第34話 最果ての王
何度も聞いた、『王の力』と言う言葉。
アカジャクから。彼は手に入れられなかったと言った。そして、自分でも手を焼くものだと。
恩行からも聞いた。ここで「製造」されるホムンクルスは全てその『王の力』を受け止めるための『器』となるために作られているのだと。
「今から見せるものも、『王の力』の一端だ。全ては「盾の戦士」が一歩前へ進むために、進化するために体現した、真なる力だ」
刻鉄が大きく両腕を広げ、歌うように声を上げた。
岩肌に灯っていた緑色の光が徐々に点滅していき、消えていく。その代わりに、点滅の合間を突き破るかの様に、目をまぶしく突くような、輝く日光のような光が押し出され始める。
その光の点滅は、岩肌だけではない、足下の地面にも広がっていた。まるで心臓の鼓動のように、どくん、どくん、と脈打ち光の点滅は激しく強く、早くなっていく。
「王は玉座へ、王は民を導くため、全てに君臨する。降臨する。さあ眠る過去の英霊たち。今こそ我を高め「盾の戦士」の存在の段階を更に上に、連鎖の上部に」
刻鉄の顔を覆っていた光が、刻鉄の体中に巻き付いていく。光の蛇にくるまれた刻鉄は右手を掲げ、声高らかに言い放った。
「王のあるべき姿へと! 戦士を超える新たな存在へと! 生まれ変われ、喝采と共に黄金の未来を約束しよう!」
岩肌の点滅が終わった。
光が、岩肌を侵食した。視界が真っ白になるほどの光量が視界を焼き、青比呂は思わず目をつむり、腕で顔をかばい、吹き抜けていく風に足を踏ん張った。
耳元を風鳴りがかすめて遙か後方へと吹き抜けていくのを感じた。
まぶたの上から焼き付けてくる光の熱量が少しずつ緩和されつつあった。青比呂は少しずつまぶたを開き、そして目の前に広がる光景に言葉をなくす。
「歓迎しよう。お前が最初の客だ。俺の王室のな」
王室。その言葉は、本物だった。
全てが黄金の色で整えられた空間。床はうつむけば自分の姿が見えるほど磨き抜かれた大理石。広く四方に広がった壁は、もう岩肌ではなかった。広さも、倍以上に広がり金色の光沢が施された壁となっていた。
そんな部屋の中央に、大きな玉座に腰掛け、悠然とこちらを見る刻鉄がいた。
「困惑するだろうな。俺もようやく実感している。……『王の力』を」
刻鉄の顔に走っていた傷は既に、光によって修復されていた。歯茎が見えるほどえぐれていた頬も元に戻り、不敵に笑う表情をこちらに向けている。
「さて。次はせせらぎの話、だったな……」
玉座からは離れず、腰掛けたまま刻鉄は肘掛けに手を置き、頬杖をついて言った。
「せせらぎこそが、彼女こそが『王の力』へと導く鍵となった。この光景こそ、その一端だ」
刻鉄の言った言葉に、青比呂はその意味を理解するまで時間をわずかに要した。
「……一端……力……「鍵となった」、だと?」
何故そこは過去形の、もう用が済んだという風な言い回しにしたのか。
想像が、最悪の答えを導き出した。
「察しが良いな、彼女は……もういない」
こつこつ、と、刻鉄は玉座の肘掛けを指先でノックしながら口の端をつり上げて言った。
「彼女は、アカジャクから取り出した新垣赤音のパワーを受け止める『器』となり、俺の中に取り組まれた」
刻鉄の顔から、完全に黄金の鱗粉が浮かび、消える。傷は、完全に治癒されていた。
「せせらぎが何故新垣赤音と同じ姿をしていたのか。順を追って話せば、まず新垣赤音のパワーを手に入れようとした。だがその潜在するエネルギーを人間が直に吸収するには強すぎると判断された。ならばろ過するフィルターが必要だ」
頬をさすりながら、刻鉄は理路整然と言葉を並べていく。
「フィルターであれば新垣赤音に近い素材が必要だ。そこで四代目赤間士恩行の出番だ。彼はホムンクルス研究の第一人者でな。作ってもらったのだ。新垣赤音のパワー移植に負担にならない素材……ホムンクルスを」
光の差さない地下牢で、舞い降りてきた花びらを思い出す。薄れた意識の端に舞い落ちた花びらが、暗い深海の底から太陽が指す花園へと顔を上げさせてくれた。
