第37話 存続のロストマン
「盾の戦士」を存続させるためには。
老人たちは様々な議論を尽くした。その数だけ出た結論は常に同じだった。全ては霧島の子に託そうと。
両親は「病死」した。親戚、親類は皆「病死」した。
この子に託そう。この子に賭けよう。
我らの未来を。我らが存亡を。我らの墓標を。
老人たちは崇めた。その能力の高さは総帥たるにふさわしい。一族の長たるにふさわしい。
これで我々は安泰だ。安心して眠れる。安心して明日を迎えられる。
その力はまさに一族を導く存在だ。
長であれ。頭であれ。
その名は、刻鉄。霧島刻鉄。
その名前こそ、「盾の戦士」を現代の世界に、再び栄光を取り戻す英雄となるのだ。
第37話 存続のロストマン
「儀式は、終わったか」
『王の剣』を手にし、刻鉄は床に敷かれていた花びらを一薙ぎする。
一閃が突風となり、桜色の空間が黄金の部屋に吸収された。
「待たせたか。悪かったな」
青比呂が一歩前に出て、せせらぎは一歩後ろへと下がる。靴底の花びらはふわりと舞い、青比呂の『防御領域』、『グロリオサ』へと溶け込み、消えていく。
「構わんさ。今更そんな旧式の
「……」
青比呂は無言のまま、かぎ爪状の花弁を展開させ、大きな花の「盾」で全身を覆う。
刻鉄は『王の剣』を正眼に構えると、鋭く息を吐き、一足飛びで10メートル以上はあった青比呂との距離を走った。刻鉄の過ぎ去った後を、桜色の花びらが飛び上がり、渦を作った。
かぎ爪状の「盾」が振り下ろされた『王の剣』を受け止める。鈍く重たい金属音が響き、刻鉄の突進の余波で生まれた衝撃波が、青比呂の背中の後ろで花びらの波を押しだした。
青比呂の顔に険しく、警戒心を露わにする眉間の皺が刻まれる。
「この『王の剣』がただの異能の力だけだと思ったか」
ぎり……と、刃が「盾」をそのまま押し、後ろへと下がらせていく。
「たとえ『器』がなくなろうが、大差はない。お前を倒すぐらいならばな」
不意に押しかかっていた『王の剣』の圧力が消える。刻鉄はすらりと刃を「盾」から離すと『王の剣』を握る腕を上に、前に踏み込んだ左足を軸に、体をぐるりと回転させ右腕をしならせ、刀身の腹を『グロリオサ』の中央に叩き込んだ。
青比呂はその衝撃に胃を揺さぶられ、喉から声のない嗚咽を漏らす。
この一撃で、わずかに足元が浮かび上がったのを刻鉄は見逃さなかった。回転した体を更にねじり、左足を更に前に踏み込んだ。
もう刻鉄の体は『グロリオサ』と密着し、左の肩は『グロリオサ』を押す様にめり込んでいる。そして、右手に握った『王の剣』をビリヤードのキューを突くような姿勢を取り、『グロリオサ』の中心部分へと突き刺した。
不安定な姿勢の青比呂の体は、その突きの衝撃をまともに受け青比呂はたたらを踏むが、
「これで終わりだとでも思ったか!」
『グロリオサ』に突き刺さった『王の剣』の切っ先から、四つの影が生まれ、立体化する。
「行け! 『
『グロリオサ』の表面に生まれた四体の影の騎士は、かぎ爪状の花弁を乗り越え、青比呂に剣を突き立てようと、がらんどうの鉄兜に「目」を輝かせた。
「青比呂、『グロリオサ』、射撃モード!」
せせらぎの声が王室に響く。騎士たちはもう半身を『グロリオサ』から乗りだしかけていた。剣を青比呂に突き立てるまでもうわずかな時間で事足りる。
一体の騎士が青比呂の真上まで身を乗り出し、剣を逆手に持ち、脳天に差し込もうとした間際、かぎ爪状の花弁が閉じられた。
ガチン! と鋼がかみ合う音が響く。騎士たちは花弁に挟まれる形となった。
だが、抜け出すだけなら容易であろう。現に騎士たちは剣で花弁をこじ開けようと、または半端に挟まったままですぐに抜け出せそうな騎士もいる。しかし。
「……ッ!」
何かを感じ取ったのか、刻鉄は瞬時に青比呂の正面から離れた。サイドステップで横に離れると、更にバックステップで距離を取る。
「青比呂、そのまま撃っちゃえ!!」
