第40話 産声を選ぶ道へ


「……事件? 真犯人……?」


 せせらぎが動揺を隠せないまま、刻鉄を見上げた。しかし、刻鉄は何も返さず、ただ黙って拳を握りしめているだけだった。


「せせらぎ、お前は仕方ない。外を知らないのだから。しかし新垣青比呂。お前なら客観的に見られるだろう」


 淡々と機械のように話す老人の声に名指しで言われた青比呂は、反応することも出来ず、口を開く狼型の『ステイビースト』の言葉が続けられた。


「おかしいと思わなかったかね。ここ二年前後で急に現れ始めた、見知らぬ化け物『ステイビースト』。それはここ日本の中でも内頭市だけに現れている。何故だか分かるかね」


 青比呂が言葉に詰まっていると、別の『ステイビースト』が口を開いた。


「そしてそれに対抗出来る手段を持つのは我ら「盾の戦士」のみ。例え他国の軍隊が相手でも、被害を押さえることは出来ても完封することは出来ない。そんな脅威が何故不意に、ここ内頭市だけに現れたのか」


 今度は老女の声だったが、青比呂は思わせぶりな言い回しに舌打ちして、


「じゃあ何か、あんたらがけしかけたって言いたいのかよ。『ステイビースト』からの脅威を守るのが、あんたら「盾の戦士」の役目じゃないのかよ、言ってることとやってることが矛盾してるぜ」


 石木田は青比呂の様子をにたにたと笑いながら眺めていた。

 石木田の側に歩いて出た猟犬型の『ステイビースト』が、また老人の声で口を開いた。


「そうだ、その通りだよ新垣青比呂」


 今度こそ、青比呂の思考が完全に停止する。その通り? 何が。俺は、何かおかしなことを言っただろうか。自分の言動を振り返ってみる。が、それ以上に頭が回転しない。真っ白になった頭に、老人の声が次々に『ステイビースト』たちの声で続けられた。


「我々「盾の戦士」が再び栄光をつかむには、その「場」が必要だった」

「『佇み』とは『防御領域』と同義の技術。どちらも人間が備え持つ「防衛本能」を特化させ体現化させたもの」

「それを促す存在が『ステイビースト』。そして『ステイビースト』は『佇み』から生まれる。『佇み病』の監修は代々続く「赤間士恩行」の仕事だ。次なる『ステイビースト』の誕生のための」

「そしてそれは我々「盾の戦士」しか対応出来ない『厄災』だ」

「全ては、『神威』の管轄下の元で行われた、「スケジュール」である」

「そして霧島刻鉄。その存在は「失敗したスケジュール」を行った者として、以後『神威』の歴史に残そう」


 無音。老人たちの声を聞き終えた後の青比呂は、口を半開きにしたまま『ステイビースト』の群を見渡し、「はは……」と乾いた笑い声を上げた。


「じゃあ、何か。あんたらは。あんたらが活躍するために、悪役をわざと世に放った、ってわけか? んで、失敗したからって刻鉄に濡れ衣着せようってか? この一連の騒ぎの全部を」

