第33話 ほの暗い炎の轍
「……『計画』……だと?」
拳を握っても、握り足りないほど、腕が、肩が、体が震え始める。
「……刻鉄。お前……お前は、いつから仮面をかぶっていた。鉄の仮面じゃない。そんな情けない性根の仮面に、いつから頼るようになった!」
青比呂の声は震えていた。それが憤怒によるものなのか、心を揺らす望郷への思いなのか分からない。しかし、言えることはただ一つ。
もう、あの帰り道には戻れない。二度と三人で歩くことはないだろうという、胸に穴が空くような、喪失感が青比呂の心臓を穿ち、奥歯を食いしばらせていた。
「仮面に頼る、か……言い得てるな。ふふ、青比呂。やはりお前は逸材だ」
仮面が笑っているように見えた。歪に、熱に負けてゆがんだ鉄の様に曲がり、くねり、反り返った原型のない鉄だった。
「青比呂、俺の元へ来い。俺と共に「盾の戦士」の道を作るんだ。今こそ、消え行きそうになった俺たちを再び、真の戦士へと導くんだ」
刻鉄が両手を広げ青比呂へと一歩踏み出す。だが、
「止まれ。そして黙れ」
左手の拳を突きつけ、青比呂は苦々しく、目には苛立ちと困惑が入り交じったものを浮かべ刻鉄をにらみつけた。
「赤音が死んだのは……あの時俺をかばったのは、あれは……」
「ああ、あれか。あれは事故だ。まさか俺も身を挺してまで……自爆するとは思わなかった。おかげで仕掛けた「ゼロ式」はややこしいことになってしまったからな」
平然と言う刻鉄の言葉に、青比呂は二の句が継げない。赤音の死をまるでただのアクシデント一つとして片付けている。そこには何の感情もこもっていなかった。
「しかし、妹の不始末を兄が取る、という形は聞いていて胸がすく思いだったぞ。こちらの想定外の出来事だった「ゼロ式」を、お前が打破してくれたのだからな」
「……不始末? 打破? 何のことを言っている! 大体なんだ、その「ゼロ式」ってやつは!」
困惑が焦走へと変わっていく。その最中……自分は何か、とてつもない勘違いをしているのかもしれない。そんな不安がわき起こってくる。
「ああ、すまない。つい熱くなってしまった。お前には順を追って話すといったばかりだというのにな。しかし、お前が討った相手、といって覚えはないか?」
茫洋とした話し方をする刻鉄に、青比呂は一瞬思考が真っ白になった。何を世間話みたいに。
俺が討った相手……?
ふと、よみがえった言葉。
意識の途切れ際。互いの、自分と、あの炎の獣が口にした言葉が脳裏の中でサルベージされ、結合した。
「霧島刻鉄に、気をつけろ」
「……アカジャク!?」
「そうだ。あいつ自身が言っていただろう。二年前の事件で暴れたのは自分自身だと」
平然と言う刻鉄の言葉の意味が分からない。
さっき刻鉄はこういった。「仕掛けた」と。
「刻鉄……仕掛けたとは何だ。その『セルフファイア計画』とやらで、一体何をもくろんだ!」
「結論を言えば簡単な話だが……これも順を追って話そう。まずは「ゼロ式」だな。「ゼロ式」とは、俺が「マザーシグナル」を浴びて生み出した『佇み』だ」
「……!?」
さらりと出た言葉に、青比呂の思考処理がついて行かない。
「マザーシグナル」を、浴びた? 生み出した? 『佇み』を?