せせらぎの声を皮切りに、閉じられた花弁の内部から、赤い光が急速に輝き膨らみ出す。
膨張するその光はかぎ爪状の花弁の中で、どんどんと光の濃度を上げていった。影の騎士たちの姿がそのまばゆさでかすみ、すり切れていく。
音が遅れて響いた。感じれたのは地面を突き抜く様な衝撃と耳を詰まらせるほどの気圧の波だった。
「っぷはぁ」
青比呂は大きな息をついて、影の騎士たちの形もなくなった花弁の槍をゆっくり「盾」の形に再展開させる。
そこからは気温の差で空気が蜃気楼の様に歪み、『グロリオサ』の前方の床はシャベルで削られたかのようにえぐれ、向かいの果てにある壁には天井に届くまでのクレーターが穿たれていた。
「……」
その光景に刻鉄は言葉をなくす。驚きと、脅威に感じる警戒心が入り交じり、険しい視線を青比呂に向ける。
「大した威力だな」
「どうも。ただ……連射は無理みたいだけどな。一発で一気に体力が持ってかれたぜ」
青比呂は気怠げに首を鳴らし、再び『グロリオサ』を構える。『グロリオサ』はまだ熱気を持っており、空気中の水分を蒸発させ湯気を漂わせていた。
「今の一撃……おそらく花弁を閉じた時にしか撃てないのだろう」
剣を両手に持ち、それを下段に下げて刻鉄はじり、じりとつま先を這わせ、飛び込むタイミングを見計らっていた。
「それに撃ち出す間際に火力をチャージする時間がわずかに必要。要するに慌てなければ回避することは難しくない」
「そうだな。お前には当てられるなんて思ってない」
あっさりとそう返した青比呂に、刻鉄は一瞬言葉をなくす。
「仕留めるのは、あくまで『グロリオサ』が開いている間だ。射撃モードは人間に当てれば蒸発してしまう。危険すぎる」
「……相手を気遣って戦える余裕がお前にあるのか?」
青比呂もまた、ゆっくりと地面に靴底を這わせ、刻鉄との間合いを計っていた。それに刻鉄は苛立ちが入り交じった声で言った。
「言ったはずだ。守るだけの、待つだけの戦いではもう何も出来ないと。必要なのは、前に出る力だと」
刻鉄は腰を低く落とし、上半身を前のめりに倒すと重心を前方にかけて、一直線に飛び出した。上半身は地面と水平になり、突きの態勢を取った刃もまた、水平に構えられていた。
「う!?」
刻鉄が弾丸の様に突っ込んで狙ってきたのは、青比呂の足元だった。慌てて『グロリオサ』を地面に向けるが、既に刻鉄の体は『王の剣』のリーチ内に入り込んでいた。
ドシン、と重たく鈍い音が床を爆ぜた。刻鉄が狙った突きが、青比呂の足元を撃ち抜き、床を強引に砕いた。青比呂は寸前の所でわずかに身を浮かせ、その突きからは回避したが、
「何も学ばんやつめ!」
浮いた状態では自由は利かない。刻鉄が真上に姿勢を立て直すと同時に蹴り上げられた足で『グロリオサ』の表面を押され、後ろへと体を飛ばされる。
「王は君臨する義務がある! それは民を導くため、民は王に導かれるため!」
どんと背中を打ち、すぐさま起き上がろうとした青比呂の体が硬直する。また声すら出なくなる。髑髏こそなくなったが、刻鉄の『王の剣』の柄がこちらに向けられていた。
「決定打をくれてやる!」
仰向けのまま動けない青比呂に向けて刻鉄は助走をつけて飛び上がり、かかとを青比呂のみぞおちへと突き刺した。
硬直が解かれた青比呂に許されたのは、声にならない苦悶の声でうずくまるだけだった。びくり、びくりと体を痙攣させ、体を丸くし痛む腹部を必死に押さえこんでいる。
「骨にひびぐらは入っただろう。内臓へのダメージも大きい。もうフィジカルに動くのは難しいはずだ」
刻鉄は地面に伏した青比呂に歩み寄り、『王の剣』をゆっくりと振り上げる。そこでふと、刻鉄は違和感に捕らわれた。
青比呂は両腕を腹にまわし、痛む腹部を押さえている。その姿は隙だらけで、首をはねることに苦労はないだろう。
しかし、あの身桁サイズの大きな『防御領域』はどこへいったのだ?
