


その声量がマックスになった時、彼女はその単語を口にした。


「………あ、あぁ。うん」


一生懸命『お兄ちゃんは悪くないよ』と、庇ってくれたんだ。俺も妹を庇わねえとっ!


「あー。パンツだよねーパンツー!!」


海に向かって彼女よりも大きな声でそう言う。


「……あ……ぁぁ」


そんな俺のあからさまな態度に彼女は自分のやってしまったことに気がついてしまったのか、泣きそうになって声にもならない声を上げる。


こんなことになるなら、謝らないほうがよかったかもしれない。

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