「ざっくり言えばそうだ。要するにもう刻鉄さんは用済みなのよ。正解として花丸をあげよう」


 ぱちぱち、と気の抜けた拍手をする石木田は、喉の奥で笑い、にらみつけてくる青比呂……ではなく、立ち尽くし、身をわななかせている刻鉄へと視線を向けた。


「で、どうかなぁ総帥殿。そんな中で全く気にも留めず、ノリノリで仮面なんか被ってたあんたは。今の気持ち、どんなんかな? ぜぇーひ、聞かせてほしいね」


 刻鉄は無言だった。ただただ、耐える様にうつむき身を震わせ、側で袖の先を引っ張るせせらぎの「大丈夫か?」という言葉にも返すことが出来ずにいた。


「あっはっはっは! どっきり大成功ってやつ? これハマるとすっごい面白いねえ! 癖になりそう、あははは。あー、笑った笑った」


 ご機嫌な様子で手を叩く石木田は「さてと」と杖を刻鉄に向け、笑みをサディスティックなものに変えた。


「ネタばらしも済んだところで……じゃあ終わりにしようか。おめでたい総帥さん」

「……石木田」


 ぼそり、とうつむいたままの刻鉄が口を開いた。それに石木田は楽しそうに口の端を吊り上げる。


「お、何々? 早速ご感想かな?」

「……最後だ。その杖を手放すんだ。

「まーだ言ってるよこの人……やだねえ散り際の分からない人は」

「そうじゃない」


 顔を上げた刻鉄は、ぽつり……と頬に赤いものを浮かばせ、それが顎先に伝い、地面へと落ちた。


「間に合わないと言ってるんだ。その杖は……」

「あん?」


 石木田がきょとんとした顔で、自らをまっすぐに見つめる『ステイビースト』たちの群を見て、首をかしげる。ここに集まった全ての『ステイビースト』たちの顔が、石木田に向けられていた。


「……あれ?」

「あの老人どもがお前だけを無事に残すと思うか? 証拠は消される。俺ごと、お前ごと」

「……な、にを言って……俺は……」

「どう老人どもに吹き込まれたかは知らんが、甘い話などない。第一に、その杖など手にすることもない」


 一歩、また一歩と、今度は石木田に向かい、『ステイビースト』が足並みをそろえて進行していく。


「お、おい……おいおい、何だこれ、聞いてねえぞ!」


 後ろへと下がった石木田の背後には、腕の長い猿型の『ステイビースト』の群が居座り、じっと顔を上げて石木田を「見ていた」。


「愚か者め……それは『ステイビースト』を意のままに操るものでも『天気輪』などと言った言葉遊びのものでもない」


 一歩、一歩、一歩。

 青比呂はただ見ているしかなかった。せせらぎもまた、目の前で起こっている現実に理解が追いついていない。


「う、嘘だ! こんなのねえよ! ありえねえ! お、俺が次期総帥だって連中が……」


 石木田の声が遠のいて行く。『ステイビースト』たちの歩みは止まらない。たどり着いても歩き続ける。

 次々と、四方八方から歩み寄る『ステイビースト』は「目的地」に向かい歩き、なお進んでいく。その輪郭を溶かして、次に続く『ステイビースト』もまた同じ様に溶けていき、並ぶ列の数だけ消化されていった。