「っち!」
刻鉄が舌打ちした瞬間、身を下げた鼻先を……わずかに揺れた前髪を、かぎ爪状の花弁の切っ先が襲った。
「くそ……身を切らせてなんとやら、は失敗か」
内臓へのダメージは確実だった。ズキズキとうずく熱が腹の奥底でうねり、今にも身がよじれそうになる。それでも、指輪から『グロリオサ』を飛び出させる「槍」の様に展開させたが、刻鉄は大きく飛び退いてしまった。青比呂は再び『グロリオサ』を「盾」に展開させ身構えた。
「つくづく小賢しいやつだ……素直にくたばればいいものを」
「おいおい、どんどん発言が悪者になってるぞ。いいのか王様」
苛立ちを隠しきれない刻鉄に、それを揶揄する青比呂ではあったが、顔色が悪い。内臓へのダメージが響いている証拠だった。
「しかしその……金縛りにしてしまう技、か……おっかないが、なんで俺の動きを止めた後、すぱっと剣で斬らないんだ? いちいち打撃じゃ効率が悪いだろうぜ」
「……」
「斬れない、のか。何事にもメリット、デメリットはあるもんだな」
「……斬ってほしいのなら斬ってやろう。『
「そうかい……じゃあ、今度はこっちから行くぜ!」
『グロリオサ』を前に押しだしながら、青比呂が突進する。刻鉄はそれに慌てることなく『王の剣』を正眼に構え、『グロリオサ』の赤い表面に刃を振り下ろした。ガシン、と鈍く固い音が混じり、二人の力が拮抗する。
だが、押し合いになった二人の表情には差があった。刻鉄には慎重な面持ちを保ち、青比呂には先ほどのダメージと疲労が重なり、歯を食いしばり痛みに堪えるため顔は険しくこわばっている。
斬り結んだ刻鉄が淡々と言う。
「お前の攻撃はこのまま花弁を閉じるか押すかの二択。しかし射撃は使わない。ならば閉じた花弁を槍代わりにするか。どちらにせよ、閉じると分かっている花弁につかまるほど俺はのろくはないぞ」
「……だろうな」
ぎし、と『グロリオサ』がわずかに押される。青比呂の足が震え始めた。刻鉄の切り込みに、踏ん張りきれていない状態になっていた。
「無駄あがきは止め、潔く……」
言いかけた刻鉄の視界の端に映った人影を見て、刻鉄ははっと息を飲んだ。
せせらぎが離れた位置で二人の様子を見ていた。
しかし、その表情には焦りも、戸惑いも、不安も、絶望もない。
ただ見守っているだけであった。必ず、自分の『カタワラ』が勝利し、戻ってくると信じて疑わない双眸だった。
「余所見とは余裕あるな!」
斬り込んでいた『グロリオサ』の花弁が、ほんのわずかに回転する。食い込んだ『王の剣』の刃がそれに巻き込まれ、刻鉄は一瞬両手をがくりと下げられた。
「貴様……!」
刻鉄が顔を上げた時には既に、花弁は折りたたまれ、「槍」の形態を取った『グロリオサ』が赤い熱を持ち、空気を焼きながら『王の剣』に向けて突撃する。
刻鉄は防御態勢もままならず、『王の剣』の唾に『グロリオサ』の先端の接触を許し、熱で加速した花弁のうねりに負け、握っていた柄から刀身をもぎ取られた。
「おのれ……!」
刻鉄はすぐさま飛び下がり、床を滑る『王の剣』へと追いつくが、青比呂は追撃する様子を見せなかった。ただ花弁を折りたたみ、「槍」の形状にしたまま熱を宿させ、刻鉄の一挙一動に目を配らせていた。
「……慎重、だな」
まだ腹部へのダメージが追撃を止めさせたのか、と判断することも出来たが、青比呂はあえてその場にとどまっていた。じり、と靴先を床に這わせ、刻鉄との距離を測り、次の一撃を撃つ隙を探っていた。
