第39話 道化師の最後通告



 歩き出した刻鉄の後に続いた青比呂は、靴底に、ふと微弱な振動を感じた。

 それは刻鉄も同様だったらしく、すぐさま周囲に警戒の念を張り巡らせた。


「あっはっはっは。これはお美しい友情で、総帥様。綺麗さっぱり収まりましたな」


 大きな声が響くと同時に、ゴウン……と、床が地鳴りを上げて震えだした。青比呂と刻鉄は互いに背中を合わせ、せせらぎはその真ん中に入り指輪を赤く光らせる。


「今の声……石木田か」

「石木田……ですけどぉ。そこは人生の先輩として、これからは「石木田さん」って呼んでほしいなあ、俺としてはねえ」


 刻鉄の言葉に、声の主……石木田はおちゃらけた口調で返す。

 声は拡散されて四方から聞こえる。出所がつかめない。その間にも地面は唸りを上げ、徐々に上へと迫り上がろうとしていた。砕けた岩肌や床が崩れ、衝突し、地面に亀裂を生みながら青空の広がる地上へと青比呂たちを押し上げていった。


「……何!?」


 地上に出た瞬間、目の前に広がった光景に、青比呂が声を漏らす。

 花園だった空間を、数十はいると見える『ステイビースト』が取り囲んでいた。瞬時に『グロリオサ』を展開するが、状況が把握出来ない。何故、霧島邸にこうも大量の『ステイビースト』が入り込んでいる!?


「はいはーい、青比呂くーん。君の活躍ももう終わり。まあ頑張ったよね。花丸を上げよう」


 とんとん、とくすんだ鉱石の様なものを先端に付けた杖を手にした石木田が、『ステイビースト』の群を割って現れた。その様子に青比呂はおろか刻鉄も声をなくす。『ステイビースト』は、特段石木田を襲う様子もなく、むしろ歩く石木田に道を譲るかの様に自ら下がり、道を作っていた。