「恩行辺りから聞いてないか? 『佇み』と『ステイビースト』の根源は同じモノだ。『佇み』は人間が生み出す防衛本能の塊だ。そして宿主はその特化した防衛本能の過剰なエネルギー出力に耐えきれず、『佇み病』となり衰弱死する。そして独立した存在……それが『ステイビースト』なのだ」
今度こそ言葉が出なかった。あげていた左腕が震えそうなほど重たく感じられた。
「だから『ステイビースト』は「マザーシグナル」で人間を揺るがし、仲間を増やそうとする。彼らなりの生殖行動だ。「マザーシグナル」の本来のあり方はそれだ」
蕩々と語る刻鉄には特に変わった様子は見られない。ただテキストを読み上げるかのように、当たり前のことを淡々と述べている、それだけに見えた。
「俺は限界の範囲を調べ上げ、ぎりぎりのレベルで「マザーシグナル」を浴び、『ステイビースト・ゼロ式』を作り上げた。その時はさすがに苦しかったがな。だが必要な試練だった。この先、「盾の戦士」の繁栄のためにつながるのなら」
何だ、何を言っているんだ。
この鉄の仮面を被った男は、何者だ。
知らない。俺の知る霧島刻鉄という男ではない。なくなっている。
「……何故だ、何故そこまでして……。一体二年前に何を起こしたんだ!」
気力だけで左腕を持ち上げる。だが、指輪には一切感触が感じられなかった。しかし、何かをついたてにでもしなければ、向かい合えなかった。目の前の、仮面をつけた、何かに。
「全ては、新垣赤音……彼女のすさまじいまでのパワーを手中に収めるためだ」
岩肌が淡い光を灯し、再び映像を映し出した。
だが今度は見覚えのあるものだった。
ビル群。町並み。商店街の通り。そこに映ったものを横目に見て、青比呂は身を固まらせる。
「こ……れは」
この町並みは。見覚えが、ある。
あの日だ。あの日、あの時の……。二年前の、ずっと目を背けていた過去の光景だった。
その過去の映像に、赤黒い爆炎が立ち上った。ビルの一角が崩れ落ち、巨大な体を持った狼のような影がうなり声を上げて町並みを突っ切り、前足の鋭い爪で別のビルを易々と切り裂いた。
「……アカジャク!?……いや、違う……?」
巨躯と鋭い前足、吠え猛る姿は同じだった。だが、深海魚のような平べったい目には何の感情も見られず、体は黒く炎にも包まれていない。
目の前……いや、目に付く建物を手当たり次第攻撃している。アカジャクにあった理性の欠片も感じられない。
だが、そこへ一筋の赤い軌道が煌めき、紅蓮の花が咲いた。巨躯の狼は苦しみの声らしきものを上げる。
「見えずづらいか。カメラアングルを切り替えよう」
刻鉄がつぶやく意味を聞く前に、岩肌に映る映像が切り替わった。
周囲が瓦礫の街となった中、花の形をした『防御領域』を掲げ立つ少女が一人。
それは、青比呂がとてもよく知る、もっともよく知る人物だった。
「……赤音!」
「そうだ。こんな……「ゼロ式」という規格外な『ステイビースト』と渡り合えるのは彼女一人だけだろう。見ているがいい、希代の天才と言われた妹の戦いを」
小柄な……まだ十二歳の少女は花の盾を手に一人、自分の何倍以上もある『ステイビースト』と対峙し、攻防を繰り広げていた。
赤音の右手が大きく引き絞られ、前に掲げた『防御領域』……ひまわりを模した「盾」に撃ち着ける。
灼熱の散弾が「ゼロ式」の巨躯に弾き出された。すさまじい数の弾丸がシャワーの様に「ゼロ式」に浴びせられ、「ゼロ式」は大きく飛び退く。素早さはこの頃から変わらない。
それを追うようにして、再び赤音が『防御領域』を赤く燃え上がらせる。
今度は赤音の身長を軽く上回るほどの巨大な炎の花が咲き、「ゼロ式」に向かって打ち出された。「ゼロ式」はそれに喉からはき出した火炎の弾丸をぶつける。
二つの炎が衝突し、混じり合うと火炎の暴風が荒れ狂い、周囲のビルや建造物を砕き巻き込み、蒸発させていった。
「見ろ、この常人離れした戦い……これだけの力があれば、俺たち「盾の戦士」は二度と戦列から消えはしない。歴史から姿を消すことはない」
確かに、岩肌に映った赤音の姿は自分とは比較にならないほどのパワーを持ち、常識の範囲を超えていた。本当に同じ『カタワラ』なのか、そう疑問に思うほどだった。
だが。
「刻鉄、意味が分からんぞ! 手中にってのは何だ! 何故「ゼロ式」なんてリスクをはらんでまで、こんなばかげたことをやった!」
ふと向けられた刻鉄の目に、青比呂は無意識に半歩下がっていた。
「ばかげた……だと?」
刻鉄が一歩、前に足を踏み出す。青比呂は意味はないと分かっていながら、しかし左手を突き出し、何とかけん制の構えを取る。