「だが、打ち合いで俺を勝ろうとはうぬぼれも過ぎるものだぞ!」
『王の剣』を拾い上げた刻鉄はその勢いのまま地面を滑る様に走り、青比呂との距離が後半分、となった時点で『王の剣』の切っ先を突き立てる。
一体の影の騎士が影から現れ、刻鉄自身は棒高跳びの要領で上へと跳ねて高い天井まで飛び上がった。
青比呂の眼前には、剣を構え迫り来る影の騎士が。上空からは重力の落下に加え、天井を蹴り加速し、『王の剣』を青比呂の脳天にめがけ振り下ろす刻鉄が迫る。
青比呂はそれに視線を追わせ、『グロリオサ』の花弁を展開させた。だが前面の影の騎士に対応は出来ても、上空から来る刻鉄には無防備になる。
「所詮戦いに関しては素人だったな!」
刻鉄の声を遮る様に、幼い声が王室の中を駆け抜けた。
「青比呂! 花弁、開放モード!」
「了解!」
猛スピードで降下していた刻鉄の視界を何かが遮った。次の瞬間強い衝撃が体に打ちつけられ、刻鉄は何が起きたのか分からないまま地面へと落ちて戻った。何とか受け身を取れたが、何が起こったのか把握出来ずにいる。
即座に周囲を見渡す。青比呂は元に位置にはおらず、影の騎士も姿が見えなかった。
「青比呂……何を……!?」
上空を何かが舞う気配が刻鉄を押し黙らせた。弾かれる様に頭上を見上げる。同時に金属を切り刻む音が耳をつんざき、打ち上げられていた影の騎士が消滅した。
「何……?」
舞い散る「それ」は、空中で鋭いかぎ爪の切っ先で影の騎士を切り刻んだ後、離れた位置にいる……せせらぎの側に立つ青比呂の前にひらりひらりと揺れ、流れて地面に突き立った。
「花弁を切り離して、遠隔操作、だと……」
青比呂の腕には茎しかなく、そこから切り離された花弁は青比呂とせせらぎを守るように地面へと食い込み、並び、赤い壁を作っていた。
「あんたには負けない。いや、負けるわけにはいかないんだ。情けないままのあんたにはな」
息を切らしながら、青比呂がまっすぐに刻鉄を見据えて言った。刻鉄はその視線に奥歯をかみしめ、真っ向からにらみ返した。
「俺が情けない、だと……?」
『王の剣』の柄をきつく握り、強く振り抜く。暴風が床に散っていた花びらを切り裂き、粉微塵にしていった。
「俺は……「盾の戦士」の次の世界を……その世界の『王』となるための……その人間を情けないと言うか。はは、貴様風情が……何様だ!」
「……それを今から思い出してもらう。この『グロリオサ』でな」
青比呂と刻鉄の視線が突撃し合う。
「俺には「盾の戦士」の存亡がかかっている。貴様らとは違う……!」
そう。全ては「盾の戦士」の繁栄と栄光のために。
そのための『王の剣』。そのための『力』。そのための、『霧島刻鉄』。
「俺が……『王』たる俺に、敗北など許されんのだ!」
「盾の戦士」が次の世界へと進むために。前に出る力を。攻撃する、加虐する力を。
消え去りはしない。もう二度と。
消えていった、「病死」していった者たちは力がなかったからだ。忘れられたからだ。
だが今は自分が頂点にいる。君臨する。絶体なる者として。
忘れられることなく、次の朝を迎えられるために。
続く
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