「ど、どういうことだよ刻鉄」

「あれは……石木田が持っているのは、まさか」


 威風堂々、といった様子で青比呂と刻鉄の前に現れた石木田は満面の笑みを浮かべ、杖をステッキの様に振って一礼する。


「そう、『天気輪』だ。これが何を意味するか……もう分かったかな?」

「……バカを言え……何故……いや、どうやってそんなものを持ち出せた!」


 石木田がふん、と鼻で息をつくと、一体の『ステイビースト』が一歩前に出た。大きい体格を持った狼型の『ステイビースト』が、口を開いた。


「聞こえるか、霧島刻鉄」


 『ステイビースト』から放たれた声は、しゃがれた老人の声だった。

 また別の『ステイビースト』が一歩前に出て、口を開く。


「お前は『王の力』にふさわしくなかった。失敗したのだ」


 またしても老人の声だった。青比呂はどういうことかと混乱しているが、刻鉄はおおよその状況がつかめたのか、ぎしりと歯を食いしばり、強く拳を握る。


「霧島家には期待をかけていた。だが残念だ」


 別の『ステイビースト』もまた口を開く。


「青比呂、こいつら、普通の『ステイビースト』、違う。人間がしゃべってる」

「何だって……!?」

 せせらぎの言葉に、更に頭を抱える青比呂だったが、


「新垣青比呂。そもそもの発端は貴様だな。よってこれより処刑を行う。任務遂行に失敗した刻鉄の処分と同時にな」


 ざっ、と周囲を取り囲んだ『ステイビースト』が一斉に一歩前に足を踏み出した。


「こ、刻鉄を……処分!? ってか何ださっきから人間みたいにしゃべりやがって! 腹話術か何かか!?」


 刻鉄は青比呂に言葉を返す余裕もないらしく、石木田が手に持つ杖をにらみつけ、固く歯を食いしばっていた。


「何故『天気輪てんきりん』が……いや、そういうことか……」

「お、おい刻鉄! 状況が分からんぞ! それにその「てんきりん」ってのは何だ!」


 にじり寄る『ステイビースト』から刻鉄、せせらぎをかばおうとするものの、全方位を囲まれている。青比呂は視線でけん制するのが精一杯だった。

 それに刻鉄は指先が白くなるほど強く拳を握り、「……すまない」と固く目を閉じつぶやいた。


「まあこの状況が飲み込めないのは仕方ねえわなぁ? 470万の青比呂くん?」


 わざとらしい茶化した声で石木田が言いって鼻で笑った。


「じゃああんたが説明してくれんのか」

「俺は親切な男だからな。紳士だ。無知な君にもきちんと分かりやすく説明してやろう」


 石木田が一礼し、杖を持つ手が素早く掲げられた。同時に『ステイビースト』の群が更に一歩進み、そして不意打ちを狙おうとしていた青比呂の出鼻もくじかれる。


「お前のせこい手は通用しねえよ、バーカ。大人しく俺の口上に耳傾けてろ」

「……ッ」


 青比呂は踏み出しかけた足を下げ、「槍」状に閉じていた花弁を再び開き、『グロリオサ』を警戒に専念させる。


「それにさあ、そもそも状況っつってもよぉ。分かんない? これだけの数の『ステイビースト』が近くにいるってのに」


 石木田の言葉に青比呂はふと、焦る思考から一つ違和感を取り除いた。


「……「マザーシグナル」が、感じられない……?」


 もう『ステイビースト』との距離は5メートルはある。これだけ近づいてしまえば、激しい頭痛や吐き気を覚えてもおかしくないものだが、今目の前に並ぶ『ステイビースト』の群はまるで標本のように、姿形だけで何の気配も感じられない。


「はぁ、やっとそこに気づいたか。んで、それが何でか分かるか?」


 石木田が肩をすくめ息を落として言う。手にした杖をくるくると回しながら、鼻歌交じりにゆっくりと『ステイビースト』の群の前を歩き始めた。


「見ての通り、こいつらは俺の指示次第でどうにでも動く。それは何故か。はいそこの青比呂くん、当ててみなさい」

「いい加減むかつく仕草だな……その妙な杖が関係してるらしいが……「てんきりん」、って言ったか。どっかで聞いたことがあるような……」

「ふふん、良い所まで行ったな。聞き覚えがあるのは当然だ。宮沢賢治は読んだことがあるか? 俺はこう見えて読書家でな。結構ロマンチックなのが好きなんだよ」


 石木田のキザな仕草とセリフ回しに怒鳴り返そうとした青比呂を、刻鉄が手で制した。刻鉄の表情は固くこわばったまま、石木田の持つ杖をにらむ目は、忌々しいものを見ているかの様な目だった。