「お前も体験したはずだ。『ステイビースト』との戦い。基本は「待ち」でしかない、守りの戦い……そんな消極的な戦い方は、もはや戦いとは言えん!」
刻鉄は拳を握りしめ、それを苛立った声と共に震わせた。声の根底にあったものは、怒りそのものだった。くすぶっていた感情に火がついたように、刻鉄は声を荒げる。
「今の世に必要なのは、前に出る力だ! もう守る力は必要ない! 前に出なければ……忘れ去れてしまう! いくら力があったとしても、何の意味もない! ただの人形と変わらん、戦士は前進してこそ始めて価値が生まれるのだ!」
腕を振り、一呼吸置いた後に刻鉄は静かな声で付け足した。
「……それ故の『セルフファイア計画』だ」
「……前に出る、力……? それが『セルフファイア計画』っていうのか?」
じり、じりとつま先をにじり寄せながら刻鉄との距離を測る。刻鉄から感じられる気配が、異様なものに変貌しつつあった。それに本能が、防衛本能が告げている。危険だと。
「そうだ。「ゼロ式」はいわば俺の分身。それを使い計画したものが『セルフファイア計画』。「ゼロ式」は新垣赤音用に調整された『ステイビースト』だ」
刻鉄の体から、火山のそこからマグマが沸き起こるような、大地の胎動が地面を揺らすような、そんな振動が空気を揺らし始めた。
だが、青比呂はそれよりも刻鉄の言葉に引っかかりを覚え、眉間の皺を深く刻んだ。
「赤音用に、調整した……!? どういう意味だ!」
「簡単な話だ。新垣赤音を「ゼロ式」が魂ごと肉体を取り込み、その「ゼロ式」と再び俺が融合し新垣赤音の力を手に入れる。それが『セルフファイア計画』の目的だった」
それが真実。さらりと言った刻鉄は何でもない、些事たることだといった仕草に、青比呂は腹の奥底から突き出る衝動のまま体を任せ、刻鉄に向かって飛びかかった。
「お前はぁぁぁ!!」
大きく振りかぶった右の拳。それを、刻鉄は左手で受け止め、軽く手首をひねると青比呂の体は大きく反転し地面へとたたきつけられた。強い衝撃が背中を打ち、肺の機能を一時的に麻痺させる。
「っぐあ!」
「熱くなるな。まだ話の途中なんだぞ」
足下に転がった青比呂を冷えた目で見下ろし、刻鉄は淡々と続けた。
「計画だった、といった。計画は失敗したのだ。お前も知っての通り、新垣赤音の自爆でな。吸収どころではなくなったのだ。「ゼロ式」は粉々に吹き飛んだ」
青比呂の拳をひねったのは柔術の類いか。手首に異様なほどの痛みが熱を持ってうずき、それを抱えるようにして青比呂は何とか立ち上がる。
「だが最大の誤算はその後だった。「ゼロ式」には並大抵のことでは破損しないよう自己修復機能を備えさせていた。色々なデータも取りたかったのでな。実験ついでにそんな加工もしたのだ」
しかし、と刻鉄はこんこん、と鉄の仮面のこめかみを指で叩いてため息をついた。
「新垣赤音の自爆で粉々になった「ゼロ式」は自己修復を開始した。それも、同じく粉々になった新垣赤音の体を巻き込む様に取り込んでな」
「……!?」
起き上がったばかりの青比呂が弾かれたように顔を上げる。
「それがただの仕掛けだった『ステイビースト』が自意識を持ち、自我を持ち、自立して動けるようになってしまった。そして自らをこう名乗った。「アカジャク」とな」
炎の獣が笑う姿が脳裏によみがえった。皮肉、と笑ったあの獣の声がよみがえった。
「あ……アカジャクが、赤音の……赤音を取り込んだ姿だったてのか!?」
「そうだ。そうなってからはもう手がつけられなくなった。力は新垣赤音のものと同等になり『ステイビースト』としてはより強力になった。……そこへお前が訪れた。これは運命という陳腐な言葉では済まされない……」
声が途絶え、仮面が静かに傾いていく。カシャン、と仮面が地面を跳ねて転がった。
「それをお前が解決してくたんだ。心の底から感謝している。だからこそ、『王の力』へたどり着けたのだから」
煌々と。
刻鉄の顔中に走っていた傷跡が、黄金の光に染まり包まれていた。
顔だけではない。首元や耳にまで走った傷跡にも輝く光が走り、痕跡を光が埋めて黄金に染まっていた。
「驚ろかせたか、すまんな。俺もまだ扱いなれていない。許してくれ」
にこりと微笑む刻鉄。本当の微笑だった。邪気もなく悪意もない、他愛ないあの頃と変わらない笑みだった。
「さて、次はせせらぎの話だな……そして、『王の力』のことも話そう」
続く
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