ラーメン屋と陰陽師
まっすぐ自宅に帰ってお布団に倒れこんで惰眠を貪り尽くしたいのは山々なんだけど、そういうわけにはいかない。
だからと言って闇雲に逃げても無駄だ、どうせすぐに見つかる。
だからもう、あの人に頼る他ない。
連絡先は知っているが連絡先が入っているスマホはアパートに置きっぱなしだ。
一度家に戻ってもいいが、どのくらい『弱虫』が他の奴等を抑えていられるかわからないし、だから一刻も早く助けを求めなければならない。
というわけであのラーメン屋に直行する事にした。
屋敷を出る前に交通費は渡されていたので、それで電車に乗って約半刻。
降りた駅から徒歩で5分、アパートがある方向とは真逆に行くと、そのラーメン屋が見えてきた。
ラーメン屋・金剛、私の行きつけのラーメン屋であり、ある特殊な依頼をするための窓口でもあるそこは、まだ開店してなかった。
そりゃそうだ、だってまだ10時前だもの。
だけど開店時間を待っている余裕はない。
そんな余裕があれば先に家に戻ってる。
だから、悪いとは思ったが開店前とえらく達筆に書かれた看板が掲げられているその戸を乱暴に叩く。
ドンドンドンドンドン、と叩き続けているとヤンチャで口が悪いバイト君がウルセェ!! と叫びながらドアを勢いよく開けた。
「まだ開店前だ!! 看板かけてあんだろうが!!」
その反応はごもっともだが、接客業としては若干失敗してるんじゃないかと思う。
まあ全面的に悪いのは私なので文句は言えないけど。
「あんたの師匠に用があるんだけど」
文句も謝罪も言わない代わりに用件だけを簡潔に伝えた。
「はあ?」
こちらの態度にバイト君は頭の血管が数本は切れてそうな顔をしていたが、こちらの顔を数秒睨みつけた後、瞠目した。
「……てかあんた、二週間前の……!!」
そういえばあの事件の時、あの人の弟子であるこのバイト君にも色々協力してもらったんだった。
「うん。あの時はありがとう、すごく助かった」
「お前いままでどこで何してたんだ!? お前の友達のあのねーちゃんが、お前とずっと連絡がつかないって……!」
そりゃそうだ、拉致られた時ちょうどスマホはテーブルの上にあったのだから、連絡の取りようがない。
たとえ持っていたとしても取り上げられてただろうし。
「あー、うん。ちょっと色々あって……あの時のとは完全に別件なんだけど……結構やばい奴に目をつけられてとっ捕まってたんだ……それで、さっきやっと逃げてきたところ……頼む……助けてくれ」
そう言って頭をさげる。
「え?」
とりあえずザッとだけだが概要を説明したところで、店の奥から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、小僧何やってる!!」
「おやっさん!! この前のねーちゃんがなんかおっさんに助けて欲しいって……!」
バイト君が店に向かって声を上げると戸の奥から熊のような体格の男が現れる。
この店の店主である土御門明人だ。
店主は私の顔を見て、バイト君同様目を見開いた。
「……あん? この前の嬢ちゃんじゃねーか!! 無事だったのかよかったなあ……」
「ああ、うん」
無事かどうかと言われると全く無事ではないので適当にお茶を濁した。
こんな明るい時間に道の往来で話すわけにはいかない話題だし、バイト君まだ17歳だし。
そっか、そういやバイト君って私があいつらに捨てられた時と同じ歳か。
……若いな。
なんて思っていると、おやっさんにギロリと睨まれた。
「で、何があった?」
いや、別に睨んでいるわけではないらしいのだけど、人相が悪いからそう見えるだけで。
「ちょっと、いや大分タチが悪いのに目をつけられて……前回のとは全く関係ないんだけど、私だけじゃどうしようもなくて……だから助けて欲しいんだ」
もう一度頭を下げる。
「おやっさんの兄貴の土御門晴人に」
土御門晴人、現代において最高の能力を誇る陰陽師であり、二週間前に私の友人に関する一連の事件を解決してくれた恩人である。
かの有名な伝説の陰陽師、安倍晴明の血を引いてるとか引いていないとか。
その辺りは本人にもよくわからないらしい。
ただ子孫であるとか生まれ変わりであるとか言われている程度にはすごい陰陽師ではある。
そんなすごい陰陽師と知り合っていた自分の運の良さに今はただ感謝するしかない。
とりあえず店の中に通されて、そこで土御門晴人を待たせてもらうことになった。
店の中には土御門が割と強めな結界を掛けているから、とりあえず中なら安全だろう、と。
それでも相手は奴、それも高確率で『暴君』であるため何が起きるかわかったものじゃない。
最悪、奴がこの結界を破ったらおとなしく捕まる以外に何もできないだろう。
下手に抵抗すればこの店が崩壊させられる、それは絶対に避けたい。
だってここは恩人の弟の店である以前に、私のお気に入りの店なのだから。
土御門の弟子であるバイト君が土御門に連絡を取ってくれたのだが、幸いな事の今はちょうど暇であったため、すぐに来てくれるという。
……いやあ本当に良かった。
逃がされた時はそんなところまで考えが回ってなかったけど、これで多忙だから無理だって言われてたら本当にどうしようもなかった。
何か手伝うことはないかとは聞いてみたものの、素人に手伝わせるわけにはいかないしじっとしてろと言われたのでただぼーっと座っていた。
それでだいたい半刻も経たないうちに店の戸が開いた。
「やあ、来たよ」
戸を開いた美形の男がこちら側を見てにこりと笑う。
傘峯よりも人間らしい顔をしているが、街を歩けば何人かは思わず振り返ってしまうであろうその美しいかんばぜと、線の細い体つきはとてもこの店の店主であるおやっさんの双子の兄だとは思えない。
二卵性だという話だが……本当に、全くもって似ていない。
私は慌てて椅子から立ち上がって土御門に体を向けた。
土御門は私を一目見て目を軽く見開いた。
「……本当に何があったんだい黄桜ちゃん……ずいぶん……持っていかれたね……?」
確かにそうなのだろう。
使いこなす才能がほぼないからあまり意識はしていないし、そもそもしにくいのだが、あいつにかなりの霊力を食い尽くされたということはわかっていた。
「……それに」
土御門はそこで口を噤んだ。
いくら土御門でも女に向かって穢れているとは言いにくかったのだろう。
数秒、土御門は口を閉ざしていたが、すぐに気を取り直したようで、私に向かって問いかけてくる。
「それで、黄桜ちゃん。君は一体何に目をつけられてしまったんだ? 正直に言おう、それはかなりやばい」
やばい、という土御門の言葉に準備しつつこちらに耳を傾けていたバイト君とおやっさんが顔を強張らせた。
それはきっと私も同じだ。
だってあの土御門が、龍をソシャゲをしつつ瞬殺したり、祟り神を一瞬で葬ったという嘘か本当かわからない数々の伝説を持つあの土御門が、「やばい」って……
「……目をつけられた、っていうと少し語弊があって、説明しようとすると少し時間がかかるんだけど……」
「そうか、ではその話は後々に。とりあえず……君に目をつけているそれの事を教えてくれ」
そう真剣な表情で問いかけられた。
土御門がこんな真面目な顔をするのは滅多にないことである、ということを短い付き合いではあるが知っていた。
だから多分、私が思っているよりも状況はかなりやばいのだろう。
「えっと、傘峯
そう答えると土御門は目を見開いた。
おいおい待てよ、あの土御門にそんな顔をされるとか……
……わかってたけどガチでヤバい案件じゃないか。
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