昔話 2

-------------------------------------------------------------------------------------

 その蔵から妙な気配を感じたから興味本位で戸を開けた。

 鍵はかかっていたが、力を使ったら容易に開ける事ができた。

 その蔵の中は真っ暗だったが、開いた戸から入り込む光のおかげで中に何があるのかは容易に確認できた。

 正確に言うと、何がいるのか。

 その姿を見て少なからず驚いた。

 だってそこにいたのは自分と同じ歳くらいの少女だったからだ。

 真っ白い着物を着た体は縄で縛られ、猿轡を噛ませられていた。

 正気のない表情で中空に視線を彷徨わせていた少女の目が、戸が開けられた事に気付いて光を取り戻す。

 「……っ!!?」

 それから身体を身じろぎして少女はこちらに顔を向けた。

 随分と光を目にしていないのか、眩しそうに顔をしかめていたので戸を少し閉めて光量を少なくした。

 それでようやく視界がはっきりしてきたのか、少女は自分の顔に視線を定めた。

 

 幾つかの問いかけのあと、このままだとどうしようもないと彼女の猿轡を外してやった。

 「……お前、誰だ」

 彼女の声を聞いて、雷に打たれたような衝撃を得た。

 何故なら、彼女の声はかすれているにもかかわらず、ひどく強く、美しかったからだった。


-------------------------------------------------------------------------------------



 「それがあいつとの出会いだった」

 そのあたりまで話して……少々足が痺れてきた。

 まだ序盤なのに話し終えるまで乗り切れるだろうか?

 「辛いなら足を崩していいよ」

 涼しい顔でピッシリと正座している土御門にやんわりと微笑まれる。

 素直に従えばいいのに、そう言われると無駄に意地を張りたくなるのが私の性分で。

 「別に平気」

 思わずぴしゃりとそう返して、少し後悔した。

 それでもそう言い切ってしまったのだから、このまま話を続けるしかない。


 「まあ、そんな風に名乗られた所でわけわからなかったけど。

 確かに私は誰かと聞いたけど、知りたかったのは名前とかわけのわからない肩書きじゃなくて、どこから来た何者で何をしにきたのか、って事だったし」

 それは私の質問の仕方も悪かったのだろう。

 誰だ、と聞いただけでそんな情報を言ってくれるほど普通は誰も察しない。

 それでも当時の私は幼かったのと追い詰められていたのもあって、わりと理不尽な怒りを持った。

 今でもそうだけど、私は割と切れやすい。


 「それを聞こうと口を開いた所で男の叫び声が聞こえてきた。

 そいつは村長の取り巻きの一人で、まだ若いのに頭ハゲ散らかしたおっさんで、すごい出っ歯だったもんだから、私が密かに……いや面と向かってハゲネズミって呼んでたおっさんだった。

 ハゲネズミは鍵が掛かっているはずの蔵の戸が開いている事に気付いて様子を見に来たらしい」

 その叫び声のせいで私の声は遮られてしまった。

 だからその時、傘峯からはそれ以上の事を何も聞き出せずに終わったのだった。


 「大慌てでやってきたハゲネズミの手によって私の口は速急に塞がれ、傘峯も蔵の中から引きずり出された」

 口が塞がれる前になんとか声を発しようと思ったけど、その直前に顔をぶん殴られて痛みに悶絶してる間に塞がれたから。


 「そのあとすぐにハゲネズミが人を呼んで、数人がかりで蔵と私に何事も起こっていないか確認して、それでなんの問題もないって事になって、そいつらも出て行った……けど多分見張りがついていたんじゃないか、とは思ってた」

 あんな状態の事をきっとてんやわんやと言うんだろう。


 「それから……どのくらい経ったかよくわからないけど、多分早くても3時間、遅くとも5、6時間って所だと思う。蔵にいっぱい人が来て、私は外に出されたんだ」

 あの時何人くらいいたっけ?