「それが、せせらぎという存在だ。そして事故、アクシデントを装い、「悲劇」として注目を浴びるためにも「ゼロ式」を用意した。……普通に取り押さえるにも不可能な相手なのでな。この時点では二重のフィルターと考えていたわけだが……もう結果は言うまでもないな」
花の知識を教わった。それを更に教わったのは赤音だと、彼女は誇らしげに言っていた。いつの間にか土いじりが手に馴染むようになり、習慣となり、花の名前も覚えていった。
「そして新垣赤音がアカジャクに取り込まれてからは、せせらぎの存在は更に必須のものとなった。知っての通りアカジャクの戦闘力は高すぎた。あれを直に受け入れることは人間では出来ない。せせらぎはそのための緩衝体……つまりは『器』なのだ」
刻鉄は両手でジェスチャーを交えながら淡々と言う。両手がかみ合うように指の形を作り、片方の手を握り、もう片方の手を開き、その手で握った手を包み込んだ。
「どちらにせよ一度「ゼロ式」で取り込んでから、せせらぎに……『器』に中身を移し、新垣赤音のパワーを安全に手に入れる……アクシデントの演出でもあるが、そうすることで完全に俺の体の一部となり、取りこぼしはなくなる。念には念を、というものだな」
指輪に意識で訴えかける。だが、何も感じない。がらんどうだった。空っぽだった。中身は、なかった。
「せせらぎは「新垣赤音タイプ」とでも言おうか。ただパワーの受け渡しをするだけのフィルター。役目はそれだけだ」
屋敷内で、誰にも見えないふりをされ、一人広い花園で花の世話をする後ろ姿が脳裏によみがえる。
「言葉も特にしゃべらせる必要も無かった。出来上がりは結果、片言にしゃべるような形になったが……スペックとしてアカジャクの中のエネルギーに耐え切れればそれでいい。それが役割なのだからな、そうだろう?」
指輪は返事をしない。左手を、強く強く、固く握りしめた。
「そしてせせらぎにアカジャクの死体からエネルギーのコア……心臓を取り出し移植させた。いや、移植処置を見学していた様子から見れば「浸食」、といった方が正しいか」
外へ行きたい。そんなことを言っていた。シュークリームがえらくお気に召したようで、それを沢山食べるのだと張り切っていた。別に街に出なくても、シュークリームはどこでも買えるのだというのに。
「これで『器』の完成となる。新垣赤音の力を宿した『器』はもはやただの装置ではない。これぞ『王の力』だ。アカジャクと交わったことで何倍にもレベルそのものが飛躍的に上がり、次元そのものが違う」
す……と、刻鉄が右手を上に掲げた。
上には高い天井があるだけだった。だというのに、細いシルエットが一つ降り注ぎ、刻鉄の手の中に収まる。
「ただのパワーではない。ブーストアイテムでもない。世界を、存在そのものを変える力だ。この王室もその力の一端。空間をも支配した」
刻鉄の手に収まったのは、一振りの剣だった。
両刃の長い刀身を持った直刀は、宝剣のように装飾が施され、柄には人間の……少女の頭ほどの大きさをもった赤い髑髏が逆さまに飾られていた。
「これが『王の力』……前に出る力。守ることしか出来なかった以前の俺たちではない。これから戦士に求められるのは、攻めること……攻撃するということだ。敵を撃ち、討ち、伐ち、撃ち落とし、加害し首を落とす。君臨するのだ。絶体なるものとして」
剣の腹を指でそっとなで、刻鉄は笑みを消して言った。透明なほど艶を持つ刀身は黄金の部屋の光を反射し、それ自身が輝きを放っているかのように見えた。
青比呂は、うつむき加減だった顔をゆっくりと上げ、静かに息をついた。
「……こういう台詞はキザな言い回しで使いたくなかったんだがな。言わざるを得ない」
青比呂はまっすぐに刻鉄を見据え指さして言う。
「刻鉄……語るに落ちたな、ってやつだ」
わずかな沈黙が、黄金の部屋に落ちる。
刻鉄は、かすかに眉を寄せながら言葉を返した。
「……何が、と聞いても構わないか」