 ころん、と、鉱石をつけた杖は地面に転がる。側には誰も拾う人間はいない。


「……『ステイビースト』は防衛反応の現れだ。なら最初に誰が、何が、危機感を、防衛反応を示した」


 『ステイビースト』たちは青比呂たちを無視して横切って進んでいった。群の数だけ溶けた容量が、目の前で膨れあがっている。

 既に原型はなくなり、内部に入り込んだものは互いに境界をなくし、様々な形の獣はやがて一つの姿に統一されていった。


「刻鉄……一体何が起こってる」

「……」

「あの杖は何なんだよ……こんな……流石に笑えないぜ」


 青比呂は『ステイビースト』たちの「行き先」を見ながら声を震えさせた。


「あれは「盾の戦士」が生まれた理由。死してなお母たる存在を守ろうと機動した、純粋な「守りたい」と思う願いそのもの……」


 大きく膨れあがった指先は簡単に地面に深いくぼみを作った。丸みを帯びた体躯はずっしりと起き上がり、頑丈に作られたはずの日本家屋が、ぐらりと大きく揺らした。


「……鉱石に見える石は、そのから作られた、本来は霧島邸の奥深くに……霊廟の最奥に奉られているはずのものだ。杖は言わば、位牌にあたるものなんだ」

「遺骨……って、「これ」の、か?」


 青比呂は「これ」と呼ぶものを見上げ、引きつった笑みを浮かべていた。

 青比呂のジーンズをくい、と、せせらぎが引っ張った。


「青比呂」


 せせらぎはこちらを大きな瞳で見下ろす「それ」を見て、ぽつりとつぶやいた。


「……寂しそう」


 声が響いた。

 泣き声……「マザーシグナル」。母を呼ぶ、乳飲み子の泣き声だった。


「最初の『佇み』にして諸元の『ステイビースト』だ」


 刻鉄の言葉が向けられた「もの」は、拙い歩き方で地面にクレーターを作り、ゆっくりと這い寄り声を上げた。

 本来ならば、祝福されるはずの、迎えられるはずの存在が、母を探し泣き声を上げていた。


「名は『ヨミジツクモノミコト』……『神威』が結成された発端はこの存在を、この「マザーシグナル」に鎮魂を捧げ、眠りを見守ること……」


 剥き出しになった瞳にはまぶたがなかった。耳はそげ落ち、頭部は膨れあがって顔の面積よりも大きくなっていた。その分、首は据わらないままだが太く膨張した筋肉を纏った腕が、体をしっかりと支えていた。


「……赤ちゃん……泣いてる……」


 せせらぎの言葉が、再び耳をつんざく泣き声を上げる巨大な赤子の前に消えていく。

 石木田に群がり、自らの体をバターの様に溶かし、石木田の肉体に入り込んでいった『ステイビースト』の大群は、ただ呼ばれただけだった。

 純真な泣き声に、声が泣き止むよう寂しさを埋めるために、自らの体を他の個体と同一化させ寄り添った。


「……そうだな」


 青比呂は『グロリオサ』を開き、一歩前に出た。

 目の前に現れたのは、大きすぎる願いを持って生まれた赤ん坊だった。

 肩の高さが、霧島邸の屋根を越えている。目測で頭部を含め、全長は10メートルはあると思われた。手のひらの大きさは、成人の人間でもすっぽり収まってしまうほどの広さがある。


「石木田は寄生された様なものだ。……これを呼び出すために。あの杖が座標になった……『神威』が生み出した呪いと言ってもいい」


 刻鉄は首を横に振り、しかし、うなだれていた顔を上げて、草花に包まれていた『王の剣』を手に取り、柄を強く握りしめた。


「……聞くだけ聞いておく。お前たちは、どうする気だ」


 青比呂の隣に歩を進めた刻鉄は、泣きわめく赤ん坊を見上げて言う。顔には、赤い筋が走り始めていた。


「刻鉄、傷が……」

「ああ、『器』がなくなり『王の力』もなくなったからな。恩恵も効き目がきれてきた。だが尽きる前に」


 前に出ようとした刻鉄の手を、小さな手がつなぎ止めた。


「……せせらぎ」

「どうする? そんなの、お前と同じだ」


 な? と青比呂を見上げ、左手で青比呂の右手を握りせせらぎは笑った。それに青比呂は苦笑し、せせらぎの手を握り返し、大きくうなずく。


「だから頼れって言ったばかりだろ、刻鉄」

「……そう、だったな」


 頑な緊張が、刻鉄の横顔から消えていく。


「この子、泣いてる。お母さんどこって、泣いてる」

「……記録では死産、母子ともに死亡している。だがそんなことを生まれることすら出来なかった赤ん坊には……」

「あやしてやろうぜ。難しく考えるな」


 肩をほぐし、青比呂は『グロリオサ』を掲げ、「風車には見えない……な」と一人つぶやき、こちらに濡れた瞳を向けた赤ん坊……『ヨミジツクモノミコト』を見据えた。


「最後の締めだ。全力でおもてなししようぜ」

「……言うのはたやすいが、手段は限られている。成せるかは運以上のものが必要になる」

「理屈、別にいらない。子守歌なら、すいげつから習った」


 三人はそろって歩き始めた。手はつないだまま、足並みはそれぞれ歩幅は違う。一人は雑に、一人は幼く、一人は丁寧に。


 ふと、青比呂は後ろに誰かが立っている様な気配を感じた。


「どうした?」

「……いや」


 せせらぎの声に小さく笑い、前を向く。


「見知った顔が三人、居た気がしただけだ」

「……そっか」

「行くぞ、青比呂、せせらぎ」


 『ヨミジツクモノミコト』の瞳が、青比呂たちを映し出す。

 そして、その後ろで佇む一人の青年と二人の少女が、姿を消した。最後に、笑みを残し思いを託し、前を歩く三人の道を見送って。


 バラバラの歩幅で、しかし道は同じだった。

 前に進むという道が、三人の選んだ道になった。




 続く

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