 十数人はいた気がする、男が多かったけど女もいた。

 叔母夫婦は確かいなかったな、薄情な奴らめ。

 

 「それで、そのまま引っ立てられて連れていかれたのは村から少し離れた場所にある滝の滝口。

 さすがに何をされるかはそこに行く道の間に察してたよ」

 滝に向かっている時点で、そこから滝壺に向かって突き落とされるであろうことは察していた。

 道中一応頑張って抵抗はしたのだが、多勢に無勢であったこともあり、そんな抵抗は雀の涙よりもしょぼいものだった。


 「……でもまさか、落とされる前に刺されそうになるとは思ってなかった。

 酷い奴等だよ。ただ突き落とすだけで助かりっこないってのはわかってただろうに」

 滝口にやってきて、村長のお付きの一人が小刀を取り出したときは、滝に落とす前に縄を外してくれるつもりなのだろうか、それならその隙をついて逃げられるだろうか、なんて馬鹿なことを思っていた。

 ……当時の自分の自分の呑気さには今でもあきれる。

 自分が刺される、そう気づいた瞬間に感じたのも恐れではなく怒りだったし、この呑気さはひょっとして恐怖心が人よりも欠けていたからなんじゃなかろうか。

 なんて、今更だ。

 当時の私はやっぱり無鉄砲の考えなしで、怖いもの知らずだった。

 ……今は、そうでもないけれど。

 

 「刺される、そう気づいた直後に私は逃げようとした。

 けどまあ、無駄だったな。

 多分あんなに人があの場にいたのは私を逃がさないためだったんだろう。

 すぐに取り押さえられて羽交い絞めにされた。

 もう駄目だと思ったね、あの時は。

 死んだら化けて出て村人全員皆殺しにしてやる、とか考えるくらいは駄目だと思った」

 殺してやる、その憎悪が表情にそのまま出ていたのだろう、羽交い絞めにされていた私の正面に立っていた村人達のの顔が恐怖で歪んでいたのは。

 幼い少女相手になんて情けない、というかそんな憎悪を向けられることも覚悟しないで人を生贄に捧げようとするのもどうかと思う。


 「本当に駄目だと思ったんだ。

 なのにさあ……」

 そう、あれは今まさに小刀の刃が自分に突き立てられる、という瞬間だった。

 あいつが割り込んできたのは。



 「おい」

 轟々と水が落ちていく耳が痛くなるような音と、喧しく喚き立てる大人達の声の合間を縫ってそんな幼い声が聞こえてきた。

 その幼い声はこの場においては異質で、だからだったんだろう、騒いでいた大人の大半が口を噤み、動きを止めた。

 私にとって都合のいい事に、小刀を持った男も動きを止めて声が聞こえてきた方向に顔を向けた。

 私も顔を何とか右に、滝とは逆の方向を向くと小柄な人影が見えた。

 見覚えがある、というかさっき見たばかりの顔だ。

 「そいつを離せ」

 未だ硬直している村人達にそいつは、さっき私に傘峯と名乗った子供は不機嫌そうにそういった。

 「何故お前がここにいる!」

 ハゲネズミが出っ歯をむき出しにしてそう叫んだ。

 その叫び声を筆頭にボソボソと何かを呟き始めた他の連中の声から、傘峯が数日前に村にやってきたよそ者であり、土地神について研究している父親と共に村に滞在している、という情報を得た。

 そんなものを知ってもどうしようもないが、ある程度の疑問は解けた。

 そりゃ見覚えがないはずだ。

 それに明るいところで改めて見ると、傘峯の格好はこの辺りでは滅多に見ない垢抜けた格好をしていた。

 あの時その事に気付いてもよかったんじゃないかとは思うけど、あの時はそれどころではなかったからと自分の洞察力のなさを棚にあげておく。

 ハッ、とその子供はハゲネズミに向かって蔑むような笑い声を返した。

 「あとをつけたからに決まっているだろう。そんな事もわからないのか田舎者は」

 確かにあとをつけるのは容易だったろう、こんな大人数で隠れるわけでもなくゾロゾロとこの滝口に向かって行ったのだから。

 しかし村人達はありえないと囁きあう。

 蔵に忍び込んだ余所者の子供は縛り上げた上で閉じ込めたはずだ、と。

 誰かがあげた、父親はどうした? という問いに誰かが、子供が森の奥に向かったのを見たと言いくるめて森に向かわせた、と答える。

 そのうち村人達の視線が一点に、ハゲネズミに集められる。

 お前が閉じ込めたはずだ、と。

 しっかりと縛り付けていなかったのか、と。

 「そんなわけあるか!! ちゃんと縛り上げた上で閉じ込めたし、見張りもつけた!!」

 ハゲネズミは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。

 そんなハゲネズミに再び傘峯は嘲笑に似た笑い声を立てる。

 「あの程度でこの僕をどうにかできると思ったのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言霊使い(E+) 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