「名前は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から借りただけだ。深い意味合いない」

「あれまぁ~刻鉄さん、そらないっすわ~。こっから盛り上げようってのにぃ」

「そもそも『天気輪』は俗称のようなものだ。真名は違う名前になる」


 ぴくり、と石木田のおふざけ行為の動きが固まった。


「なんだ、あいつ知ったかぶりか」


 特に悪意のないせせらぎの一言に、青比呂は顔を背け咳払いで吹き出した笑い声を必死に堪えた。石木田の顔が見る見る間に赤くなり、杖を振ろうとするが、


「石木田、今なら間に合う。すぐにその杖を手放せ。捨てるんだ」

「……ふざけてんのか、てめえ」


 赤っ恥をかかされた石木田は刻鉄をにらみ返すが、刻鉄の視線は険しいものから焦りへと変わっていた。


「戦場で武器を捨てろなんて戦士がどこにいる。そんなんだからホイホイと担がされたんだよ、霧島刻鉄」


 杖を突き付けて石木田が低い声で言った。その射線上の前に『グロリオサ』を展開し割って入った青比呂は、「担がれた……?」と困惑の表情を浮かべる。


「そういう意味じゃあお前ら新垣兄妹も本当の被害者だわな。見事プロパガンダに利用されたしな。例えば……『セルフファイア事件』、いや、計画そのものか」


 言葉の意味がくみ取れず、青比呂は思わず肩越しに刻鉄を振り返った。後ろにいる刻鉄は変わらない……苦い顔のままで眉間に皺を作り、身を震えさせていた。


「……くだらない、全てくだらない、八百長だった……そういうことなんだな、石木田」

「だから、「石木田さん」って言わなきゃダメでしょ?」


 石木田が杖を軽く振った。同時に石木田の背後にいた猟犬型の『ステイビースト』が石木田を飛び越え、鋭利な爪を突き立てようと躍り出た。


「青比呂!」

「分かってる!」


 せせらぎの声に、青比呂は飛びかかる『ステイビースト』を迎え『グロリオサ』を上に掲げる。『ステイビースト』はそれに構わず青比呂ごと刻鉄を切り裂く勢いだった。

 『ステイビースト』が『グロリオサ』の表面に爪を突き立てたと同時に、かぎ爪状の花弁が勢いよく閉ざされる。


「ほう」


 石木田が感心した声を上げた。

 閉じ込められた『ステイビースト』は『グロリオサ』の中で暴れ回るが、金属同時がぶつかり合う音だけが場に響く。


 その様子を見て、せせらぎは訝しげな表情を浮かべた。


「……こいつ、こいつら、何か変。普通の『ステイビースト』、違う」

「だ、ろうな。こいつらの行動はともかく……そこから「野性」が感じられない」


 どしん、どしんと『グロリオサ』の内部で暴れ回る『ステイビースト』の勢いに衰えは感じられなかった。無理矢理かごに入れられた野犬と同じく、必死に出ようと爪を立て体をぶつける。しかし。


「こいつ……やっぱり「マザーシグナル」を出してない。『防御領域』にも反応しない」


 青比呂は変わらず暴れている『ステイビースト』を閉じ込めたまま、どういうことだと混乱の色をますます強くした。


「せせらぎ、どうする。空に向けて射撃モードでぶっ飛ばすか」

「青比呂、体力がもうない。それ、危険……出来れば……」


 青比呂、せせらぎが困惑する中、刻鉄は無言を保ったまま、青比呂の腕にそっと手を添えた。


「な、何だ刻鉄」

「少しお前の『防御領域』を使わせてもらうぞ。体力は俺が払う」


 刻鉄は青比呂が口を開く前に、静かに呼吸を吸い込み、瞬時に鋭く針の様な息を吐いた。

 同時に、『グロリオサ』の内部が赤く煌めき、内部で発生した熱の波動で、鈍い爆発音が響いた。その衝撃に青比呂は思わず腕を弾き上げられそうになり、そして閉じた花弁の中にいた気配が消えたことに気がついた。

 隣で、刻鉄が額に汗を浮かべ小さな息をつく。


「ど、どうやった……ってか、何が?」

「熱の振動を極小で放ち続け、『ステイビースト』の構造そのものを崩したんだ。要するに電子レンジに放り込んだ様なものだ」


 開かれた『グロリオサ』の花弁の内側からは蒸気が膨らみ、『ステイビースト』の残骸であろう泥のようなものが、ぼとりと落ちた。


「えっぐいことするねえ総帥さん」


 臭いらしきものはなかったが、鼻をつまみ石木田が眉を寄せて言う。青比呂は、今回ばかりは石木田と同意だった。しかし、


「青比呂……お前も『防御領域』を使うなら、細かい技術もつかんでおけ。お前の攻撃ステイヒートは全てが大きすぎるからな」


 手を離した刻鉄は百戦錬磨の『神威』の総帥。「盾の戦士」の頂点に立つ男である。彼ならどんな『防御領域』の工夫も、ましてや他の人間の『防御領域』まで自在にコントロールしたという事実に、舌を巻くしかなかった。


「その腕だけに残念だよ、霧島刻鉄」


 また、狼型の『ステイビースト』から老人の声が響く。


「なにせ、お前は今回の事件を引き起こした真犯人となってしまうのだから」




 続く

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