青比呂は刻鉄の言葉にうなずき、吐き捨てるように言った。
「ああ、いくらでも言ってやる。忘れ去られた戦士だっていったな……お前を見てればなるほどなって思ったよ。そりゃ忘れられる。いや、落ちぶれる。女子供を陥れないと力を手に入れられないんじゃあ……っは。底が知れるってもんだ」
「……」
「『王の力』? 格好つけるなよ。ただの他力本願じゃないか。自分で出来ないからよそから奪い取る。王様どころか泥棒だぜ。盗賊だ。窃盗犯だ、万引きだ。やってることがいちいちせこい」
露骨な嫌悪感を顔に出しながら、青比呂は早口で言い倒す。それに刻鉄は無表情のまま、ぼそりとつぶやく。
「…・…青比呂、言葉を選んでくれ」
そのつぶやきに、青比呂は更に皮肉げな笑みを浮かべて続けた。
「選んでるぞ。これとないぐらいにな。脳内のボキャブラリーを駆使してお前を罵倒してやろうというんだ。いや、罵倒は違うな。言葉を選ぼう。そう…・…実況してるんだよ、今のお前の有様を」
「青比呂、俺を落胆させるな。自ら低俗な場所へ行くことはない。俺と一緒に行けるのは、お前しか……」
「うぬぼれるな!!」
怒号が、黄金の王室に響いた。現れたばかりの王室そのものが揺らぎかけないほどの、ありったけの怒りの声だった。
「赤音の死の真相を知ってショックを受けると思ったか。せせらぎがいなくなって呆然とすると思ったか。そりゃ心えぐられる思いだった。だがな、それよりも今は優先すべきものがある」
無遠慮なほどに、無造作に青比呂は王座に向かって、刻鉄に向かって歩き出した。
「お前への怒りじゃない。赤音を失った喪失感でもない。せせらぎのいないさみしさじゃない……何より」
「青比呂……!」
青比呂を抑えようと声を上げた刻鉄は、王座から降り歩み寄る青比呂に向かい手を伸ばし、
「お前にはお前にしか出来ない使命がある。それを成し、そしてそれを導くのが俺のやく……」
言葉を遮って、青比呂の左の拳が刻鉄のほおにめり込んだ。
「何より! ここまで何も出来なかった俺を俺が一番許せない!!」
刻鉄はまともに勢いの乗った拳を顔面にもらい、そのまま地面に放り出される。しかし、その勢いを殺さず受け身を取って、すぐさま立ち上がった。
唇を切った傷は、黄金の光ですぐに修復される。
「そして、お前を止められなかった……・この二年間、自分のことだけで突っ走って、お前のことも考えてられなくて。まったく、自分の無能さに腹が立って仕方ないんだよ!」
「……それはお前が抱え込むことではない。お前がそうやって走ってくれたおかげで、俺はこうして『王の力』を手に入れることが出来たのだから」
刻鉄が右手に持っていた剣を構えた。両手で柄を持ち、刀身をやや斜めに傾け、腰を低く落とした。
「お前は走りすぎた、疲れすぎたのだ。今はしばし休め。俺の力で、眠らせてやる」
剣から黄金の風が吹き始める。最初はそよ風程度だったものが、一瞬にして暴風レベルのものに代わり、青比呂は両腕で顔をかばい、吹き飛ばされないよう両足を踏ん張った。
「それが「前に出る力」ってやつか」
「この剣に名前はない。王が持つ剣はただ一つのみ。それ以外は剣とは言えない、ただの刃物と成り下がる」
青比呂は左手をかざし、意識を指輪に送ろうとする。だが、やはり何の反応もなかった。
「せせらぎの、『ウタカタ』のいない今のお前では『防御領域』を発動することさえ出来ん。あらがうな。余計な痛みを与えてしまう」
「優しいな。さすが王様だ。だがな」
左の拳を固く握り、指先の血管までもが煮えたぎる熱を持つまで力を込めた。
「今のお前なんかに、そんなもん必要ない!! この拳一つあれば十分だ!」
荒れ狂う暴風の中、青比呂は強引に床を蹴り、剣を構える刻鉄へと飛びかった。それに刻鉄は迎撃態勢を取り、苛立ちをあらわにした。
「この……愚か者め!」
「バカは、お前だぁ!!」
続く
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