第29話 腐食の胎動
霧島邸正門前。そこには防護服を着込んだ『カタワラ』の他に、防弾ベストを中に装備した黒服の男たちも並び、また出入りし、無線などで短いやりとりを交わしていた。
「な、なあ……」
厳戒態勢、と言える状況の中で、正門前に配置された『カタワラ』の男が、隣の同僚である『カタワラ』の男へぼそりと声だけをよこした。
「一体何なんだ? この配置……いきなり警護に当たれって言われたが……」
しかし、声をかけられた同僚もまた同じく困惑した様子で、
「分からん……。上層部からのいきなりのお達しだ。ほとんど内容は聞かされてない。それは他の連中も同じだと思うが……」
「例の大規模な『ステイビースト』の掃討作戦……あれと関係があるのか」
その話題に、二人の『カタワラ』は周囲の様子をうかがい声を殺して会話を続けた。
「ああ、何でも、あのアカジャクが倒れた……それも討ったのは新垣青比呂らしいからな」
「あの問題児がか!?……やはり新垣赤音の兄、というだけのことなのか……」
「当の本人はまだ意識不明らしいが、事実が事実だ、上は黙ってはおらんだろうな。なんせ煙たがってたやつが大金星を上げたんだ、認めざるを……」
「おい」
不意に入ってきたドスの利いた声に、二人の『カタワラ』はびくりと肩をすくめた。
「い、石木田さん……!」
「何くっちゃべってんだ? てめえらおしゃべりするために突っ立ってんのか?」
不機嫌な様子を隠そうともしない、苛立った様子の石木田は、食ってかかる勢いで二人の『カタワラ』をにらみつける。
「し、失礼しました!……しかし、何故このような厳重な警備を今?」
「ん? それをお前ら下っ端が知ってどうする」
「い、いえ……過ぎた質問でした、すみません……」
「ふん。お前らは黙って見張りをやっていればいい。ネズミ一匹見逃すな」
石木田はとどめとばかりにツバを吐き捨て、その場を立ち去る。正門をくぐり、屋敷内へと姿を消した石木田を見送った二人の『カタワラ』は、長いため息で胸をなで下ろした。
「い、いつも以上に荒れてたなあ……」
「やっぱり、成果を上げたのがあの、新垣青比呂だから、かな……」
□□□
平原が広がる、何もない敷地には今、巨大なコンテナを積んだトレーラーが止まっていた。沢山のケーブルやポンプなどがコンテナに接続され、計器などが備え付けられてある。
石木田はそれを見上げると「っち」と舌打ちし、周りを慌ただしく行き交う黒服の男たちを横目にし、小瓶に詰めたウイスキーを軽く口に含んだ。
「ふん。こいつを上げちまうのがあのガキだってのが気にくわねえが……」
見上げるコンテナはかなり大きなサイズだった。ごうごうと起動音が鳴り響き、平原を騒音でかき乱していた。
そのコンテナの奥には、鉄で出来た箱のような建物が一つ見える。入り口は、固く閉ざされていた。
それを見てまた舌打ちをし、ウイスキーを口に含んだ。
「しかしまあ……時間の問題か」
にたり、と口の端がつり上がる。石木田はウイスキーで湿った唇を手の甲でぬぐい、コンテナにドスンと手を当てた。中からは、鈍く揺れ動くような感覚がずっしりと伝わってきた。
「あのガキがってのはある。が……その結果『王の力』が体現される、か。……ひひ。まあ悪くねえシナリオだわなあ」
石木田は、こんこん、とノックするような仕草でコンテナをつつき、一人笑い声を上げた。
□□□
夢。これは夢だと分かる。今自分は意識を失い、夢を見ているのだと。新垣青比呂という自分が見ている夢であると。
今歩いているのは、ずっと戻りたかったあの夕陽の帰り道。
だが、隣には誰もいない。
それでいい。そう思えるようになった。
今までここに、赤音を無理にとどめようとしていた。だが、もう赤音はこの道のずっと先に行ってしまった。生きている自分では届かない場所へ行ったのだ。
それ自体は、やはり悲しい。
でも、寂しさは何故か感じられなかった。
手の中に、柔らかい感触が生まれたのに気がつく。左手をふと広げると、そこには紫色の花が一輪、いつの間にか握っていた。
「いや……」
これは、最初から持っていたんだ。せせらぎから、赤音が渡してくれた、決別の花。
夕暮れの道を仰ぐ。空が赤く焼けていた。気持ちは、この夕焼け空の様に、満たされていた。
しかし。
「……アカジャク……」
意識が途切れる前に、アカジャクが言い残そうとした言葉は、一体何だったのだろうか。
それに、今歩いているこの帰り道。あの時も見た、帰り道には、違和感を感じた。
三人そろって歩いていた帰り道だ。今は自分一人だというのに、何故あの時は三人そろっていたのだろうか。違和感はそこ……ではないような気がした。
俺は赤音の手を握り、赤音は俺と刻鉄の手をつなぎ、刻鉄は。
「……」
何か、霞がかかっている。あの光景に何の違和感を覚えたのだろうか。
ふと、顔を上げると、見覚えのある人影が道の先に立っていた。
二人いる。一人は人の良さそうな青年で、もう一人は儚げな少女だった。
「……辰彦……すいげつ?」
二人が立つ位置までは距離があり、夕陽を背にして立っているせいで、表情まではよく見えなかった。それが、妙に青比呂の心をざわつかせた。
「辰彦、すいげつ!」
走る、だが。距離が一向に縮まらない。
そういえば、すいげつが言っていた言葉を思い出した。
「私、間違ってなかったよ、って」
せせらぎに、もし自分のことが『神威』に筒抜けになっていれば伝えてくれと言っていた言葉……。
聞いた時、特に何も考えなかったが、一体何が間違ってなかったのだろうか。
「すいげつ! 聞きたいことがあるんだ! せせらぎには、一体……」
やはり距離は縮まらない。声を上げるが、届いているのかどうかも怪しい。左右に流れる風景は、いくら足を動かしても、一向に変わらない。
「辰彦! お前にも……!」
その時、表情も見えないほど遠く離れているにも関わらず、二人が口を開いたのがはっきりと「見えた」。
すいげつが歌声のような涼やかな声で言う。
「早く伝えてあげて」
辰彦が励ますように、人の良い笑みで言う。
「まだ間に合います」
青比呂が二人の立っていた場所にたどり着いた頃、二人の影は消えていた。
息を途切れさせ、辺りを見渡す青比呂は変わりない帰路の風景に不気味な気配を覚えた。
違う。これは、自分の知っている帰り道ではない。
それに今の二人の言葉はまるで……遅ければ手遅れになるかもしれないとでも言わんばかりの言い方に聞こえた。
「これは……夢、じゃない……」
青比呂は、左手にある花を強く握りしめた。
□□□
「では、全てを『神威』総帥、霧島刻鉄に」
議会議長の高らかな声に、幹部の老人たちは大きな拍手を送った。霧島邸最高会議室を囲むように座る座席からは割れんばかりの祝福の声が響いた。
喝采を受ける中央の舞台に一人立つ刻鉄は、冷たい仮面を上にあげ、答えるように両腕を掲げた。
「皆さまのおかげで、万事が整いました。若輩者である自分にここまで任せていただいたことへの感謝、忘れません」
会議室のボルテージは更に上がる。上層部の幹部たちも刻鉄の名を呼び上げる。
その最中、刻鉄はシュプレヒコールを背にして舞台から降りていく。最後の階段を降りた後、それを待っていたかのように黒服を着た一人の男がひたりと刻鉄に寄りつき、ささやくように言った。
「事は順調に進んでいます。予定通りです。しかし恩行氏が……」
「あの老人なら俺が出向こう。……それより、まだ青比呂の意識は戻っていないのだな」
「はい、まだ……」
「青比呂が起きる前に終わらせたい。さっさと済ませよう」
仮面の奥の目は冷たく、鋭利な刃物を思わせる光を灯らせていた。それに、黒服の男は無意識に一歩、刻鉄から離れていた。
「無理にあいつを苦しませるのは本意ではない。俺には……青比呂が必要なのだ」
鉄の仮面が感情のない声で言う。
「たとえ、このまま『王の力』を手にしたとしても」
続く
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